7回表 ―先駆ける者― 2.勝利の女神
サンオーシャンズの初優勝に沸くグラウンド。
監督の葛城はインタビューで、チーム優勝の立役者として"チーム関係者の女子選手"を紹介する。
興奮冷めやらぬロッカールームに招かれた珠音は、大きな拍手とともに迎え入れられ、監督と選手たちから想いを告げられた。
2.勝利の女神
歓声が止まないまま、グラウンドでは人だかりがマウンド付近に移動し、中心に招き入れられた葛城監督の胴上げが始まる。
「凄い試合を見れたね」
「兄ちゃんに感謝だね、感謝」
球場が若干落ち着きを取り戻したところで、興奮を隠しきれない葛城監督のインタビューが開始された。
「サンオーシャンズの活躍は世間で"おっさんズナイン"や"おっさん旋風"などと呼ばれるように、中堅からベテラン選手の、失礼ながら特に輝かしい実績の無い選手たちの活躍が光ったシーズンでした」
インタビュアーの言葉は前置きがあったとはいえ、本当に失礼な質問だなと珠音には感じられた。
野球に興じる者は数多くいるが、そのままプロ野球選手になれる選手は極めて一握りの存在である。
その中でもレギュラーとして活躍できる選手は、類まれな才能とたゆまぬ努力を重ね、運にも恵まれた存在でもある。
たとえ"一発屋"と呼ばれようとも、放つ輝きが一瞬だったとしても、その場に立つことさえできない選手も多くいる事実を忘れてはならない。
「まぁ、そうですね」
葛城監督も苦笑しつつ、インタビューに答えている。
実際、一般論で言えば今シーズンのサンオーシャンズの主力として働いた選手たちはベテランながら実績に乏しいとの表現は正しい。
4番打者を務めた十川選手は入団10年目の選手だが、今シーズンの成績は全てにおいてキャリアハイを更新したどころか、過去9年の通算成績をも超えている。
この試合の先発にして勝ち頭の城所投手は各球団を転々とする所謂ジャーニーマンだが、彼も同様に自己ベストを更新し、プロ入り以来積み重ねた数を1年で優に超えている。
他にも劇的な復活劇を演じた者、誰もが驚くスタイルチェンジを果たした者など、メディアの好むドラマティックな選手が多かったのも、ここまで囃し立てられた要因だろう。
「ただ、チームがこれ程の活躍を見せたのは、選手たちの心境の変化でしょう」
これまで質問に答えるだけだった葛城が、自ら語り始める。
「シーズン早々に主力メンバーが離脱した際、チームの雰囲気はとてもじゃないが戦える状態じゃなかった。とてもシーズンを戦い抜けるとは、指揮官である私も思えない程にね。今年で契約を打ち切られると思いましたよ」
「それでも、チームは変わったんですね。何かキッカケがあったんですか?」
まるで"予定調和"のように、2人の会話が進んでいく。
「ある時にインターネットで見たニュースに心を打たれたんですよ。高校野球で公式戦に出場できない女子選手が、その権利を勝ち取るために日々努力を重ねている。それだけ野球を愛して、男子にも負けない努力をしている女子選手がいる。正直、驚きました」
どうやら、葛城は立花が書いた記事の読者らしい。
珠音がそんなことを考えていると、葛城がふと自分へ視線を向けたように感じられた。
「あなたが言うように、今シーズン活躍した選手はお世辞にも華やかな実績に溢れた選手ではなく、"ただただ"長くやってこられた選手が中心でした。当然、長く球界に居続けるというのも一つの才能であることは間違いありませんがね。でも、それだけではいけないと思っています」
葛城の眼が明らかに珠音の姿を捉え、再びインタビュアーに視線を戻る。
「私は女子選手の話をミーティングで伝え、全員に伝えました。これだけ野球を愛してくれている人がいる。夢を持っている人がいる。君たちはどうなのかと。野球を愛しているか、夢を持っているか。そして、これまでに野球を愛してもらえるよう、夢を与えられるようなことをしてこられたのかと」
葛城の言葉を、球場に集まった観客が一言一句を逃さないよう聞き入る。
「選手たちの目が変わりましたね。特に、ベテランと呼ばれる年代の選手がね。あの日がサンオーシャンズにおける今シーズンのターニングポイントになったと、自負しています」
葛城の言葉に、自然と拍手が沸き上がる。
