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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
21/75

4回表 ―新しい仲間たち― 3.もう一度

女子班の面々と伊志嶺まつりは連続した1打席勝負を続けるが、ブランクがあるとはいえ実力者であるまつりの前に、初心者の女子班は苦戦する。


一方のまつりも、田中夏菜が見せた意地に、珠音の投げかけた言葉に、心が揺れ動く。

マウンドにまつり、打席に珠音。

主戦場でない場所に立つ2人は、互いに野球に対する想いをぶつけ合った。


Pixiv様にも投稿しております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19735317#7

3.もう一度


 鈍い金属音がグラウンドに響き、6番目に打席に立ったバトミントン部出身の佐野が悔しそうな表情を見せる。

 力の無い打球が余裕の表情を見せるまつりの前に転がると、軽快なフットワークで一塁へ送球する。

「やっと前に飛んだじゃない」

 まつりが言うのもそのハズ、野球を初めて2ヶ月にも満たない初心者が、ブランクがあるとはいえ経験者の投球を簡単に打ち返せるほど、甘くはない。

「舞莉先輩、頑張って!」

「ほいさ!」

 7番打者を務める舞莉が8番打者の夏菜の肩を叩き、目を閉じ集中すると、不敵な笑みを浮かべる。

「......この人は気を付けた方がいいかな」

 長年の経験か、飄々と打席に入る舞莉を見て、まつりが自分の中のギアを一つ上げる。

「んぅぉっ、打席で見ると、観察していたよりも数段勝る威力だなぁ」

 初球を空振りした舞莉が、ケラケラと感嘆の声を上げる。

 2球目、3球目。

 律義にストライクゾーンで勝負するまつりの投球に食らいつくも、打球はフェアグラウンドに飛ぶことはない。

 変態じみた才能を持つ舞莉であっても、少ない経験値を補うのは難しい。

「あいやー」

 4球目。

 ついにフェアグラウンドに飛んだフライはすっぽりとまつりのグラブに収まる。

「残念。まぁ、私は引き立て役だしね」

 言葉ほどに残念さを出していない舞莉が、次打者としてガチガチに緊張している夏菜の肩を叩く。

「夏菜、一生懸命素振りしてたじゃん」

「は、はい!」

「大丈夫だ!」

「......頑張ります」

 夏菜が打席に立ち、身体を暖めようと3回程素振りをする。

「へぇ、左打なんだ」

 右利きながら右打席でのスイングに希望を微塵も見いだせなかったキャプテンの野中が自棄になって夏菜を左打席に立たせたところ、予想に反して動きに無駄のない素直なスイングを見せて以降、夏菜は利き手とは反対の打席に立っている。

 まつりは速球を投げ込むと、緊張のあまり初球を呆然と見逃してしまう。

「ほらほら、さっきの2人を見習いなよ。バットは振らなきゃ当たらないよ」

 舞莉に対する時に一段上げたギアを、下げることは無い。

 最後に控える珠音は打撃が不得手とはいえ、Gチーム唯一の経験者である。

 ブランクがあるとはいえ温まった肩は快調な投球を続けており、無駄に冷やすような真似も、集中力を途切らせるような真似もしたくはない。

 本職ではないとはいえ、自分の投球に初心者が当てることなんてできないだろう。

 他人から見れば驕り以外の何ものでもない思考は、グラウンドで一番高い場所に立つ存在を場の王者として君臨させる。

「......え」

 だからこそ、初心者かつ傍から見ても壊滅的な運動神経の夏菜がファールチップとはいえボールをバットに当てたことは、まつりのやや慢心し始めていた思考に僅かな動揺を与えるには十分だった。

