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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
19/74

4回表 ―新しい仲間たち― 1.かつての野球少女

鎌大附属硬式野球部が女子チームを結成して1ヶ月。

初挑戦のスポーツながらスポンジのように技術を吸収していくが、不慣れが災いして実力面にはまだまだ課題が山積みだった。

チーム力を向上すべく、琴音は中学時代の友人でシニアチームに所属していた"伊志嶺まつり"の存在を明かし、珠音とともに入部を願い出るが、頑なな拒絶を受けてしまった。


Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19735317

Top of 4th ininng ―新しい仲間たち―


1.かつての野球少女


 新たにGチームを創設し、7名の女子新入部員を迎えてから1ヶ月。

 当初は各自の体操着で参加していた彼女たちも年明けからは真新しいユニフォームに身を包み、寒空の下とはいえ野球部のグラウンドは活気に満ちていた。

 自称フリージャーナリストの立花が地方紙に持ち込んだ企画―新生女子野球部奮闘記―がまさかの採用を受け、定期的に取材を受けることも彼女たちのモチベーションアップに繋がっているようにも見える。

 体格や体力、筋力量の観点から流石に完全に同じメニューを課すことはしなかったが、慣れない彼女たちもこれまで持て余していた意欲で食らいつき、スポンジが水を吸い込むようにみるみる上達していく。

「いやぁ、教えるのって難しいなぁ」

「全くだ。まぁ、一つ一つのプレイを見直す機会ができて、俺は自分のためにもなっていると思えるかな」

 地面に座り込み澄んだ空を見上げる大庭に、二神が苦笑する。

 意欲的なメンバーが集まったとはいえ、経験値は体育の授業で少しだけソフトボールを嗜んだ程度である。

 短期間で試合をこなせる能力を身に着けるため、女子部員たちは希望と適正からポジションを予め割り振り、同じ守備位置の男子部員が付きっきりで指導することとなった。

「でも、少しずつ上達していく姿を見るのは楽しいしね」

 最近では三塁手を務める機会の多い大庭はバスケ部出身で2年生の財田を、投手も兼任し普段は遊撃手を担当する二神はバレーボール部出身の1年生齊藤を指導している。

 試行錯誤の指導は頭と身体の双方の体力を要するが、自身の動作一つ一つを見つめ直すことも多い。

 同じプレイヤーとしての観点から、教える立場の人間ができない訳にはいかず、自身の練習にも集中力と緊張感を持って取り組めている自覚がある。

「まぁ、夏菜は大変そうだがな」

 運動部出身ではない夏菜と琴音は、それぞれ左翼手と右翼手を任されることになった。

 琴音は意外にもそれなりの運動能力を有していたようで、運動部出身メンバーと比べれば遅れをとっているものの着実な成長を見せている。

 一方、マネージャーから選手へ転向した夏菜は周囲から考え直すよう説得される程に壊滅的な運動神経を如何なく発揮し、指導を担当する2年生外野手の山下は早くも匙を投げかけ、1年生の小川は知恵熱の余りについ先ほど保健室へ行ってしまった。

