7回裏 ―挑戦権― 3.舞台は整った
公式戦出場への女子選手出場は、あくまでも"特例"として認められることとなった。
制度施行は年明けからで、適応される最初の大会は"春の甲子園"として知られる選抜高校野球大会。
鎌大附属硬式野球部は当落線上に位置しており、男子部員たちは奮起する。
女子部員を甲子園球場に連れて行くために。
珠音は決意を新たにする。
甲子園球場のグラウンドに立つために。
3.舞台は整った
女子選手の公式戦出場は、あくまで"特例"として認められることとなった。
議論の時間も乏しく想定される問題を全てクリアしていない現状は紛れもない事実であり、あくまで将来的な制度化に向けた試験運用の一環という意味合いを込め、"特例"という表現が用いられた。
「本当は最初から本制度化したかったんだが、一定数ある反対派の意見も根強く無視できなくてな。大人が議論すると厄介事も多い。君たち高校生にとっては中途半端な状態に感じられるかもしれないが、前進であることには間違いないだろう」
通知の翌日、昼休み。
珠音は鬼頭に伴われて校長室に入り、連盟理事長との会合に参加していた。
「高校野球連盟主催大会への女性選手の参加には、下記書類の提出を求める。1.本人直筆の参加申込書、2.保護者の参加承諾書、3.所属校の参加同意書、4.有識者からの推薦状2通以上、5.医師の診断書。事務局への提出の後、連盟の事前審査を受け承認を得られた場合、女性選手の参加登録が認められる。尚、本特例措置の...しこう?」
「あってる」
「......施行は、〇〇年1月2日を開始日とする」
珠音は書類内容を確認すると、紙面を机の上に置く。
「何だか、いっぱい提出しなきゃいけないんですね」
「手続きというのはそういうものさ。大人になるにつれ、どんどんと増えていく。君にもいずれ分かるさ。特にこのルールは初めて制定されるものだから、特に面倒なことが多いんだ。ここからどんどん最適化・簡素化された時こそ、初めて君や君たちの主張が認められた瞬間だと思って欲しい」
理事長は苦笑を見せ、書類を改めて確認する。
「制度の適用初日が1月2日。適応される最初の大会は――」
「――春の選抜か」
鬼頭と珠音が校長室での会合に参加している頃、男子部員は自主的に空き教室に集まり、二神と土浦が中心となって関東大会前最後のミーティングを開いていた。
「女子部員を、珠音を、甲子園に連れて行こう」
浩平の言葉に、メンバー全員が一様に頷く。
「だけど、俺たちは県大会でギリギリ3位に滑り込んで、何とか関東大会に出場できたような学校だぞ。そんな簡単に下克上のチャンスあるか?」
「それがどうした」
大庭の弱気な発言に、浩平が喝を入れる。
「実績から見れば、俺たちから見て県大会の相手だってどこも格上みたいなものだ。今更だろ」
「確かし」
二神がスマートフォンを操作し、概要を映し出す。
「俺たちは絶対に、一般選考枠で出場しなければならない」
選抜高等学校野球大会への出場には一般選考枠と21世紀枠があり、一般選考枠は地方大会を勝ち抜いた先にある明治神宮大会の優勝校の所属地区の1校拡張分も含まれる。
関東大会において一般選考枠に入るための目安は最低でもベスト4とされ、強豪だらけのトーナメントを最低でも2回勝ち上がらなくてはならない。
「どういうことだ?」
二神の言葉に、浩平が疑問符を付ける。
「狙ってできることではないけど、21世紀枠で選出されたとなれば周囲の目が厳しいことになりそうだからな」
一般選考枠とは異なり、21世紀枠は各都道府県の高野連が推薦校1校を選出し、決められた地区代表推薦校から再度選出される。
選考理由として学業や地域活動など、純然たる野球の実力に介さない場合もあるため、選出理由に物議を醸すことがある。
「どう厳しくなるんだ」
「例えば、甲子園に出場したいがための売名行為だとか、炎上商法だとか......野球とは全く関係の無い批判を受ける可能性だってあるからな」
「でも、出られりゃよくね?」
大庭の呑気な意見に、二神が溜め息をつく。
「その批判の先頭に立たされるのが、楓だろ」
「......そうだな」
