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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
20/75

4回表 ―新しい仲間たち― 2.やめた理由

初回の勧誘以降、珠音はことあるごとに伊志嶺まつりへのアプローチを試み続けるが、成果の得られないままただ時間だけが過ぎていった。

そんなある日、鎌大附属硬式野球部に女子班創設の話を聞きつけたシニア経験者の女子中学生が訪問してくる。

彼女はまつりの後輩かつ元チームメイトであり、かつての野球少女が経験した挫折を語る。

まつりは過去話を遮るように野球部グラウンドに現れると、女子班の野球を"お遊び"と称し、彼女たちと対峙した。


Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19735317

2.やめた理由


 某日の昼休み、寒空の下で行われた対談における交渉が不調に終わって以降、珠音は再びの機会を得ようと試みて続けた。

 しかし、昼休みに声をかけようと教室を訪ねれば彼女はおらず、クラスメイトすら行く先を知らない。

 部活前を狙っても使用するグラウンドが異なることもあり「急いでいる」、部活後は「疲れている」の一言で顔を合わせてくれず、呼び止めようとするものなら全速力で逃げられて追いつくことができない。

 吹奏楽部として舞莉と琴音が出演したアンサンブルコンテストの東関東大会を野球部で応援に行った際は支部大会会場で鉢合わせたものの、金賞を受賞した琴音に声を掛けるとすぐに帰宅してしまい、話しかける隙すら見いだせなかった。

 タイミングを見計らっては声を掛けと勧誘の日々を続けていると、気が付けば大会参加への申し込み期限は間近に迫り、1月最後の週末へと突入してしまっていた。

「改めて、野球で瞬足のランナーが重宝される理由がよく分かったよ」

 珠音はクタクタといった様子で、ベンチに力無く横たわる。

 土曜日も部活動があるとの情報は仕入れていた珠音は、今日も今日とてアタックを仕掛けるも、圧倒的な走力差を前に成す統べはなかった。

「これで19連敗か」

「うわぁ、プロ野球の連敗記録超えた......」

 その都度、様子を見守っていた浩平の呟きに、珠音は溜め息で応える。

「もう無理なんじゃないの」

「私が頑張るから!」

 大庭の言葉に代表されるように、周囲からも諦めの声が上がる。

 事の原因の一端でもある齊藤も、焦りを必死に隠して珠音を励ましている。衣服で見えない少女の柔肌には多数の痣や擦り傷があり、どうにも殻を破れていないといった様子だ。

「それにしても、どうしてあんなに邪険にするんだろうか」

「あそこまで頑なだと、かえって原因が気になるね」

 浩平の疑問に、二神が同調する。

「でも、暫く疎遠になってた友達のコンテストにわざわざ駆け付ける律義さや優しさがあるんだ。諦めるのは早いさ」

「どこかに解決の糸口が転がっていないだろうかねぇ......できれば、私と会話してくれるような優しい糸口がいいなぁ」

 珠音が澄んだ空に浮かぶ丸い雲を眺めている。

 近頃のストイックさなど微塵も感じられない呆けた表情に、浩平も打つ手なしといった様子で肩をすくめる。

「優しい糸口ねぇ。例えば、あんな感じか?」

 大庭が指さす方向。

 野球部のグラウンドを見渡せる場所に、鎌倉大学附属高校とは異なる制服に身を包んだ女子生徒が1人で立っていた。

 気が付いた他の部員が、グラウンドに招き入れる。

「あ、あの!」

 緊張の面持ちの少女が珠音の前に立つ。

「私、シニアで野球をやっていて......レギュラーではなくて控えだったんですけど、鎌大附属に女子野球部ができたって新聞で見て、野球を続けたくて、願書を出しに来たんです!」

「シニア!?経験者なの!?」

 珠音は驚きの表情を浮かべ、大袈裟なリアクションをとる。

 思えば湘南杯以降、珠音を中心に鎌大附属硬式野球部は極めて小規模ながら度々メディアに取り上げられている。

 立花の記事が掲載される都度、女子硬式野球に関する問い合わせがあると、最近になってヘアマニキュアで白髪を隠し始めた鬼頭に言われたことがある。

 一学年下で必死に喋る少女も、その内の1人なのだろう。

「それじゃあ、受験に合格したら君は後輩だ」

「頑張ります!......あの、ところで」

 激励を受けて気合の入った少女が、もじもじと周囲を伺っている。

「まつり先輩は、野球部にはいないんですか?確か、鎌大附属に進学したって聞いたんですけど」

「まつり先輩......?」

 珠音は横にいた琴音に確認を取り、返事を聞く前に少女が口を開く。

「はい、伊志嶺まつり先輩です。学校は違ったんですけど、同じシニアチームで二遊間を組んだこともあるんです。女子野球部ができたのなら、てっきり野球部にいると思っていたんですけ......ど?」

