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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 3
82/85

079 邂逅

あけましておめでとうございます

 

「さて、と」


 幕張英修(まくはりえいしゅう)柏総合(かしわそうごう)の試合が終わると、私達の後ろの席で試合を観戦していたエイジさん達が立ち上がる。


「僕らはちょっと外で昼飯を取ってくるよ」

「お前らは?」

「何ならお兄さんたちが奢ってあげるよ?wwwww」


 もうそんな時間か、と思うと急にお腹が空いてきた。


「えー! 本当ですかぁ!? それじゃあ……」


 キラリン☆ と、目を輝かせて白い歯を見せる千秋が、速攻でお兄さん達の提案に乗っかろうとする。 下心丸出しかよ。 ところが……。


「大丈夫ー! 今日はみんなの分のお弁当作ってきたから!」


 そんな千秋の心は親友には伝わらなかったようで、キラリン☆ と目を輝かせた由利さんがカバンを持ち上げて三人に見せる。

 なんと純粋な(まなこ)か。 

 そんな由利さんを見てしまっては流石の千秋も三人についていくわけにいかない。


「ぐっ……残念……です……けど……またの機会に……」


 瞳を濁らせ、喉を振り絞るように断りの言葉を吐く千秋。

 なんと汚れた(まなこ)か……。


 そんな二人を見て、サイゾーさんが苦笑いを浮かべる。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。 それでお願いなんだけど……もし可能ならここの席……」

「取っておきますっ! 絶対に! 死んでも死守します」


 食い気味に応える千秋。 日本語がおかしいぞ受験生。


「はは……ありがとう。 なるべく早く戻ってくるけど、もし混んでくるようなら無理に取っておかなくても大丈夫だから」


 そう言って、サイゾーさん達が席を離れる。

 若干ひいてたじゃん。


「じゃー、私達もごはんにしよー!」


 由利さんはそう言って自分のカバンからお弁当を取り出すと、そのまま私達へと配る。

 渡されたお弁当箱から、鼻腔をくすぐる甘いソースの匂いが漏れてくる。

 私のお腹はすぐに白旗を上げ、きゅうっと音を鳴らす。


 美味しそうな匂いに引き寄せられるように、私はその蓋に手を掛けた。



 **********



「ごちそうさまでした」

「う、ウマかった……」

「えへへ、良かったー!」


 由利さんが作ってきてくれた昼食を食べ終えて一息。

 メニューは特製のカツサンド、マジで絶品だった。

 まさか由利さんにこんな特技があったとは……結婚してください。


 お茶を飲みながら落ち着くと、急に催してきた。


「私、ちょっとお手洗いに……」

「いってら」

「トイレにいっといれー」


 千秋と由利さんに一言入れ、席を離れる。

 しかし由利さん、あのネタ好きだな。 前にも言ってなかったか?


 そうして一人、お手洗いで用を済ませにいく。

 その後、すぐに席には戻らずエントランスホールへと出た。

 ずっと座りっぱなしだったからちょっとお尻痛いし、気分転換も大事。


 ホールに出てみると、午後からの試合に合わせて来た人も多いのか朝会場入りした時よりも人口密度が高い。

 それに、丁度お昼休みなのもあって、ちらほら大会の出場チームらしきジャージを着た人の姿もある。


 雑然とはしているが、どこか落ち着いた雰囲気の漂う空間。

 観客席のピリッとした空気とは明らかに違うものだ。


 自然と身体から力が抜けていく。


 やっぱり、試合を観ているとどうしても熱くなってしまう。

 それが自分に関係ない試合でも。

 公式戦でしか味わえないプレッシャー。

 観客席で観ている私ですらそうなのだから、試合に出る選手はもっと張り詰めた空気にさらされているんだろうな。


 ……なんか無性に悔しくなってきた。


 そんな事を考えながら、棒立ちで人の流れを眺め続ける。


 ……そろそろ戻るか。

 そう思った矢先。


「楓」


 背後から私を呼び止める声。


 振り返ると上下青色のジャージを着た少女が一人、上着のポケットに手を突っ込みながらこちらへと歩み寄る。


 紫がかった艶のあるショートボブの黒髪。

 長めに右側の髪が右目に掛かりそうにやや長い。


瑠雨(るう)……」


 彼女の名を口にする。


 藤代瑠雨(ふじしろるう)

