4回裏 ―初陣― 2.前だけを見つめ
初戦で下克上を果たした鎌大附属硬式野球部は、地元でちょっとした話題になっていた。
だが、その"ちょっと"で浮かれる程、事実上の中心である2人に気の緩みはない。
試合でバッテリーを組む、その日まで。
2.前だけを見つめ
初戦で格上校を打ち破った勢いそのままに、鎌大附属野球部は地区大会を突破した。
最も、注目を集めたのは春秋を通じて実に4年振りとなる結果よりも、4番を務める浩平の打棒とアルプスに陣取る珠音を中心とした女子班による応援だろうか。
「県大会注目選手は、湘南地区大会の打率.714で2本塁打を記録した土浦浩平くん」
珠音は鬼頭が持って来たままベンチに置きっぱなしにしていた地方新聞を柄にもなく開くと、蛍光ペンで縁取りされた記事に目を通す。
「チームを4年振りに県大会へ進出させた原動力と言っても過言では無い......だそうだよ」
「と言いつつ、写真はお前じゃねぇか」
浩平が新聞を奪い取ると、掲載されている写真には"注目の打者"ではなく、スタンドでメガホン片手に応援する珠音の姿が写し出されていた。
「鎌倉大学附属高校硬式野球部は前年12月より女子班を創設し、班長の楓山珠音さんを中心に11人の部員が日々の練習に励んでいる。女子硬式野球の春の全国大会を控える中、大会期間中もスタンドまで応援に駆け付けている」
「"私たちは女子硬式野球部ではなく、男子と同じ一つの硬式野球部"です。楓山さんの言葉の通り、鎌大附属は部員一丸となって、県大会に挑む......」
珠音は浩平の読む記事の続きを何も見ずに独白し、浩平に決め顔を見せる。
「ドヤ顔うぜぇ。というか、この記事とかもはやお前の記事じゃねぇか!しかも、内容覚えているあたり読み込んできたな!」
「はっはっは、頑張りたまえよ"原動力"くん」
珠音はベンチに座る浩平の肩をポンポンと機嫌よく叩く。
「調子はどうだ?」
「快調快調」
珠音は左肩をグルグルと回し、自信の好調ぶりをアピールする。
実のところ、最近の練習で浩平は珠音のボールを受けておらず、その調整ぶりや成長を肌で感じられていない。
それまでの練習では珠音の相手を浩平が務めることが多かったが、春の大会を直前に控えた直近では本番を想定し、珠音の練習パートナーは舞莉が務めている。
さらには、女子班創設後は初心者ながら捕手を務める舞莉のレベルアップも兼ね、投手と捕手で特定のパートナーと組まずに練習を行ってきたこともあり、単純にパートナー練習の機会が減ってしまったのも要因の一つである。
「なら良かった。折角、お互いがお互いの試合を全試合観戦できる日程なんだから、存分に暴れてもらわないとな」
鎌大附属にとっては都合がいいことに、男子の春季地区大会と県大会の間に女子硬式野球の全国大会が日程組されており、試合会場も東京と程近い。
流石に"女子硬式野球"の大会に男子は出場できないので、今度の大会では浩平たち男子班はスタンドからの応援に専念する。
「応援、期待しているよ!」
珠音はベンチに置いてあった自分のグローブを取ると、琴音に声を掛けてキャッチボールを始める。
予定では、これからブルペンで投球練習の予定だ。
「珠音の調子がよさそうで、受ける私としても気分がいいよ」
プロテクターをつける動作も随分と慣れた手つきになってきた舞莉が、2人の掛け合いを茶化すように笑っている。
「そんなにですか」
「ボールを伝わって、彼女の強い思いが私の中にビンビン伝わってくる」
「......ホントですか?」
「忘れたのかい?私は野球部で吹奏楽部で新聞部で写真部なのだよ」
これまでの練習を通じ、舞莉は珠音の投球どころか他の男子部員の投球を難なく捕球できるまでに成長していた。
