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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
17/74

3回裏 ―新生、硬式野球部― 2.支える意志

立花の寄稿した記事がキッカケで、鎌大附属に女子硬式野球部の創立機運が高まる。

前進を決めた珠音をサポートしようと、仲間たちが少しずつ、集い始めた。


Pixiv様でも掲載させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19694305

2.支える意志


 鎌倉大学附属高校が共学化したのは20年前で母体となる大学も同じ敷地内に位置しており、一部の設備は共用となっている。

 共学化の際にグラウンドの拡充が図られ、現在では野球部が占有しているスペースが設けられたほか、海際の学校で水難事故への意識が高いことから授業用にプールも設置されており、武道場も競技別に存在するなど、スポーツ設備はある程度充実していると言える。

 しかし、共学化以前の部活動は武道系や体操競技、文化部こそ活発に活動していたものの、その他の室内競技は高等部が占有する第2体育館の床面積が小さいこともあって、お世辞にも活気があるとは言えない。

 大学占有設備も使用可能とはいえ自由に使える訳ではない。

 当然、いくつかある部活動もお互いの活動を尊重するために活動頻度が低く、部員数も少ないことから、一部の部員は物足りなさを覚えていた。

「......入部希望者がいる?」

 珠音のインタビューから10日程度。

 12月も間近に迫り寒さも日増しに厳しくなる中、昼休みに夏菜と琴音から伝えられた内容に、鬼頭は困惑した表情を見せる。

「取り敢えず、話を聞かせてくれ」

 一連の騒動についての取りまとめと学校としての抗議文を作成や送付、その返答への対応について学内での協議が続く鬼頭としては、新たな悩みの種を増やしたくない想いが僅かながらにあった。そろそろ、迫る期末試験の準備も頭の隅に置かねばならない。

 それなりに苦労はしてきたつもりだが、ここまで確認できなかった白髪を妻から2日前に指摘されて以来、通勤電車の吊革広告に記載されている”ストレスを溜め込まない方法”といった文言につい視線が向いてしまう程である。

 溜め息交じりの鬼頭に対し、夏菜と琴音は興奮気味な様子を見せている。

「入部希望というより、正しくは女子硬式野球部を作るという方が正しいと思います。珠音の力になれないか自分たちなりに考えてきて、その結論にたどり着きました」

「それで、もしも学内で野球に興味を持ってくれる女の子がいて、一緒に取り組んでくれる人が出てきたら、珠音も心強いんじゃないかなって思ったんです」

 夏菜に続き、琴音が考えていることを一生懸命話している。

 普段は決して能動的に行動を起こす性格ではないだけに、はす向かいに座る吹奏楽部の顧問が驚きの様子を見せていた。

「それでここしばらくの間、私たちの思い当たる範囲で声掛けをしていたんですが、この前のインタビューを見たり、鎌倉新聞の記事を見てくれた人から賛同者が出てきたんです」

 珠音のインタビュー記事は早速記事として鎌倉新聞に掲載されただけでなく、会社の好意により校内新聞にそのまま切り抜きで使用されたこともあり、珠音の存在は学内どころか大学でも知らない人は存在しない程となっていた。

「これが、賛同してくれた人のリストです」

 琴音から手渡されたリストに鬼頭が目を通すと、活動頻度の低い室内競技の部活動に所属する5名の名前が記載されていた。

「バスケ部の吉田と財田、バトミントン部の佐野、バレーボール部の齊藤と高橋。1年生だけでなくて、2年生にも話しているのか」

 鬼頭としても、屋外競技、武道、体操競技以外の部活動に所属している部員に大なり小なりフラストレーションの溜まっているという噂は耳にしていたことがある。

 スポーツも多様化する昨今では、男子運動部ですら人数の確保が難しくなることも多くなっている。

 野球に取り組んできた女子選手が高校進学を機に他競技に転向することは多いが、このような状況下で、まさか誘われたというキッカケがあったとはいえ逆の流れが起ころうとは、鬼頭としても思ってもみなかった。

