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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
12/74

2回裏 ―立ちはだかる壁― 3.快投の終わり

強豪"湘南義塾"を相手に珠音は快投を見せ、女房役の浩平はその投球に2ランホームランで応える。

"大番狂わせ""下克上"が間も無くというタイミングで、珠音の投球に"待った"が入った――。


Pixiv様にも、投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19555108

3.快投の終わり


 流れ。

 勝負事において目に見えない潮流をその手にした場合、どのような悪手も損害は軽微となり、相手の有効打はその尽くに不運が付き纏う。

 カルト染みた結果の繰り返しは所謂"魔物"と称されるに到り、選手たちは物語をより華やぐための生贄となる。

「くそっ!」

 湘南義塾の5番打者がグラウンドへ快音を響かせるものの、打球はその進行方向へ偶然に差し出された珠音のグローブにすっぽりと収まり、球審からは"アウト"か宣告される。

 悔しさのあまりバットを地面へ叩きつけそうにのる衝動を抑え、打者は自陣へと引き下がった。

 試合は4回表の二死まで進み、両軍は互いの先発投手を捉え切れないまま鎌大附属の2点リードで進行していた。

「何か、相手の空回り感が半端ないね」

「微妙に感覚がズレているんだろうな」

 ベンチで夏菜がスコアシートを記入しながら呟いた言葉に、二神が反応する。

「ズレ?」

「楓くらいの小柄な投手は他校にもいるだろうけど、もう少し球速が出ているものだと思うんだ」

「確かに、練習試合で小柄な男子もいたわね」

「今日の楓は多少スピードを抑え目にして、コントロール重視の組み立てを浩平がしているけれども、見かけ上は思い切り腕を振っているようにしか見えない。しかも男女で圧倒的に筋力も違ってくる。相手も伊達に強豪校と言われているだけに、その錯覚でタイミングを外されてしまって、いい当たりも正面を突いてしまうんじゃないかな」

 浩平の目論見を、二神がまるで事前に聞いていたかの如く完璧に言い当てる。

「そんなもんかなぁ」

「恐らくは、そうだろうな」

2人の会話を聞いていた鬼頭が、感心したような口調で近付いてくる。

「俺も期待していた部分ではあったが、土浦が見事に目論を果たしたリードをしてくれている」

「へー、浩平すごいじゃん」

 メガホンを手にした大庭が、やや楽観的な表現を見せる。

「それに加えて、試合前に侮っていた楓山の投球を捉え切れていない分、あちらは焦りが出始めている。守りのミスさえせず、流れを向こうに渡すようなことさえしなければ、勝利を手繰り寄せられる可能性が高くなるはずだ」