「行けるよ、夏菜!」

 ネクストバッターズサークルにいる珠音に続き、ベンチからも先に凡退した女子部員たちが声援を送る。 

「......よし」

 夏菜は根拠のない自信を瞳に宿し、ピッチャーをじっと見つめる。

 3球目、4球目。

「どうして、そんなボールにまで手を出すの」

 今の夏菜に、ストライクゾーンを見極めるだけの能力は無い。

 ボール球にも無理やりバットを出して喰らい付き、ファウルで粘っていく。

「あんただって言ったでしょ。バットを振らなきゃ当たらないじゃない」

 滅茶苦茶だ。

 まつりは自分の動揺が収まらないことに、憤りを覚え始めていた。

「あっ」

 5球目。

 力は無いが高く跳ね上がった打球が、投手と一塁手の中間へと飛んでいく。

「オーライ」

 この日は一塁手を務める大庭が勢いよく突進して捕球する。

 相手が身内とはいえ勝負事であり、手を抜くようなことはしない。

 二塁手よりも先に投手の方が先に一塁ベースに駆け込めるため、まつりがベースカバーに入る。

 決して足も速くはない夏菜が、マネージャーとしてベンチ入りしていた時に男子たちが試みていたように、見よう見まねで一塁ベースに向けて頭から滑り込む。

 2人の競争の判定が、塁審を務める鬼頭に委ねられる。

「アウト」

 お世辞にも上手とは言えないヘッドスライディング。

 傍から見ても滑り込んでいるのか転んでいるのか分からず、起き上がれば見える限りでも数カ所擦り傷ができている。

「あー......悔しい!」

 一塁ベースを握り拳で叩き、夏菜は悔しさを露にする。

「ナイスガッツ!」

「惜しいよ惜しいよ、ナイスラン!」

 泥臭くてもいいからヒットを打ちたい。

 そんな思いが涙もろい瞳から溢れ、夏菜は四つん這いになってしばらく動かなかった。

「何で、そんなに必死になるの」

「......どういう意味?」

 まつりの投げかけた言葉に、目を赤く腫らした夏菜が睨みを効かせる。

「野球は男子のスポーツだから、女子がどんなに頑張っても努力が認められることはない。それがどうして分からないの?」

 まつりの言葉は、夏菜に分からせるためと言うより、まるで自分に言い聞かせているよう見守る鬼頭には感じられた。

「私が分からないのは伊志嶺さん、あなただよ」

 ヘルメットを被り、バットを手にした珠音が代わりに返答する。

「私の努力は認められなかった。だから、私たちは私たちの努力を認めてもらうために動いている。あなたも言った通り、バットを振らなければヒットは打てない。認めさせるには、認めてもらうための努力を見せなきゃ」

