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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
39/75

7回表 ―先駆ける者― 3.前進の旗を掲げ

サンオーシャンズ優勝の影の立役者として取り上げられた珠音の存在は、一夜にして全国区のものとなった。

鎌大附属高校へはひっきりなしに取材依頼が舞い込み、グラウンド周辺には報道陣が群がっている。


動くなら今。

舞莉の提案を受け入れた珠音は前進速度を増すべく、大きく旗を掲げた。

3.前進の旗を掲げ


 静岡サンオーシャンズの優勝を見届けてから1週間。

 鎌倉大学附属硬式野球部は無事に地区大会を突破し、県大会へ駒を進めていた。

「おー、今日もたくさん来ているねぇ」

「ま、我がチームには"勝利の女神"様がいるからな」

「ちょ、やめてよ......」

 女子班は東日本大会に向け練習に励んでいたが、連日に渡って記者がグラウンド脇へ姿を現す事態に、部員たちは半ば呆れていた。

「よっ、女神!」

「勝利の女神!」

 囃し立てるチームメイトを払いのけ、珠音は溜め息をつきベンチに腰を下ろす。

「珠音もすっかり有名人だな。しかも、地方から全国区と順調にステップアップしている訳だし、まるで関西から上京してきた芸人みたいだ」

 浩平の言う通り、珠音の存在はこれまで地方紙とネットニュースに華を咲かせた程度の存在だったが、今は違う。

 優勝を収めた静岡サンオーシャンズへの取材からチームの雰囲気を変えるキッカケとなった"勝利の女神"の存在が全国区となり、さらにはその"女神様"が決勝のサヨナラホームランを放った若手捕手の実の妹で、クラブハウスで撮影された記念写真の中央で監督と一緒に映っていた少女というところまで足が付いている。

 報道各社はこぞって"謎のヒロイン"の正体を突き止めようと躍起になり、連日に渡って律義に取材を申し込んでくる始末である。

 それらの取材対応のためか、ここ数日で鬼頭のみならず、学校職員はどことなくやつれた様な表情を見せるようになった。

「全国ニュースって凄いんだな。改めて、テレビの力を思い知らされたよ」

「ネットニュースでも十分話題にはなったと思ったが、見てる人も多いし、情報伝達先の数に圧倒的な差がある分、集まる人数も比じゃないね」

 珠音と浩平が雑談しながら練習の準備を進めていると、舞莉が差し入れを片手に持って現れた。

「やぁやぁ、有名人さんや。差し入れだよ」

「ありがとうございます。というか、舞莉さん受験勉強はいいんですか?」

「受験生だからと言って、机に向かって四六時中に渡って参考書を開いている訳じゃないさ。たまには息抜きも重要だよ」

 舞莉はお道化て見せると、差し入れの中から自分用のスポーツドリンクを取り出し、口を付ける。

「さっきの話だけどね、情報源の信頼度によっても影響力は変わるよ。過去ではインターネットやSNSの情報は信頼度に欠けた分、いくら騒がれようとも軽視されがちだったよね。それでも、次第に情報の拡散速度や有効性が認められて以来、各分野で重視されるようになっただろ?」

「はぁ、まぁ......」

 舞莉が意気揚々と語る内容を全て理解したわけではないが、珠音は何となく納得する。

「それに、今回のように珠音が注目を集めたことは、鍛冶屋さんの時以上に有益な効果が現れると思うよ」

「どうしてですか?」

「情報源についてはさっきも言った通り、発信源の信頼性が重要だ。そして、信頼度の高い情報を得た多くの人の中に、私たちの行く末を決めるべき人も含まれた訳だよ。ようやくね。どんなに発信しても、受信できなかったら意味はない。受け手がどの媒体を見ているかは重要だ」

 舞莉がスマートフォンを取り出し、ニュースアプリを開く。

「スマホに慣れている人たちはこうやって情報収集ができるけど、上の世代はそう言うのが苦手だから新聞やテレビの内容を重視するだろ。これまでの珠音を題材としたニュースは地方紙止まりでネット中心。鍛冶屋さん関連のニュースもインターネット上の情報に限られていたから、影響を及ぼした範囲が狭かった。けど、今回は違う。必然的に多くの人の注目を集めた訳だし、連盟の偉い人たちも看過できなくなるってこと」

