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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
48/75

8回裏 ―夢舞台― 3.想い載せて

二神の本塁打でリードする鎌大附属。

勝利を手繰り寄せるべくアルプスの応援団から奏でられたチャンステーマは、グラウンド上の選手たちの背をそっと、そして力強く後押しする。

3.想い載せて


 試合は僅差のまま中盤まで進み、北信州総合には二神の本塁打で失った2点が大きく、そして重く伸し掛かった。

「ナイスピッチング!」

 予定通りの6イニングを投げ終えると、珠音は大きく息を吐き出しベンチに座る。

 持てる技術を全て駆使しているとはいえ、珠音のピッチングではそれなりに出塁を許すことを想定しないといけない。

 張り詰めた緊張感の中で集中力を保ち、無駄な出塁を許さないよう細心の注意を払ってマウンドに立ち続けた珠音の体力は、流石に限界を迎えていた。

「お疲れ様、アイシングしよ」

「ありがとう、夏菜」

 珠音は夏菜に付き添われてベンチ裏へと下がっていく。

 全てではないが、一度ユニフォームを脱ぐ必要があるため、流石に人前でという訳にはいかない。

「楓山、よく頑張った。二神は次の回からいくから、戻ったら準備しておいてくれよ。伊志嶺もだ!」

「前の回から準備していますよ。いつでも行けます!」

「待ってました!」

 6回裏の先頭打者である二神を送り出し、チームは円陣を組む。

「次の回からピッチャーが変わる。ピッチャーが変われば、流れも変わるもんだ。ここで点をとらないと、相手のペースになりかねない。何としても1点取るぞ!」

『はい!』

 鬼頭の檄にナインが応える。

 二神の本塁打こそあったが、それ以降は浩平が四球をもぎ取った以外で出塁すらできていない。

 鎌大附属打線の執念に臆したか、それとも前の打席で想定外の本塁打を放ったことへの警戒からか、二神は一度もバットを振ることなく四球で出塁する。

 1点が欲しい場面で、定石では犠打の指示を送るべきかもしれない。

「......浮足立っているな」

 しかし、鬼頭は相手投手が少々落ち着きのない様子を見て、強行を指示する。

「(よっしゃ、俺が決めてやる!)」

 サインを確認すると、大庭は意気揚々と打席に入る。

「大庭!続け!」

「おうよ!」

 ベンチから送られる檄に応えるようにバットを構え、初球。

「......ってーっ!」

 大庭の臀部に投球が命中し、鈍い音と思わず漏れた悲鳴が、一塁側ベンチにまでハッキリと聞こえてくる。

「いいぞ大庭!」

「おいしい、実に美味しい!」

 大庭は患部を擦りながら、半泣きで一塁へ駆けて行く。

 走者一二塁と、この日二度目の得点圏に走者を置いた状態で、打席には第一打席に中堅への安打、第二打席に四球と、相手投手の球筋がしっくりと見えている4番の浩平。

「あの、状況は?」

 アイシングを装着した珠音がベンチ裏から戻り、顔を出す。

「......最高だ」

 鬼頭は満面の笑みを見せ、珠音に打席を指さす。

 浩平がどっしりとした構えで打席に入り、浮足立つ投手に投球を促す。

「みんな、チャンステーマ行くよ!」

 一塁側アルプススタンドでは琴音が音頭をとり、男子部員が掲げたプラカードを見て吹奏楽部員は譜面をめくり、応援団は歌詞カードを取り出す。

 プラカードに書かれた文字は、"珠音いろ"と名付けられた応援曲。

 琴音を中心に野球部と吹奏楽部が合同で作り上げた野球部専用のチャンステーマは、ここまで鎌大附属打線が得点圏に走者を置くことができなかったこともあり、まだ一度も使用できていないでいた。