 それぞれが過去の指導や経験を踏まえながら苦心して教える姿を、鬼頭はベンチから満足そうに見つめていた。

「そっちはどうなんだ、浩平。”あの”水田先輩は」

 大庭から話題を振られた浩平はユニフォームの裾で汗を拭うと、珠音と一緒に短距離ダッシュを繰り返す舞莉を苦笑交じりに眺める。

「いや、何か、あの人すげぇわ。教える前はハチャメチャなんだけど、少し教えただけでもう完璧」

「へー......まぁ、二塁送球も最初から届いた上に安定しているし、持ち前の運動神経がよほどいいだろうね」

 遊撃手は守備連携の都合により、捕手の練習メニューに付き合うことも多い。

 当初は山なりで2回ほどバウンドさせた送球も、指導と数度の反復練習ですぐに矢のような球を投げられるようになった。

「”走り回るのは向いていない”って言っていたけど、足も速いよな」

 浩平もそれなりの脚力を持っている方だが、短距離走で余裕の表情を見せて並ばれた時には度肝を抜かれたものだ。

「こんなことを言っちゃいけないんだろうけど、あの人、本当に女子だよな?」

「出るとこ出てるし、間違いない」

 二神も同じ経験をしたからか、激しく頷いている。

 舞莉を見ていると、男女の体力や運動能力差とはいったい何のことなのか分からなくなってしまう。

「あの人は何で吹奏楽部なんだか」

「ついでに、写真部で新聞部だもんな」

 大庭と二神が顔を見合わせ、溜め息を漏らす。

「やぁやぁ、お三方」

 先程まで激しい運動を反復していた噂の種が、余裕の表情を浮かべ汗一つかかずに爽やかな表情で近寄ってくる。

「みんなどうしたの?考え事?」

 一方で練習パートナーを務めた珠音は息を切らし、冬とはいえ額に汗が滲んでいる。

『たった今、考えるのをやめた所だ』

 合図を出したわけでもないのに、3人の言葉がピタリと揃う。

「いかんなぁ、若人たちよ。人類が長い進化の歴史で獲得した唯一無二の能力を放棄するとは、偉大な先人たちへの冒涜だよ」

 あっけらかんとした表情の舞莉を前に、3人の溜め息はまたも揃った。



 練習後、鬼頭はキャプテンの野中の他、指導を担当する部員と珠音に加え、Gチーム結成の発起人である夏菜と琴音を集め、照明の下で即席のミーティングの場を設けた。

「皆に集まってもらったのは外でもない。Gチームの状態を聞きたいからだ。女子硬式野球の春の全国大会の参加締め切りが今月末に迫っていてな。締め切りもまだ先だし、開幕まで2ヶ月はあるが、大会への参加は指導者の立場から見てどうだろうか」

 Gチーム創設から春の大会まで僅か4か月。

 いくら男子の中でも際立つ珠音の才能と、もはや変態じみた能力の舞莉を要するとはいえ、野球はバッテリーの2人でできるスポーツではない。

「サードの財田とファーストの吉田はボールへの恐怖心も少ないみたいで、万全とは言い切れませんが、見込みはあるかと思います」

 野中の意見に、一同が頷いて賛同する。

 ボールのサイズ差はあれ、迫りくる白球を目で見て捉えられるのはバスケットボール部出身ならではかもしれない。

 他の部員からも各ポジションの状況が伝えられ、概ね形になるだろうという意見が多数を占めた。

 何とか試合に間に合いそうだと評価され、吹奏楽部と二足の草鞋を履く琴音も安堵の表情を見せる。

「そうなると、問題はショートとレフトか」

 当初より問題視されていた夏菜については予め守備負担の少ないポジションを割り振ったのだが、それを上回る不出来さに当の本人も顔を覆うしかなかった。

 現状で最大の問題は、内野守備の要である遊撃手の状態だった。

「齊藤もよくやってるとは思いますが、流石に運動量も多くて負担も大きいポジションだけに、ついていくのでアップアップな状態です。本人も時折焦りを見せているだけに、少し心配ですね」

 ポジションだけではなくクラスも同じ二神も精一杯のフォローをしているが、優れた成長スピードも要求水準の高さを満たすには間に合うか怪しい。

「水田先輩の能力だったらショートも何なくできるでしょうが、そうなると珠音の球を捕球できる人がいなくなってしまう」

 浩平の指摘に一同が納得の表情を見せ、場に沈黙が流れる。

 Gチーム結成と前後して、珠音の様子が変わったと部員たちは感じている。

 これまでは練習への取り組み方も他の部員と同様で、ただ”凄い”程度の女子選手にすぎなかった。

 チームが生まれ変わって以降、普段の生活については相変わらずの活発さを見せる一方、練習時に見せるストイックさは並外れている。

 部員たちも男女問わず、珠音の姿勢に触発された部分が大きく、個々の成長に多大な影響を及ぼしているといっても過言では無い。

「......もう一度、説得してみようと思います」

 沈黙を破ったのは、意外にも琴音だった。

「前に行っていた、断られた人?」

 珠音の問いかけに、琴音が小さく頷く。

 Gチーム結成の際、他の女子部員とは異なり夏菜と琴音が唯一本格的に勧誘を試みた人物がいたが、残念ながら取り合ってもらえなかったと聞いている。

 野球部員たちはその存在のみ聞いており、クラスや名前は感知していない。

「俺も聞いていないんだが、いったい.誰なんだ?」

 鬼頭もその存在を聞かされておらず、鬼頭の言葉に視線が琴音に集まる。

 伝えるべきか暫く躊躇った琴音も、溜め息の後に覚悟を決めたような表情を見せる。

「1組のまつ......伊志嶺さんです」

「伊志嶺......伊志嶺って、あの陸上部の伊志嶺か?」

 大庭の驚いたような声を合図に、視線が隣のグラウンドで居残り練習に励むスレンダーな体躯に向かう。

 陸上部に所属している”伊志嶺まつり”は隣接する藤沢市の出身で、入学以来短距離走者として優秀な成績を収めている。

 練習姿勢のストイックさも有名で、全体練習の終了後も下校時間ギリギリまで居残り練習を続けていることを知らない運動部員はいない。

「私と同じ中学校でクラスも同じ、仲は良かった方だと思います。確か、シニア......?って所で野球をしていると言っていました。当時は詳しくなかったのでうる覚えですが、ポジションはショートと言っていたような気がします」

