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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
25/75

5回表 ―順風― 1.春爛漫

春季大会で男子班、女子班ともに硬式野球部は着実な成果を挙げる。

桜舞い散る4月に入って新入生が加わると、グラウンドは更に盛り上がりを見せていた。


Top of 5th inning ―順風―


1.春爛漫


 春休み期間が明け、真新しい制服に身を包んだ新入生を迎え入れる中、先輩たる在校生たちは嬉々として休暇期間中の武勇伝に話の花を咲かしている。

「ベスト8おめでとう、珠音!」

 元々目立つ存在ではあったが、立花の取材を受け新聞に掲載されて以降、校内で珠音を知らない者はもはや存在しない。

 地方紙とはいえ県下に900万人を超える人口を抱える大都市圏をカバーしており、紙面上を頻繁に賑やかす若き女性アスリートは、そこらの売れない芸人以上の知名度を誇っていた。

 今年初めてクラスメイトなったばかりで、まだ名前もちゃんと覚えていない同級生に取り囲まれるまでにも、昇降口で新入生からファンレターを貰ったばかりか、少し離れた場所からスマートフォンで写真を撮られる始末である。

「あはは、2回勝っただけだけどね」

 全国大会で"ベスト8"と言えば、確かに聞こえがいいかもしれない。

 しかし、その実態は参加36校と男子高校野球で言えば地方の県大会程度であり、主要都市の大会と比べると規模は遥かに劣る、それが現実である。

 色目気立つ周囲に苦笑しつつ、出席番号の座席で隣になったまつりに助けを求める視線を送るが、悉く無視されてしまった。

「(薄情者め...)」

 心の中で恨み節を重ねていると、元気印の夏菜が割り込んでくる。

「ほーら、うちのエースが困っているじゃないの。どいたどいた」

「お、出た"代打の切り札"!」

「いやいや、"必殺仕事人"でしょ!」

 2年続けてクラスメイトになった夏菜が新聞に掲載された"異名"に照れつつ、有名ドラマのBGMを口ずさむ取り巻きを追い払う。

 2回戦で琴音の代打として登場した夏菜は決勝のタイムリーヒットを放つと、立花はその姿を"代打の切り札""必殺仕事人"として記事にしていた。

「まったく、あんたも横で珠音が困ってるんだから、ちょっとは助け舟くらい出してあげなさいよ」

「(いいぞ、もっと言ってやれ!)」

 珠音は心中で煽るが、まつりは真っ向から反論する。

「いいじゃない、みんな私には話しかけてこないんだし」

 まつりは整った容姿とそのストイックさから、他を寄せ付けないような雰囲気を醸し出している。

 野球部に加入してからはいくらか緩和されたものの、周囲からの評価はそうそう変わるものではない。

 そうなると、その対極のような珠音の元に人が集まるのは当然とも言える。

「まつりって、高校に入ってから友達いたの?」

「余計なお世話」

 まつりは読んでいた小説から視線を夏菜に向け、睨みつける。

 クラスでも部活でも2人はよく言い争いをしているが、珠音を始めとした部員たちにはとても仲が良いように見えている。

 鎌大附属の二年生は全部で8クラスあり、内5クラスが文系コース、2クラスが理系コース、残りの1クラスが特進コースとして設置されている。

 進級に当たってのクラス替えでは浩平と大庭は別クラスに振り分けられ、男子部員では高岡だけが同じクラスになっている。

 他の野球部員も大半は文系コースのクラスに入っていたが、二神と琴音の2人だけは理系コースでクラスメイトになっていた。

 同級生には残念ながら特進コース在籍者はいないものの、3年生ではキャプテンの野中と舞莉が在籍している。

「今日から仮入部期間だよね。もう私たちが入学して1年も経つんだ」

「そうだね。いやー、同じマネージャー希望だと思っていた同級生が選手でビックリしたのを今でも覚えているよ」

 窓の外を見ながら、珠音はあっという間に過ぎ去った1年間を思い返す。

これまでの人生の中で、間違いなく密度の最も濃い時間だった。 

「新入部員、どれくらい来てくれるかなぁ」

「珠音の効果で、たくさん来るかもよ」

「私はパンダか!」

「夏菜がベンチ外になるくらい入ってくれるといいわね」

「何おぅ!」

 珠音の横で、再び夏菜とまつりが賑やかな言い争いを始める。

 教室前方の扉が開かれると後方の窓からふわりと春風が舞い込み、珠音の背中をそっと後押しした。



