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珠音いろ  作者: 今安ロキ
幕間 ―いろに染まり―
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また相対す、その日を待ちわびて ―鍛冶屋茉穂2―

球春到来。

甲子園球場で催される選抜高校野球大会のマウンドに、一際小さく見える背中が凛々しく立つ。

アルプスから応援する鍛冶屋茉穂は、その姿を誇らしく思っていた。


楓山珠音と、並び立ち続けるために。

彼女の前に、立ちはだかり続けるために。


プロ野球選手としての鍛冶屋茉穂は、今日もバットを振り続ける。

また相対す、その日を待ちわびて ―鍛冶屋茉穂2―


 客席を埋め尽くす大観衆。

 その全ての視線を集める小さな背中は、幾万もの好奇に晒されてもまるで臆することなく、マウンド上で凛々しい姿を見せている。

 自身がこれから立つ舞台と比べれば雲泥の差であることは間違いないが、一人の野球選手として、グラウンド上で一番高い場所に立つ彼女に尊敬の念を抱かないという方が難しいだろう。

「本当に、ここまで来たんだ...!」

 春季キャンプを終え、シーズン開幕を間近に控えたこの日。

 スケジュールのオフ日程を使い、鍛冶屋茉穂は春から加入した関西の女子プロ野球チームの同僚と訪れた甲子園球場では、毎春恒例の選抜高校野球選手権大会が催されていた。

 今大会における話題の中心は、正しく今この瞬間にマウンドに立つ少女だろう。

「頑張れ、珠音!」

 一度は離れる決心をした野球に自身を引き戻した彼女は、己の"ワガママ"を叶えるべく前進し続け、ついに仲間たちと共に大舞台への挑戦権を掴み取るに至った。

 自分を始め、多くの女子選手が望んでも得られなかった権利を、彼女は真っ向勝負で勝ち取ったと言える。

 変化を待ちわびただけの自分たちとは異なり、彼女は行動をもって変曲点をもたらした。

 大きな声援を送る行為が例え衆目の中で目立つ行為だとしても、恥ずかしがる気持ちは起こらない。

 何故なら、グラウンドに立つ彼女を、心から誇りに思っているのだから。

「凄いね、彼女」

 対戦校のレベルは決して高いとは言えないが、それでも持てる全てを持って相手チームに対する彼女の姿に、チームメイトは感嘆の声を上げる。

 職業欄に"プロ"と記載できるとはいえ、スポーツ選手における男女差は大人と子供までの差にもなり得る。

 例え類稀なる"才能"と呼ばれるものを持っていたとしても、運動能力差はさながら理不尽な暴力の如く猛威を奮う。

「打席に入って見れば、もっと凄いですよ」

 そんなハンディキャップを乗り越える彼女との再戦を待ちわび、茉穂はチーム加入前からバットを手に取り続け、"プロ"と立場を変えた以降も変わらぬ日課となっている。

同僚たちの誰よりも早く、そして誰よりも遅く。

 珠音の"好敵手(ライバル)"として、並び立つために。

 彼女の"好敵手(ライバル)"として、自負できるようになるまで。



 女子プロ野球リーグは"プロ"と名こそ付いているものの、形式上はトップリーグとは運営母体が異なる独立リーグに相当する。

 全4チームにそれぞれ25名が所属し、関東と関西にそれぞれ2チームずつが設置されている。

 茉穂は京都府のチームに所属し、日本代表候補の実力をもってキャンプ中の練習試合から猛アピールを重ねると、実力者揃いのチームでルーキーながらレギュラーポジションを確保し続けた。

「高卒1年目にして首位打者、そしてリーグ安打記録更新、とても素晴らしい活躍です。あなたの心を突き動かす、その原動力とは?」

「勝ちたい相手がいるからです」

 女子プロ野球リーグの取材ではすっかりお馴染みとなった立花真香の質問に、茉穂は間髪入れずに即答する。

 1番打者に定着した瞬足巧打の"スイッチヒッター"として、茉穂は打って打って打ちまくった。

 積み重ねた記録はリーグ記録を塗り替えた最多安打、打率は他の追随を許さないぶっちぎりの首位打者、おまけに盗塁王と、3つのタイトルホルダーとしてリーグにその名を刻むに至っている。

「勝ちたい相手の名前は...聞くまでもないですね」

 真香は目を閉じて笑みを浮かべる。

 彼女が茉穂をインタビューしたこの日、女子プロ野球リーグの運営団体から発表されたニュースは2つ。

 まず第一はリーグの拡張について。

 楓山珠音が発端となった女子野球への注目を受け、トップリーグが運営に参画することが決定し、既存チームが全てレディースチームとして傘下に入ることに加え、新たに2チームが結成されることとなった。

 拠点は埼玉、東京、神奈川の3都県が東日本地区、大阪、広島、福岡の3府県が西日本地区として登録され、来季からは2地区で全6チームによるリーグ戦を行うこととなる。

 1チームの編成人数は25名から20名に減るが、それでも野球を志す女子選手の受け皿が20名分、新たに生まれることとなった。

 生じた変化は僅かかもしれないが、女子スポーツではマイナー競技に当たる野球では大きな前進だろう。

 そして、第二。

「はい、楓山珠音さんです」

 高校野球界に大変革をもたらした彼女は女子プロ野球リーグのトライアウトに合格し、春から同じ"プロ野球選手"となる。

 立花との会談の後は、揃って彼女らの高校を訪問する予定になっていた。

「彼女との――珠音との出会いが無ければ、野球選手としての鍛冶屋茉穂は終わっていました。そして、プロ1年目にこれだけの活躍ができたのも、珠音への想いのおかげです」

「先ほど、運営からの発表で、楓山珠音さんの女子プロ野球リーグ入りが決まりましたね」

「まだ同じチームになるか、別チームになるかは分かりません。チームも増えますからね。ですが、私としては別チームになること期待しています」

 茉穂の返答に、立花はまた、分かり切った質問で返す。

「同じチームに居れば、心強い仲間になると思います。ですが、別チームになりたい。その心は――」

 質問に即答しようとする茉穂の瞳は、眩しい程にキラキラと輝いていた。

「珠音と対戦したい。当代随一の女子投手を相手にマウンドと打席、その間でしか味わえない駆け引きをしたい」

 茉穂の瞳に映るのは、ただ一人だけ。

「ただ、それだけです」

 珠音の"好敵手(ライバル)"として、並び立ち続けるために。

 彼女の"好敵手(ライバル)"として、立ちはだかり続けるために。

「ただ、それだけなんです」

 茉穂の心境を正しく表現するならば、"ワクワク"の他に適した言葉はない。

 18.44mに隔てられた間柄、好敵手(ライバル)としての自覚が、茉穂の力を更に高みへと引き立てる。

 桜咲く、そのちょっと前の時期。

 鍛冶屋茉穂は楓山珠音へと手渡した水仙の芽が咲く時期を、今か今かと待ちわびていた。

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