5回表 ―順風― 3.冬からの成果
マウンドには珠音、ショートにまつり。
硬式野球部は目指す姿の一端を見せ、大会を勝ち進む。
3.冬からの成果
限られた時間を有効に使うべく、間髪を置かずに二試合目の準備が整えられる。
「高岡は1巡を目途に行けるところまで行くぞ。楓山はその後と考えてくれ。二試合目、スタメンを伝えるぞ。みんな集合してくれ」
既に先発予定の高岡はブルペンでの調整を終え、ベンチで汗を拭っている。
前の試合で完投した二神はまだアイシング中で試合開始には間に合わないこともあり、二戦連続でまつりはスタメン出場することになり、意気揚々としている。
試合は順調に進むが、先発の高岡は二巡目に入ると突如として苦しい投球内容になる。
直球こそ速いものの球種は少なく、細かなコントロールが苦手な高岡は、あまり長いイニングを投げるのに向いてはいない。
ランナーを二三塁上に置き、アウトカウントを一つとったところで、鬼頭は投手交代を主審に告げる。
「ピッチャー交代。背番号10の楓山」
小走りにマウンドへ向かう小柄な身体に、球場に集まった観客の視線が集まる。
全国区とはいかないまでも地域一帯に名前の知れ渡った"プチ有名人"の登場を、観客はまばらながら満開な拍手で迎え入れた。
140km/h台を投げる速球派の高岡と比較すると、珠音の直球は物足りないようにも感じられる。
それでも、スコアボードに表示された球速は120km/h台をコンスタントに叩き出し、珠音の言う通りの調子の良さを、浩平は"久しぶり"に肌で感じた。
「(そういえば、最近は練習でも珠音の球を受けることも殆どなかったな)」
最近の投球練習でも、珠音は相変わらず舞莉を相手に投げ込むことが増えている。
中学時代から磨き上げた直球とスライダーのコンビネーションで抑える投球術で先頭打者を三振に打ち取る。
高校に入ってからも極め続けた同じスタイルに、浩平は無性に懐かしさを覚えた。
「セカンド!」
次の左打者を内角に食い込むシンカーで詰まらせ、ボテボテの打球がグラウンドに転がり、二塁手が冷静に処理する。
外角のスライダーで意識付けした後に内角球で詰まらせるスタイルは、この冬から取り組んだ練習の成果である。
「アウト!」
一塁塁審の判定を受け、鎌大附属はこのイニングのピンチを切り抜ける。
「ナイスピッチ」
「サンキュ。あれ、何かこの感じ久しぶりだね」
浩平とグローブを合わせた珠音は、まだまだ余裕の表情を見せている。
「楓山、このまま最終回までいくからな。土浦も配分を考えてやれよ」
「はい」
あと6イニングは、珠音の独壇場になる。
浩平の考えには、確信が込められていた。
高校入学からこれまで磨き上げた技術に、力強さがプラスされている。
「負けられないな」
「ん、何か言った?」
「いや、何でも」
相棒の前に進む逞しい姿に、浩平はまるで自分のことのように誇りを感じていた。
エースの病欠を物ともせず、鎌大附属は決勝戦へと順当に駒を進めた。
決勝の相手は、予想通り鎌倉海浜高校。
「結局、背番号のポジションで出場していないなぁ」
二神が背番号6を溜め息交じりに見る。
先発は珠音で、途中から二神がマウンドを引き継ぐ予定になっている。
「まぁ、そんなこともあるよ」
先発予定の珠音が、苦笑交じりにスコアボードを見る。
この日は打撃好調のまつりが遊撃手として先発し、二神は後の登板も考慮して負担を軽減するべく、左翼手として出場を予定している。
前週の二試合目では結局代打だけの出場に留まってしまい、折角遊撃手のレギュラー背番号を貰ったのにも関わらず遊撃手としての出場を果たせなさそうでいた。
「その点は申し訳ないと思っているよ。是非とも、ボヤキの種を夏の大会で晴らしてくれ」
鬼頭が苦笑して二神の肩を叩く。
他に際立ったキャラクターを持つ選手が多いため隠れがちな存在だが、投手としても遊撃手としても二神の実力はこの数ヶ月で格段に向上している。
元々身体能力の高さは際立っていたが、最近では身体の使い方を覚えたというより"思い出した"という表現が適しているように思える。
特に、咄嗟の瞬発力とパンチ力は格段に飛びぬけており、レギュラーの3年生のケガがなくても実質的にレギュラーを任せる価値はあると、鬼頭は感じていた。
「さて、小さな大会とはいえ、勝ちに拘るにはいい相手だ」
春大会の戦績から見れば互角の戦いも、地力では強豪校の一角と目される相手の方が有利と言える。
「腕試しの相手として申し分はない。相手の胸を借りるつもりで、思い切りぶつかろう」
鬼頭の言葉に応えたメンバーが一列に整列し、主審の合図に合わせて本塁付近で相手校に相対する。