 放課後、グラウンドに集まった18名の新入生は緊張の面持ちで、先輩たちの準備を見守っていた。

「まつり、あれって」

「希望じゃん」

 少し遅れてグラウンドに入った珠音とまつりが、見覚えのある背中に声を掛ける。

「......あ、まつり先輩!」

 まつりのシニアチームの後輩で願書提出の際に知り合った糸口希望が、新入生の中でも小柄な身体を飛び跳ねさせながら駆け寄る。

「無事に入学できたみたいで良かった」

「はい、そのまま本入部するつもりです。これからよろしくお願いします、楓山先輩!」

 希望の声が聞こえたからか、集まった新入部員の視線が珠音に集まる。

 紙面を賑やかすプチ”有名人”に声を掛けてみたい衝動を必死に抑えているような、好奇心に満ち溢れた視線だ。

「やー、盛況だねぇ」

 新入生に好奇心を植え付けた元凶たる立花が、舞莉を引き連れてカメラを片手にグラウンドへ入ってくる。

「立花さん、大学は大丈夫なんですか?」

「まだガイダンス期間だから、講義は始まってないのよ。だから、大丈夫。それに、講義があったとしてもこっちの方が数段面白いから、来ちゃうかもね!」

 立花は悪戯を思いついた子供のような表情を見せ、グラウンドでネタを探す。

「女子は5人か。地方紙の情報伝達力で1月に発表した割には、集まった方かな」

 中学以前に野球未経験者で、高校から競技転向する人は極めて少ない。

 他の部活動を見学してからという新入生もいるだろうが、ここに集まった面々が即ち今年度の新入部員と言っても間違いではない。

「先輩方が来る前にみんなで少し話をしてみましたけど、女子はみんな経験者みたいです。新聞記事を見て、慌てて志望校を変えたみたいですよ」

「へぇ、やっぱメディアの力って凄いね」

 希望の言葉に、珠音が関心の声を上げる。

 新聞やスマートフォンでニュースを見る方ではないが、改めてその力を思い知らされる気分だった。

「情報っていうのは、君が思っている以上に物事を動かす力があるのさ。如何に世論を味方に付けるか、タイミングを活かせるかだ」

「その通り。それだけに、男子の躍進は最高のタイミングだったね。応援する君たちの姿も、世間では大変好意的な印象を与えたようだ」

 舞莉に続き、立花が嬉しそうに取材ノートを開く。

 初戦の大物食いに始まった鎌大附属硬式野球の男子班の勢いは、創部以来最高の成績をもたらした。

「決して華々しい内容ではなかったけど、素晴らしい堅実さと集中力だったよ。野球について私は素人だけでも、それでも伝わってきたんだ。やっている人から見たら、より際立って見えたんじゃないかな」

 男子班の県大会最終成績は女子班と同じく"ベスト8"だが、大きく違う点は女子全国大会の参加が36校なのに対し、県大会参加校は196校。

 部活動の成績を伝える垂れ幕は男女で並んでいるが、その価値は大きく異なる。

 手堅い守備と1点をもぎ取る攻撃、その中で際立つ浩平とスタンドで応援に華を咲かせる女子班の存在に、各メディアは面白いように食いついた。

「さっき鬼頭先生を見かけたけど、なんかゲッソリしてたな」

 自分の準備を整えた浩平が、会話に加わってくる。

 顧問の鬼頭はメディアの対応も任されているらしく、通常業務とイレギュラー業務に振り回されているようだった。

 最近ではヘアマニキュアの手入れも行き届かなくなったのか、白髪が目立つようになってきている。

「おや、今や"プロ注目"の土浦選手じゃないですか」

 大会打率5割を超える新2年生の強打者には、2球団のスカウトから名刺を手渡されていた。

「何だよ」

「何でも」

 その片方の球団が珠音の兄―将晴―の所属する静岡サンオーシャンズで、兄の活躍を願う妹の立場としては少々複雑な心境だった。

「全員集合、アップ始めるぞ。とりあえず、新入部員は後ろに付いてきてくれ」

 キャプテンの野中を先頭に男女の区別なく隊列が組まれる。

 傍から見て頭の位置が凸凹で掛け声で2部合唱している様子も、4ヶ月が経過した現在では周囲からも違和感無く受け入れられている。

 花びらが散り若芽の萌える桜を、潮の匂いが仄かに香る春風が揺らす。

 総勢51名の部員を要するまでに至った鎌大附属硬式野球部は、過去一番の盛り上がりを見せていた。

Pixiv様でも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19806987

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