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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
40/75

7回裏 ―挑戦権― 1.白紙の原稿

静岡サンオーシャンズの優勝に端を発し、世間一般に認知された珠音の存在。

鬼頭と舞莉が仕掛けた連盟幹部のスキャンダルをキッカケに、珠音は記者会見の舞台に立つ。


マウンドに立つ覚悟と、人前に立つ覚悟は異なる。

用意された原稿を話し終え、記者からの質問に答える珠音は、自分の想いをあくまで自分の言葉で語った。

Bottom of 7th inning ―挑戦権―


1.白紙の原稿


 10月に入ると厳しい残暑もさすがに鳴りを潜め、気温も学校の制服が順次冬服へと移行することを見計らったかのように下がっていった。

「やぁ、"勝利の女神"改め"球界のジャンヌ・ダルク"さん。原稿は頭に入っているか?」

「やめい。全く、どうしてこう変な異名を付けるかなぁ」

 気温の下がり具合と反比例するかのように、珠音の周囲は熱気を帯びてきている。

 もちろん、男子班が学校史上初の関東大会出場を決めただけでなく、女子班が東日本大会のブロック予選を突破したことも要因の一つだろう。

 男子班は準決勝で敗れたものの、キャプテンの二神を中心に強豪校を相手にも臆することのない堅実な試合運びを見せ、開催県3位の出場権の座を勝ち取っていた。

 一方の女子班は珠音とまつりが投打に圧巻のプレーを見せつけ、2人を中心として本大会への出場権を手に入れた。

「舞莉先輩から貰った音声データ、ここまでの効果になるだなんて」

 珠音の周囲に溜まった熱気を更に増した真の要因は、舞莉が鬼頭に了解を得て意図的に流出させた音声データにおける高野連理事の発言が問題視されたことで始まる、一連の報道だった。

 私設大会での女子選手の強制退場の事実が報道され、さらには当該の女子選手が巷で噂の"勝利の女神"と呼ばれた女子高生であることや、その後に公式戦出場の権利を勝ち取るために女子班を創設して日々奮闘している姿に全国から共感が集まり、世論を味方につけた起因する部分が大きいだろう。

 大会中ということもあり、現地における各個の取材は断り続けていたが、次第に大きくなる声に何も対応しない訳にもいかず、遂に学校の体育館に会見場を設営して報道陣の前に立ち、会見を行うまでに発展した。

「まぁ、何も反応が無いよりかは大きく取り上げられた方がいいじゃないか。"ジャンヌ・ダルク"としては不服か?」

 浩平の言にうんざりとした表情の珠音は珍しく制服を着崩すことなく着用し、控え室として当てられた体育館の放送室の椅子に座って原稿に目を通している。

 あるゴシップ記事で掲載された"球界のジャンヌ・ダルク"の呼称は、いつしか"勝利の女神"に変わる形容詞として珠音を表現する言葉になっていた。

「"ジャンヌ・ダルク"って、最終的には異端の存在として処刑されんじゃん。高校野球界における異端児として囃し立てるだけ囃し立てて、ほとぼりが冷めたら掌返されて火炙りにされそうで怖い」

「大丈夫だ、後世で正しく評価されている。それに、裏切るような味方はお前の周りにはいないよ」

 ぶつくさ文句を言う珠音に、浩平は苦笑するしかなかった。

「水田先輩も言っていたけど、主要なメディアに注目されるのは俺たちにとって好都合だろ。我慢だよ、我慢」

「そうは言うけどねぇ......」

 珠音は机にゴンと音を立てて突っ伏し、大きく溜め息をつく。

「まさか、大会そっちのけで行く先々に現れるとは思わないじゃない。知名度の低い女子の大会がついででも注目されるのはありがたいけど」

 学校に記者が押し寄せることはある程度予想していたが、まさか遠征先にまで先回りしているとは思いもよらなかった。

 近頃、疲労感が見え隠れしているのはハードスケジュールが原因か、将又付きまとうように縋る報道陣への対処が原因か。

「あぁ......覚えられない.......」

 原稿の内容を何度も読み返しながら、時折呻き声を上げる。

 珠音は立花と舞莉の補助を受けながら自身の主張を文章化し、その都度鬼頭や国語教師で陸上部顧問の谷本に添削してもらいながら原稿を作成することとなったが、中々思うような文章を作成できずに直前まで時間をかけてしまった。

