7回裏 ―挑戦権― 2.変わる時
珠音の記者会見を経て、連盟は100年に渡る規程の改正に着手する。
その報は早速、珠音のもとに届けられた。
2.変わる時
張り詰めた雰囲気の会議室では、当事者となった増渕が落ち着きのない様子でニュース画面を見ている。
「まったく、ごねれば何とかなるとでも思っているのか。これだから女は嫌いなんだ」
声色からも冷静さが欠けている様子が明らかに伝わってきており、理事長は深く溜め息をつく。
「既にプロ野球連盟、女子野球連盟からも明確な支持の動きが出ている。静岡サンオーシャンズに至っては、世論に理解を求めるよう選手会が公式の見解を発表する始末だ」
「プロはプロ、アマはアマです」
増渕はそう言うが、世論から孤立しては今後の運営に問題が生じかねない
「各アマチュア連盟の中でも、非公式だが支持の動きが出ている。有力校の野球部長からも、制度改革を求める声が再燃しているな」
実のところ、水面下では夏の"助っ人問題"をきっかけとして制度改革を求める声が上がっていたが、時期尚早として却下した経緯もある。
近年、"少子化"により単独チームを編成できなくなりつつある人口減少地域を抱える支部からも、改革を訴える声が上奏されてきており、意志決定を行う理事会としては何らかのアクションを取らずにはいられない所まできていた。
予想外の再燃により、中央理事会として対処を間違えれば多方面への影響が考えられ、その方法は慎重を期す必要がある。
「プロ野球界と女子リーグの間でも、技術交流会の開催や交流試合の開催など、将来に向けた試みの企画の話も聞く。劇薬ではあるが、我々が変化するとしたら今しかないのではないか」
「理事長、何を言っているのですか」
増渕が立ち上がり、理事長へと詰め寄る。
「たかが小娘一人の意見で100年の伝統を覆すなど、世間の笑い者です」
「ほぅ」
理事長は書類の束から調査報告書を取り出し、増渕の前に突き出す。
「私が何も知らないとでも言うのかね」
「何のことですか」
「孫が可愛いのは私も同様だ。だが、有力校への口利きから優先起用するよう学校側へ圧力をかけた事実について、複数の証言が得られている。これこそ、100年の伝統を軽視した世間の笑い者かと思いますが?」
「なっ......」
増渕は驚愕の表情を見せ、報告書に目を通す。
根回しや口封じの事実と、多額の寄付金の額が記載され、事細かく証言内容まで含まれている。
「お孫さんは相応な実力をお持ちだ。次週のドラフト会議では複数のプロ球団から競合指名を受けることも必至で、そのような手を用いずとも自力で立場を勝ち取ることができただろうに」
理事長はやれやれと首を横に振り、項垂れる増渕の姿を一瞥して視界から外す。
「伝統は積極的に守られてきたものではなく、結果的に守られていたもの。積極的に守られるべきことはルールであって伝統ではない。全く、これだから教育に関わる仕事というのは面白いんだ。こんな老いぼれになっても、改めて教えらえることが多い」
理事長は内戦で事務局長を呼び出すと、鞄からクリアファイルを取り出して目を通す。
「私だ。データは確認してくれたかね。明日、緊急で臨時の理事会を開催する。ドラフト会議の翌日には声明を発表できるよう、調整して欲しい」
理事長は愛飲する缶コーヒーに口を付け、テレビ画面に映し出される少女に視線を送る。
「いい瞳だ」
真っ直ぐ前を見据えるよどみのない瞳は、見る者を惹き付ける。
理事長もその一人だ。
「ルールは時代に合わせないとな」
理事長はテレビを消すと、翌日の会議で如何に理事を言い包めるか、思案し始めた。
一躍時の人となった珠音は、行く先々で前にも増して多くのギャラリーに取り囲まれる始末となった。
「皆様、ごきげんよう」
「......熱でもあるのか?」
週末からの関東大会を控えた放課後、野球部内では前日のドラフト会議の結果が話題に上がっていたが、そこに現れた珠音は明らかに疲労困憊といった様子だった。
「仕方ないでしょ、暫くは聖人でなきゃいけないんだから。気を抜いたら火炙りの刑に処されちゃう」
ユニフォーム姿の珠音は鞄を置くと、鞄からスマートフォンを取り出しメッセージを頻りに確認する。
「お前、さては"ジャンヌ・ダルク"の異名を気に入り始めているな」
常に付きまとう視線に耐えなければいけないのも、公人としての役割である。
自分の蒔いた種だけに、自分の落ち度を見せるわけにはいかない。
「......どうしたんだ?」
周りから声を掛けても生返事ばかりの珠音の様子を心配して、浩平が横に座り画面を覗き込もうとする。
「今日ね――」
珠音が応えかけた所でスマートフォンの画面に見覚えのある名前が浮かび上がると、珠音は勢いよく立ち上がり、浩平は期せずして手痛い肘撃ちを受けてしまう。
「もしもし、茉穂さん!?どうだった!?」
電話の相手は鍛冶屋茉穂。
珠音や浩平の1学年上の外野手で、半月前に女子プロ野球の入団テストを受験していた。
「......ホントですか!?おめでとうございます!!」
珠音が先程までの疲労感を吹き飛ばすかのように飛び跳ねている。
「茉穂さん、合格したって!」
珠音がマイク部分を手で覆い、周囲に報告してくる。まるで自分のことのような喜びようだ。
珠音はビデオ通話に切り替えると、画面には目を真っ赤にした茉穂の姿が現れる。
「うわ、ビデオ通話!?なんかもー、何か恥ずかしいなぁ。嬉しすぎて泣いちゃったから、ブスな顔になってない?」
苦笑する茉穂に、部員たちが次々と賛辞を送る。
直接触れ合ったのは僅か1日の練習だけではあったが、自らの脚で一歩前進した先輩への敬意は皆等しく持っている。
「大丈夫、茉穂さん可愛いから!」
珠音の意見は最もで、画面に移る美少女は涙を流す姿もたいへん"画"になる存在だった。
ちなみに、珠音が高速で舌なめずりをするのを見て女子部員(特に琴音)が思わず身震いを見せたのだが、男子にはこの一瞬の仕草が何を指し示すのか、理解がまるで追い付かなかった。
「茉穂さんの努力が認められて、私も凄く嬉しいです」
「珠音のおかげだよ。あの時、珠音に出会わなかったら今の私は無いわけだし」
「へへ、そう言って貰えると嬉しいな」
「そういえば、関東大会に進めたんだって?遅くなったけど、おめでとうございます」
練習開始まで暫く通話を続けていると部室の扉が不意に開かれ、鬼頭が仁王立ちしていた。その後ろには立花の姿も見える。
「監督、どうしたんですか?」
二神が近付くと、鬼頭は手に持った書類を手渡す。
「......!これって!」
「あぁ、そうだ」
鬼頭はニヤリと笑みを見せ、珠音に歩み寄る。
「楓山、よく頑張ったな。制約はあるが、公式戦参加が認められたぞ!」
ワンテンポ遅れて珠音の顔に満開の花が咲き、続いて部員たちが歓喜に包まれる。
部員たちは珠音を引っ張り出して勢い良くグラウンドに飛び出すと、まるで優勝したかのように珠音の胴上げが始まった。
「うわー、ちょ、ちょ!?」
その様子は学校周辺に張り込んでいたテレビカメラに一部始終を漏らすことなく収められ、夕方のニュースで速報として取り上げられた。
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