 ようやく訪れた絶好の機会に、応援団も練習してきた成果をようやく披露できると気合を入れ直す。

 琴音以外の応援団が全員着席し、琴音が大きく深呼吸をして緊張を解す。

「届け、届け、届けや届け。珠音色の思いを乗せて、今日の勝利へ思いよ届け」

 琴音は大きく息を吸い込むと、普段の彼女からは想像の付かない程の声量で、そして彼女の透き通るような声がメガホンに乗り、耳に馴染みやすい音階のソロパートが紡がれる。

「届け、届け、届けや届け。珠音いろの思いを乗せて、今日の勝利へ思いよ届け。

 進め、進め、進めや進め。珠音いろの翼で羽ばたき、今日の勝利へ突き進め。

 掴め、掴め、掴めや掴め。珠音のいろをこの場に奏で、今日の勝利をこの手に掴め」

 琴音の作り上げたリズムを応援団が男女二部合唱で受け取り、吹奏楽部とチアリーディング部が多いに盛り上げる。

 琴音の作った応援曲は、高校野球の応援歌としては珍しい合唱曲として作り上げられた。

「な、何かちょっぴり恥ずかしいなぁ」

 一塁側アルプススタンドから届けられる声援に珠音が右手で頬をかき、照れたような表情を見せる。

 完成した応援曲の題名に自分の名前を入れたことを琴音から最初に聞いた際は、じわじわと湧き上がる恥ずかしさのあまり悶え死にそうになったものだ。

「珠音いろって何色!?」

 披露会が行われた音楽室で思わず制服姿のままのたうち回ってしまい、色々見えそうになったのを琴音が必死にカバーする始末だった(琴音の俊敏性が知らず知らずのうちに野球部で鍛えられたのは、言うまでもない)。

「所謂、赤とか青じゃないよ。野球が奏でる音を"球音"って表現するでしょ。私たちの目指す野球が奏でる音は今までの野球とは違う訳だし、何かいい言葉がないかなって思ったら、珠音の"珠"も"美しく白い球"の意味があるんだもの。私たちは珠音に引っ張られてここまできた、"珠音いろ"に染まった野球選手。珠音いろは、私たちの野球そのものを表現しているんだよ」

 甲高い金属音で、珠音の意識はグラウンドに引き戻される。

「あぁ、惜しい!」

 夏菜が一塁線の僅かに右を抜けた打球に、悔しがる様子を見せる。

「浩平!いけーっ!」

 珠音は瞬時にメガホンを手に取り、大声で声援を送る。

 正面からの激励に浩平は思わず苦笑すると短く息を吐き出し、ジッと投球を待つ。

「プレイ!」

 投手は大粒の汗を拭うと、投球動作に入る。

 右腕からボールが放たれた直後、高めに浮いた投球に投手が焦りの表情を見せる。

「あっ!」

 球場に鳴り響く甲高い金属音はアルプスからの応援曲にアクセントをもたらし、金属バットは球場に駆け付けた合唱団にグランド・ポーズを指示する指揮棒へと変化する。

「切れるな!切れるな!」

 左翼方向に進む大飛球は一塁側からクレッシェンドのかかった声援に後押しされると、左翼ポール際に着地した。

 球場中から割れんばかりの歓声が浩平へと送られ、アルプススタンドでは応援団が次打者の新3年生長峰の応援などそっちのけで大盛り上がりを見せている。

「ナイスバッティング!」

 ダイヤモンドを一周しベンチに戻ってきた女房役に、珠音は握り拳を差し出す。

「お前ばかりに美味しい所を持っていかれちゃ、男が廃るからな」

「何それ、前時代的だな。世は令和だぞ」

「いいだろ、別に」

 バッテリーは互い笑みを見せ、浩平は自身の拳を珠音の拳に合わせる。

 大舞台で交わされた勝利の儀式は、初出場の鎌大附属硬式野球へ甲子園初勝利をもたらした。



 試合終了後。

 部員たちはベンチから用具を引き上げ、室内練習場に移動していた。

 間も無く、鎌大附属の次戦の相手が決まる第4試合が開始予定で、次にこの練習場を使用するチームはいない。

「くそぉ、いいとこなかったなぁ」

 大庭は地面に腰を下ろし、勝利の余韻に浸ることなく悔しさを口にする。

 この日は4打席に立ち、1三振1死球を記録した。

「いいじゃないか、あのデッドボールは美味しい場面だったじゃないか。俺なんか4タコだぞ!」

 5番打者の長峰は4打席で無安打と、目立った活躍を見せられていない。

「まぁ、そうだけども。でも、ヒーローじゃない」

 大庭がモニターを確認すると、そこにはインタビューを受ける監督とチームメイトの姿があった。

 先制ホームランを放ったキャプテンの二神、ダメ押しホームランを放ち且つ全打席出塁の浩平、先発投手として無失点の快投を見せた"大会史上初の女子選手"である珠音、そして途中出場で無安打ながらも守備を無難にこなした大会史上初の女性野手のまつり。

