080 試合開始
午前中に引き続きCブロック、Dブロックの試合が終わり、大会はここから各ブロックを勝ち上がった4チームによるリーグ戦へと移る。
会場ではその第一試合、明青学院高校 対 幕張英修高校が始まるところだ。
「いよいよ、って感じだねー」
「この試合を観にわざわざ来たんだしね」
隣に座る由利さんと千秋が言葉を交わす。
「チカちゃんwww出番あるかなぁwww」
「どうだろうね」
「あるだろ。 多分」
背後からはイト君さん、サイゾーさん、エイジさんの会話が聞こえる。
「さーて、有識者の楓さんの予想は?」
千秋がおどけた口調で、持っていたペットボトルをマイクみたいにして私の方へと突き出す。
有識者って……別にそんな詳しくないんだけど。
「そりゃまぁ……順当にいけば明青じゃない」
「やっぱり?」
「正直、負けてる姿が想像できない」
私がそう言うと、千秋は「だよねぇ」と言ってペットボトルを静かに降ろす。
負ける姿が想像できない、というより負けて欲しくないというのが本音。
私に限らず、そういう思いでこの試合を観ている人は多いハズ。
明青学院というチームはそれだけ特別な存在だ。
試合の準備が整う。
両チームの選手がセンターラインを挟んで対峙。
白のユニフォームが幕張英修高。
予選で私たち国府台昴高を破ったチームでもある。
中心選手の#1初瀬巡と長身の留学生選手、#34リタ・イドバーエヨバがコート上に並ぶ。 他の三人も午前中の試合と変わらないようだ。
予想通りというか、残念ながらチカちゃんは控え。
ただお昼に会った時の弁解が功を奏したようで……、午前中のご乱心っぷりからは想像が付かないくらい落ち着いた様子で試合開始の時を待っている。
そんな英修を迎え撃つのが青のユニフォーム、明青学院高。
全国にその名を轟かせる強豪にして、この大会の大本命。
世代ナンバーワンとも言われるポイントガード、二宮二葉を筆頭に他の選手も好選手揃い。
そんなメンバーの中、午前の試合では途中出場だった藤代瑠雨も、スタメン入りしている。
「しっかし瑠雨ってやっぱ凄いんだな。 明青で普通にスタメンとか。 まだ一年なのに」
千秋が心底感心したように言う。
千秋の言う通り、明青学院のような層の厚いチームで一年生から試合に出るのは素直に凄い事だ。
本人には絶対言わないけど。
瑠雨のスタメン起用以上に驚いたのが……。
「瑠雨はともかく、まさか妹の方も出てくるとは思わなかったな」
「確かに」
私の言葉に千秋が同意する。
私達の視線の先にいるのは、褐色の肌がコートに映える二人。
一人は8番を付けるフォワードの選手、石黒シルビア。
そしてもう一人、そのシルビアの妹、石黒ソフィア。
彼女らも瑠雨と同じ明青学院中等部からの生え抜きで、私も対戦経験がある。
ウチのとこの櫛引姉妹とは違い、明青学院の石黒姉妹といえば、中等部時代から有名なコンビだ。
とはいえ、まさかここでスタメン起用されるとは。
「明青の方がデカいな。 平均身長175くらいあるんじゃないか?」
後ろの席からエイジさんの声が聞こえる。
エイジさんの言う通り、明青のスタメンの中では一番身長の低いニコさんですら160台後半、瑠雨が私と同じくらい170前半。 他の三人も175センチ後半から~180センチ前半ととにかく背の高い選手で構成されている。
平均身長が175センチの女子チームなんて、全国でもかなりレア。
対する英修の方は留学生選手が飛びぬけて身長が高いものの、他の選手は決して大きくない。
総合的な高さでは、間違いなく明青の方に分がある。
ボールを持つ審判がコート中央へ。
英修は34番のリタ、明青は32番を付ける石黒ソフィアがセンターサークルの中に入る。
審判がボールをトス・アップ。
高く上がったボールに向かって両選手が手を伸ばす。
先にボールに触れたのは英修の34番。
その長い腕を伸ばしてボールをタップすると、ゲームクロックが動き出す。
試合開始。
まずボールを確保したのは英修。
ポイントガードを務める#1 初瀬巡へとボールを預けると、各選手がポジションを取る。
ダンッ、ダンッ、と、初瀬巡がドリブルを開始。
「ディフェンス! 集中!」
そんなドリブルの音をかき消すような大きな声。
明青の#10、二宮二葉の良く通る声が観客席まで届くと、ボールを持つ初瀬との距離を詰める。
その動きを見て、初瀬は慎重に近づいてきた味方へパス、一旦ボールを預けてからリターンパスを受ける。
「青の方はゾーンっぽいな」
エイジさんが指摘したのは明青学院のディフェンス陣形。
オーソドックスな2-3のゾーンディフェンスで攻撃に備える。
対する英修は4人がアウトサイドに出て、広くポジションを取った。
初瀬が味方にボールを預け左に回りこむ。
再びリターンパスを受けると、今度はそこに瑠雨がプレスを掛ける。
その瞬間、コーナーの位置から英修の#11が中へカットイン。
明青のゾーン布陣の隙間へと潜り込むと、そこへ初瀬からのパスが通る。
