6回表 ―夏風吹く出会い― 2.見据える未来
珠音、まつり、茉穂の3人は野球談議に花を咲かせ、楽しい時間が過ぎていく。
立花の提案により"自身の将来"についての話題となった折、イキイキと話す珠音とまつりに対し、茉穂の表情だけが暗く沈んでいた。
2.見据える未来
3人の和やかな雰囲気の対談は、立花が話題を提供しつつ和気あいあいと進んでいく。
「やっぱり、サンオーシャンズの楓山選手って、珠音のお兄さんなんだね。苗字が同じだからもしかしてと思っていたんだ」
「野球を知っている人にはよく言われるんだ。珍しい苗字だしね」
「今シーズン、優勝狙える位置にいるよね」
「そうそう、兄ちゃんも1軍にいるし、楽しみなんだ!」
好きなアイドルの話でも、オシャレの話でも、駅前に新しくできたスイーツショップの話でもない。
巷の一般的な"女子高生"とはかけ離れた内容ではあるが、互いに"好きなもの"について語り合っている。内容が同年代の中では珍しいだけで、おかしなことではない。
「まつりはどうして野球を始めたの?」
「お父さんの影響ですね。私は一人っ子だし、なかなか子供に恵まれなかったみたいだから、野球好きのお父さんとしては性別がどっちだったとしても、一緒にキャッチボールをしたかったみたいなの。珠音はお兄さんの影響で始めたんだよね?」
「そうそう。8歳も年上だし、物心ついた時には親と一緒に試合を見に行ったりしたからね。テレビも野球中継ばかり見ていて、休みの日は球場に連れて行ってもらうことも多かったし、自然と好きになってたかな」
「私も珠音と同じ感じかな」
「あ、茉穂さんもお兄さんいるんですね!」
「2つ上で、今は大学生。家を出て一人暮らししているの」
「野球は続けているの?」
「もう辞めちゃってるの。高校で引退した後は大学で和楽器サークルに入ったって、この前に話していたかな」
「和楽器!?」
「すごい転進だね!」
途中で茉穂の母親から差し出された柑橘スイーツの効果も合わさって話に花が咲き、早くも互いを下の名前で呼び合うなど、1学年差など全く感じさせない親し気な雰囲気に包まれていた。
「そういえば、3人は卒業後の進路について考えているの?」
撮れ高十分で満足気な立花が、新しい話題を提供する。
「進路か~」
珠音は天井を見上げると、朗らかな表情を少し引き締める。
「私は高校を卒業しても、野球を続けるつもり。一度は諦めかけたけど、皆の後押しもあってこうやって続けることができたし、自分にとって掛け替えの無いものだって、改めて実感できたからね。少しでも高いレベルを目指したいと思っているの」
「それじゃあ、珠音はプロを目指すの?」
「そうだね。まずは女子プロ野球に挑戦したいな」
プロ野球の組織は、約10年前の再編により以前とは大きく様相を変えている。
トップリーグは2リーグ制を維持しつつ、球団数は12から16球団に増加している。
従来では東京都に2球団が本拠地を構えている他、北海道、宮城県、埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県、広島県、福岡県の各地に1球団ずつ存在していたが、再編にあたっては新幹線交通のネットワーク上に位置する新潟県、長野県、静岡県のほか、四国新幹線の開業を控えていた愛媛県に新たな球団が創設された。
また、競技人口の減少傾向に歯止めをかけ、門戸を広げ人材育成の場を設けることを目的としており、珠音の兄が所属する静岡県の静岡サンオーシャンズ以外の3球団は、従来の2軍とは異なる制度が導入されている。
新潟県を保護地域とする新潟アイビスと長野県を保護地域とする信州ターミガンズの傘下として計6球団が、愛媛県に本拠を構え四国全域を保護地域とする四国アイランドパイレーツの傘下には4球団が所属し、それぞれ北陸上信越リーグ、四国リーグと銘打ちルーキーリーグとして運営され、事実上の2軍としての機能を果たしている。
最近では四国リーグへの加入を目指して岡山県と山口県に、北陸上信越リーグへの加入を目指して神奈川県、山梨県、茨城県、滋賀県に球団設置を目指した準備室が設置されるなど、リーグ拡張の流れは今もなお続いている。
女子野球の世界でも国際大会では優秀な成績を収めつつも国内に受け皿がないことを問題視し、流れに乗ってトップリーグの再編から3年後には予てより創設が議論されていた女子プロ野球リーグも(あくまで独立リーグとしての扱いだが)設置され、現在では4球団に約90人が”女子プロ野球選手”として所属し、日々研鑽を積んでいる。
「いつかはトップリーグのマウンドに立ちたいな」
「おぉ、大きく出たね」
まつりの指摘に、珠音は少々照れくさそうな表情を見せる。
「そりゃあ、夢は大きく出さないとね」
「......それもそうだ。そう言ってくれないと、我らがシンボルとしては物足りないか」
まつりが苦笑する様子を立花は逃さず写真に収める。
同時に、その対面で若干曇り気味の表情を茉穂が浮かべている様子も漏れなく確認した。
「まつりは?」
「私は進学して、男子に混じって大学野球にチャレンジするつもり」
珠音は意外さと少々寂しさを合わせたような表情を見せる。
「てっきり、まつりもプロを目指すものだと思ってたよ」
「高いレベルを目指す方法はそれぞれだからね。私も一度は諦めたけど、こうやってまたプレーする楽しさを教えてもらったからね。続ける選択肢も、私なりのものを選びたいと思っているの」
「そっかー。私としては少し寂しいけど、目標は人それぞれだもんね」
「まぁ、他にも理由はあるけど......」
まつりの照れくさそうな表情に、珠音はニヤリと悪戯な表情を見せる。
「何なに、思わせぶりな発言。何か別の目標があるの?」
「あぁ、しくった」
もじもじとするまつりは珍しい。
珠音は好奇心をくすぐられ、攻勢を強める。
「分かった分かった。言うから!」
観念した様子のまつりが、渋々といった様子で口を開く。
「将来、先生になりたいの。学校の先生」
「......か、かわいい」
耳を真っ赤に染めるまつりに、珠音は若干だが興奮した様子を見せる。
「わ、私の話はもういいでしょ!」
まつりが視線を振り払うように首を振ると、視線が茉穂に集まる。
「茉穂さんは、プロ野球選手を目指すって聞きました。クラブチームに所属していて、日本代表の候補選手にもなっているって」
しかし、珠音とまつりの視線が捉えたのは、茉穂の沈んだ表情。
立花はその様子を、辛そうに見つめている。
「......茉穂さん?」
珠音のケラケラとさせていた表情も、真摯なものへと瞬時に変わる。
「2人はすごいな」
弱々しく発せられる茉穂の声。
「私ね、野球は高校で辞めようかなって思っているの。秋にある女子プロ野球のトライアウトも受けないつもりなんだ」
「えっ」
和やかかつ賑やかな雰囲気に包まれていたカフェスペース。
茉穂の静かな告白は急激な静けさをもたらし、珠音にはまるで時が止まったようにすら感じられた。
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