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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
50/75

9回表 ―珠音いろ― 2.満を持し

奇策がはまって何とかピンチを脱した鎌大附属は、引き寄せた流れのままに反撃の狼煙を上げる。

1点返した鎌大附属ナインだったが、筑前商業エースにしてプロ注目の古賀の前に、流れは完全に遮断される。


何とか均衡を保つ試合展開の中、珠音が満を持してマウンドに登る。

強豪校相手に、珠音の真価が試される。

2.満を持し


 流れとは恐ろしいものだと、打席に入った浩平は感じていた。

 背番号10を背負った"二番手"とはいえ、前の回まで圧巻の投球を見せていた田中の制球が突如として定まらなくなる。

「(ストライクを取りに来て、甘くなった所を叩こう)」

 四球をもぎ取った第一打席と同様、3ボール2ストライクまで食らいつき、ファールで粘った8球目。

 制球ミスでド真ん中に投じられた変化球を振りぬくと、打球は引っ張りを警戒して左中間寄りに守備位置を移動していた中堅手の逆をつき、右中間を転々と転がっていく。

「三つ三つ!」

 三塁コーチャーがグルグルと腕を回すのを確認し、浩平は二塁ベースを蹴る。打球を処理した右翼手は返球を中継に戻すのがやっとで、浩平は悠々と三塁を陥れた。

 鎌大附属がこの日初めて灯した"H"のランプは、浩平の三塁打となった。

「続け、大庭!」

 三塁ベース上から投げられた言葉を受け、続く大庭が意気揚々と打席に入る。

 筑前商業の内野陣は前進守備を選択し、ヒットゾーンは広く開けられている。

「(よし、ここで打てば"美味しい"ぞ!)」

 スクイズを警戒したバッテリーは初球にウエストボールを選択するが、大庭は見向きもしない。

 インコースに甘く入った二球目を大庭が迷いなく振りぬくと、打球は一二塁間を抜ける。打球が抜けたのを確認してからスタートを切った浩平がホームベースを踏み、正しく反撃の狼煙となるタイムリーヒットとなった。

「よっしゃ、見たか!」

 大庭が味方ベンチを鼓舞するように雄叫びを上げると同時に、筑前商業ベンチに動く。

 監督が主審に歩み寄り声を掛け、選手の交代が告げられた。

「筑前商業高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの田中くんに変わりまして、土生くんが入り、レフト。レフトの古賀くんが、ピッチャー」