 意思の籠った珠音の瞳を、まつりは見ることができなかった。

「あなたは、何をしたの?」

「......うるさい」

 珠音の視線から逃れるように、まつりはマウンドへと逃げていく。

 グラウンドで最も高い場所に立つ力強い王者は、まるで街亭の戦いで孤立した馬謖のように弱々しく映る。

「さぁ、勝負!」

 マウンドとバッターボックス。

 逃れたくとも、嫌でも顔を合わせなければならない。

「(どうして笑っている?)」

 楽し気な雰囲気を纏う珠音に、まつりの頭が混乱していく。

 認めてもらうための努力を、自分はしていただろうか。

 ただ探しただけで、断られた後に何か行動を起こしたことがあっただろうか。

 入団を認めてもらえるよう、プレイを見てもらったことはあっただろうか。

 真っ直ぐ前を見て進もうとしている珠音と、そこに集まった選手たちの姿。

 それらと比較した自分は、果たして過去にも未来にも”動いている”と言えたのだろか。

「プレイ!」

 主審を務める野中の声で現実へと引き戻されたまつりは、真ん中に構えられたキャッチャーミットに集中する。

 初球。

 これまでの8人のバッターなら判別がつかずに無理やりスイングしたボール球を、珠音はバットをピクリと反応させた程度で見送る。

「いい球」

「だろ。珠音以外の女子でこれだけ投げられるのは、そうそういないよ」

 珠音の呟きに、浩平が素直な感想を寄せる。

 2球目。

 外角高めにやや逸れた直球に、珠音も思わずバットが出る。

「あー、ボールだ」

 金属音が響き、打球は三塁側ファウルグラウンドに鋭い打球が飛ぶ。

 珠音は悔しさを露にすると、再び打席でバットを構える。

「(えっ......)」

 3球目。

 ノーサインで捕球し続ける浩平が、思わず驚きの表情を浮かべる。

 やや外角に膨らむ軌道を描いた投球が急制動をかけ、左打席に立つ珠音の内角へと切り込んでくる。

 直後に響く、鈍い金属音。

「伊志嶺さん、いいスライダー持ってるね」

 にこやかに笑う珠音は、クルリと腰を回転させて一塁側にファールボールを転がす。

「おい、ノーサインで変化球を投げるな!」

 意思疎通が取れないと、硬球だけにケガに繋がる可能性がある。

「真剣勝負でしょ。私は本職ではないんだし、ブランクだってあるんだから」

 不満気な浩平に対し、まつりは表情を変えずに淡々と話す。

「(当てられたか......)」

 投手としての登板経験は浅いが、スライダーにはそれなりの自信を持っている。

 事前情報も無い状態で得意球を当てられたことに、まつりは悔しさよりも気持ちの昂りを覚えていた。

「さっきまではただ怖いだけだったけど、いい顔になってきてんじゃん」

 まつり自身、自分の表情を変えた覚えはない。

 しかし、気持ちの昂りは自然と顔に現れていたらしく、珠音に見抜かれてしまった。

「......うるさい」

 少なくとも表情だけは取り繕った上で投じた4球目。

 真向勝負を挑んだ速球は快音と共に弾き返され、遊撃手の頭上を越えて左中間を深々と破っていく。

 走る必要もないのに珠音は全力疾走を見せ、2塁ベースへ滑り込む。

 ボールを処理した中堅手と中継に入った遊撃手は卒の無い動きを見せたが、2塁ベースに向けた返球と打者走者の競争は、珠音に軍配が上がった。

「負けたか」

 口から出た呟きとは裏腹に、まつりの心は晴れやかだった。

 2塁上から小走りに珠音が近付いてくると、バッティンググローブを外して握手を求めてくる。

「いい勝負だったね」

「......そうだな」

 自然にこぼれたまつりの笑みに、珠音は満足そうな表情を見せる。

「ねぇ、伊志嶺さん。私たちは自分たちの”やりたい”を大事にして、やりたい事をできる権利を認めてもらうために、努力をやめるつもりはないの。そのために、伊志嶺さんの力も貸して欲しい。一緒に、野球をやらない?」

 真っ直ぐ先を見据えた綺麗な瞳。

 今度は直視できた珠音の瞳を見て、まつりは観念したような表情を浮かべる。

「......分かった。陸上部のこともあるから兼部になると思うけど、それでも良ければ」

「やった、ありがとう!」

 珠音はまつりの手を取り、大きく上下に振り回す。

 鬼頭以下、部員たちはその様子を笑って見守っていた。

「あの......一ついいかな」

「何?」

「我が儘を許してくれるなら、もう1打席勝負させてくれない?」

「私はいいけど......同じ勝負?」

「楓山さんがピッチャーで、私がバッター」

 まつりの提案に、珠音が目を煌めかせる。

「いいね!」

 周囲に響く珠音の声。

 先程までの緊迫感は薄れ、グラウンドには楽し気な活気にあふれた。



 鼓動の加速を感じながら、まつりは右打席に立つ。

 陸上部のレースでも感じない訳では無かったが、久し振りに握るバットの感触すら、まつりの気分を高揚させた。

「(投球練習の様子でも分かる。少なくとも、二流の投手よりは遥かに上だ)」

 ここ数ヶ月で磨き上げた質の高い速球。

 タイミングを外し、視線をブレさせる変化量の大きなスローカーブ。

 同じ手の振りから投じられるスライダーとチェンジアップ。

 強豪校の男子投手と比べれば遥かに劣る球威も、持ち前のコントロールと投球術で補っているように見える。

 ここまで5球。

 恐らく全ての持ち球を駆使して勝負を挑んでくる珠音に、まつりは自身の興奮を隠せずにいた。

 投じられた6球目は、インコース低めの難しいところに構えられた浩平のキャッチャーミット目掛けてブレのない真っすぐな軌跡を描く。

 直後に響く快音。

 長年の努力が染み付いた身体は肘を瞬時に折り畳み、軸の回転を意識した無駄のないスイングはボールを三遊間のど真ん中へと運ぶ。

「うわぁ、やられたぁ」

 悔しさと楽しさが入り混じった珠音の声。

「引き分けだね」

 微笑みかける彼女に、自分はどんな表情を浮かべたのだろうか。

「確認できた?」

「......おかげさまで」

 喉に刺さった魚小骨のようにつっかえていた心のもやもやが、快音と共に吹き飛ばされたように感じられる。

「へぇ、伊志嶺さんってあんな表情するんだ」

「はい、シニアの時はいつもあんな感じでした」

「学校でもそうだったよ」

 守備陣が先にベンチへ引き揚げてくる姿を出迎えながら、夏菜はマウンド付近で話し込む2人を眺めて感想を漏らす。

 クールな印象の強いまつりだったが、”のぞみ”と琴音曰くあれが本来の姿らしい。

「そういえば、君の名前をちゃんと聞いていなかったね。何て言うの?」

「あ、はい。糸口希望―いとぐちのぞみ―です」

『話してくれる優しい糸口いた!』

 グラウンドに賑やかな声が響くと、珠音とまつりも輪に加わろうと駆け寄ってくる。

 上空から聞こえてくる甲高い鳥の鳴き声。

 空を見上げると、しばらくグルグルと旋回していた鳶が目的地を定め、一直線に進んでいった。

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