 少女が話終わるまでに、野球部員がわらわらと集まってくる。

 名もまだ名乗っていない緊張の面持ちの少女に年長の男女が詰め寄る様子は、見るからに尋常では無い。

 自分たちの奇行に部員たちが気付いたのは、少女が今にも泣き出しそうな表情で弱々しい悲鳴を上げた瞬間だった。



 プルタブが引かれ、てこの原理で口金が押し込まれると、"カシュ"という心地良い音と共に柔らかな湯気が立ち上る。

「重ね重ね、うちの部員たちが申し訳ない」

教え子たちから幼気な少女を救出した鬼頭が教え子たちの奇行を謝罪し、お詫びも兼ねてホットミルクティーを買い与える。

「ごめんなさい、私たちも伊志嶺さんのことで気になることがあったものだから、名前が出て思わず」

「私たちのことは嫌いになっても、鎌大附属は嫌いにならないで下さい...」

「い、いえ」

 珠音と夏菜が代表して謝罪すると、少女は苦笑してミルクティーに口を付け、静かに思い出を語り始める。

「私たちのチームに女の子は私たち2人だけでした。まぁ、女の子が1人いるだけでも珍しいので、私たちのチームは相当変わっていたのだと思います」

 各中学校の軟式野球部ですら極少数派の女子選手であり、シニアチームとなると尚更である。

「私は度々試合には出させてもらえましたが、終にレギュラーになることはできませんでした。やっぱり、力も体力もある男子にはなかなか敵わなくって」

 少女は苦笑を見せる。

 鎌大附属の硬式野球部にGチームが設置されなければ、彼女もまた高校進学を機に競技を転向した女子野球選手の1人になったかもしれない。

 もちろん、スポーツ推薦が無い以上、無事に受験という競争を勝ち抜いた場合に限るのだが。

「私がチームを抜けずに最後までやれたのは、まつり先輩への憧れがあったからです。まつり先輩は最後までショートのレギュラーを男子に渡さず、トップバッターとしてチームを引っ張り続けました」

「凄い......」

 齊藤がポツリと感嘆する。

 彼女は経験者でこそないが、今担っているポジションの過酷さは身に染みている。

 筋力や体力に劣る女性選手が最後までポジションを守り通した努力には、称賛を受けるべきことだと、肌で感じることができた。

「それだけ努力してきたのに、どうして野球を毛嫌いしているんだろう」

 少女の話を聞いて、珠音はまつりの行動がさらに分からなくなった。

「......思い当たることがあります」

 少女が俯き、まるで自分のことのように悔しそうな表情を浮かべる。

「最後の大会の後、引退したまつり先輩は高校野球ではなくて、受け入れてくれるクラブチームを探したそうなんです。でも、ウチは決して強いチームではなかったこともあってレギュラーとしての実績としては弱かったですし、実力や体力面でハンディのある女性選手を受け入れてくれるクラブチームには、最後まで出会えなかったそうです」

 投手であれば1イニングでも長くマウンドに立ち、自信のあるボールを投げ込んで打者を打ち取れさえすれば、打って走れなかったとしても最低限の仕事を果たすことはできる。

 しかし、野手として続ける限り、出塁を目指して投手の力強いボールを打ち返すパワーが、一つでも先の塁と得点を目指す脚力が、相手の勢いを凌ぎ一つのアウトをもぎ取る瞬発力が求められる。

「引退して暫く経ってから会う機会があったんですが、その頃には以前のような明るさも、野球への情熱も無くなっていました」

 高い要求水準は人生の階段を上るごとに険しい岩壁となって立ち塞がり、積み重ねた努力を認める人にも、支えてくれる人にも恵まれなかった彼女の未発達の心は、自らを支えられなくなったのかもしれない。

「"のぞみ"、もう喋らないで」

 野球部員ではない険しい声に、一同は驚いて振り向く。

「伊志嶺さん」

 威圧感を前面に押し出したまつりに、珠音は思わず唾を飲む。

「まつり先輩、久し振りですね」」

「人のことをペラペラ喋らないで」

 駆け寄ろうとした“のぞみ”を言葉で威圧して制し、その視線を部員に向ける。

「彼女の言った通り、わたしを受け入れてくれるクラブチームは無かったわ。私の努力や実績は、私が女だからってだけで認めてもらえなかった」

 拳を握りしめる姿は、珠音の姿に痛々しく映る。

「もう決めたの。野球なんてやらない。野球は男子のスポーツだから、あなたたちみたいな俄か作りのお遊びチームなんて知らない」

 ストイックで普段はクールな印象のまつりが、感情的に声を荒らげる。

「お遊び......だって?」

 野球部で最初に言い返したのは、それまで会話に混ざっていなかった夏菜だった。

「好き放題に言ってくれるじゃない。私たちだって、大会目指して頑張ってるんだよ!」

「選手も経験が圧倒的に不足している急造チームで、何ができるって言うの。1回戦負けが目に見えている」

「そんなことは分かっている。でも、私たちが前に進むためには必要なの!」

 Gチームの面々が頷き、まつりに相対する。

「楓山さんのため?」

 まつりの視線が珠音を捉えるが、何かを返そうとする珠音の前に夏菜が視線を遮るように立つ。

「言ったでしょ、私たちのためだって。私たちは最近になって見つけた、私たちのやりたい事のために努力しているの」

「......分かったわ。なら、どんな努力だって、圧倒的な実力差の前では意味がないことを教えてあげる。私がピッチャーやるから女子部員はバッターやって。誰か一人でもヒットを打てたら、あなたたちの勝ち。まぁ、勝っても負けても何かある訳ではないし、対価はなしでもいいよね。悪いけど、誰かキャッチャーをお願いできない?できれば、守備も」

 まつりは倉庫に眠っていたグローブを借りてやや不満気な表情を見せると、やれやれと言った様子でマウンドに立つ。

 肩慣らしを済ませた後にスリークォーターから投じられた快速球が、キャッチャーミットに小気味良い音を立てて収まる。

「綺麗な回転だな」

 肩慣らしを始めると、ブランクを感じさせない球筋に捕手を買って出た浩平が素直に感心する。

 球速は珠音程とはいかないが、伸びが良く回転のキレイな投球は、キャッチャーミットに収まるまで威力が落ちることは無く、失速しているようにも見えない。

「ちょっと厳しいかもな」

 投手としての珠音は男子も舌を巻くレベルだが、打撃は並かやや以下と言ってもいい。

 浩平の口から出た言葉は、素直な気持ちと客観的な状況評価を示していた。

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