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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
36/75

6回裏 ―信じた道、信じる道― 3.押された背中

実戦練習後、フェリーの欠航により茉穂は珠音の家に泊まることとなる。

全力を出した茉穂は女子プロ野球のトライアウトを受験する決意を珠音に伝え、1人の野球選手へと返り咲いた。

3.押された背中


 練習後。

 用具を分担して持ち帰り、部員たちはそれぞれ家路に付く。

「あの、ホントにいいの?」

「大丈夫大丈夫。お母さんもいいって言っていたし」

 いつもは珠音と浩平の2人で乗るバスに、この日は茉穂も同乗している。

 当初、練習後はそのまま自宅に帰る予定だったが、フェリーが急な天候不良により運休となったことで帰れなくなってしまい、近くのホテルを予約しようとした立花を制して珠音が強引に話をまとめ、そのまま楓山家に泊まることになっていた。

 家に電話を掛けると、応対した母親は何故だか大喜びすると"浩平も家に呼んで一緒に夕飯を食べよう"と言うので、3人の目的地は同じである。

「いやー、それにしても綺麗に打ち返されちゃったな。もう、浩平のリードが甘いから」

「あれはお前が外角に外す指示を拒否した上に、コントロールをミスったのが原因だろうが!」

「わー、ごめんごめん」

 浩平はむすっとした表情を見せると、珠音は両手を合わせて謝罪のポーズを作る。

「それにしても、土浦くんは凄いなぁ。私が元々右打ちなのを見抜くだなんて」

「スイングが余りにも自然だったんで。珍しいですけど、左投げ右打ちの選手がいない訳じゃないですから」

「流石キャッチャーだね、よくバッターの細かな動作を観察してる」

 茉穂からの称賛の言葉に、浩平は少々照れたような様子を見せる。

「もともと左投げなのも、兄が左利きで家にあったグローブが左投げ用しか持っていなかったものだから、仕方がなかっただけなの。私自身は右利きだし、野球を始めてからずっと右打ちだったんだ」

「どうして左打ちに?」

「中学生になってから入団した時のシニアチームのコーチの指導かな。女子だからって特別扱いしない、一人の選手として扱ってくれたいい人だったんだけど、やっぱり左投げ右打ちは勿体無いってね」

 茉穂は苦笑いを見せ、言葉を続ける。

「センスはあったみたいだし、それなりに脚力にも自信があったからね。男子の中で野球を続けるに当たって少しでも有利になるのならと言われて、私もその通りだと思ったから。あくまでもスイッチヒッターのつもりだったんだけど、対戦相手が右ピッチャーばかりで右打席に立つ機会が限られていったせいで、そのまま左打ちになっちゃった」

 茉穂は彼女なりに男子の中で生き残る術を模索していた。

好球必打を信条としたスタイルでパワー負けのリスクをとるよりも、左打席で小技の光る選手になる道こそ、男子の中で自身の価値を高め確立させる道だと。

「それでも、どこか未練があったのかもね。クラブチームではそのまま左打者として入団したけど、部活では右打ちの練習も続けていたし」

 車窓から見慣れた近所の家屋が見え、降車ボタンを押す。

 暫く進むとバスは珠音の自宅最寄りのバス停に到着し、3人は珠音を先頭に縦並びで降車する。

「どうして、私との最初の勝負は左打席だったのに、次は右打席に立ったの?」

 珠音は外門を越えたところで振り返り、後ろを歩く茉穂に問い掛ける。

 秋分まで1ヶ月を切った今も、太陽が水平線の向こう側へ沈む時間は遅い。

長く続く薄暮の中、珠音の顔は外灯に、茉穂の顔は玄関灯に照らされ、お互いの表情を鮮明に見ることができる。

「......私も、我が儘になろうかなと思って」

「我が儘?」

 自分を表現する単語として正しいものを見つけ出し、微笑みを浮かべながらその言葉を口にする。

「そ、我が儘」

 茉穂は噛み締めるように再び言葉にすると、その意図を続ける。

「これまでの野球選手としての鍛冶屋茉穂は、選手として生き残るために監督やコーチの指示やアドバイスへ従順だった。もちろん、そのお陰でここまで来られたし、指導してくれた人たちにも感謝している。でも、さらにその先、さらに上を目指すなら素直に従うだけじゃなくて、我が儘を認めさせるくらいの努力をしないといけないと思ったの。珠音、あなたを見てね。あなたのお陰。そして珠音は、文字通りに全力で、全ての力を持って勝負を挑んでくれた。だから私も、私の全てで応えたいと思えたんだ」