ボールを受けた#11だが、それ以上は踏み込めず、ボールを持ち替えシュート体勢に切り替える。
が、高さのある明青インサイド陣にゴールを遮られた状況の中で放たれたボールは、リングに弾かれた。
「「リバウンドッ!」」
互いの声掛けが重なるゴール下。
明青のインサイド二人が待ち構える中、リバウンドを制したのは英修の#34、リタだ。
フィジカルの強さを生かし、落下地点に身体をねじ込むと、長い腕を目いっぱい伸ばしてボールに手を掛ける。
そのままボールを確保すると、ゴールに背を向ける格好で着地。
「耐えろ耐えろっ!」
ニコさんから激が飛ぶ。
#32 石黒ソフィアが、ゴール下で両手を上げながら身体を寄せる。
ターンだけはさせまいと必死に身体を寄せるソフィアに対し、左右に首を振ってターンのタイミングを狙うリタ。
そこへ明青の#4がヘルプに入る。
ボールを持つリタを挟み撃ちにすると、慌てたようにリタがボールを上へ逃がそうと身体を起こす。
そうして無防備に晒されたボールを、今度は背後からソフィアの手が狙う。
流石にキープしきれず、リタが近くの味方へとパス。
が、そのパスは通らない。
明青の#30 藤代瑠雨が伸ばした左手が、そのパスをカット。
弾かれたボールが外へと転がり、時計が止まった。
「ふーっ」
ボールがラインを割った瞬間、隣の千秋がふうっと息を吐き出す。
すると、周りの観客からも同じように息を吐き出す音が聞こえた。
わずか数十秒の間に繰り広げられた激しい攻防。
これまでの試合とはまったく異なる空気を会場から感じる。
「観てるだけなのになんだか喉渇くねー!」
少し上ずった声で言う由利さんが、持っていたペットボトルの蓋を開け口元へと運んだ。
予想通り、インサイドの主導権争いは熾烈。
明青相手でも圧倒的な高さとフィジカルを見せる英修の留学生に対し、まずはスタメン起用されたソフィアが上々の対応を見せた、といった感じ。
けど英修の攻撃は終わっていない。
エンドラインから、英修ボールのスローインとなる。
審判からボールを受け取った初瀬が左手で何やらサインを送ると、それを合図に英修の選手が動き出す。
近付いてきた味方にパス出すと、に手渡しのような形でボールを受け取り、初瀬は外に向かってボール持ち出す。
間髪入れず、トップのポジションへ走りこんできた味方へパス。
その流れで3ポイントラインの外まで出てきた初瀬へリターンパスが来る。
ボールを受けた初瀬が、そのまま3ポイントシュートを狙う。
が、このシュートもわずかに逸れ、リングに嫌われる。
大きく弾んだリバウンドは、明青の#8 石黒シルビアが奪取。
シルビアは、ポイントガードのニコさんにボールを預ける。
しかし――。
速攻を狙う明青の選手達の動きが一瞬止まる。
ボールを受けたニコさんの初動を初瀬巡が潰したからだ。
激しいプレスに合い、流石のニコさんも前にボールを出せない。
そんな一番槍の動きに合わせるように、英修が前からプレッシャーを掛けていく。
速攻を諦めたニコさんは、背中で隠すようにボールを持ち替える。
そんなニコさんにピッタリと張り付き、次の動作を警戒する初瀬。
英修は、いつの間にか得意のオールコートプレスの陣形を整えている。
それでもニコさんは、慌てることなく近付いてきた#30、瑠雨にボールを預ける。
瑠雨がボールが受けると、英修の標的は彼女に切り替わる。
すぐに別の選手が瑠雨との距離を詰め、プレッシャーを掛けにいく。
瑠雨はすぐに中央のスペースへパス。
高めに出されたパスを受けたのは、#32 石黒ソフィアがそのボールを受けた。
が、ここでミスが出る。
自分よりも20センチ近く背の低いマーカーを前に、余裕を持ってボールを受けたかのように見えたソフィアだったが、マークに張り付かれた瞬間、手拍子でニコさんへパスを出してしまう。
相変わらず初瀬にピッタリとマークされていたニコさんが、慌てて両手でバッテンを作ろうとしたが、時すでに遅く。
ソフィアからのパスを、初瀬がスティール。
あっという間に攻守が入れ替わると、ボールを奪った勢いそのままに、初瀬がゴールへ向かってドリブル。
レイアップシュートの体勢に入るが、すぐにリカバーに入ったニコさんが初瀬のシュートを阻もうと手を伸ばす。
が、初瀬はここでバックパス。
対応する余裕がなく、完全に虚を突かれた形だ。
フリーでボール受けた英修の選手がシュート体勢に入る、が……。
「おおっ!」
思わず声が出てしまう。
英修の選手がフリーでシュートを放った瞬間、背後から追いついたばかりの#8 石黒シルビアがそのシュートをブロック。
ボールがフロアへと叩き落とされると、そのボールに向かって初瀬とニコさんが飛び込む。
両者がフロアに座り込み、一つのボールを奪い合う。
一見不格好に見えるその争い。
お互いがボールを胸元へ引き込もうと、手にかけたボールを引っ張り合う。
そこで審判の笛がなる。
一瞬、静まり返った会場内が、大きく息を吐く。
――熱い。
明青学院と幕張英修。
両チームのプライドと闘志が、激しくぶつかり合う。




