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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
24/75

4回裏 ―初陣― 3.一歩、前へ

鎌大附属硬式野球部は地区大会を突破した男子班に続き、女子班も春季大会へと挑む。

結成間もない急増チームだが、オフシーズンでできるだけのことはした。


あくまで"硬式野球部"としての前進を果たすべく、珠音たち女子班も一歩、前へと足を踏み出した。

3.一歩、前へ


 全国高等学校女子硬式野球選抜大会。

 全国に点在する女子硬式野球部が一堂に会する年二回の大会のうち春に行われる大会で、春の全国大会とも呼ばれている。

「そもそも女子硬式野球部がある学校自体が少ないからね。参加校はこれまで32校。今回は私たちの他に、連合チームが新しく参加して36校」

 開会式直前、まつりは平然と事前の大会要項を見ながら、概要を確認する。

 女子野球は原則7イニング制で行われ、4回で10点差以上、6回で7点差以上ある場合にはコールドゲームが適用される。

 中学で軟式野球に取り組んでいた珠音としては馴染みのルールも、シニアチームに所属していたまつりにとっては少々物足りないようにも感じられる。

「それでも、少しずつ大きくなってきているんでしょ。競技人口とその受け皿が増えれば、もっと活気のある大会になるよ。新参者の私たちとしては、この大会を大いに盛り上げないとね」

 女子班班長の珠音を先頭に隊列を組み、開会式が開始される合図を待つ。

「......それにしても、相手校はビックリするだろうなぁ」

「だよねぇ」

 琴音と夏菜が苦笑いして思い浮かべるのは、今日の第2試合として行われる鎌大附属サイドのスタンドの光景だろう。

 女子野球の大会は認知度が低く、応援団が駆け付けることもなく観覧者も限られるために、球場内には選手の声だけが響いている。

 しかし、鎌大附属はあくまで一つの"硬式野球部"であり、試合に"出場できない"男子部員は、応援団として球場外で準備を始めている。

「この前の地区大会では私たちがビックリされる側だったんだし、細かいことは気にしない気にしない」

 舞莉がケラケラと笑っていると、開会式の始まりを告げるアナウンスが聞こえてくる。

「みんな、行こう!」

 大会運営の案内を受け、選手たちがグラウンドへ歩み出していく。

 一校一校が順々に太陽の下に姿を見せる中、一際人数の少ないチーム。

 珠音を先頭に整然と歩くその姿は、他の35チームと比べても一際頼もしく鬼頭には感じられた。



 大会初日の第2試合。

 いよいよ鎌大附属硬式野球部の女子班の初陣である。

「いいか、実戦経験には乏しいが、君たちには男子班と合同で取り組んだ厳しい練習と紅白戦の経験がある。これは他校にはない、君たちだけの経験だ。練習を思い出して、一つ一つのプレイに集中していこう」

 鬼頭の檄に、部員たちが応える。

 勝てる確率は少ないかもしれないが、この4か月の間、選手たちは初心者ながらボールに喰らいつき、着実に成長してきた。

 続いて、スターティングメンバーが発表される。

「1番ショート伊志嶺、2番ピッチャー楓山、3番サード財田、4番キャッチャー水田、5番ファースト吉田、6番セカンド佐野、7番ライト齊藤、8番センター高橋、9番レフト桐生」

 初心者を中心としたチーム構成を考慮し、経験者を上位に固めて出塁の機会を少しでも高めようとした鬼頭の采配である。

 4番打者を務める舞莉も確実性には欠けるが、打席でも期待を感じさせるだけの才能がある。

 現状において、ベストな布陣と言える。

「楓山、班長として何かあるか?」

 鬼頭に促され、班長の珠音が円陣の中心に立つ。

「みんな、いよいよ女子班の初陣です。監督の言う通り、私たちは実戦経験が少ないし、公式戦は初めて。正直、勝てる見込みも少ないかもしれない。それでも、これまで頑張ってきた日々を思い出して、今日という一日と試合を楽しもう!」