 若干、メディアの作為的な面が見え隠れするチョイスではあったが、試合結果から導きだされるタレント性としては申し分ない。

「大丈夫、お前のケツデッドボールは傑作だった。たぶん、"熱盛!甲子園!"にはちょっとくらい映るさ!」

「ネタ枠じゃねぇか!」

 賑やかでいられるのも、勝利を収めたからこそである。

 敗戦していれば、チームメイトを待つ間の口数も少なくなっただろう。

「おやおや、大舞台の後だって言うのに、みんな元気そうだね」

「......えっ、舞莉先輩!?」

 夏菜が声の方向に視線を向けると、舞莉が手をヒラヒラと振りながらやってくる。

「いや、ここ関係者以外立ち入り禁止じゃ......」

「え、これ見せたら入らせてくれたよ。先輩の手伝いってことにしてもらった」

 舞莉が首から下げたカードホルダーには”記者”の文字が記されている。

「まだインタビュー組は帰ってきていないんだね」

「そうなんですよ。結構長引いているみたいで」

「まぁ、史上初の女子選手を擁し、且つ初出場で初勝利を収めたチームだからね。記者が色目気だつのも仕方がないか」

 舞莉はやれやれといった様子を見せると、ポケットから紙を取り出して夏菜に手渡す。

 紙にはゲート番号と思しき数字が記載されていた。

「これ、二神が帰ってきたら渡してやってくれ。お互いのバスの発車時刻まで、少しは時間があるだろから」

「分かりました。何か伝えておきますか?」

「そうだなぁ......幼馴染が待っているとだけ伝えてくれ。私のことは内緒でね」

「......幼馴染?」

 夏菜がふと試合中の出来事を思い返す。

 ホームランを放った二神に、珠音が何かを茶化していたような気がする。

「あぁ、あの時に珠音が言ってた"知り合いの女の子"ですね!」

「そういうこと。さて、私も自分の"目的"を果たしたことだし、退散させてもらうよ。みんな、次の試合も頑張ってね」

 舞莉は用件を伝え終わると、早々に立ち去っていく。

 ほぼ入れ違いのタイミングで、インタビューを受けていた面々がぐったりとした様子で合流してきた。

「あぁ、お帰り。長かったね」

「ただいま。もー、同じような質問をたくさんしてくるんだもん」

 珠音は少々ウンザリとした様子で、インタビューの様子を語る。

 どうやら、報道各局が独自の画を撮るべく似たような質問を並べてきたのだろう。

「今日の試合のことよりも、練習で大変な所とか、女子野球との差とか、関係ないところも聞いてくるし。まだ、私を1人の高校球児としてじゃなくて、何かの見世物として扱っているような気がする」

「珠音......」

 不満気な珠音に、夏菜は苦笑を見せる。

 まだ、世間にとって珠音は好奇の存在でしかない。

「次こそ、あっと言わせてやる」

 全国の場で、しかも結果を残した上で改めて突き付けられた事実に、珠音は悔しさを露にした。

「頑張ろ、珠音。次こそ見返してやろう!サポートなら任せて!」

「ありがとう、夏菜」

 夏菜は右手でサムズアップに、珠音は微笑み返す。

 敗戦ならこれまでだが、鎌大附属は勝利を収めたため次戦がある。

この舞台に立ち続けられる限り、チャンスはまだ残っている。

「ところで......」

 珠音は周囲を見回す。何故だかニヤニヤとしているチームメイトの様子に、珠音がまるで気持ち悪いものを見るような視線を送る。

「みんな、どうしたの?」

「いや、ねぇ」

 チームメイトの視線の先には、荷物を確認する二神の姿があった。

「キャプテンも隅に置けねぇなぁと」

 夏菜から大庭に渡った紙切れが、二神の手に届く。

「二神、荷物は俺たちに任せておけ」

「は?いや、何これ?」

 中に記されているのはゲート番号と思しき数字のみ。

 これだけ手渡されても、意味が伝わる訳がない。

「女が待っているぞ」

「......あぁ、例の知り合いの"女の子"か」

「――――っ!!」

 大庭の茶化しに、珠音が情報を付け加えると、二神の顔が茹でタコのように紅潮する。

『40秒で支度しな』

『3分間待ってやる』

 まるで準備していたかのように、部員たちはどこかで聞いたことのあるような名台詞をピタリと揃える。

 二神は無言で簡単な身支度を済ませると、余りの恥ずかしさのせいか全力疾走で練習場の外へと駆け出して行った。

「ったく、勝手に動きやがって」

 鬼頭は大きく溜め息をつくと、部員たちへ撤収指示を伝える。

 こんな茶番ができるのも、無事に勝利を収めることができたから。

 鬼頭もそれが分かっており、文句を言う口元もどこか緩んでいた。


 結局、二神がチームへ再合流を果たしたのは、練習場を飛び出してから15分後。

 お守りを片手に握りしめ、出発予定から12分遅刻で姿を現したキャプテンに、チームは今一度、大いな盛り上がりを見せた。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20090534

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