 多くの中学校が部活動として取り組む軟式野球とは異なり、各地には中学生を対象とする硬式野球チームも存在している。

 所謂リトルシニアと呼ばれ、中学軟式野球大会とは別団体として大会を独自運営しており、中には学校では部活動に所属せず硬式野球チームに所属する生徒も多い。

 この状況で硬式野球経験があり、ポジションも目下の課題と合致している可能性が高いとなれば、是が非でも得たい人材である。

「でも、3年生の夏を過ぎた辺りから急に疎遠になってしまって......名前みたいに、明るい性格だったのに、急にトゲトゲとした感じに......」

「この前、思い切って声を掛けたんですけど、野球部の話をしたら急に態度が険しくなって、取り付く島もないって感じでした」

 口ごもる琴音を励ますように、夏菜がフォローする。

 珠音を介して知り合った2人も、今ではすっかりいいコンビである。

「今度は私も一緒に行くよ。2人ばっかりに迷惑を掛けられないし、むしろ行かせて」

「迷惑だなんて......ありがとう、明日にでも声をかけてみよう」

 翌日の段取りを決めた後、集合した部員たちが解散していく。

 最後まで光に照らされていた珠音と浩平の姿を、スレンダーな少女は恨めし気に見つめていた。



 現役野球少女と元野球少女の対面は、仲介する琴音がいくらか胃を痛めた程度で無事にセッティングされた。

「ここ、生徒は立入禁止のハズなんだけど。しかも寒いし」

「確かに寒いよね。でも、ゆっくり話すにはここが一番だと思ったから。手短に済ませようか」

 最も、フランクに話しかけようとする珠音に対し、珠音より少しだけ小柄な背丈、切れ長三白眼が特徴的な元野球少女はとても友好的とは言えない態度で応対し、気弱な琴音は緊張と寒さで早くも指先の感覚がなくなっていた。

「私は楓山珠音。野球部でピッチャーやってます」

「自己紹介なんてしなくても、あなたは”有名人”だから分かるわ。私のことも琴音から聞いて声をかけてきたんだろうから、しなくていいでしょ」

 にこやかな珠音に対し、無愛想な少女。

 暫くの無言の時間が続くと、少女は寒さに耐えかねたのか観念したように口を割る。

「伊志嶺まつり」

 まつりは溜め息をつくと、珠音は満足そうな表情を見せる。

 その様子を、こっそり後をつけて来た浩平と大庭、二神、夏菜の4人が出入口で固唾をのんで見守っている。

「ありがとう。伊志嶺さんをこうやって呼び出したのは、あなたの力を野球部に貸して欲しいからなの」

 珠音の言葉を聞いた途端、まつりの表情が無愛想から険しさへと変化する。

 若干の垂れ目から放たれた鋭い視線が琴音を突き刺すと、琴音は海からの寒風に晒されたのと相まり震え上がった。

「琴音から何を聞いたか分からないけど、私は野球部に貸すような力は無いし、あったとしても貸すつもりはない。それに今は陸上部だってあるんだし、手を貸すなんてできる訳ないでしょ」

 話は終わったとばかりに、まつりは屋上を後にしようとする。

「待って」

「何で」

 呼び止めに対して怒ったような口調で返し、流石の珠音も怯む。

「私はもう野球はやらない。決めているの」

 凄味のある口調に珠音は言葉を続けることができなかった。

「琴音も吹奏楽を続けてるんでしょ。コンテストも近いんじゃない?野球なんかやってないで、フルート頑張ったら」

「まつり、待って!」

 まつりは琴音の呼び止めにも応じず、屋上の出入口を乱暴に開く。

 勢い良く開かれた出入口付近で隠れていた野次馬に睨みを聞かせた後、珠音には一瞥もくれず姿を消した。

「ごめんね、珠音」

「大丈夫、ありがとね」

 夏菜の表現の通り、まさしく”取り付く島”もない様子だ。

 順調に進む硬式野球部Gチームの前に、最初の壁が立ちふさがった。

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