 珠音の檄に全員が応え、11人が一列に並ぶ。

「集合!」

 審判の合図で両チームが整列し、その隊列から人数の少なさが歴然の差として現れる。

「礼」

『お願いします!』

 元気の良い掛け声と同時に、鎌大附属のナインがグラウンドに散っていく。

 ダイヤモンドの中心に設置されたグラウンドで一番高い場所に、珠音は堂々と仁王立ちする。

「とりあえず、相手の反応を見たいから投球練習から全力で。相手は新設校だってうちらのことを舐めてるかもしれないし、浮足立たせられるかもしれない」

 舞莉と事前の打合せ通り、試合前のアップでは抑え気味にしていたエンジンを一気にフルスロットルまで上げる。

「......うん、快調」

 最近では体調さえよければ、コンスタントに120km/h台中盤を投じることができるまでになった。

 この日も身体に違和感はなく、体感でもいつも通り力の乗った球を投げられている。

 緊張により動きが硬くなっている様子はなく、視界の端に映る相手のトップバッターが動揺する姿をまじまじと観察できるくらいの余裕まである。

「(狙い通りだね)」

 弱小校と思っていた相手のピッチャーがいきなりトップレベルの実力を持っていると知ったら、流石に平静さを保てないものらしい。

「プレイ!」

 楽し気な表情の舞莉のサインに応え、珠音が初球を力いっぱい投げ込む。

 ど真ん中ストレート。

 珠音の想いの籠った第一球は、何者にも妨害されることなく進み、舞莉のキャッチャーミットに収まった。



 初回の守備が終わり、ナインがベンチに戻ってくる。

「ふあぁ、緊張したぁ」

「いや、夏菜はまだ出場してないでしょ」

 何故かぐったりとベンチに座り込む夏菜に、まつりが的確に指摘する。

 何だかんだでいいコンビである。

「でも、確かに練習と公式戦は違うね。打球は飛んでこなかったけど、心臓がバクバクしたよ」

 琴音が大きな溜め息をつくと、舞莉がポンとお尻を触る。

「ひやぁ!」

「あら、いい反応ね。緊張は解れたかな?」

「え、あぁ、はい!」

「なら結構。もっとも、打球がレフトまで飛ぶか怪しいけどねぇ」

 舞莉は初回の守備を思い返す。

 珠音の快速球の前に、1番打者と2番打者はバットに掠ることなく三振を喫し、何とか当てた3番打者の打球もまつりが流れるように処理した。

「さぁ、まつり。まずは塁に出よう!」

 打席に向かうまつりの背中に、珠音を筆頭にベンチから応援の声が飛ぶ。

「フレー、フレー、い・し・み・ね!」

『!?』

 圧倒的な声量がグラウンドに響き、球場の視線が一点に集中する。

 普段はクールなまつりも驚いて打席を外して正面の1塁側スタンドに視線を送ると、男子部員がどこからか持ち出した大太鼓を打ち鳴らしていた。

「うわ、すごいね」

「何か、すみません」

 相手校のキャッチャーが苦笑交じりに声をかけ、まつりは少々恥ずかしそうに応じる。

「何あれ、友達?もしかして、誰かの彼氏?」

 マスク越しでも分かる、からかいの表情。

「いいえ」

 まつりはそれを、凛とした態度で返答する。

「大事なチームメイトです」

「......へっ?」

 相手捕手はマスク越しでも分かるくらいに、驚きの表情を見せていた。

 対戦校はあくまで"女子"硬式野球部であって、まつりたち鎌大附属ナインも自分たちと同様だと思っているようだ。

 正しく鬼頭の言う通り、彼らの存在は"他校にない強み"とも言える。

「プレイ」

 主審から発せられた試合開始の合図。

 先程までの"歓談"はどこかへ置き、本塁とマウンドの間で勝負の駆け引きが開始される。

「ボール」

「(球質は軽いな)」

 外角に外れた初球のストレートを悠然と見送り、まつりは心の中で独白する。

 これまでのシニアチームでの経験と、ブランク開けとはいえ男子との練習で養った実力は、相手投手の実力を正確に見極めた。

 ワインドアップモーションから内角のベルト付近に投じられた二球目。

