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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第1章 高校野球編
1/74

1回表 ―終わり― 1.女子投手「楓山珠音」

華やかな歓声に包まれる甲子園球場。

夏の甲子園、春のセンバツ。

年に2度開催される煌びやかな高校硬式野球の熱戦が世間を賑わす一方、女子選手は公式戦への出場できず、舞台へ上がる挑戦権すら与えられていない。

楓山珠音かえでやまたまねは兄の影響もあり、小学生の頃から野球に親しんでいた。

中学3年生で迎える夏の大会。

珠音の野球は、間も無く終わろうとしていた。


Pixiv小説様でも、投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19414196

Top of 1st inning ―終わり―


1.女子投手「楓山珠音」


 どこまでも広がる青い空。

 遥か上空を飛翔する航空機が、遠方に立ち塞がる入道雲に臆する様子など微塵も見せることなく、どこまでも青いキャンバスに一直線の飛行機雲を描き進んでいく。

「あちぃ」

 澄み渡る天上世界とは対照的な地上ではジメジメと湿気を伴った熱風が通り抜けると、グラウンドに形作られた小高い傾斜の上に立つ少女はたまらず帽子をとり、流れ落ちる汗を袖で拭う。

 垣間見えた肌は香ばしい焼きたてのパンのような濃い目の狐色に焼き上がり、顔立ちは子供以上大人未満といった様子で、成長の過程感じさせる。

「ツーアウト!ランナー一塁、バッター集中!内野1つ、セカンドとショートは2つも考えておけよ!」

 少女は“女房役”の声を受け帽子を被り直すと、先程見せたあどけなさは姿を隠し、勝負師の目付きに戻る。

「プレイ!」

 審判の合図がグラウンドに響き、少女はセットポジションに入る。鋭い眼光を女房の構えたミットへ送り、その指示をジッと確認する。

 一塁ベースからリードをとる走者を警戒しつつゆっくりと右脚を上げて投球動作に入り、振り下ろした左腕から放たれたボールは一直線に進み、女房の構えたミットは乾いた音を鳴らす。

「ストライク!」

 本塁上の切り取られた所定の空間を通過したことが認められ、審判の判定が下される。

 打席に立つ少年は若干不服そうな表情を見せるが、判定が覆ることはない。

「ナイスボール」

 返球を受け、少女は大きく一つ息を吐く。

「(あと、アウト1つ......)」

 昂る鼓動を収めようと呼吸を整え、再び打者へと対する。

 しなやかな投球フォームから続けて投げ出されたボールは鈍い金属音を残した後、勢いの無い打球となって三塁手の前に転がる。

「オーライ!」

 打者は必死の形相で駆け出し、三塁手は何回も重ねて練習した動作を経て少し汚れた白球を一塁手へ送る。

 打者と送球の競争はほぼ同着。

 乾いた破裂音が響くと、一塁後方に立つ審判へグラウンド中の注目が集まる。

「He’s out!」

 打球の勢いが殺されていた分、見ごたえのあった競争は守備側の勝利で終わる。

 勝者は喜びと安堵の笑みを、敗者は悔しさの涙と表情を見せ、本塁付近に集合し向かい合う。

 全力で駆け一塁ベースに頭から飛び込んだ打者は一時的にその場で項垂れるも、ランナーコーチに支えられて列に加わり、審判は双方が全員集まったことを確認する。

「ゲーム!」

 審判の掛け声に合わせ両チームが礼を交わし、互いの健闘を称え合う。

 敗者は去り、勝者は次に進む。

 勝負の世界で当然の理は、敗者には次回への布石を、勝者には自信と栄誉を授け、技量の向上に一役買っている。

「......女のくせに」

 しかし、少年少女たちが炎天下で臨んだ試合は”夏大会”。

 最上級生にとって最後の大会であり、敗北とはそれ即ち終了を指し示す。

 頬に泥を付けた敗者が残した恨み節を、勝者となった少女は気に留める様子も見せずに受け流す。

「珠音、気にすんな」

 汗の染み付いたプロテクターを外し、”女房役”を務めた土浦浩平が水の入ったカップを片手にため息をつく。

「分かっているよ、浩平。いつものことだし」

 珠音と呼ばれた少女―楓山珠音かえでやまたまね―は、うだるような暑さにも涼し気な表情を見せる。

 男女比率に圧倒的な偏りがある競技だけに、少数は時に過剰な称賛を集め、ある時は理不尽な物言いを受けることもある。

 年の離れた兄の影響もあり、小学3年生で少年野球チームに加わって以来7年。幾度も浴びせられた数多の評価用語に、珠音は心底呆れる程度まで慣れっ子だった。

「そんなことより、6回くらいからコントロールが甘くなってきていたぞ」

 クールダウンを兼ねた軽いキャッチボールをしながら、自軍を勝利に導いたバッテリーの間で即席の反省会が始まる。

「この前の試合も5回後半から怪しかった」

「はーい、気を付ける。それにしても、もうちょっとだけ涼しくならないものかなぁ」

「曇らない限りは無理だろうな。むしろ、暑くなる一方さ」

 普段の練習通りとはいえ、茹だる様な暑さは若い身体にも負担である。

 テレビでは”環境破壊”だの”四季の喪失”などと言っているが、都市部に程近い海際に生まれてこの方、理想とされる風光明媚な環境など両親の田舎へ帰省した時くらいにしか見ることはできない。

「室内で試合できないかな、ドーム球場みたいな。エアコンの効いた部屋でやってみたい」

「無茶いうな」

 そう返答する浩平も、内心は同じ思いである。

 捕手というポジション柄、他の選手よりも競技中の装備が多く、激しい動きの後となれば身体の中に熱も籠りやすい。

 バスケットボールやバドミントンなど、日頃から体育館で練習している部活動を羨ましく思うことも度々だが、我らが母校はエアコンがようやく設置されたものの能力は心許なく、彼らも結局は籠った空気の元で練習しているらしい。

 隣の芝生は青く見える、ただそれだけのようだ。

 それでも、屋外競技に力を注ぐ人間としては照り付ける日光を浴びる都度、屋根があるだけ羨ましいと思わずにはいられない。

「もうちょっと省エネで投げないと、7イニングもたないぞ」

 中学野球の試合は、通常の規定回数である9イニングより2イニング少なく、1試合7イニング制で行われる。

 それでも、選手たちは2時間近く遮蔽物の少ないグラウンドに立ち続けることとなり、成長期とはいえ体力の消耗は激しい。

「分かってるよ、ただでさえ”キャパ”が小さいんだから」

 珠音は若干拗ねたように返事と共に少し強めにボールを投げ返すと、浩平は苦笑いを浮かべながら受け取り、そのまま無言で返球する。

 無言のキャッチボールは監督に呼ばれるまで続けられた。

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