 結果だけ見れば、先発の田中は被安打2で失点1。

 しかし、ここが試合の分水嶺と見た敵将は迷わずエースの投入を決め、試合の流れを取り戻すための判断を下す。

 まつりの登場時程ではないが、プロ注目左腕の登場にグラウンドは大いに沸いた。

 投球練習が終了し、打席に四番打者の二神が入る。

「(映像でも十分凄かったが、生で見ると改めて速いのが分かるな)」

 初球のストレートは、バックスクリーンに映し出された限り151km/h。

 ノビの良い直球はキャッチャーミットに収まる瞬間まで減速する気配を見せず、二神のバットは虚しく空を切った。

「長峰、頼むぞ!」

 続く5番の長峰も、1回戦で見せ場が無かったことを取り返そうと必死に喰らいつくが、虚しく三振。

 6番の山川は何とかバットに当てるが、三遊間に転がった打球は好守で県下に名の知れた遊撃手の桂に阻まれ、3アウト。

 鎌大附属に傾きつつあった試合の流れは、筑前商業のエース古賀の登場で強引に引き戻された。



 1球でピンチを切り抜けた"刺客"のまつりとポジションを交換し、二神が5回表のマウンドに上がる。

「えー。私、一球だけ!?」

「奇襲攻撃だからな。伊志嶺に長いイニングを投げさせることは想定していない」

 まつりは珍しく冗談めかしつつ不服そうな声を出すが、鬼頭の考えは当然の如く理解できている。

 投手経験の浅いまつりが強豪校の打線を長く抑え込めるほど、強豪校がひしめくセンバツは甘くはない。

「この回、何としても無失点で抑えろよ。ここで点を取られたら、一気に持っていかれるからな」

「分かってます」

 二神もこの回の失点の重みは重々承知している。

 気を引き締めて対峙する打線は四番打者の堤から始まり、五番打者の古賀と続く。

 当人の意気込みとは裏腹にその二人を単打で出塁させるも、続く六番打者の強烈な打球が遊撃手のまつりを襲う。

「オーライ!」

 二遊間の打球にまつりが飛びつき捕球し、素早く二塁手の小林へトス。

 小林が二塁ベースを踏み一塁へ転送して6-4-3の併殺打が完成すると、球場は2イニング続けて好プレーを見せたまつりに、球場は割れんばかりの賛辞を送る。

「ツーアウト!」

 まつりは右手の握り拳から人差し指と小指を突き出し、チームを鼓舞する。

 背中を押された二神は続く七番打者を"この日初めての奪三振"で打ち取り、5回表を無失点で切り抜ける。

 対する鎌大附属打線はエース古賀の前に沈黙。

 4回の攻防で沸き立った球場は落ち着きを取り戻し、試合の前半が終了した。



 試合展開の落ち着きは、グラウンド整備明けの6回も続いた。

 筑前商業打線は二神の投球を難なく芯に捉えるも悉く守備陣の真正面を突き、6回表は安打による出塁を1人許したのみで乗り切った。

 対する鎌大附属打線は古賀の前に全くいい所を見せることができず、三振2つを献上してあっけなく三者凡退に打ち取られてしまう。

 スタンドからの声援が溜め息に代わり、攻守が交代しようという時、一塁側アルプススタンドを中心に球場に詰めかけた観客が大いに盛り上がる。

「鎌倉大学附属高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの二神くんが、レフト」

 選手交代のアナウンスに背中を押され、小さな身体がベンチから飛び出す。

「レフトの南くんに代わりまして、ピッチャー楓山さん。一番ピッチャー楓山さん。背番号1。四番レフト二神くん。以上に代わります」

 アナウンスを受け、球場を訪れた3万人の観客が沸き立つ。

「凄い歓声だな。流石は人気者」

 正しく、今春で最も注目を集めるといっても過言では無い。

 配球の確認も兼ねてマウンドに駆け寄った浩平が、大きな歓声に思わず独りごちる。

「どういたしまして。私、パンダですから」

「なんだ、やけに無愛想だな」

「せっかくだし、サービスで投げキッスでもして見せればいいのかしら」

「それだけ饒舌なら、心配いらないな」

 珠音は大袈裟に溜め息して見せると、確認を終えてキャッチャーボックスに戻る浩平の背中をジッと見送る。 

 自身の一挙手一投足に過剰な反応が集まるのは今に始まったことではないが、何度経験しても面白いものでも慣れるものでもない。

 もう一度、今度は小さく溜め息を吐き出すと、珠音はゆったりとしたフォームで投球練習を開始した。



 投手のピッチングスタイルを分類すると、一般的に2つの型へ分けられる。

 一方は威力のある速球にキレの鋭い変化球を操り、打者からアウトをもぎ取る本格派投手。細分化すると剛速球で力押しする速球派投手やパワーピッチャーと呼ばれる選手もここに含まれる。

 もう一方はストレートを軸に多彩な変化球と正確無比なコントロールで翻弄し、打者を打ち取る技巧派投手。特に変化球を主体とした投球術を駆使する。所謂"変則"と呼称される投球フォームで打者を幻惑させるような投手は軟投派と呼ばれることもある。

 両者とも如何にして打者をアウトにするか、バッテリーが投手の特性を活かす上で行きついた投球術と言える。

「ナイスピッチ」

「おう!」

 7回表、登板早々に相手打線の3番打者から始まる好打順を抑え込んだ直後の大歓声を全身に受けつつ、ベンチ前でバッテリーはタッチを交わす。

 浩平はスコアボードに記された「0」の文字、そして相手チームの安打数が変わっていないことを確認してから、脳内で思案を巡らせる。

 先発投手を務めた佐藤は変則的なフォームから見慣れない軌道の投球で打者を翻弄しようとする軟投派投手。

 二番手の高岡は威力のある速球を軸に相手をねじ伏せる速球派投手。

 四番手の二神は多種の変化球を器用に操る技巧派投手。

 3人ともそれぞれ異なるピッチングスタイルだが、その何れもが相手打者に捉えられ、堅実な守備で何とか2点に抑えたに過ぎない。

「やっぱ、お前は凄いよ」

 ベンチで水分補給する珠音に、浩平はポツリと漏らす。

 珠音の7回表の投球を振り返ると、佐藤と違って素直な投球フォームから高岡よりも約30km/h遅い球速で、二神よりもキレで劣る変化球を駆使し、筑前商業をこの試合初めて3者凡退で抑えてしまった。

