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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 3
85/85

082 響く音  

お久しぶりです。

オリンピック女子日本代表、決勝ファイト!


という想いを込めて。



幕張英修、初瀬巡視点です。

 

「リタッ!」


 ペイントエリアでポストに入ったリタがボールを受ける。

 背中で相手(明青)のマークを制しながら、左足を軸にして細かくステップを入れる。


 そしてくるりと、左からターン。

 その動きに、背後でピタリとマークをしていた明青の#32が食らいつく。


 身体をねじこむようにしてリタがゴール下に潜り込み、シュートを放つ。

 ボールが手を離れた瞬間、審判の笛がコートに響いた。


 そしてボールは、バックボードを経由してリングへと吸い込まれていく。


 バスケットカウント。

 リタの得点が認められた上で、なおかつフリースローの権利を得る。


「「ナイスッ!」」


 ベンチ、それから観客席からの歓声。

 チームメイトが一斉にリタへと近づき、声を掛けた。


 これで5-0。


 ファウルを引き出したリタが私の方に目を向ける。

 それに応えるようにグッっと拳を前に突き出すと、真っ白な歯をむき出しにして笑い、彼女も拳を握る。



 明青を相手にしても負けていない。

 遅れを取っていない。


 私たちの、英修のバスケは間違いなく通用している。


 その喜びが、興奮が。

 脳から全身へと駆け巡り、私の身体を熱くする。


 私も、リタも、みんなこの試合の為に頑張ってきたと言っていい。

 栄光を重ね続ける紺青の王者に、土を付けるのは私達だ。


 ゲームは一旦止まり、リタがフリースローラインに立つ。

 手のひらをぐっと伸ばすように、ストレッチをしながら審判からの合図を待っている。


「落ち着いて! リラックス!」


 リタの背中に向けて声を掛けると、誰かがスッと私の隣に立つ。


「……フン、どうした? 随分と今日は大人しいじゃないか? 得意のお喋りは封印か?」


 明青の1番、二宮二葉(にのみやふたば)に、そう話しかけていた。

 二宮は私の目を覗き込むようにじっと見つめ、それから深くため息を付いた。


「いやぁ……参った……」


 そう言って、二宮は大げさなほどにガクリと肩を落とす。


 意外な反応に面を食らうが、今まで見たことのない二宮のリアクションに、私の中の悪い気持ちが沸く。


「どうだ。 以前とは比べ物にならないくらい強くなったろう?」


 そう問いかけていた。

 込み上げてくる笑いが顔に出ないよう、口元に力を入れる。


 二宮は答えない。

 そしてすっと姿勢を戻し、前を見る。

 その視線の先を追うように、私もゴール前に視線を戻した。


 審判からボールを受けたリタが、ゆっくりとシュートフォームを作る。

 ぎこちなさのあるフォームで、リングに向かってボールを放った。


 ややショート気味に見えたが、ボールはリングを通過する。

 さらに1点を加え、これでリードは6点。


「ディフェンス!」


 すぐに切り替え。


 気怠そうに背中を丸めた二宮がボールを持ち、ゴールラインの外から中の様子を伺う。

 その姿からは、まったく覇気が感じられない。


 寄ってきた#30にパスを出す。

 その瞬間、二人がかりでプレスを掛ける。


 #30はすぐにボールを二宮へと戻す。

 遅れることなく、プレスの標的を変える。


 ボールを受けた二宮は、すぐにパスを選択。

 右サイドに開いた味方へパスを出す。


 そこへまたプレッシャーを掛けに行く。


 頭で考えるよりも先に身体が動く。

 何度も何度も繰り返してきた練習が私の、私たちの足を動かす。


 それでも、明青は簡単には崩れない。

 正確にボールを展開し、こちらのディフェンスを躱す。


 そうしてボールをハーフコートに運びきると、再び二宮にボールが渡る。


 こちらも無理はしない。

 ディフェンス陣形を整え、相手の仕掛けに備える。


 ボールを持つ二宮が、ゆっくりとドリブルを開始。

 一定の距離を保ちながら、ドライブを警戒する。


「ソフィ!」


 二宮が味方の名を呼び、パスを送る。

 一気にギアを上げ、パスを出した右サイドの方へ走り出す。


 中に入れないように、進路を切りながら追う。

 ボールを受けた相手選手が、入れ替わるように中央へドリブルでポジションを変える。


 私は二宮を視界に入れたまま、味方に声をかける。


 ふと、目の前の二宮が笑い、私に向かって口を開く。


「旦那がダメな時は、女房が稼ぐんだぜ?」


 そんな意味不明な言葉が聞こえ、私はボールホルダーを目で追う。

 パスが出る。

 インサイドからトップの位置へ引いてきた明青の#8がそのボールを受けた。


 そこから一気に、中央にドライブを仕掛けてくる。

 その動きに、マーカーが振り切られてしまう。


「ヘルプ!」


