082 響く音
お久しぶりです。
オリンピック女子日本代表、決勝ファイト!
という想いを込めて。
幕張英修、初瀬巡視点です。
「リタッ!」
ペイントエリアでポストに入ったリタがボールを受ける。
背中で相手のマークを制しながら、左足を軸にして細かくステップを入れる。
そしてくるりと、左からターン。
その動きに、背後でピタリとマークをしていた明青の#32が食らいつく。
身体をねじこむようにしてリタがゴール下に潜り込み、シュートを放つ。
ボールが手を離れた瞬間、審判の笛がコートに響いた。
そしてボールは、バックボードを経由してリングへと吸い込まれていく。
バスケットカウント。
リタの得点が認められた上で、なおかつフリースローの権利を得る。
「「ナイスッ!」」
ベンチ、それから観客席からの歓声。
チームメイトが一斉にリタへと近づき、声を掛けた。
これで5-0。
ファウルを引き出したリタが私の方に目を向ける。
それに応えるようにグッっと拳を前に突き出すと、真っ白な歯をむき出しにして笑い、彼女も拳を握る。
明青を相手にしても負けていない。
遅れを取っていない。
私たちの、英修のバスケは間違いなく通用している。
その喜びが、興奮が。
脳から全身へと駆け巡り、私の身体を熱くする。
私も、リタも、みんなこの試合の為に頑張ってきたと言っていい。
栄光を重ね続ける紺青の王者に、土を付けるのは私達だ。
ゲームは一旦止まり、リタがフリースローラインに立つ。
手のひらをぐっと伸ばすように、ストレッチをしながら審判からの合図を待っている。
「落ち着いて! リラックス!」
リタの背中に向けて声を掛けると、誰かがスッと私の隣に立つ。
「……フン、どうした? 随分と今日は大人しいじゃないか? 得意のお喋りは封印か?」
明青の1番、二宮二葉に、そう話しかけていた。
二宮は私の目を覗き込むようにじっと見つめ、それから深くため息を付いた。
「いやぁ……参った……」
そう言って、二宮は大げさなほどにガクリと肩を落とす。
意外な反応に面を食らうが、今まで見たことのない二宮のリアクションに、私の中の悪い気持ちが沸く。
「どうだ。 以前とは比べ物にならないくらい強くなったろう?」
そう問いかけていた。
込み上げてくる笑いが顔に出ないよう、口元に力を入れる。
二宮は答えない。
そしてすっと姿勢を戻し、前を見る。
その視線の先を追うように、私もゴール前に視線を戻した。
審判からボールを受けたリタが、ゆっくりとシュートフォームを作る。
ぎこちなさのあるフォームで、リングに向かってボールを放った。
ややショート気味に見えたが、ボールはリングを通過する。
さらに1点を加え、これでリードは6点。
「ディフェンス!」
すぐに切り替え。
気怠そうに背中を丸めた二宮がボールを持ち、ゴールラインの外から中の様子を伺う。
その姿からは、まったく覇気が感じられない。
寄ってきた#30にパスを出す。
その瞬間、二人がかりでプレスを掛ける。
#30はすぐにボールを二宮へと戻す。
遅れることなく、プレスの標的を変える。
ボールを受けた二宮は、すぐにパスを選択。
右サイドに開いた味方へパスを出す。
そこへまたプレッシャーを掛けに行く。
頭で考えるよりも先に身体が動く。
何度も何度も繰り返してきた練習が私の、私たちの足を動かす。
それでも、明青は簡単には崩れない。
正確にボールを展開し、こちらのディフェンスを躱す。
そうしてボールをハーフコートに運びきると、再び二宮にボールが渡る。
こちらも無理はしない。
ディフェンス陣形を整え、相手の仕掛けに備える。
ボールを持つ二宮が、ゆっくりとドリブルを開始。
一定の距離を保ちながら、ドライブを警戒する。
「ソフィ!」
二宮が味方の名を呼び、パスを送る。
一気にギアを上げ、パスを出した右サイドの方へ走り出す。
中に入れないように、進路を切りながら追う。
ボールを受けた相手選手が、入れ替わるように中央へドリブルでポジションを変える。
私は二宮を視界に入れたまま、味方に声をかける。
ふと、目の前の二宮が笑い、私に向かって口を開く。
「旦那がダメな時は、女房が稼ぐんだぜ?」
そんな意味不明な言葉が聞こえ、私はボールホルダーを目で追う。
パスが出る。
インサイドからトップの位置へ引いてきた明青の#8がそのボールを受けた。
そこから一気に、中央にドライブを仕掛けてくる。
その動きに、マーカーが振り切られてしまう。
「ヘルプ!」
声を掛けた瞬間、ゴール下を守るリタが前に出る。
突っ込んできた#8が、リタの追及を半歩避け、ボールを持ってシュートに行く。