「何、急にどうしたの?」

「いや、何でも」

 一般的に言えば、珠音のスタイルは技巧派投手であることに間違いない。

 しかし、それでも浩平は別の考えに至っていた。

 珠音の投球スタイルは、本格派投手のように打者からアウトもぎ取る訳でも、技巧派投手のように技術を駆使して打者をアウトに陥れる訳でもない。

 積み重ねた基礎技術を盤石な土台とし、洗練された最高品質の投球を前に、打者は図らずともアウトを"献上"してしまう。

 本人が最初からその頂きを目指したわけではないだろうが、男子と比較して筋力や体力等の身体能力で劣る中、同じ環境で戦うにあたり自然に身に着いた極めて希な投球術。

 正しく、"野球人"としての楓山珠音ならではのスタイルだろう。

「さぁ、行こうか!1点差ならチャンスはまだある!」

 相手エース古賀の前に、四番打者の二神から始まる7回裏もあっさり攻撃が終了してしまうと、間髪入れずに鬼頭の鼓舞を受けたナインがグラウンドへ散っていく。

「次の回も頼むぞ!」

「任された!」

 珠音も登板直後の不機嫌さはどこかへ置き忘れたように意気揚々とマウンドに登り、打者と対峙する。

 長年バッテリーを組んできたからこそ、浩平は珠音の中で確立された投球術の弱点を見抜いている。

「......あぁっ!」

 相手打線は6番打者から始まる8回表の守備。

 やや速めの球足の打球が、甲子園球場で特徴的な土の内野グラウンドならではのイレギュラーバウンドを見せ、三塁手の大庭が弾いてしまう。

「ドンマイドンマイ。内野ゲッツーな!」

 本人のコンディションも含め、最高の環境でこそ真価を発揮する投球術は、アクシデントで崩れやすい。

 次打者にレフト前へ落ちるテキサスヒットを許し、8番打者はキッチリと犠打を決め、一死2、3塁と得点圏に走者を許してしまう。

「9番、土生くんに代わりまして、バッター和田くん」

 左打者の土生に代わり、右打席に代打の和田が入る。

「タイム」

 浩平がタイムをとり、内野陣がマウンドに集まる。

「この回、1点でも取られたらウチはピンチだ。逆に言えば、相手はダメ押しの大チャンス。しかも、わざわざ三塁ランナーを見づらくするよう右打者に代えてきた。強攻してくるかもしれないけど、スクイズの警戒も怠らないようにしないと」

「分かってる。三塁ランナーが走ったら、どんなサインだったとしてもストレートに切り替えるから、浩平は大きく外して。そこ目掛けて投げるから」

「元はと言えば俺のミスから始まったんだ。俺が大声で合図出すからな!」

 確認事項を終え、内野陣が再び自分のポジションに戻り、前進守備をとる。

「内野ホームバック!」

 三塁ランナーの本塁封殺を狙った守備体系はヒットゾーンが広がってしまうものの、得点を防げる可能性も上昇する。

 どちらにせよ外野まで打球が飛べば2点失う状況ならば、無失点で凌げる可能性を少しでも上げる方が得策だ。

 初球は打者走者とも動きはなく、警戒が裏目に出て判定はボール。

「(強攻か?)」

「(分からない)」

 浩平の出したサインは低めのスライダー。

 首を縦に振った珠音が肩越しにランナーを確認し、投球動作に入った瞬間だった。

「走った!」

 球場の歓声をかき分け、ピンチの元凶となった大庭の声が珠音の右耳に飛び込んでくる。

 珠音は咄嗟に握りを変え、外角高めにミットを構えた浩平目掛けて思い切り投げ込むと、バッターは食らいつくようにボール目掛けて飛び込むも虚しく、弱々しい打球が真上に上がってしまう。

「キャッチャー!」

 珠音が打球方向を指さし、浩平が難なく捕球する。

 すぐさま三塁への送球を意図するが、大庭が腕で大きく×を形作る。打球が高く上がったおかげで、ランナーはそれぞれ元いた塁への帰還を既に果たしていた。

「ツーアウト、ツーアウト!」

 浩平が守備陣を鼓舞し、プレイが再開される。

 打席には前の打席で安打を放っている一番打者の大木。

「ボールフォア!」

 投球が甘いコースに入らないよう意識をしすぎたか、ギリギリのコースを狙ったがために僅かに外れ、結果はフォアボール。

「ツーアウト満塁、内野近い所でフォースアウト。ここを切り抜けるぞ、締まって行こう!」

 握り拳から人差し指と小指を突き出して"2"を形作り、左打席に二番打者の吉原が入る。

「ボール!」

 初球はワンバウンドする緩く遅いカーブ。

 バックスクリーンの球速表示に示された球速は86km/hで、高岡がこの日記録した最高速より60km/hも遅い。

「(これで!)」

「(手を出してくれ!)」

 続く2球目の指示は、内角高めのストレート。

 バッテリーの願いを打者が受け取ったのか、114km/hと表示された指示通りの直球に吉原は思わず手を出してしまい、鈍い音と共に三塁線ギリギリのフェアグラウンドへ小飛球が放物線を描き始める。

「オーライ!」

 グラブが届くか五分五分といった落下点に、サードの大庭が猛然と突き進む。

 このまま強いスピンの効いた打球がグラウンドで跳ねればファールグラウンドへ自らを弾き出してしまい、ピンチを脱するチャンスを逃してしまう。

 やや乾いたグラウンドへ大庭は土煙を上げながら滑り込み、主審が駆け寄る。

「アウト!」

 大庭はグローブの中に収まった白球をアピールすると、主審は完全捕球を確認し、判定を下す。

「ナイスガッツ!」

 沸き立つスタンドの声援を背に、珠音が好プレーを見せた大庭を出迎える。

「俺のエラーから始まっているからな、俺が何とかしてみせないと。正しく、俺で始まり俺で終わったな」

「そもそも、始めないでくれてよかったんだがな」

 無駄に胸を張る大庭に、浩平が呆れた声を出す。

「ま、まぁ、いいじゃないか。ピンチの後にチャンスあり、だ。さぁ、気張って行こう!」

 完全に抑え込まれているエース古賀から得点するならば、試合が動きかけた直後しか考えられない。チームの思いは一致している。

 ムードメーカーの大庭の声出しで、ベンチは大いに沸き上がった。

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