 学校も臨時の措置として午後を休校とし、部活動も各個で個人練習となった。

「......まぁ、文句を言ってもられないよね。私の我が儘が、私の蒔いた種が原因なんだし、やりたい事をやるためには動くしかないんだから」

 大きく溜め息をついた珠音の瞳は、文句を言っていた時から変わらず真っ直ぐ前だけを見据えており、決して鬱屈さは感じられない。

 壁に掛けられた時計は間も無く、会見開始予定時刻の14時を示そうとしている。

「楓山、時間だ」

 鬼頭が放送室の扉を開き、主役を迎えに来る。

 普段はカジュアルな服装を好む鬼頭も、この日ばかりはしっかりとしたスーツ姿だ。

「......はい」

 階段を降り、舞台下手側で校長や理事長など、学校関係者と合流する。

「珠音、頑張れよ」

「おうよ」

 浩平の檄に拳を突き出して応えると、珠音は校長に従い舞台脇から会見場へと向かう。

 ここはグラウンドではなく、着ているのもユニフォームではなく制服だ。

 それでも、浩平は珠音の背中に、まるでマウンドに向かう時のような頼もしさを感じた。



 鬼頭の言葉が会見の開始を告げる。

 珠音は言葉を半ば聞き流しながら、珠音は自身に向けられる無数の視線に動じないよう小さく深呼吸をする。

「(マウンドに立つ緊張感と、人前に立つ緊張感は違うな)」

 緊張する程の大観衆の前で登板したことはないが、マウンド上ではキャッチャーと対戦打者にだけ意識を集中させればいい。

 だが、無数の視線(少なくとも、集まった人の倍数はある)を遮るものの無い真正面から受けることに緊張するなと言うのは難しい。

「(なるほど、ジャガイモとか人参だと思えばいいとはよく言ったものだ)」

 珠音がそんなことを考えている内に校長の挨拶が終わり、会見は珠音の出番を迎えようとしていた。

「それでは、本校2年硬式野球部所属の楓山珠音さん、お願いいたします」

 鬼頭に促され、珠音が席を立ちマイクを手に取る。

「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。また、この様な場を設けていただきました学校関係者の皆様に、改めて感謝申し上げます」

 珠音は覚えた文言を、まるで普段からの口調だと言わんばかりの自然な様子で口にする。

 事態の説明については既に校長が済ませており、自身に向けられる質問だけに集中すればいい。

 珠音は自分にそう言い聞かせ、一つ一つの質問へ丁寧な対応を見せる。

「男子の中でプレーすることに、何か不都合なことはないのですか?」

「そうですね、プレー自体は小学生の頃から男子に囲まれていたので慣れっこです。ただ、着替えだけは面倒ですね。男子は外でパンイチになれますが、女子の場合はそういう訳にもいきませんので」

 適度に笑いを取るのも、立花の描いた作戦だ。

 報道陣や視聴者に親しみやすさを与え、味方に引き込む手立てである。

「むしろ、女子の大会に初めて参加した時は違和感がありました。今でこそ、私たちの野球部には女子班がありますが、そもそも野球をやる女の子は少ないですし、これまで自分以外の女子選手に会ったことはありませんでした」

 随所に自身の主張も織り込むことで、伝える努力も怠らない。

「楓山さんが仰る通り、女子選手は絶対数が少ないですね。全国大会も開かれておりますが、直近の大会での参加校は36校です。なかなか増えない要因を、楓山さんはどの様にお考えですか?」

「そうですね......」

 珠音は少し悩むような素振りを見せ、再び顔を上げる。

「やはり、野球は男子のスポーツというイメージが強すぎることが一つだと思います。野球の女子日本代表は世界大会で常に優秀な成績を収めていますが、ご存知の方も少ないと思います。また、女子はソフトボールという先入観が強く、野球を続けたいと思う女子選手の受け皿が少ないことが挙げられます」

「楓山さんは、女子野球部のある学校への入学は検討されなかったのですか?」

「考えなかった訳ではありませんが、そもそも女子野球部のある学校は少ないので、自宅から通える範囲になければ活動すること自体が難しくなります。県内でも2校しかありませんでしたので」

 予想された質問には、具体的な事実を提示しつつ応える。

「楓山さんは公式戦への出場を目指しておりますが――」

「いえ、野球部の仲間たちと甲子園に行ってプレーするのが、今の目標です」

 時には質問を遮るよう、珠音は自身の思いを食い気味に語って強調する。

「失礼いたしました。楓山さんは甲子園への目標を叶えたら、次はどこへ向かう目標を立てるのですか」

「当然、トップリーグでの活躍を目指します。1人の野球選手として、高みを目指すのは当然です。そして、女子だって努力すれば通用するということを認めてもらえるような選手になりたいと思っています。どんなに頑張っても将来に希望や夢を持てなければ、続ける意欲を持ち続けることは難しいと思います。野球を頑張る女子選手を元気づけるような選手になりたい――いえ、なります」