「しかもね、その取り上げられた女子選手が、うちの選手の妹さんだって言うんだから、これは運命かと思いましたね」
「え゛っ」
思わず声が漏れ、珠音は口を両手で塞ぐ。
どうやら、自分の存在はチームに把握されているようだ。
「実を言うと、今日は無理を言ってその女子選手とご家族を招待しました。チームの雰囲気を変えるきっかけとなった彼女に、どうしてもお礼を言いたくてね。彼女の前で勝利を収め、優勝を決めることができて、本当によかったです」
歓声に応える中、今度は葛城とバッチリ視線が合う。
「こ、この席、監督さんが用意してくれたっぽいね。兄ちゃん、そんなこと言っていなかったけど」
「そうみたいだね」
公然で明かされた事実に、両親も苦笑を浮かべるしかない様子だった。
「失礼します」
不意に後ろから声を掛けられ振り返ると、早くも優勝記念Tシャツに身を包んだ球団職員が立っていた。
「楓山選手のご家族の方ですね?」
「あ、はい」
「球団より、ご家族をお連れするよう指示を受けております。恐れ入りますが、ご同行いただけますでしょうか」
「分かりました」
丁寧な対応を受け、珠音を先頭に3人は荷物をまとめると、職員の後に付いて行く。
「おぉ......関係者以外立入禁止だって」
球場のロッカールーム等は、高校野球の試合でもなかなか入れるものではない。
暫く待合室でセレモニーの様子をモニターで見ながら待機していると、暫くして扉が開き、兄の将晴が姿を現す。
「よっ!」
「お疲れ様!」
今日のヒーローと珠音は、陽気にハイタッチを交わす。
「代打出されると思ったよ。兄ちゃん、打率はそんなんだし」
「俺も、ぶっちゃけ代えられると思った。そしたら、ゴロ打たなきゃいいから思い切り振れって言われてな。まさかのプロ初ホームランになったよ」
そういえば、過去2シーズンで1軍公式戦に出場こそしているものの、本塁打は記録していない。
「今、みんなシャワー浴びているから、ちょっと待っててな」
「いや、待っていてと言われても、この後どんな予定になっているか私たち全然知らないんだけど」
キョトンとする珠音に、母が溜め息をつく。
「話を聞いていなかったの?」
「さっき、職員の方が話していたじゃなか」
両親から責めるような視線を受け、珠音はスタンドからの道のりを思い返す。
そう言えば、球場内をキョロキョロと見回して話など聞いていなかった。
「ご、ごめん」
「あはは、高校生になっても変わらないな。珠音をクラブハウスに招待することになったんだが、みんな汗臭いまま女子高生に会うのはマズいと急いでシャワーを浴びていてね。もうちょっと待っててくれ」
将晴はそう言い残すと、待合室を後にする。
「兄ちゃん、汗臭かったね」
「いの一番に来てくれたんでしょ。文句言わないの」
3人は待合室を出るまで、もうしばらく待たされることになった。
将晴に伴われてクラブハウスを訪れた珠音は、選手からの大きな拍手に迎え入れられた。
「ようこそ、珠音さん」
チームを代表して、監督の葛城が一歩前に出て握手を求めてくる。
「あ、えぇっと、ありがとうございます。いや、まずはその前に、はじめましてっ!」
差し出された手を両手で握り、珠音はややぎこちない握手を交わす。40代中盤と比較的若い監督の手は、ゴツゴツと硬く感じられた。
「はーい、そのまま目線こっちに下さーい」
聞きなれた声に思わずその方角を見ると、球団広報の他には立花の姿があった。
「立花さん......もう、驚きませんよ」
「いやいやいや、十分に驚いていたじゃん」
ケラケラと笑う立花に乗せられたのか、葛城も豪快な笑い声を上げる。
「彼女には球団を通じて連絡を入れてね。君のことを追っている記者ならば、取れ高としてこれ程美味しい写真はないだろうからね。事前に声をかけて、呼んでおいたんだ」
「ご連絡いただかなくても、私からアポイントを致しましたのに。お心遣い、心より感謝申し上げます」
立花は普段見せない恭しい態度を見せると、大学生とは思えない落ち着いた所作に、球団広報も感心したような表情を見せる。
「学校や部活で忙しい中、来てくれてありがとう。チームは秋季大会だろ?隣県とはいえ、ここまでは遠かっただろうに」
葛城が申し訳なさそうな表情を見せる。
「いえ、素晴らしい試合を見ることができて、私もとても嬉しかったです。あ、遅くなりましたが、優勝おめでとうございます」