 彼女と顔を合わせるのは四月の練習試合以来だ。


「よ、よう……久しぶり」

 軽く左手を上げて挨拶をする。


「見に来てたんだ」

「ま、まぁね……」


 私がそう答えると、瑠雨が周囲に視線を移す。


「一人で?」


 こくり、と首を横に傾げながら尋ねてくる瑠雨。


「いや、千秋ともう一人、先輩の三人で」

「そう……千春は?」

「今日は一緒じゃない」

「そう……」


「……」

「…………」


 会話が続かない。


 昔はお互いもっとすらすらと喋ってた気がするんだけど、いつからか瑠雨との会話はこんな感じになってしまった。

 いや、瑠雨は昔からこんな感じだった気もするな……。


「楓、どうしたの?」

「へ? い、いや、何でもないけど」


 瑠雨に名前を呼ばれて、無意識に下を向いていた事に気付く。

 そんな私を不審に思ったのか、瑠雨はハテナマークを浮かべたような顔でまた首を傾げた。


「あ、決勝リーグ進出、おめでとう」

「ありがとう。 楓のトコは惜しかったね」

「はは、まぁ……力負けだよね」

「でも、凄い良い試合だった」

「え、試合観たの?」

「観た。 映像だけど。 次の幕張英修との試合だったから」

「そ、そう……」


 瑠雨のいる明青学院にとって、幕張英修は元々対戦する事が濃厚な相手。

 対戦相手の研究として試合を追っていても不思議じゃないか。

 だけど……。


 瑠雨にあの試合を観た。

 なんでだろう……恥ずかしいような、悔しいような、よく分からない感情が喉奥までせりあがってくる。


「……」


 また沈黙。

 まったく話題が思い浮かばない。

 私、こんなにこいつと喋るの苦手だったっけ?


 ……特に話もないし、そろそろ戻るか。


「じゃ、じゃあ……」


 そう言って、会話を切り上げようとした時。


 どすっ。


「ぐっ!?」


 不意に右脇腹に何か固いモノを突きつけられ、思わず声を漏らす。

 そのまま誰かが私の左肩に手を掛け、ぐいっと私の耳に口元を寄せる。

 ふわりと舞った髪に残る甘い匂いが鼻腔を通った直後、そんな甘い匂いからは想像もつかないくらい、低く怨嗟のこもったささやき声が私の鼓膜に届いた。


「楓ちゃん……さっきのあれは何だったのかな……?」


 背中から一気に汗が噴き出る。

 その汗が一瞬で冷え、身体の表面にぞわりと震えが走った。


 声の主が誰かなんて確認する必要もない。

 一刻も早く、彼女から身体を離さなければという思いで硬直した喉を開く。


「た、たまたま会っただけなんですっ……! ホントにッ……!」

「本当に……?」


 ぞわぞわと、再び全身に寒気が走る。


 私の答えを待つ彼女の手がわずかに私の肩を撫でたかと思うと、掴む力が徐々に強くなっていく。

 ミシミシと、徐々に指が皮膚に食い込んでいくのが分かる。


 圧が凄い。


「ほ、本当です! 私は学校の先輩に誘われて三人で観に来ただけで、観客席に居たらたまたまエイジさん達が来ただけなんですッ……!」


 何でこんな必死な弁解をせにゃいかんのだ。

 私はただ、千秋に連れられてここに来ただけなのに。

 理不尽だ。 助けて、タスケテ……。 


 目をぎゅっと瞑り、心の中でひたすら許しを請う。

 するとその願いが通じたのか、私の肩を掴んでいた手が離れ、今まで感じていた圧がスッと消える。


 恐る恐る、彼女の方へ目をやる。


 視界に入ってきたのは、満面の笑みでこちらを見つめる美少女の姿だった。


「もー、ビックリしたじゃん! L@INE送っても返事こないから探しちゃったよ!」


 そう言って斎川睦、チカちゃんが手に持つスマートフォンでうりうりと私の脇腹をつつく。

 どうやら最初に私の脇腹を抉った固いモノはスマホだったらしい。 刃物じゃなくてマジで良かった……。


「ははは……ごめんねぇ……」


 引き攣る表情筋を無理やり動かし、口角を上げて応える。


「おかげで試合に全然集中出来なくて、先輩には怒られるわ試合には出して貰えないわで最悪だったんだからーもう!」


 ハハハと笑いながら私の二の腕をパンパンと叩くチカちゃん。

 ……それ、私のせいじゃなくない?


「楓……知り合い?」


 私とチカちゃんのやりとりを見ていた瑠雨が三度首を傾げながら尋ねてくる。


「あっ、ごめん! もしかして今取り込み中だった?」


 そこで初めて第三者の存在に気がついたのか、チカちゃんがバツの悪そうな顔でこちらを見る。

 本当にエイジさん絡みになると周りが見えなくなるんだな、この子……。


「いや、大丈夫よ。 たまたま会っただけだから……」


 事実だし、そう答えておく。

 するとチカちゃんは、瑠雨に向かって話しかける。


「はじめまして、楓ちゃんの友達のチカっていいます! お名前聞いてもいいですか?」


「どうも、藤代瑠雨です。 楓とは……なんだろ? ねぇ、私たちって何なんだろ?」

「知るかぃ! こっちに聞くな!」


 瑠雨にツッコみを入れると、チカちゃんが可笑しそうに言う。


「二人が仲良い、って事は伝わったから大丈夫!」


 そう言って私たちの顔を交互に見るチカちゃん。


 な、仲良くなんかねーし!