 珠音の真摯な瞳が記者を捉える。

 真っ直ぐな想いを乗せた言葉は、間違いなく聴衆の心に届いている。

「単に、あなたの我が儘や自己中心的な考えという意見もありますが」

 悪意の込められた質問に鬼頭が思わず反論しそうになるが、珠音がそれを制し、自らの口で返答する。

「確かに、始まりは私の我が儘です。自分のやりたい事をやるための場を整える、自己中心的な考えと言われても仕方がないかもしれません」

 珠音は深呼吸をして、続く言葉を紡ぐ。

「でも、その願いはたくさんの仲間が支えてくれたおかげで、一人の我が儘からみんなの夢と目標に変わりました。私は私を応援してくれるみんなのためにも、みんなで掲げた夢を叶えるためにも、男子の大会へ出場する権利を頂きたいのです。みんなと、甲子園を目指したいのです」

「だが、甲子園大会は100年を超える伝統を持ちます。問題はあるかもしれませんが、その伝統があるからこそ、大会に価値があるのではありませんか?」

 この記者あくまでも、現状変更を是としない立場を持っているようだ。または、厳しい質問をしてボロを出し、失言を狙っているのか。

「ご意見は連盟理事からも頂きました。そして、私の答えも変わりません。伝統は積み重ねられた長い歴史の中で変わらず守られてきたもので、長く続く文化の根幹だと思います」

「そうですね。では猶更、その伝統を崩すことは――」

「それでも、伝統は積極的に守られてきた訳ではなく、結果的に守られていたものだと思います。積極的に守られるべきことはルールであって、伝統ではありません。そして、ルールは時代に合わせて絶えず最適なものに置き換えられます。少なくとも、私はこれまで受けてきた授業でそう習いました」

 珠音の主張に、記者は返す言葉を見つけることができず、そのまま席に座る。

 その様子を確認すると、珠音は誰かに指示を受けた訳でもなく自席から立ち上がり、追い打ちとばかりに自らの意見を発信する。

「私は難しい願いを叶えようというのではありません。アスリートがより高いレベルを目指して努力するのは、どのスポーツでも同じです。現に、男女混合の競技もあれば、男子の大会へ女子選手の参加が認められている競技もあります。私は、私のような思いを持った選手が、挑戦できる場を設けて欲しい、権利を与えて欲しいと訴えているだけです。場と権利があったところで、そもそも私の実力が達していなければ、機会を得ることはできません。子供の我が儘と仰るのは結構ですが、そんな思いを持っている人がいて、それを支えてくれる人がいる事実を、皆様にご理解いただければと思います」

 珠音が頭を深々と下げると、まばらではあるが自然に拍手が沸き起こる。

 上から覗き見る浩平には、立花が控えめではあるが真っ先に手を叩き始めたのが、しっかりと確認できた。

「それでは、本日の会見は終了させて頂きたいと――」

 続く質問がなく、会見を終了するアナウンスを鬼頭が発する。

 珠音は校長に伴われて会見場を後にすると、浩平がそのまま待機していた控え室に戻ってきた。

「我らが"勝利の女神"様、お疲れ様です。ジャンヌ・ダルクのように"革命の旗手"たる素晴らしい演説だったぞ」

 実のところ終盤の応対は事前に用意していた言葉ではなく、珠音自身がその場で考え伝えた言葉、所謂"アドリブ"である。

「でしょ。私、野球を辞めることになったら、女優でも目指そうかな」

「芸人の方がお似合だと思うぞ」

「何を!?」

 浩平が珠音を労うように右肩へ手を添えると、小刻みな震えが伝わってくる。

 浩平が驚いたような表情を見せると、珠音は自嘲気味な苦笑を見せる。

「......怖かった、緊張した。内臓を全部吐き出すかと思った。マウンド上の方がよっぽど落ち着くよ」

 浩平に視線を向ける珠音の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいる。

 どんなに強い意志を持っていたとしても、人生経験の不足しているたかだか17歳の少女であることには変わりない。

「女優も芸人も、やっぱり珠音には似合わないな。珠音は野球選手が一番似合っている」

「......ありがと」

 長時間、虚勢を保つ精神力があるだけ、十分逞しい。

「お疲れ様」

 今の珠音を労うのに、長く難しい言葉は必要ない。

「おう」

 珠音は浩平が差し出した握り拳に自身の拳を合わせると、疲労のあまり机へうつ伏せになり、スヤスヤと寝息を立て始めた。

Pixiv様でも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20002514

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