「ありがとう。どうしても直接君に会って、感謝を伝えたいと思った次第だ。お兄さんをゲーム以外でも起用させてもらったよ。本業でもよく応えてくれたし、今シーズンのサンオーシャンズは、楓山家様様だな。
「感謝だなんて、そんな......」
珠音は照れくささと恐縮で俯く。
遥かに格上のコーチングスタッフやプロ野球選手から謝意を伝えられるなど、想像したこともない。
「インタビューでも話したんだがね、私は立花さんの記事を読んで君の事を知り、感銘を受けた。公式戦に出られる保証もないのに、将来その権利を勝ち取るべく男子と同じ厳しい練習にも耐え、限られた範囲ではあるが実績も残している。それ程までに野球を愛し、夢と強い意志を持って取り組む姿に、私は心を打たれた」
これ程までに手放しに称賛された経験など、振り返って見てもないかもしれない。
珠音は恥ずかしさのあまり、湯を沸かせるのではないかと言う程の熱を顔に感じる。
「監督に言われてハッとしたよ。君のような強い娘が野球に対して真摯に取り組んでいるのに、本来その目標とならなければならない自分たちは夢を与えられる存在なのか、意志を持って取り組めているのかってね」
選手を代表して、このシーズンの実質的なチームリーダーにして4番打者の十川が前に出る。
「メディアは好き放題なことを言ってくれるが、自分たちに関して言えば全くもってその通りだった。今日のスタメンも平均年齢が高いだけで、プロとしての華やかな実績なんて殆ど無い」
珠音は十川の名鑑に記載されたプロフィールを思い返す。
今年36歳で地元出身10年目のスラッガーは、選手層のまだ薄かった創設3年目のチームのポイントゲッターと期待されて入団したが、1軍と2軍を行き来して期待に応えられない日々を送っていたはずだ。
「君のことを知った後で、このまま何も残せないまま引退するなんて考えられなくなってね。プロとして、いや、一人の大人として20歳も年下の女子高生に教えられたのは、恥ずかしい限りだがね」
十川が苦笑すると、後ろから次々と選手が顔を出す。
「正に"眼の色が変わった"という表現が適切だな。かく言う俺もその一人」
「あのままだったら、俺は今年で終わりだったかもしれない。他にもそんな自覚のある選手が多いはずだ」
十川だけではなく、榊、井戸といった所謂"おっさんズ"の中核メンバーに続き、選手たちが口々に感謝の意を珠音に伝えていく。
彼らもまた、プロ野球選手となってからは"主役"と言えない人生を送り続けた選手たちだ。
「ほら、彼女も困っているぞ」
葛城が苦笑を見せ、選手たちを鎮める。
「まぁ、色々言ったが、君は俺たちにとって優勝の一番の立役者であり、それは間違いではないんだ。勝利の女神と言っても過言では無いな」
「め、めがっ!?」
思わぬ表現に、珠音は思わず吹き出してしまう。
これまで女神や姫と言ったイメージを持たれたことはなく、学芸会でも所謂女の子らしくない役柄(勇者や猪)しか演じたことがない。
「君の今の目標、将来の目標は何だね」
葛城は珠音に優しい表情で語らいかける。
「私の今の目標は、私を受け入れてくれた仲間と一緒に公式戦に出場して、甲子園に行くことです。そして、その後は女子プロリーグに行って、いつかプロ野球初の女子選手になります、なってみせます」
珠音の意志の込められた言葉に場が沸く。決して茶化すような雰囲気ではなく、素直に応援する気持ちの現れだった。
「不思議だな、君なら本当にできる気がするよ。何故だかは分からないが、君にはそんな力を感じてしまうな」
「ありがとうございます。それに、その力は私だけの物ではありません。たくさんの仲間が支えてくれるから、チームメイトのみんなが支えてくれるから、私はこうやって前に進めているんです」
「そうか、いい仲間を持ったね。これからもぜひ頑張って欲しい。そして、いつか同じ舞台で戦おうじゃないか」
「はい!」
珠音と葛城は、再び固い握手を交わす。
互いの健闘と、同じ舞台で相対する、あるいは共に戦う未来への誓いを込めて。
Pixiv様にも投稿させて頂いております。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19958744




