夏が終わった
ふてぶてしく膨らむ雲に一言、クソったれと言ってやりたい。
私には好きな男の子がいた。
その初恋は、桜の蕾が開き始めたばかりの頃だった。
燃えるような分厚いマフラーを首に巻く。
加えて上半身を漆黒の防寒着で堅め、煌く太ももは待ちきれないらしい。
志望校へこの足で赴く。
正直、手ごたえはあったし特に不安もなかった。
故に足取りは軽かった。
ただひとつの問題を除いて、だけれど。
軽快な歩調で数分。駅ひとつ分ぐらいだろう。
豆粒のような人影が、こちらへ手を振っている。
そいつはきっと、短髪で体格の良い...
私とお揃いの赤いマフラーをしていて、夏用制服を着用しているんだろう。
場違いな褐色肌に声をかけられることも分かっている。
「よぉッ、お前もきたか!」
まだ校門についていない。
2km先からでも視認できてしまう身振り手振りが、2分後には目の前にあった。
鮫も驚く歯の白さと並びのよさは、歯科医が頭を抱えるに違いない。
彼のような人間ばかりいたら転職を余儀なくされたころだろう。
そんな彼は私をみるなり駆け寄り背中を叩いてくれた。
お前の前世は昭和のオヤジか酔っ払いだ。
「これでまた、同じ学校だな親友」
彼の澄み切った笑顔に、私は濁った目で笑い返す。
いや、嬉しい。とても感動している。
何せ冒頭の好きな男の子は、間違いなく彼なのだ。
好きな異性と学園生活を送れるなんて、幾ら支払っても叶わない。
それが現に眼前にあるし、いる。
手を伸ばせば触れてしまえるぐらいに。
だから私が、正直に本音を吐き出せば。
欲望をこの場でぶちまけてしまいたい。
具体的には彼を馬乗りで押し倒して接吻をし、
行為に至りたい...
好きな雄に求愛してもなんら問題ないだろう、
わたしは雌でにんげんたちの一員で、せいぶつだし。
口先を尖らせ、うつむく。
視界には新品のスニーカーと、若い太ももが見えている。
分かっている。
現実とは残念ながら苦い世界だ。
ついでに、ここは人間社会で令和3年を迎えた日本だ。
痴女騒動を起こせば現代版村八分にされて、ゲームセット。
おまけにインターネットで拡散されて社会で生きていけなくなる。
わたしはまだここでおわるわけにはいかないんだ。
大好きな彼は満足したのか、私の背中から手を離す。
女子の柔肌から彼が遠のく。
ひりつく痛みと温もりが愛おしい、彼にならDVされてもいい...
余韻に浸る変態に、耳をふさぎたくなる会話がはじまった。
私は当然とばかりにその場から離れる。
嫌でもその会話が脳裏に焼きつくからだ。
思わず唇をかみ締める。
決して悔しさからではない、己のふがいなさに辟易しているのだ。
私が本来なら彼の傍に立っていたのに。
顔を上げ、見上げたふてぶてしい雲に一言、
『クソったれ。』