着実に前に進む教え子たちを、鬼頭は心から頼もしく感じていた。
週明けの授業終わり。
この日も教鞭をとった鬼頭は一日の徒労を深い溜め息として吐き出し、仕事の供としてこよなく愛するブラックコーヒーに口をつける。
「酷い顔だな」
液面に映る自分の表情は、暗く疲れて見える。
普段の業務をこなしながらも両肩にのしかかる部活動の諸事は、身体的にも精神的にも鬼頭に負荷をかけ続けていた。
なかなか気が休まる機会がなく、ぐっすり眠れている気がしない日々が続いている。
「よっ、優勝おめでとう」
谷本が地方紙と地域紙を手に持って、疲労の隠しきれていない同期を労う。
「春大会に続いての好成績、素晴らしいじゃないか」
「どーも」
手渡された2つの紙面の片隅に、数日前まで開催されていた"紫陽花杯"の結果が記されている。
鎌大附属は鎌倉海浜高校を接戦で打ち破り、小規模大会ながら優勝という輝かしい成果を収めていた。
「おや、嬉しそうじゃないな」
「そうでもないさ。また一歩、目標に近づいた生徒たちの成長は、指導者としてこの上ない程の喜びだが?」
「無表情で言う台詞かね」
硬いままの表情を谷本に指摘され、観念したような溜め息を出す。
「足りないんだよ」
「足りない?」
「あぁ、足りない」
鎌大附属硬式野球部は男女別チームとしても混合チームとしても、着実な成果を収めつつある。
「流れは少しずつ俺たちに向いている。それは確かだ」
少々出来すぎな点は否めないが、メディアへの積極的な露出はインターネット上での議論という成果を生み、その場ではおおよそ好意的な意見を頂いている。
生徒たちも、学内のボランティア部と協力して署名活動や地域の清掃活動に精を出しており、身近な理解も徐々にだが得られつつあると評価していいだろう。
「それでも、足りないんだよ」
鬼頭の深い溜め息に、谷本は心配そうな視線を送る。
「野球部を大会に挑む船に例えれば。間違いなく潮流を捉えつつあると言っていい。だが、いくら帆を広げても風が吹かない。吹いていたとしても弱々しかったり、せっかく強い風だっとしても俺たちが捉えきれていないんだ。あいつらのための最後の一手を、俺は見つけられていないんだ」
「鬼頭......」
谷本は鬼頭の肩を叩き、日々の苦慮を労う。
「まったく、そういう文学的な表現を数学教師にされてしまうと、国語教師としては立場がないじゃないか。理系なら理系らしく、文学より理論や数式を愛して欲しいものだな」
「別に、理系科目が得意だっただけだ。理系が文学を好むことに何の問題がある」
「それもそうだ」
谷本が肩をすくめ、鬼頭の肩を軽く叩く。
「焦りは禁物だ。着実に流れが来ているのは、当事者でない俺たちだって把握している。学校にも好意的な意見"も"多く寄せられているからな。少し離れた場所から見ている立場から言わせてもらうが、野球部の取り組みは間違ってはいないさ」
「だからこそ――」
「だからこそ、だ。お前の言う推進力となるべき風を、お前のつまらん焦りが原因で見落とす可能性だってあるんだ。確実にチャンスは来るから、逃すんじゃないぞ」
谷本はニヤリと笑みを浮かべると、鬼頭のマグカップへコーヒーミルクを入れ、スティックシュガーをこれでもかと入れる。
「お、おいっ!」
「お前の疲れた脳にはちょうどいいだろう。というか、刺激物で身体に鞭打って仕事をこなすのは、今のご時世じゃあまりいい趣味とは言えないな。世は働き方改革だ。ちゃっちゃと糖分を補給して、自慢の生徒たちの所に行け」
谷本はひらひらと手を振り、自分の席へと戻っていく。
「まったく......」
恐る恐るミルクコーヒーに口を付ける。
「甘っ!」
尖った刺激はどこへやら。マイルドに変化した口当たりの後、いっぱいに広がった甘味に、鬼頭は思わずむせ返りそうになる。
「......いい息抜きにはなったか」
液面に映る表情は、ミルクのおかげかいくらか明るくなったようにも見える。
マグカップの中身を飲み干し、練習に参加しようと着替えるべく席を立つその足取りは、どこか軽やかに見えた。
* * *
「先生、大丈夫ですか?」
海から程近く、遮るもののない太陽が、グラウンドを燦々と照らす。
険しい表情で胸をさする鬼頭に、真意を図りかねた珠音がベンチに置いたタンクから水をコップに入れて差しだす。
「ありがとう。気にするな、ただの胸やけだ」
気分はいいが、気持ちは悪い。
後で苦情の一つも入れてやろうと、鬼頭は心に決めた。
Pixiv様にも投稿させて頂いております。
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