 茉穂の瞳が、玄関灯の光を受けてキラキラと光っている。

「......そっか」

 珠音は目を閉じ、対戦した2打席を思い返す。

 1打席目は、これまでの努力と感謝の証。

 2打席目は、これからの決意と覚悟の証。

「私、トライアウトを受けるよ。そして、絶対に合格して見せる。そして、もっともっと上へ登って見せる。そして、登り切った先で珠音とまた勝負をしたい」

 茉穂が差し出した手を、珠音はしっかりと握り返す。

「また一緒に、野球をやろう」

「約束しましょう。でも、私だって止まりませんからね。茉穂さんのさらに上に行って、文句なしで完全に抑えきって見せます」

「なら、私はさらにその上―」

「じゃー、私はもっとその上に――」

 元来負けず嫌いの2人は互いに視線を交わし、その瞳に宿る想いで競い合う。

 同世代最高のライバル誕生の瞬間を、浩平は後ろから静かに見届けた。



 翌日。

 珠音の家まで迎えに来た立花の車に乗り、茉穂は一路久里浜港を目指す。

「珠音ちゃんはどうだった?」

 立花の問いに、後部座席に座る茉穂は笑顔を見せる。

「逞しい人だなって思いました。自分を認めてもらうための努力を惜しまない姿は、年下ですけど素直に尊敬できます」

「同感ね。年下だけど、彼女の姿を見ていると私自身、努力が足りないと思えるもの」

 茉穂は来た道を振り返り、前日の夕食後を思い出す。

 前日は珠音の両親と浩平の両親も交え、珠音の兄―将晴―が出場する静岡サンオーシャンズの試合をケーブルテレビ(試合は静岡県内でしか放映されないことも多く、両家では将晴の入団を期に加入している)で観戦しながら、賑やかな夕食を共にした。

 何でも、昼過ぎに将晴から久し振りにスタメン出場を伝えるメッセージが届いたらしく、珠音と浩平の両親は(またも)フレックスタイムを活用して仕事を早々に切り上げ、共にテレビ観戦を楽しむべく早々に帰宅していたそうだ。

 球団初の優勝へ、下馬評を大きく覆す活躍を見せて快進撃を続けるチームへ、両家は遠方から精一杯の声援を送る。

 正捕手の休養日として少ないチャンスを手にした将晴の好リードも光り勝利を収めると、家の中はお祭り騒ぎとなった。

 土浦家の帰宅後は野球談議や互いの思い出語りに花を咲かせ、ついつい夜更かしをしてしまった。

 茉穂はクスリと笑みを見せ、前方へ視線を戻す。

「目標であり、ライバルでもある存在です」

 茉穂の言葉に、立花は満足気な笑みを浮かべる。

「そっか、2人を会わせて正解だったわね」

「はい、ありがとうございました」

 もう間も無く久里浜港。

 フェリーに揺られ家に着いたら、早速トライアウトに向けたトレーニングに取り組もう。

 2人で交わした約束を胸に。

「ただ......」

「ただ?」

 突如として言葉に込められた力強さが消え、隣から”もじもじ”とした雰囲気が漂ってくる。

立花がバックミラー越しにその様子を確認すると、茉穂は何かを思い出して少々恥ずかしそうな表情を見せていた。

「......同じ布団で一緒に寝るのは、止めておこうと思います」

「え?」

 可愛らしい顔を伏せ、耳を真っ赤にする茉穂。

 そういえば、楓山家の玄関から出てきた茉穂はどこかボンヤリと心ここにあらずといった様子に見えた。

「(need not to know、プライベートだものね)」

 立花は若干の興味をそそられたものの、それ以上の詮索を避けることにした。


 なお。

 

「凄く楽しかった、また勝負したいな!」

 余程前日が楽しかったのか、部活前の更衣室では珠音が未だに"興奮冷めやらぬ"といった様子を見せている。

「ま、女子硬式野球の世界は狭いからね。絶対に会えるさ」

 まつりはその様子に苦笑しつつ、着替えを続ける。

「私も負けられないな」

 茉穂とはポジションが異なるが、彼女としても同じ野手として負けられない存在である。

 まつりにとっても、茉穂との邂逅は大変有意義な経験になったようだ。

「それになぁ......」

「ん?」

 珠音の声色が突然変わり、まつりは余りの気味悪さに鳥肌が立つ感覚を覚える。

「茉穂さん凄くいい香りしたし、抱きついたら引き締まった身体も程よく柔らかくて。何より、とにかく可愛かったなぁ......また一緒に寝たいな」

『えっ』

 更衣室内の時間が瞬間的に凍り付く。

 数刻後に解凍されると、その場にいた女子部員の視線が発言者へと集まった。

「うへ、うへへへへ...」

 その先には、記憶を呼び起こして恍惚さを滲ませた表情と怪しい動きを見せる珠音の姿があった。

 集まった面々は珠音の見せる只ならぬ雰囲気から本能的に危険を察知し、無言で早々に着替えを済ませていく。

「ごめん、遅れた! 」

 直後、遅れて更衣室に入ってきた琴音が扉を開くと、いち早く着替えを済ませた女子部員たちは関を切ったかのように室外へと逃げ出し、その場には2人だけが取り残される。

「みんなどうしたの?」

 扉に向けた言葉に回答はなく、只ならぬ雰囲気のその他女子部員の行動に首を傾げる。

「前から思っていたんだけど、琴音って可愛いよね」

「へっ!?」

 琴音が振り返ると、そこには鼻息が荒く、ゆらゆらと左右に揺れながら近付く珠音の姿があった。

 琴音は正しく蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くす。

「え、ちょっと?!」

 更衣室の扉が、まるで何かの意志に操られているかのように音も無く閉まる。

 琴音が登校したにもかかわらず”体調不良”による練習欠席の連絡が伝わって以降、珠音と更衣室のタイミングが被った女子部員の着替え時間が異様に早くなる傾向が見られるようになった。

 男子部員は疑問にこそ思ったものの、その真相を解き明かす日はついに訪れることはなく、全ては当事者(特に琴音)たちの墓場にまで持ち込まれることとなった。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19915860

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