吹奏楽部としてはアンサンブルコンテストで金賞を受賞した瞬間を目の当たりにしたし、学内報を見れば写真部としてコンテストに入賞、新聞部としては優秀賞を獲得している。
毎日のように顔を合わせていて忘れそうになることもあるが、舞莉の超人振りを鑑みるに分からないことはないのかもしれない。
「私の顔を見つめて、何を考えているのかね?」
舞莉の顔が目の前までに迫り、浩平は身体をのけぞらせる。
「な、何でもないですよ」
「それは"ウソ"だね。"この人は何者なんだろう"って言葉が、顔に出ているよ」
浩平が視線を明後日に向ける様子が面白かったのか、舞莉はケラケラと笑っている。
「何にせよ、君たちの頑張りがきっかけで、どんな形であれ我々は注目を集めることに成功したんだ。珠音をはじめ、私たちの存在が公になることは、事態を好転させるために必要だね。取材依頼が舞い込んできているそうだし、我々としては狙い通りだ」
「そうですね」
「この勢いに乗らない訳にはいかないよ。それに、私も純粋に頑張りたいと思えているよ」
舞莉はキャッチボールする珠音と琴音の2人を見やり、楽し気な表情を見せる。
「初めに予想していた以上に楽しめているし、ここに愛着も湧いてきたからね。私はどんなに頑張っても8月の頭に野球部の"水田舞莉"は引退しなきゃいけないから、ここでの思い出は1年にも満たない。それでも、私の人生でも色濃さは随一だよ」
「そう言ってもらえて嬉しいですけど、先輩なら卒業した後もたくさん面白いことに出会えると思いますよ」
「......それもそうだね」
準備の整った舞莉は立ち上がり、浩平に振り返る。
「とにかく、限られた時間一杯に楽しませてもらうよ」
舞莉は突然駆け出し、珠音に向かって投げられた琴音の球を奪い取る。
「せ、先輩!?」
「やほ、準備できたよ。行こうか」
「はい、よろしくお願いします。琴音、ありがとね!」
珠音は大きく手を振ると、舞莉を追うようにブルペンへ小走りに駆けていく。
「愛しの旦那様を奪われて水田先輩に嫉妬するのはいいが、俺の練習のことを忘れないでくれよ、女房役」
その様子をじっと見つめていると、次戦に登板予定の二神が表情を緩ませながら近付いてくる。
「あぁ、すまん。今準備するから」
浩平は慌ててプロテクターを付けると、二神を伴いブルペンに向かう。
隣では既に珠音がウォーミングアップを終え本格的な投球練習を始めており、舞莉がキャッチャーミットから小気味良い音を鳴らしている。
「ナイスボール」
珠音の投球を受ける役は、今は自分ではない。
「始めようか」
「おう」
最初は軽めのキャッチボールから始め、徐々に肩を暖めていく。
少しずつギアを上げていくと、浩平のキャッチャーミットに伝わる力と音の大きさが強くなっていく。
「準備はいいか?」
「オッケーだ」
浩平が膝を折り、タコ糸で疑似的に作り出したストライクゾーン越しに二神を見る。
「準備はこれからか」
初球は真ん中のゾーンを抜け、浩平のミットに収まる。
「ナイスボール」
首を大きく縦に振り二神にボールを返球すると、脇目で珠音の投球を見る。
日々の練習の成果か、女子選手としては"剛速球"となる120km/h後半を時折測定するまでになっていた。
「さぁ、行こう!」
口から出た言葉は、練習パートナーの二神に投げかけた言葉か、横で投げる珠音に呼びかける言葉か、はたまた自分に言い聞かせる言葉か。
硬式野球部は成果を伴って着実に前進している。
珠音の投球を再び受けられるその日が来るまで、浩平の視線は真っすぐ前だけを見据えていた。
Pixiv様でも投稿させて頂いております。
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