表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
31/75

6回表 ―夏風吹く出会い― 1.野球少女3人

じりじりと照り付ける太陽光は、夏本番の到来をまざまざと感じさせる。

新チームに移行したばかりの鎌大附属硬式野球部の練習をグラウンド外から眺めながら、珠音とまつりは立花を待っていた。


女子選手の公式戦参加への障害を排除できない日々の中、2人は立花の計らいで、女子硬式野球の日本代表候補にもなった実績のある1学年上の鍛冶屋茉穂との対面を果たす。

Top of 6th inning ―夏風吹く出会い―


1.少女3人


 ジリジリと照り付ける太陽光。

 ジットリと肌に纏わりつくように、べた付く潮風。

「ただ立っているだけなのに、暑いね」

「ほんと、海にでも飛び込む?」

「べた付くからやだな。飛び込むんだったらプールがいい。水着持って来てないけど、汗でビショビショだからもはや変わらないんじゃないかな」

 珠音はブラウスの胸元をパタパタとして、身体に溜まった熱を少しでも逃がそうとする。

 産声を上げて以来この街で16年間過ごしてこそいるものの、遮るものの無い夏の暑さに身体が慣れる気配は無い。

「同感ね」

 普段は厳しい練習でも表情をあまり変えないまつりだが、うだるような暑さの前にはアイスクリームのように溶けだしそうになっている。

「立花さん、遅いね」

「行楽シーズンだから仕方ないよ。車なんでしょ」

 背後のグラウンドから聞こえてくる声は、1ヵ月前と比べ少々物足りなさを感じさせる。

「何か、私たちサボってるみたい。こうやって少し離れて見ると、先輩たちが引退しちゃったんだなって、実感しちゃうね」

 7月上旬から各地で繰り広げられた都道府県大会は既に終了し、各地の代表校が集まる甲子園大会も決勝戦を残すのみとなっている。

 鎌大附属硬式野球部が臨んだ夏の大会は、男子はキャプテン野中を中心に健闘を見せ春大会と同じく"ベスト8"、女子班は経験者の入部も相まって"ベスト4"と、それぞれ着実な成果を結果として残した。

 3年生は大会を最後に引退し、チームは新キャプテンに任命された二神を中心に秋大会に向け練習に励んでるが、この日の練習に珠音とまつりは参加していない。

「もうちょっとで着くってさ」

 夏期講習で登校していた舞莉が、立花から送られてきたメッセージを確認する。

 どうやら、予想通り渋滞に巻き込まれてしまったらしい。

「フェリーの時間に間に合うかなぁ」

「何が合ってもいいように余裕を持った集合時間にしているし、反対方向ならある程度流れているだろうから、大丈夫でしょ」

 この日、珠音とまつりは立花の依頼を受け、浦賀水道の対岸へ渡る予定になっている。

「どんな人なんだろうね」

「そればっかり言ってる」

 目的はただ一つ。

 夏大会で盛り上がる中、立花が投じた一本の記事により一躍時の人となった少女―鍛冶屋茉穂―との対談である。

 "女子大生記者"立花により世間へ投げ掛けられた、正規で野球部に所属していない所謂"助っ人"選手の接触プレーにより重傷を負った事故。

 インターネットニュースを通じて瞬く間に拡散された情報は寄稿した当の本人の予想を遥かに上回るスピードで拡散され、世間に物議を醸す結果となっていた。

 人口減少地域では女子生徒も活動を続ける上で重要な戦力であることは、例年でも球夏到来の都度、美談として紹介されている。

 珠音の登場以降、女子選手の存在は立花の記事を通じて度々話題に上がるようになっていたが、これ程世間に拡散されるまでには至ってこなかった。

 今回の現役の女子選手がいながらも出場ができず、競技経験の無い男子生徒を加えたチームの存在が改めてピックアップされ、その選手が重傷を負ったという事実は世間にそれなりの衝撃を与える結果となった。

 同一記者の投稿記事へのリンクから、珠音を始めとする有望な女子選手の存在も公となり、当初こそ学校側へ向けられた批判も、次第に現状の諸問題を放置し続けている運営サイドの責任を追及する声に変わっていった。