浩平が溜め息をつき、最近の珠音の様子を思い浮かべる。
「気丈に振舞ってはいるが、だいぶストレスを溜めているよな、あいつ」
「だと思うぞ。今でこそ色々な"あだ名"でチヤホヤされているけど、それだけ批判にも晒されやすくなっているからな。何かったら、確実に炎上する」
「なる程、正しく"ジャンヌ・ダルク"だな」
万事上手く解決するためには自分たちが強敵に勝利を収め、誰にも文句を言わせない方法で出場権を勝ち取るのが一番だ。
「勝つぞ。そして、甲子園に行こう」
浩平の言葉に一同が頷く。
「そうだ、一つ共通認識を確認しておこう」
「何だ?」
「"女子班を甲子園に連れて行く"のはいい。だが、ベンチ入りを易々と譲る訳にはいかん。みんな、いいな?」
鎌倉大学附属高校硬式野球部は、学年経験性別を問わず完全実力主義が信条である。
その事実を確認した男子部員の闘志は、過去一番の勢いとなっていた。
関東大会初戦の舞台は、神奈川県の高校野球では聖地と名高い保土ヶ谷球場。
「そういえば、この球場とはなかなか縁が無かったよね」
思い返せば、夏の大会でも地元の八部球場や小田原球場の試合が多く、最後まで保土ヶ谷球場を使用した試合はなかった。
「今日の男子班、いつも以上に気合が入っていたね。私の気のせいじゃないよね?」
「気のせいじゃないと思うよ」
スタンドではベンチ入りが叶わなかった男子部員と女子班、さらには有志の応援団が加わって応援の準備を進めている。そんな中、珠音とまつりは分担してメガホンを配っていた。
「なんでだろ」
「なんでって、そりゃ――」
珠音の呑気な言葉にまつりが呆れたような溜め息をついて振り返ると、珠音の真摯な瞳は真っすぐマウンドを見つめていた。
「珠音がそんな瞳をしているからだよ」
珠音は唇を噛み締め、悔しさを露にする。
「早く、あそこに立ちたいな」
「私だって同じ気持ちだよ」
公式戦出場の特例を勝ち取ったものの、権利が認めらえるのは翌年の1月2日以降。即ち、目の前の大会については相変わらず権利がない状態のままである。
権利が間も無く認められるからこそ、まだ行使できないもどかしさが珠音の中にある。
「少しでも早く珠音を公式戦のマウンドに立たせたい。皆がそう思って言うから、いつも以上に気合を入れて今日を迎えているんだ。さっき、二神や土浦も言っていたじゃんか」
球場前、部員全員で組んだ円陣の中心で、浩平と二神は試合への決意を語った。
『女子班を絶対に甲子園へ連れて行く』
下馬評は当然のように、格上と評される対戦校の勝利だろう。
選抜高等学校野球大会における関東地区の一般選考枠は4.5で、初戦を落とすことは、それ即ち挑戦権を失うことに直結する。
甲子園に行くためには、泥臭くても勝利を掴み取らなければならない。
「信じよう、みんなを」
「うん、分かっている。だって――」
「――挑戦権は貰うものではなく、勝ち取るものだ」
試合前の円陣で、キャプテンの二神は全員の眼を見て思いを伝える。
「俺たちはこの1年間、前代未聞の挑戦をしてきたんだ。そして、まず最初の関門をついに突破することができた」
選手として、そして部分的には指導者として活動してきた1年間は、それぞれが野球に対する取り組み方を考えさせられる1年だった。
「中堅校とも言い切れない俺たちがここまで来られたのも、楓と女子班のおかげだ」
一同は揃って頷く。
1年前は県大会2回戦敗退だったチームが、今では上位争いに食い込めている。
「最初の挑戦権は楓が自分で勝ち取った。なら今度は、次の挑戦権は、俺たちの手で捥ぎ取ろうじゃないか!」
『おうっ!』
二神の視線を受け、浩平が円陣の中心に立つ。
新チーム結成以来、キャプテンの檄の後に浩平が声出し係を務めるのがすっかり恒例行事となっていた。
「みんな、今日は絶対に負けられない試合だ。負けられない試合であり、勝たなきゃならない試合だ。絶対勝つぞ!」
『おーーっ!』
円陣から放たれた猛々しき掛け声は"勝利の女神"の加護を手繰り寄せ、鎌倉大学附属高校硬式野球部の関東大会初戦を突破した。
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