 声を掛けた瞬間、ゴール下を守るリタが前に出る。

 突っ込んできた#8が、リタの追及を半歩避け、ボールを持ってシュートに行く。

 二人の身体がぶつかる。


 リタと接触した#8が、体勢を崩しながらもボールをリングに向けて放つ。

 再び審判の笛が鳴る。


 ボールはリングを捉える事無く、バックボードを叩いた。


 今度はウチ(英修側)のファウル。

 相手に2本のフリースローが与えらえる。


「ナーイス!!」


 一転、笑顔を見せる二宮は、仰向けに倒れたままの#8に近づき、手を取って引き起こす。


 石黒シルビア。

 二宮や私と同じ二年生の彼女が、明青のメインスコアラーだ。


「ドンマイ! 切り替えよう!」


 チームメイトでセカンドガードを務める寧々さんが、手を叩いて全体に声を掛ける。

 点を取られたわけじゃないし、別に気にするようなファウルじゃない。


 審判がボールを回収し、フリースローの準備を進める。


 石黒シルビアがフリースローラインに立ち、審判の合図を待つ。


 そしてまた、私の元へと二宮が近づいてきた。

 二ヤリと笑いながら、口を開く。


「お前さぁ……妹いる?」

「……はぁ?」


 余りにも試合に関係のない言葉に、思わず聞き返してしまった。


「いやさぁ、ウチ2つ下の妹がいんだけどさぁ……最近めちゃめちゃ反抗期なのよ。 いや昔から生意気な妹なんだけど」


 意図が読めず困惑している間に、1本めのフリースローが始まる。

 審判からボールを受けた石黒シルビアが、ゆっくりと構え、それからシュートを放つ。


 洗練されたフォームから放たれたボールが、綺麗な孤を描いてリングに収まる。

 パチパチと拍手が起きる中、我関せずというように二宮は話続ける。


「なんかアドバイス無い? 困ってんのよ……」


 こめかみに力が入る。

 何言ってんだこいつ。


「試合中だ。 お前の姉妹話になんか興味ないし、どうでもよすぎる」

「冷たっ! 冷たいなー。 さては(めぐる)ちん、一人っ子だな? お姉ちゃんの気持ちがわからんやつめ」


 おちょくるような口調で、勝手に納得しだす二宮。

 本当にムカつくやつだ。

 相手にするだけ無駄だったと、反応してしまった自分に後悔する。


 2本目のフリースローが始まる。


 さっきと同じように、石黒シルビアが冷静にシュートを決める。


 これで6-2。


 ゴールを見届け、二宮は自陣に引いていく。


 相手が引いたのをみて、私はボールを受けにゴール下へ寄る。

 味方からボールを受け、試合再開。


 二宮を先頭に、明青はすでにディフェンス体制を整えている。



「さぁ、こっから! ここからだぞーみんな! 集中集中!」


 よく通る二宮の声。

 引き締まった表情で備える外の四人とは対照的に、ニヤニヤとだらしなく笑う二宮の顔が目に入る。


 お前が一番集中してないだろ、というツッコミが頭を過る中、私はドリブルでボールを運ぶ。


 相手陣にボールを運びきったところで、じりじりと二宮が近づいてくる。

 その顔は相変わらず緩んだままだ。

 そんな隙だらけの表情に反し、待ち構えるそのディフェンスには隙が見えない。


 ボールを動かす。

 寧々さんにボールを預け、動きなおす。

 リターンパスを受けると、味方がスクリーンを掛ける。


 その壁を生かし、ドリブルで揺さぶる。


 中で機会を伺うリタが見えるが、そのパスコースを明青のインサイドが徹底的に消しにくる。


 代わりにガラ空きのコーナーへとパス。


 パスを受けた選手が、そのままシュートを放つ。

 が、ボールがリングに弾かれる。


 そのリバウンドを取ったのは、いつの間にか中へ絞っていた二宮だった。


「引け!」


 声を出しながら、自陣へと引き返す。

 二宮へのプレスは間に合わない。


 一瞬でトップスピードに乗り、サイドをドリブルで駆け上がる。

 雪崩のように、明青の選手が全員、フロントコートへ走り出している。


 その先頭を走る#8、石黒シルビアに二宮から矢のようなパスが飛ぶ。

 ボールを受け、そのままゴールへとドリブルで突っかけてくる#8。


 辛うじて追いついた味方がそれを阻止すると、#8はゴールに背を向け、左サイドにパスを出す。

 遅れて走りこんできた二宮に再びボールが渡る。


 必死で二宮を追う。

 追いついた時にはもう、彼女の手にボールはなかった。


「そろそろ決めろよな! 瑠雨(るう)!」


 二宮がパスを送った方向に、そう声を掛ける。


 ボールは3ポイントラインの外に走りこんでいた、#30に。

 構えた両手、その胸元にぴたりと収まる。

 そのまま打てという、メッセージが込められた正確なパス。


 異常に速いシュートモーションから、#30がシュート。


 ーーやられた。


 打たれた瞬間、そう確信するくらいに綺麗なフォームだった。


 まもなく、ネットを捲り上げる音がコートに響く。


 不快なはずのその音が、美しく耳に残った。



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