「100年に及ぶ長きに渡る伝統は、守るべきである」

「未経験者の参加を避けるべく、出場規定については更なる制限をかけるべきだ」

「接触を恐れ、男子選手がプレーに集中できなくなる」

「女子選手は男子選手と比べて体力面、体格面で大きく劣り、実力もなおのことである。同じステージで戦える存在ではない」

「女子野球の組織も大会もある。そちらに出ればいい」

 火消しに走る運営サイド何らかのコメントを発表すれば、即座に撤回や釈明を繰り返す始末である。

 そんな最中、今夏の甲子園大会でも練習補助員として女子部員が”神聖な”グラウンドに足を踏み入れ、大会運営から退場を命じられる事態が発生すると、メディアも流行りとばかりにこぞって取り上げて特集を組むなど、世間で注目を集め続けていた。

「時代錯誤である」

 多少の擁護コメントこそ見られるものの、大方の論調はこの一言に集約される。コメントが発表される度に燃え盛る炎に油を注ぐこととなり、火勢はもはや消火困難とも思えた。

 舞莉が二神に投げかけた言葉の通り、珠音たちにとっての心強い追風は猛烈な台風の如き勢いで吹き荒んでいる。

 当事者としては歓迎したいところではあったが、甲子園大会の終了とともにまるで台風一過のように事態終息後キレイさっぱり鎮静化してしまい、再度の問題提起に時間を要する結果とならないものか、かえって不安を抱えることとなった。

「ご、ごめんね。暑い中で待たせちゃって」

 校門前で急制動をかけ止まった車から、世間に爆弾ニュースを放り込んだ張本人にして、野球部にとってはもはや部員レベルの親しみすら感じさせる程の馴染みとなった立花が息を切らして駆け寄ってくる。

「2人をよろしくお願いします」

 立花の姿を認めると、グラウンドから鬼頭が顔を出す。

「もちろんです。安全運転で行きますね!」

「2人とも頑張ってね~」

 意味深な笑みを見せる舞莉に訝しさを覚えるが、いつものことだ。

「あ、はい。頑張ります!」

「行ってきます」

 夏の日差しに照らされてキラリと光る初心者マーク。

 吹き出すのは暑さによる汗か、それとも冷や汗か。

 後部座席の扉を開いた瞬間に漏れ聞こえた、某有名レースゲームのBGM。

「ささ、2人とも乗った乗った。女3人、ドライブを楽しみましょ!」

『(頑張れって、そういう意味か!?)』

 満面の笑みを見せる立花の表情を見て、珠音とまつりは乗り込む前からこの日の旅路を後悔した。



 高鳴る鼓動は新しい出会いへの高揚感か、はたまた先輩の運転する車に同乗し続けた不安からか。

 フェリーで波風に揺られた後、再び車に乗り込んだ一行は待ち合わせ場所として指定された場所を目指す。

 車窓は真新しさこそないものの、見慣れぬ景色は眺めるだけで楽しさを覚える。

「......ここね」

 車に設置されたナビの案内とスマートフォンに表示させた地点を交互に見やり、場所を確認して小さく頷く。

「民宿かじや?」

「鍛冶屋さんのご実家は主に水仙とみかんを育てている農家さんなんだけど、定食屋兼カフェを併設した民宿も営んでいるの。親戚から譲られたお宅を改装したロッジも経営していて、鍛冶屋さんも手の空いた時は手伝っているそうよ」