「えっ!?」

 鋭いスイングに弾き返された打球は、誰もいない左翼手と中堅手の間を真っ二つに切り裂き、深々と破り進んでいく。

 陸上部エースとしての実力も兼ね備えたまつりの脚は、悠々と三塁を陥れた。

「ナイスバッティング!」

 一塁側ベンチから飛ぶ声援は、すぐさまその頭上に位置する猛々しい応援団により掻き消される。

 それもそのはず、男子部員は結束して”応援練習”に精を出す程であり、込められた熱量ならばどこにも負けない自負がある。

「......張り切りすぎだ」

「ですね」

 鬼頭の溜め息交じりの独白に、すぐ横にいた琴音が苦笑する。

「珠音、続け!」

「いけるよー!」

 次打者の珠音が主審に頭を下げ、バッターボックスに入る。

 内野手は本塁での封殺を企図し、ジリジリと前進する。

「そういえば、二番って初めてかも」

 珠音はそれ程打撃が得意ではないと思っている。

 中学校の軟式野球部でも常に下位打線で、覚えている限りでも打撃成績はいいとは言えない。

「あれ?」

 ベンチからの指示はヒッティング。

 様子見を兼ねて見送ったボールに、主審の判定はストライク。

「打てそう」

 思わず口に出した言葉に捕手が怪訝な表情を見せ、警戒したのか二球目は大きく外角に外された。

 続く三球目は真ん中高め。

「ゴー!」

 弾き返された打球は二塁手がジャンプして伸ばしたグローブの先をかすめ、今度は右翼手と中堅手の間を切り裂いていく。

「頼もしいような、ただ五月蠅いような.....」

 悠々到達した二塁ベース上でピースサインを見せる珠音へ、アルプスの応援団から送られる魂のエールに、思わず苦笑してしまった。

 続く三番打者の財田はキッチリバントを決めると、舞莉が飄々と打席に入る。

「さて、チャンスだね」

 ベンチからは"任せる"のサイン。

「私の仕事は、なるべく確実に得点を得ることか」

 敢えて大きめの独り言を出し、捕手の様子を伺う。

 どうやら、よく分からない新設チームの前にあっさり得点を許し、相手捕手は浮足立っているようにも見えた。

「センター!」

 経験の浅い舞莉でも確実に捉えられる球が来るまで投球を見極め、投じられた5球目。

「あちゃー......でも、十分か」

 真っすぐ中堅手へと飛んでいくボールを見て珠音は三塁に帰塁し、遊撃手は中継の位置に入る。

「ゴー!」

 中堅手が飛球を捕球するのを確認し、三塁コーチャーを務める夏菜の声と同時に、珠音が三塁ベースを離れて本塁に向け走り出す。

 本塁奥で指示を送る次打者の吉田が、大きなジェスチャーで滑り込むよう指示が出る。

「間に合う!」

 中継を介して本塁に届けられた返球と珠音の競争は、主審が判定に悩むような場面を作り出すことなく珠音の勝利に終わる。

「新設チームじゃないの?」

「何なんだろう、この相手。応援もなんか凄いし」

 自分たちのペースに持ち込めずに焦る相手バッテリーが、珠音をチラチラ見ながら本塁上で言葉を交わしている。

「鎌大附属の硬式野球部です」

 ベンチに戻ろうとする足を止め、珠音が振り返り二人の疑問に応える。

「......いや」

 相手投手の続けようとした"そんなことは分かっている"の言葉を遮り、珠音は凛として言葉を続ける。

「女子野球部じゃなくて、男女混合の硬式野球部です。今後とも、よろしくお願いします」

 珠音は頭を下げ、小走りにベンチへと戻っていく。

 呆気にとられた表情のバッテリーは主審に促され、それぞれのポジションに戻っていく。

 自分たちの存在を知らしめるための第一歩を、珠音たち硬式野球部は着実に踏み出した。

Pixiv様でも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19777177

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