5回表 ―順風― 2.紫陽花杯
新入生も加わり更なる盛り上がりを見せる硬式野球部は、男女混合チームとして市内大会(地域大会)に参加し、珠音とまつりはベンチ入りを果たした。
冬から積み重ねた練習成果、新生硬式野球部としての真価の一端を発揮すべく、チームは試合に臨む。
2.紫陽花杯
新しい仲間を加えてから1ヶ月が経過し、野球部はチームの底上げを着実に進めていた。
あらゆる対応で鬼頭が指導に当たれない日が増える中、先輩から後輩への指導システムが浸透したことと県大会で上位に食い込んだ経験が、上級生を一回り大きくしたよう珠音には感じられた。
「紫陽花杯って、何ですか?」
ミーティングで鬼頭から突如発表された名称に部員一同が首を傾げ、珠音がその思いを代表するように疑問を口にする。
「前に話しただろう。市内の硬式野球部がある6校で集まってちょっとした大会を開きましょうって話だ。名前も決まったし、時節も近付いたからな。概要を説明する」
目の下の隈と白髪に疲労感を感じさせながら、鬼頭が大会概要を説明する。
「3チームずつ2ブロックで代表校を決めて決勝戦。チームとしては全部で3試合だな。5月末の土日で予選、6月最初の土曜日に決勝戦だ。春大会の戦績から考えて順当にいけば、うちとは別ブロックになった鎌倉海浜高校が当たることになるだろう」
鬼頭はあくまで勝ち上がる体で話を進める。
「ベンチ入りは25名。他の5校の監督とは話をつけてあるから、今回ウチはAチームを編成して臨むぞ。これからメンバー発表する。聞き漏らさないようにな」
男女混合のAチームと言いつつ、春大会のレギュラーメンバーから順に呼ばれていく。
大きな違いは、先日の練習で捻挫した3年生遊撃手の佐竹に代わって、二神が『6』の背番号を貰ったくらいか。
「背番号10、楓山」
「はい!」
ベンチメンバーで最初に名前を呼ばれた珠音が、元気のよい返事をする。
春大会を経てエースの益田は大きく成長を見せ、珠音が『1』を奪い取るには残念ながら至らなかったが、練習へストイックに取り組む姿勢と持ち合わせた実力から、ベンチ入りに異論を唱える者はいなかった。
「背番号16、伊志嶺」
「は、はい!」
3年生遊撃手の佐竹は捻挫の治療を優先させベンチ入りを見送ったこともあり、投手も兼任する二神には遊撃手としてのバックアップが必要になる。
まつりは平静さを装っていたものの、醸し出す空気からは明らかに歓喜の様子が感じられた。
鬼頭は25名全員に背番号を配り切ると、咳払いをしてから部員に向き直す。
「今回はこの25人で挑む。勝つために最善と思ったメンバーを選んだつもりだ。みんな知っての通り、うちは全国的に見ても稀有な男女混合チームだ。学年も性別も関係なく、誰にだってチャンスはある。選ばれなかったメンバーは次回こそ選ばれるよう励んでほしいし、選ばれたメンバーは易々とそのポジションを奪われないようにして欲しい」
鬼頭の言葉に全員が応じ、この日の練習が終了する。
「......あれ、まつりは?」
クールダウンする列に加わろうとした珠音が、まつりの姿が見えないことに気が付く。
「あそこ」
横にいた浩平が指さしたのは、ベンチ付近からは死角になった場所だった。
そこでまつりが蹲っているように見える。
「まつ――」
「珠音、空気読もうね。そっとしておこう」
呼びかけようとする珠音を、夏菜が遮る。
耳に意識を集中すると、小さくすするような声が聞こえてくる。
「よっぽど嬉しかったんだね」
「どこにも受け入れてもらえなかった所から、夢に一歩近付けたんだもの。無理もないね」
2人はその場を離れ、グラウンドを後にする。
「私たちは間違ってないよ、珠音」
「ちゃんと前にも進めている。間違いないよ」
前に進めるのは、前に進むための行動をした人間だけ。
珠音の脳内に、女子班創設前のミーティングで鬼頭が言った言葉が反芻される。
前進の成果が着実に現れていく様子を、珠音はその目で確認した。
迎えた紫陽花杯当日。
最寄り駅に集合した珠音たちは、大会運営で貸し切り分乗していた路線バスから降り、球場前で当日の動きを確認する。