 立花は何度も切り返して車を駐車場に止め、"喫茶かじや"と銘打たれたカフェスペースの扉を開く。

「あ、いらっしゃいませ!」

 古めかしい内装には若干似つかない元気な声が、室内に響く。

「あれ、立花さん!?」

 ラフな服装にエプロンを着け、程よく日焼けした健康的な少女が、壁掛け時計を見て慌てた表情を見せる。

『(うわ、めっさ美少女!)』

 珠音とまつりは、揃って場違いにも思える可愛らしい雰囲気の少女へ、視線が釘付けになっていた。

 同年代の同性が思わず羨む少女は、はにかみながら立花と会話を交わす。

「ごめん、ちょっと早かったかな?」

「いえいえ、私も時間を確認していなかったので。すぐ準備を終わらせますね。あれ......ということは?」

 バタバタとカフェスペースの準備を進める中、珠音とまつりの姿を認めると、簡単にまとめた短いポニーテールをひょこひょこと揺らしながら飛び跳ねるように近付いてくる。

 学年でも人気ランキングで上位争い間違いないと目される健康的な美少女の顔が眼前に迫り、珠音の心臓は思わず鼓動を加速させてしまった。

「(か、かわいいっ!)」

「楓山珠音さんだよね。写真で見せてもらっていたから、すぐ分かったわ」

 珠音の手を握り"ブンブン"と振るその両碗には、細いながらも引き締まった筋肉の力強さを感じさせた。

「え、私のことを知っているんですか?」

「それはもう、楓山さんは有名人だからね。あなたは伊志嶺まつりさんだよね。実はシニアチームで対戦したことがあるんだけど、覚えてる?」

「え、野球やってるんですか!?」

「えぇっ......あぁ、そっか、まだ自己紹介がまだでしたね」

 珠音の手を開放し、茉穂は一つ咳払いをする。

「改めまして、鍛冶屋茉穂です。家の手伝いをしていたものだから、こんな格好でごめんなさい」

『(まさか、この美少女がご本人様だったとはっ!)』

「心の声が表情に現れてるよ」

 立花が呆れた表情を浮かべ、硬直する2人を小突く。

 我に返った2人は表情だけでも平静を取り繕い、菜穂に向き直す。

「楓山珠音です。初めまして」

「伊志嶺まつりです」

 差し出された手を握り、3人は改めて握手を交わす。

「なんか、照れますね」

「ちょっと慣れました」

「んー、もうちょっと自然な笑顔にして欲しいな」

 その様子を逃すまいとカメラのシャッターを切り続ける立花に苦笑しつつ、茉穂は3人を席に案内する。

「どうしましょう、制服に着替えますか?」

「やっぱり女子高生の対談だし、制服の方が華あって画になるわね。女子大生の私にはない、唯一無二の価値だもの。お手数だけど、いいかしら?」

「分かりました。お母さん、少しお願いしてもいい?」

 茉穂はパタパタとバックヤードに下がっていき、代わって茉穂の母親がメニューを持ってくる。

「飲み物はここから選んでね。自家製マーマレードを混ぜ込んだケーキをお出ししようと思うんだけど、いいかしら?」

「ありがとうございます、楽しみです!」

 手渡されたメニューからそれぞれ飲み物を選ぶと、茉穂の母親はすぐに用意してくれた。

「暑かったでしょ、この辺りは遮るものも少ないし」

「野球やっている身としては慣れっこです。鎌倉も海際で高い建物が少ないので、似たようなものですから」

 差し出されたケーキに舌鼓を打ちつつしばらく談笑していると、店の奥からバタバタと駆ける音が近付いてくる。

「お待たせしました!」

 珠音と同程度のセミロングに切りそろえられた髪を簡単に結わえた茉穂は、爽やかな緑色のスカーフが特徴のセーラー服に着替えていた。

『(制服がシンプルな分、素材の良さがっ...!)』

「2人とも、もうちょっと心の声を隠せるようになろうね」

 健康的な快活少女に見とれる2人へ、立花は呆れた溜め息を投げ掛ける。

「もう、せっかく撮ってもらうんだから、キチンとしなさい。3年生にもなって...」

「うへへ...」

 少し曲がったスカーフを母親に直され、茉穂は照れくさそうな表情を浮かべる。

「さて、役者が揃ったね」

 立花は茉穂を2人と対面の位置に座るよう伝えると、ボイスレコーダーを取り出し録音ボタンを押す。

「本日はお暑い中、また練習でお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。今をときめく女子高生野球選手の対談と題しまして、ざっくばらんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願いいたします」

『お願いしまーす』

 立花が頭を下げるのに合わせ、3人が絶妙な間合いとピタリと揃ったタイミングで頭を下げ、挨拶を交わす。

 長年、運動部で鍛えられ染み付いた習慣に3人からは不思議と笑みがこぼれ、少なからず存在した緊張感も適度に弛緩した。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19872988

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