 とかツンデレなことを言おうと思ったら。


「おー、楓ちゃんじゃないのー?」


 鼓膜をまっすぐ突き破るような声。


「げぇ……」


 思わずそんな声が出てしまう相手。


 上下青のジャージに身を包んだ二人がこちらへ歩み寄る。

 その内の一人が底抜けに軽薄そうな笑顔で私を見る。


 二宮二葉(にのみやふたば)、通称ニコさん。

 瑠雨と同じ明青学院の選手で、今大会最も有名な女子選手。

 癖のある髪を束ねた頭はパイナップルのようだ。

 試合中はスポーツゴーグルを付けてたが、今はビン底みたいに分厚い眼鏡を掛けている。


「もしかして、応援しに来てくれたとか?? いやーお前もなかなか可愛いとこあんじゃん! なぁ?」

「そんな奴じゃないでしょ。 茅森は」

 ニコさんが同意を求めると、隣に連れ添う長身で褐色の人物が否定の言葉を返す。

 それから私の方を向いた。


「久しぶり、元気そうだね」

「どうもです」


 石黒シルビア。

 彼女も明青学院の選手で、私とは中学時代に面識がある。


「あっ!」


 そこで急にチカちゃんが大きな声を出す。


「瑠雨ちんってもしかして……明青の選手!?」


 いや気付いて無かったんかい!


 へぇーと何故か感心したような顔で頷くチカちゃん。

 どこまでもマイペースな娘だ……。


 すると、ニコさんがチカちゃんを見てくすりと笑う。


「幕張英修の13番、斎川睦(さいかわちか)


 突然チカちゃんのことを呼ぶニコさん。


「え、わたしの事、知ってるんですかぁ?」


 いきなり呼ばれたチカちゃんは目を丸くしている。


「もちろんさぁ。 見たよ、昴高(すばるこう)との試合! 凄いね君! マジでビックリした! 天才かよって思った!」

「え? そうですかぁ? いやぁ、照れるなぁ! だはっ、だははは」

「まさか楓をあそこまで抑えれる奴が一年にいるなんて思わんかったよ! 神!」

「だはー、それほどでもぉー、あるかもー」


 次々と賛辞の言葉を並べるニコさんと、木に登る勢いで調子に乗るチカちゃん。

 私は今、何を見せられているんだ……。


「そうそう、だからさっきの試合、いつ出てくんのかなぁと思ったら結局出てこなかったじゃん? 怪我でもしてんの?」


「ぜーんぜん! わたしはめちゃくちゃ元気なんですけど! 頭の固いコーチと先輩が何でか怒ってて! 出してくんないんですよ!」

「ほうほう、そりゃ悲しいなぁ。 対戦するなら絶対マッチアップしたいなぁと思ってたんよ。 ちなみに午後の試合も?」


 ニコさんはすすすっとチカちゃんに近づき、肩に手をかけると、さりげなく相手の情報を探ろうとする。 抜け目ねぇなこの人。


「それがぁ! 聞いてくださいよ! 実は……」

「ちょ、ちょっと、チカちゃん!」


 調子に乗ったまんま自チームの情報をペラペラ喋ろうとするチカちゃん。

 流石に止めなければと口を挟んだ瞬間……。


「斎川!! そんなトコで何をやっている!」


 エントランスに響く怒声。

 今度は何だ……と声のする方へと目を向ければ、全身白のジャージを着た集団。

 飛び抜けて背の高い黒人の女子が目立つ。

 そんな集団の先頭で、腕を組んで仁王立ちする小柄な少女。 彼女が集団を抜けて、こちらへとやってくる。


 幕張英修の1番、初瀬巡(はつせめぐる)だ。


「おやぁ〜? 誰かと思えばめぐちんじゃーん!」

「馴れ馴れしく呼ぶな、二宮。 それから斎川から手を放せ。 試合前に怪我でもさせられたらたまったもんじゃない」

「かー! ひどくね?? そんなことしないっつーの!」

「どうだかな」


 試合前に邂逅する両雄。

 そして無関係なわたし。 もう戻っていいかな?


「そういえば決勝リーグ進出おめでとー! 柏総合を相手に完勝とは、お見それしやした!」

「ふん、相変わらず思ってもいない事をペラペラと。 よく回る口だな。 そちらは流星女子の15番相手に随分手こずってたみたいだが?」

「あーあいつね! 予想以上に上手くて速かったわー!」


 両チームの司令塔同士が、殺伐とした舌戦を目の前で繰り広げる。

 えぇ……なにやだ、怖い。 もう戻ろ。



 明青学院 対 幕張英修。

 大会屈指の好カード。

 全国への切符をかけた大一番が、もうすぐ始まる。


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