「......だが、楓山を加えても6人だぞ。足りない分はどうするつもりだ?」

 野球は最低でも9人、交代要員も含めればあと2人は欲しいところである。

「私たちが入部します」

「お前らが?」

 鬼頭が訝しげに2人の姿を見る。

 一方は野球部とはいえマネージャー、もう一方は運動部ですらない吹奏楽部である。

「何とかなります!」

「......お前、その指で言える台詞か?」

 威勢のいいことを言う夏菜の指は、包帯でグルグル巻きにされている。

 先日の体育の授業でバレーボールをしていた際、あろうことか落ちていた”静止している”ボールを拾おうとして右手の中指を突き指したらしい。

 その他、走れば学年最下位、泳げば沈み、創作ダンスでは珍妙な動きを披露するなど、活発な見た目からかけ離れた夏菜の運動神経に関する逸話は枚挙にいとまがない。

「な、何とかします!」

 夏菜は赤面しながらも、言葉は力強い。

「あと、私が水田先輩に声をかけてみるつもりです。あと、もう1人声をかけてみようと思っている人がいるので、何とか人数は揃えてみせます」

 琴音は力強い言葉に、はす向かいの吹奏楽部顧問が感激した様子を必死に隠している。

 舞莉と同じく、彼女も次期吹奏楽部部長として期待していることもあり、琴音の積極的な姿勢は好意的に受け入れらえたようだ。

「この話を、楓山は知っているのか?」

「これから話します」

「分かった。取り敢えず、入部や創部についてはこちらで預からせてくれ。考えたいことがあるから、俺の中でまとまったら皆で話そう」

 鬼頭はそう言うと、机に向かって資料を確認する。

『失礼しました』

 2人が教員室を出る時に振り返ると、鬼頭は椅子から立ち上がって他の教員に声を掛けつつ、教頭と何か言葉を交わしているようだった。

「私たちも頑張ろう」

「そうだね」

 前に進む決心をした珠音を2人は誇らしく、そして頼もしく感じていた。

 そんな彼女を支えてあげたい。

 強い存在に感化された2人の想いは、完全に一致していた。



 教員室を後にした2人は、その足で弁当を食べ終えてのんびりとしていた珠音を教室から連れ出す。

「女子硬式野球部?」

 珠音はキョトンとした表情を見せ、2人の顔を交互に見る。

「珠音には野球部と兼部してもらってね。もちろん、珠音が続けたいのは男女関係の無い高校硬式野球だよね。それは分かっているよ」

 夏菜が珠音の手を取り、ブンブンと振る。

「野球に興味を持ってくれて、一緒に取り組んでくれる女の子が増えれば、周りの理解も深まると思うの」

「でも、女子硬式野球部があったら、男子にわざわざ混ざらずに”そっち”でやれって話にならないか?まず第一、人が集まるのか。9人って、結構多いぞ」

 ついでについて来ていた浩平が真っ当な指摘に、夏菜が怯む。そのことを特には考えてはいなかった。

「大丈夫だよ、たぶん。これだけ賛同してくれる人だっているんだもん」

 琴音から手渡されたメモを、珠音と浩平が確認する。

 人数が足りていないのは一目瞭然だが、それでも野球を一緒にやろうとしてくれている人がいることに、珠音は感動を覚えていた。

「ここに名前が書いてない人も応援してくれているよ、上手くいけば新年度にも野球部目当てで入ってくる女の子もいるかもしれないし。私たちも、出来る限りのことをするよ」

 珠音も当初こそ戸惑いが前面に出ていたが、少しずつ理解が追い付いてくる。

「確かに、どんな結果に繋がるか分からないか」

「そうだよ、まずは何か動かないと!」

「自分たちで部活を作るなんて考え、私にはなかったな」

「今はまだ構想段階だけど鬼頭先生には話してある。近々、何かあると思うよ」

 夏菜はサムズアップしようと右手を突き出すが、包帯のせいで形を作れない。

「分かった、2人ともありがとね」

 ちょうどのタイミングで、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴る。

「(たぶん、今考えているようにはいかないだろうし、一波乱あるだろうな)」

 ただ一人浩平だけは、夏菜の提案に不安を覚えていた。

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