5回裏 ―追風― 3.権利の有り無しとは
事故の未然防止のため注意喚起を鬼頭が行った後、部員たちの集まった視聴覚室の壇上に立花が立つ。
彼女は事故の背景を語り出し、調べる中で出会った1人の女子選手を紹介する。
3.権利の有り無しとは
鬼頭に代わって壇上に立ち、プロジェクターへの接続ケーブルを自分のノートパソコンに移すと、立花は熟れた様子で話し始める。
「私が君たちの取材を始めてから8ヶ月近くが経ちます。元々野球に興味がなかった私としても、とてもいい経験ができています。皆さんには感謝しているわ」
立花は小さくお辞儀をしてから、言葉を続ける。
「あなた達の取材を始めて以来、私の取材の脚はここに限らず関東全域に広がっているわ。女子硬式野球の取り組みは関係者の考え方を取りまとめて、卒論にしようかとも思っているのよ」
「立花さんって、ちゃんと学生やっていたんですね」
珠音が思わず呟いた言葉に、視聴覚室内でどっと笑いが溢れる。
「失礼ね、これでも成績は優秀なのよ!」
暇さえあれば姿を見せる立花に、大学の講義に出席しているのか疑う声が上がる程である。関東各地に出向いているともなれば尚更である。
二度三度咳払いをすると、立花は気を取り直して話を続ける。
「取材周りをする中で、あなた達とは別に注目していた学校があったの。それが、この試合に登場して残念ながら没収試合で敗戦になった、鋸南高校」
「没収試合!?」
珠音を始めとして、視聴覚室内に驚きの声が上がる。
滅多にないことではあるが、危険行為や反則行為を繰り返すことで審判員より宣告されることがあるとは聞いているものの、実際に立ち会ったことのある人間は少ない。
「まさか、あの接触プレイが危険行為と捉えられたんですか?」
「いいえ、流石にそうではないわ」
立花がノートパソコンを操作し、救急車に運び込まれる選手とそれに付き合う女子生徒の姿が映しだされる。
「運び込まれたのはあの一塁走者で、付き添いの女の子はマネージャー。参加登録が9人しかいないチームで、グラウンドに立てる人数が9人未満になってしまったの。試合が成立できなくなった時点で、審判員から宣告されたそうよ。やむを得ないとはいえ、いたたまれないわね」
立花は画面に映る"マネージャー"と表現された女子生徒に、悲しそうな視線を送ってる。
「2人は幼馴染だそうよ。不謹慎だとは思ったけど、撮らずにはいられなかったの。もしも、不快な思いをさせたらごめんね。走者は身体を強く打ち付けて脳震盪、肋骨にもヒビが入っただけではなく、左脚の骨折とアキレス腱断裂、左膝の十字靭帯断裂の重傷と診断されたわ。男子は検査入院中で、間もなく退院できるそうよ」
小柄でとても鍛えているとは言えないひ弱な身体に、大柄な身体が勢いよく衝突する。
まるで自転車とトラックの交通事故にも見える。
「この写真に、何の意味があるんですか?」
「2人のうち、どっちが正規の選手だと思う?」
浩平がその場の意見を代表した質問に、立花は質問形式で返答する。
「......どういうことですか?」
回答に窮した浩平を始め、集まった部員たちが怪訝な表情を浮かべる一方、珠音だけは何かに気が付いた様子を見せ僅かに俯く。
立花はその様子を確認すると、画面に表示する画像を変更して解答を提示する。
「この野球部に所属する部員は9名、内7名が男子部員なの。つまり、他の部活から助っ人を借りない限り、単独チームとしての大会参加は難しいわ」
人口減少地域では競技を成立させるだけの部員を確保することが難しく、普段は野球部に所属していない学生を選手登録してチームを編成するか、同じ状況に陥った他校と連合チームを結成して大会に臨むこともある。
つまり、"競技経験が乏しく連携のとれない選手を出場させられる"ことを示している。
「それでもこのチーム、他校との練習試合はできていたの。もう、意味は分かったよね」