 鬼頭の予測は的中していた。

 打てそうで捉えきれない珠音の投球の前に打線は沈黙を余儀なくされ、焦りのあまり早打ちの傾向を見せている。

 正確なコントロールを武器としていることに加え、球速が遅く下手に対応できてしまう分、バットが空を切ることも、打球がファールグラウンドに飛ぶことも少ない。

 したがって、珠音は球数を要することもなくアウトを稼ぐことができている。

「次の回は高橋に打席が回るから、出塁したら大庭は代走に出てくれ。そのままファーストの守備に入れるから、そのつもりで準備をしておいてくれ」

「分かりました。勇翔、相手頼む」

「はいよ」

 二神が自分のグラブを手に取ると、2人はベンチを出て試合進行の邪魔にならない場所でキャッチボールを始める。

「このままいってくれれば…」

 鬼頭が独白したところで、グラウンドにやや鈍い金属音が鳴る。

「ショート!」

「オーライ!」

 グラウンドには浩平の声に続き、内野陣の指示出しの声、そして応えるように遊撃手を務める松原の声が響く。

 フラフラと舞い上がった打球はその身を地面に着地させることなく、グラブのポケットへスッポリと収まり、湘南義塾の攻撃は敢え無く3人で終了した。



 一方の鎌大附属打線も、投手力や守備力の地力に勝る湘南義塾の前に、浩平の2ランのみに抑え込まれていた。

「何だか、試合がサクサク進みますね」

「そうだね~、投手戦ってやつだ。所謂玄人好みの試合展開ってやつだね」

スタンドで観戦する舞莉と琴音が、水筒に入れてきた温かい紅茶で寒さを凌ぐ。

 4回裏の鎌大附属の攻撃は、前打席で本塁打を放った浩平を警戒するあまりにバッテリーから四球を献上されたものの後続が倒れ、無得点で終了する。

「んー、寒いねぇ。ちょっとお花を摘みに行ってくるよ」

「あ、じゃあ荷物は見てますよ」

「サンキュ」

 舞莉は琴音に荷物を任せ、スタンドを後にする。

「ん~と、トイレトイレっと......」

 舞莉が階段を降りて便所を探していると、大会運営本部の会議室から口論の様子が漏れ聞こえてくる。

「ほほぅ、ジャーナリズムの血が騒ぐね」

 好奇心の勝った舞莉は会議室の扉に聞き耳を立てると、壮年の男性が厳しい言葉を矢継ぎ早に繰り出し、中年男性が劣勢に立たされるも何とか反論する様子が伺える。

「おや......これは」

 会話の内容を把握するに従い、悪戯心に満ちていた表情が徐々に曇っていく。

「このままでは、次年度以降の開催を認めるわけにはいかないな」

「なっ......」

「よろしいな」

 同意を強制する言葉が発せられたあと、舞莉が聞き耳を立てていた扉に向かって足音が近付いてくる。

「やば」

「ど、どこへ」

 扉の直前で足音が止まり、舞莉は胸を撫で下ろす。

「彼女は即刻、降板させる」

 壮年男性の低く厳しい口調の後、扉が開け放たれる。

「お、お待ち下さい!」

 部屋からスタスタと歩み出る壮年男性に続き、顔を青くした大会運営スタッフと見られる面々が続々と部屋から出て男性を追いかけると、部屋の中はもぬけの殻となっていた。

「......困るんだよね、こういう展開は。まだ刺激しないで欲しいのに」

 舞莉は大きく溜め息をつく。

 舞莉にとって"彼女"はまだ、特段親しい間柄でもない。

 観察すべき対象ではあっても、監視すべき対象ではない。

 庇護するべき対象でも、ましてや恩を売る様な相手でもない。

 同じ学校の1学年下で、自分を慕う後輩部員の仲の良い友達程度の付き合いにしかすぎない。

「まぁでも、捨て置けないよね。私的にも」

 舞莉は遠くへ思いを馳せると、扉から顔を室内に覗かせる。

「事件は現場で起こるものだけど、その現場が会議室ってこともあり得るか」

 舞莉はペンタイプのボイスレコーダーを録音状態にしてペン立てに入れると、窓越しでマウンドに立つ珠音を見やる。

 投球練習を終了し、5回表先頭の7番打者が打席に入っていた

「どんよりとしていた瞳が、見ていて心地良い色の輝きを取り戻したんだ。折角の鮮やかな色調の絵画を、態々鈍色に塗りつぶす愚挙に及ぶ必要はない。暫く辛いかもしれないけど、少しの間だから我慢してね」

 舞莉が会議室の扉を閉めると同時に、私設内部とグラウンドを繋ぐ通路の扉が開かれる。

 カウントは1ボール2ストライク。

 球数は制限投球数までまだまだ余裕があり、超過した場合も打席終了までは投球が認められている。

 突然の闖入者に主審が驚いてタイムを宣告する。駆け寄り事情を確認すると、困惑した表情で大会運営責任者と珠音の顔を交互に見やった。

「何だ?」

 鬼頭も、湘南義塾の監督もベンチから出て、突然の状況を静観することしかできない。

 珠音と浩平は困惑の表情を浮かべながら、肩を冷やさないようにキャッチボールを継続する。

 数分の後、主審は大きく溜め息をつき、マウンドへとゆっくり歩み寄る。

「......えっ?」

 苦渋の表情を見せる主審にいくつか言葉を投げかけられた後、無言でグラウンド外を指し示される。

 降板、あるいは退場を示すジェスチャーを受けて珠音の表情が消え失せた様子は、女房役の浩平だけではなく、ベンチの鬼頭からも、スタンドに戻った舞莉からもハッキリと見て取れた。

 慌てて鬼頭がベンチを飛び出し、釣られて内野陣もマウンドへ集まってくる。

 鬼頭が主審に状況説明を求める中、珠音は話を聞くことなく、フラフラとした足取りでマウンドを降りベンチへと向かっていく。

「た、珠音!?」

 夏菜がベンチを飛び出し駆け寄ろうとした途端、通用口から怒声が放たれる。

「女生徒のグラウンドへの立ち入り、並びに出場選手登録は認められない」

 夏菜の足が止まり、声の主を探す。

 まるで視線を合わせないかのように施設内へと消えていく大きな背中を、夏菜はハッキリと認識した。

 今にも走って追いかけたい衝動を抑え、すぐ脇を通り過ぎた珠音に意識を向ける。

「どうしたの、何があったの?」

 夏菜は俯く珠音の右肩に手を添え、その表情を覗き込もうとする。

「......もう、いいや」

 力無い言葉の後、夏菜の手を優しく払う。

 珠音はベンチの一番端に座り、石像のように一点を見つめてしばらく動かなくなった後、グローブを置いてベンチ裏へと下がっていった。

「高岡、悪いが投げてくれ。高橋、俺は運営に行ってくるから、野中と後を頼む」

「えっ!?」

 高岡の驚愕した顔を確認することなく、鬼頭は鬼気迫る表情でベンチ裏へと走っていく。

 グラウンドに重苦しい雰囲気が漂い、選手も、この球場に駆け付けた観客も、誰もがこの状況を消化できないまま、困惑の様子を見せる。

「落ち着いて行こう。状況はよく分からないが、少なくとも楓山のピッチングを”無駄”にする訳にはいかない」

 野中がチームを鼓舞し、試合はエースと監督が不在のまま継続される。

 鎌大附属の動揺は収まることがなく、緊急登板の高岡は制球が乱れ、これまで堅守を誇った内野陣にも綻びが生じ、ついには逆転を許してしまう。

「ゲーム」

 試合終了を宣告する主審の声も、どこか力無くどもって聞こえる。

 勝者は素直な喜びを感じることができないまま、敗者は何に敗北したのか理解できないまま、快進撃を見せた鎌大附属の湘南杯はベスト4に終わった。

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