 得意げに語る舞莉は、喉を潤そうとスポーツドリンクに口をつける。

「水田先輩は、近々何かあると予想している訳ですか?」

 浩平の指摘に舞莉の動きが止まり、ニヤリと表情を向ける。

「受動では何も起こらないと思うが、能動なら分からない。何かを起こすなら今しかないだろうね。おそらくこのままだと、珠音は弱小チームを勝利に導いた"勝利の女神"というだけで終わってしまう。ブームとは一過性のものだし、"君たち"に残された時間はもう無いんだからね」

 舞莉の言う時間が、珠音の出場可能な大会を指し示していることを、浩平は瞬時に理解した。

 既に2年次の秋大会は始まっており、これが終われば残す公式戦は翌年の春と夏だけ。

 少しでも急がなければ、制度が改正されたとしても珠音が公式戦に出場できないまま引退の時を迎えてしまう。

「そこでだ。私は、そろそろこいつの出番じゃないかと思っているんだが、どうだね?」

 舞莉は鞄からペンのようなものを取り出し、不敵な笑みを浮かべる。

「......あの時の、音声データ」

「そういうこと」

 珠音が連盟理事の増渕から投げかけられた言葉が、珠音の頭にグルグルと回る。

「"実力の劣る"」

 格上の選手を抑え込んでいるのは、珠音の実力ではなく相手打者が珠音を侮って実力を発揮していないから。

「"たかが一選手の我が儘や夢を叶えるために、伝統を守るための規則を変更することはできない"」

 伝統を守るためなら、末端の選手のことなど石ころ程度の価値でしかない。

 大河の流れの向きを変えようとするならば、それこそ分厚い堤防を"破壊"できるだけのアクションを起こさなければならない。

「舞莉先輩、やりましょう。大きな変化を起こすなら、大変なことをしないといけませんからね」

「......いい瞳だ。そうこなくっちゃね。私たちの信玄堤を築こうじゃないか」

 珠音の言葉に浩平は鳥肌が立つのを感じ、舞莉は心底満足気な表情を見せる。

 バットを振らなければ当たらない。

 自ら動かない限り、前に進むことはできない。

「私は、甲子園に行きたい!行ってみせる!」

 珠音はベンチから立ち上がると、グローブをはめた右手を高く突き上げる。

 珠音の瞳に宿った決意はどの金属バットよりも硬く、そして光り輝いていた。



 翌日。

 静岡サンオーシャンズの快進撃と"勝利の女神"を真っ先に取り上げた報道局へスクープが届けられると、8月にネットニュースで一時的に話題となり、かつ既に下火となっていた"公式戦への女子選手の出場"に関する議論が再燃する。

「これぞ正しく"逆転満塁ホームラン"だ」

 舞莉は"バイト先"でニュースの見出しを見ながら、満足気にブラックコーヒーを嗜む。

「何を見ているんだ?」

 舞莉は声を掛けてきた同僚に視線を向けることなく、見ていたニュース画面を見せる。

「"高野連理事の女子選手への暴言問題"に、"血縁選手の入学や起用に関する口利き"?」

「そ、部活の後輩が関係しているんだ」

 首を傾げる同僚に、舞莉はコーヒーを差し出す。

「もしかして、ここ1年くらいコソコソと動き回っていたのは、このことだったの?」

「まぁね、私たちにも間接的に関連してくる話だったし。この事態を上手い方向に向ければ、後々の助けになるからね」

「それは、お前のよく当たる勘か?」

「そんな所だよ」

 同僚は呆れたような表情を見せると、コーヒーを受け取り自分の席に戻っていった。

「舞台は整えた、あとは君たち次第だよ。私だって、楽しみなんだからね」

 コーヒーを飲み干し、紙コップを放り投げる。

 綺麗な放物線を描いてゴミ箱に入る様子を確認すると、舞莉は小さなガッツポーズを見せた。

「お疲れーしった」

 舞莉は立ち上がると、上機嫌な様子で部屋を後にした。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19958744

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