珠音がゆっくりと顔を上げ、先程の画像を思い起こす。
救急車に運び込まれる男子部員と、付き添う女子生徒。
「運び込まれた男子は他の部活...しかも、文化部からの助っ人で、あの女の子は普段は選手として部活動に参加している選手だったんですね」
「そういうこと」
立花は別の画像を表示し、普段の練習の様子や集合写真を見せる。
「この野球部は男子7人のほか、2人の女子部員が選手としても活動しているの。1人は久木香苗さん。そしてもう1人が、さっきの写真に写っていた鍛冶屋茉穂さん。今年3年生の外野手ね」
順々に送られる写真の最後に映し出された写真は、練習試合で着用しているユニフォームとは異なる姿で、左打席に立つ様子だった。
「珠音みたいな人がいるとは思っていたけど、本当にいるものなんだな」
浩平の言葉に、チームメイトが頷く。
男子部員に混ざって練習に参加する女子選手は極めて少なく、彼らとて自分のチームメイト以外を見たことはない。
「鍛冶屋さんは野球部に参加する傍ら、長時間かけて都市部まで出てきてはクラブチームに選手としても所属しているの。バリバリのレギュラーとまではいかないけれども、しっかり出場機会も貰っている有望な選手で、女子日本代表の候補選手でもあるのよ。高校を卒業したらプロ志願届を提出して、女子プロ野球への入団を目指していると本人の口から聞いているわ」
「すごいな」
クラブチームへの入団を諦めたまつりが、感心した表情を見せている。
自分が選べなかった道を突き進む人物に、尊敬の念を覚えたようだ。
「問題よね」
競技経験の無い男子が大会へ参加可能で、プロを目指す女子選手が参加できない。
そのルールが適応されている結果として現れたのが、ルールを把握しきれていない選手の出場と、接触プレイによる事故である。
指導者の管理不行き届きと言われればそれまでかもしれないが、根本的な解決を図る上では現場だけの問題ではないことは明らかである。
「2人は幼馴染って話をしたよね。単独チームとして出場できないことを彼女が相談して、普段は吹奏楽部に所属している彼が助け舟を出したそうよ。女子選手が出場できない状況を憂いて、スタンドからの楽器演奏応援ではなく、自らグラウンドに立つ決断をしたそうなの。何だか、どこかで聞いたことがあるような内容じゃない」
立花の視線が舞莉と琴音に向く。
性別は異なるが、同じ思いを抱えた彼の決断は称賛に値する。
「......実は、2人にはもう了承を貰っているの。この問題、私は世間に投げかけるわ。競技人口も減っている現状で、これまで散発していた小問題からここまで大問題にまで発展しているにもかかわらず、具体的な対応策を示せていない。変化をもたらす刺激を与えるなら、今がチャンスだと思う。私のジャーナリスト魂も火が付いたわ。そこで、最も風上に立つあなた達に意見を聞きたいの。みんなは、どう思う?」
「追風か」
立花の言葉に、二神は舞莉の言葉を思い起こす。
順風満帆で誰もが幸せな進み方ではなく、一定の痛みを抱えた上での前進となる。
それでも、簡単には乗り越えられそうにない壁を取り除くのならば、良薬ではなく劇薬を用いるべきだろう。
「動くといっても、僕らが何か具体的な動きはすることは難しいと思います。だけど、眼前の目標には不必要でも俺たちの目的を果たすのには必要なことでしょう。これ程の追風、何かしらの形で拾わない訳にはいかない、そう思いませんか?」
二神が最初に立ち上がり、部員たちに問い掛ける。
その様子を、先日にけし掛けた舞莉が満足そうに見つめている。
「その台詞、俺が言うべきところだと思うんだがなぁ。それに、ここで応えるべきはガヤじゃないんじゃないか?」
苦笑いする野中から事実上の指名を受けた珠音が、ゆっくりと立ち上がる。
「今は夏の大会に専念すべきだし、私たちにできることは殆どないかもしれません。ですが、立花さんや勇翔が言うように、今がチャンスなのは私にも分かります。私にできることがあれば、何でも言って下さい!」