二人の身体がぶつかる。
リタと接触した#8が、体勢を崩しながらもボールをリングに向けて放つ。
再び審判の笛が鳴る。
ボールはリングを捉える事無く、バックボードを叩いた。
今度はウチのファウル。
相手に2本のフリースローが与えらえる。
「ナーイス!!」
一転、笑顔を見せる二宮は、仰向けに倒れたままの#8に近づき、手を取って引き起こす。
石黒シルビア。
二宮や私と同じ二年生の彼女が、明青のメインスコアラーだ。
「ドンマイ! 切り替えよう!」
チームメイトでセカンドガードを務める寧々さんが、手を叩いて全体に声を掛ける。
点を取られたわけじゃないし、別に気にするようなファウルじゃない。
審判がボールを回収し、フリースローの準備を進める。
石黒シルビアがフリースローラインに立ち、審判の合図を待つ。
そしてまた、私の元へと二宮が近づいてきた。
二ヤリと笑いながら、口を開く。
「お前さぁ……妹いる?」
「……はぁ?」
余りにも試合に関係のない言葉に、思わず聞き返してしまった。
「いやさぁ、ウチ2つ下の妹がいんだけどさぁ……最近めちゃめちゃ反抗期なのよ。 いや昔から生意気な妹なんだけど」
意図が読めず困惑している間に、1本めのフリースローが始まる。
審判からボールを受けた石黒シルビアが、ゆっくりと構え、それからシュートを放つ。
洗練されたフォームから放たれたボールが、綺麗な孤を描いてリングに収まる。
パチパチと拍手が起きる中、我関せずというように二宮は話続ける。
「なんかアドバイス無い? 困ってんのよ……」
こめかみに力が入る。
何言ってんだこいつ。
「試合中だ。 お前の姉妹話になんか興味ないし、どうでもよすぎる」
「冷たっ! 冷たいなー。 さては巡ちん、一人っ子だな? お姉ちゃんの気持ちがわからんやつめ」
おちょくるような口調で、勝手に納得しだす二宮。
本当にムカつくやつだ。
相手にするだけ無駄だったと、反応してしまった自分に後悔する。
2本目のフリースローが始まる。
さっきと同じように、石黒シルビアが冷静にシュートを決める。
これで6-2。
ゴールを見届け、二宮は自陣に引いていく。
相手が引いたのをみて、私はボールを受けにゴール下へ寄る。
味方からボールを受け、試合再開。
二宮を先頭に、明青はすでにディフェンス体制を整えている。
「さぁ、こっから! ここからだぞーみんな! 集中集中!」
よく通る二宮の声。
引き締まった表情で備える外の四人とは対照的に、ニヤニヤとだらしなく笑う二宮の顔が目に入る。
お前が一番集中してないだろ、というツッコミが頭を過る中、私はドリブルでボールを運ぶ。
相手陣にボールを運びきったところで、じりじりと二宮が近づいてくる。
その顔は相変わらず緩んだままだ。
そんな隙だらけの表情に反し、待ち構えるそのディフェンスには隙が見えない。
ボールを動かす。
寧々さんにボールを預け、動きなおす。
リターンパスを受けると、味方がスクリーンを掛ける。
その壁を生かし、ドリブルで揺さぶる。
中で機会を伺うリタが見えるが、そのパスコースを明青のインサイドが徹底的に消しにくる。
代わりにガラ空きのコーナーへとパス。
パスを受けた選手が、そのままシュートを放つ。
が、ボールがリングに弾かれる。
そのリバウンドを取ったのは、いつの間にか中へ絞っていた二宮だった。
「引け!」
声を出しながら、自陣へと引き返す。
二宮へのプレスは間に合わない。
一瞬でトップスピードに乗り、サイドをドリブルで駆け上がる。
雪崩のように、明青の選手が全員、フロントコートへ走り出している。
その先頭を走る#8、石黒シルビアに二宮から矢のようなパスが飛ぶ。
ボールを受け、そのままゴールへとドリブルで突っかけてくる#8。
辛うじて追いついた味方がそれを阻止すると、#8はゴールに背を向け、左サイドにパスを出す。
遅れて走りこんできた二宮に再びボールが渡る。
必死で二宮を追う。
追いついた時にはもう、彼女の手にボールはなかった。
「そろそろ決めろよな! 瑠雨!」
二宮がパスを送った方向に、そう声を掛ける。
ボールは3ポイントラインの外に走りこんでいた、#30に。
構えた両手、その胸元にぴたりと収まる。
そのまま打てという、メッセージが込められた正確なパス。
異常に速いシュートモーションから、#30がシュート。
ーーやられた。
打たれた瞬間、そう確信するくらいに綺麗なフォームだった。
まもなく、ネットを捲り上げる音がコートに響く。
不快なはずのその音が、美しく耳に残った。