鎌大附属の出番はこの日の第2試合と第3試合で、ともに1塁側ベンチを使用する予定になっている。
「それにしても、益田先輩も何でこのタイミングで風邪ひくかねぇ。まぁ、私としては投げる機会が増えて嬉しいっちゃ嬉しいけど」
バスの中で苦笑する珠音に、浩平が溜め息をつく。
「夏大会直前じゃなくてよかったよ」
3年生エースの益田が大会直前に風邪を引いてしまい、当日の参加が難しくなってしまった。
最後の大会直前だったら目も当てらない惨状に、チームメイトは復帰したら何を奢らせようか思案を巡らせていた。
「先発は初戦を二神、次戦は高岡でいく。楓山は両方の試合で途中からいくから、そのつもりでいてくれ」
当初は益田の他に珠音、二神、高岡の2年生トリオで予選を回し、決勝戦は調子のいい選手で挑む予定になっていたが、当初の予定から計画を変更せざるをえなかった。
「ダブルヘッダーで連投は経験がないけど、たぶん大丈夫。身体も軽いし」
珠音はブンブンと腕を回し、快調をアピールする。
「調子よさげじゃないか」
「男子相手の大会は秋以来だし、上手くいけば決勝でも投げられるからね。まぁ、まつり程じゃないけど、ワクワクしてるよ」
擬音を付けるのであれば"ニシシ"という言葉が適した表情を見せる珠音が、チラリと背番号16を付けた背中を見やる。
初戦の先発を遊撃手の二神が務めることもあり、スタメン出場が内定している。
「何よ」
視線を感じて振り返ったまつりの表情を見る限り、平静さを装っているものの興奮を隠しきれていないのは明らかだった。
真顔を維持しようと必死だが、口元は明らかに緩んでいる。
「そういえば、今日はまつりが一番に集合場所に来ていたと思ったら、バスの中では爆睡だったよね」
「ほほう、さてはまつりさん、楽しみすぎて昨日は寝られなかったのかな?遠足前の小学生じゃあるまいし」
琴音に続いて夏菜がからかうと、まつりは顔を赤くして恥ずかしそうな表情を見せる。
「そ、そんな訳ないでしょ!」
どうやら図星だったようだと、傍から見ていた浩平には感じられた。
「まつりって、可愛いよね」
「!?」
珠音がポツリと素直な感想を述べると、まつりは頭から湯気を立ち上らせて黙り込んだ。
「勝ったな」
試合前にしては緊張感が欠如しているようにも思えたが、浩平はみんながリラックスできていると考えるよう頭の中を切り替えた。
迎えたこの日の第2試合にして鎌大附属の初戦は、手堅い野球を心掛けるチームにしては珍しく鎌大附属のコールド勝ちに終わった。
単純に実力差が大きかったことも一因だが、二神に代わって遊撃手を務め1番に入ったまつりが外野への打球こそ放てなかったものの、持ち前の瞬足と選球眼を活かして全打席で出塁したばかりか盗塁も決める大暴れを見せ、流れを相手チームに渡さなかったことが大きい。
「あのピッチャー以外にも、すごい女選手がいたとは思わなかった」
試合後に相手選手が呟いた言葉を、立花は聞き漏らさず取材ノートに残していた。
既に珠音の存在は知れ渡っていたものの、まつりの存在はそこまで知られていない。当の本人は表情こそ崩していないものの、試合前以上に興奮気味な様子に見えた。
「私の出番、無かった!」
一方の珠音は拗ねたような表情を見せ、ベンチに深々どっしりと座っている。
一方的な展開で二神が完投したこともあり、2番手として登板予定だった珠音の出番は失われてしまっていた。
「次の試合ではあるから、我慢しろ」
浩平が苦笑して、2戦目に備える。
最も、彼自身も打棒が爆発した打者であり、珠音の登板機会を失わせた張本人でもある。
珠音は"お前が言うな!"と言わんばかりの表情をした後、一つ溜め息を出す。
「まぁでも、これはうちが強くなった証拠か」
以前も敗北こそしないレベルの相手ではあったが、チームとして圧勝できる程の実力は自分たちにはなかった。
「冬からの練習の成果さ。俺たちは、着実に前に進んでいるんだよ」
成果は結果としても明確に現れつつある。
浩平の言葉に対し、珠音は納得の表情を示した。
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