珠音の力強い言葉に、チームメイトが頷く。
「よろしいですね?」
立花が確認も兼ねて視線を向けると、鬼頭は無言で頷き肯定を示す。
「勝ち進もう。俺たちの意志を示すならばそれが一番の近道だ。具体的な策は、追って考えよう」
鬼頭の檄に、部員たちが過去一番の士気を見せる。
「やるか、珠音」
「何をするにも、まずは男子が結果を残して報道に取り上げられないとね。頼んだよ」
「あぁ、一つでも多く勝ち進んでやる」
「そこは優勝するって言ってよ」
視聴覚室内が賑やかな声でいっぱいになり、防音機能を超えた声が外に漏れ出しつつある様子を、鬼頭は静かに眺めていた。
時に権力者の意図しない風が吹くことで、人類史は大きく変わってきた。
程度は遥かに小さいかもしれないが、硬式野球部の掲げる帆が大きな推進力となるべき風を捉えようとしている。
鬼頭は自身の認識が間違いではないと、確信した。
グラウンドへ急ぐ選手たちの背中を見送りつつ、立花は一人の選手に声を掛ける。
「結局、どこまであなたは"知っているの"?」
呼び止められた舞莉は、キョトンとした表情を見せる。
「何のことですか?」
「あなたに教えてもらったことを調べれば、必ず何かが出てくる。どうして?やっぱり、前から知っていたんじゃないの?」
「そんなことないですし、そもそも未来のことを知ることはできません。言葉を巧みに扱う先輩らしくない表現ですね。私はあくまでも、確率の高い予想を述べているにすぎませんよ」
飄々と語る女子生徒は、新聞部に入ってきた時に知り合った当時から掴み所が無く、”奇妙”の二文字がしっくり来るような存在だった。
「そうね、確かに未来を知ることはできない。でも、私としては舞莉が予想しているようにも見えないの。ただ、知っていることを述べているようにしか見えない。その内容が、たとえ未来の事象であったとしてもね」
一瞬の間が生じ、舞莉はクスリと小さな笑い声を漏らす。
「珍しいですね、先輩がそこまで私に突っ込んで来るのは」
にこやかな表情を見せつつ、眼は笑っていない。
「それはそうでしょ。私が女子野球について調べようとしていた時に、舞莉から教えてもらった"鍛冶屋茉穂"さんに注目してみたら、あれよあれよと事が進む。大きなネタに少ない労力でありつけるのはありがたいけど、ここまで上手くいくと逆に不自然さを感じずにはいられない。この違和感は、私がジャーナリストの端くれだからという訳ではないと思う」
「考えすぎですよ先輩、偶然です、偶然」
ヘラヘラとした表情が見せる親しみやすさと、底知れぬ雰囲気。
「私はただ、確率の高いものをそれっぽく伝えているだけです。先輩だって、私の情報を信じる信じないの選択をする機会があって、最終的な行動決定権を私は持ち得ないんですから。私のことを買い被りすぎです」
「でも――」
「"need to knowの原則"って知ってます?」
立花の言葉を遮るように、舞莉が冷たい言葉を投げ掛ける。
公務員の守秘義務に関する原則で"情報を知る権利のある人には情報を教え、それ以外の人には決して教えてはいけない"ことを意味する。
「そういうことですよ。それじゃあ、私は練習に向かうので、失礼しますね。野球部だって吹奏楽部だって、私にとっては最後の夏ですから。時間は大切にしたいので、ではっ!」
舞莉は笑顔を見せ、先に行くチームメイトの後を追う。
『これ以上の詮索は許さない』
立花は後輩から伝えられた言葉の意味を反芻し、その意味を正確に把握する。
無言で語る瞳は表情とは正反対の色に染まり、舞莉の冷徹な一面を垣間見た立花は、その圧力に屈する以外の選択肢を取ることはできなかった。
Pixiv様でも投稿させて頂いております。
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