078 観客席から
インターハイ女子バスケットボール千葉県大会。
明青学院が快勝したAブロックの試合に続いて、Bブロックの決勝が行われる。
順当に勝ち上がってきたシード校同士の対戦。
まずは柏総合。
去年のインターハイはベスト4で、二年連続での決勝リーグ入りを目指す強豪校のひとつ。
対するは国府台昴高が二回戦で敗れた幕張英修高。
間違いなく今大会屈指のチームのひとつ。
そんな好チーム同士の対戦、まず主導権を握ったのは幕張英修だった。
その攻撃の中心は英修の留学生、センターの#34 リタ・イドバーエヨバだ。
ミドルポストやハイポストで攻撃の起点を作り、ゴール下でボールを受ければ確実にポイントを稼ぐ。
柏総合の方も彼女には厳しくチェックをかけているが、圧倒的な高さとパワーを誇る相手を封じ込められない。
こうやって改めて外から試合を観てみると本当にやっかいな相手。
ウチのインサイド陣、安藤環さんと那須飛鳥さんがどれだけ健闘してくれていたのかが良く分かる。
英修戦でウチのチームが大崩れしなかったのは、二人が頑張ってくれていたからなんだよなぁ。
あの#34を相手にする事がどんなに大変な仕事だったか……。
その#34を中心に、ゲームを組み立てるのは英修のポイントガード、#1 初瀬巡。
ニコさんのプレーを見た後ではどうしても地味に映るが、初瀬巡のプレーは堅実で隙が無い。
確実にボールを運び、パスを出し、ゲームを作る。 ポイントガードに求められる仕事をソツなくこなしていく。
#34に対応して柏総合のディフェンス意識は自然とインサイドに集中する。
そうなると今度はアウトサイドから攻撃。
ここでも#34の存在が展開を後押し。
ゴール下に彼女がいるから、英修の選手達は思い切ってシュートを狙える。
外しても高い確率で#34がオフェンスリバウンドを取ってくれるからだ。
最強のセンターが支配するインサイドからの攻撃と、思い切りの良いアウトサイドからの攻撃が噛み合い、英修がスコアを順調に重ねていく。
そんな英修はディフェンスでも序盤からエンジン全開。
得意の2-2-1オールコートプレスで前線から積極的に相手のボールホルダーへプレッシャーを与え続ける。
観客席からだとその守備の仕方が良く分かる。
ファーストラインの動きに合わせて、後ろの選手は常に一定の距離を保ちながらポジションを変える。
そのディフェンスの狙いは相手の時間を奪う事。
前線からじわじわとプレッシャーをかけ、相手に時間を使わせることでオフェンスの時間を減らす。
これが……やられると想像以上に鬱陶しい。
ボール運びに神経を使うし、ショットクロック時間が削られると攻撃の組み立てに焦りが生まれる。
ガードの選手にとってはホントに嫌らしい戦術だ。
試合は完全に幕張英修のペースに。
順調に得点を重ねると、柏総合との点差を拡げていく。
第2Qの終盤には20点以上の点差が付いていた。
「ねぇ……ちょっと……」
隣で一緒に試合を観ている櫛引千秋が私の耳元に顔を寄せ話しかけてくる。
「あの子……試合始まってからもずーっとこっち見てんだけど……」
「目を合わせちゃダメ。 試合に集中して、千秋」
せっかく気にしないようにしてたんだから……。
「ホントだー、やっほー!」
「由利さんっ! 手振らないでください!」
無邪気に手を振る由利さんを慌てて制した時、視線がうっかりその対象へと向いてしまった。
ひぃっ!
幕張英修ベンチの中で一人、ボールの行方を追う事もせずこちらを見続ける彼女。
その口元はブツブツと何かを呟くように、絶え間なく動いている。
怖すぎてすぐに目を逸らした。
「やばぁ……あれ絶対ヤバい事呟いてるじゃん……隣に座ってる子、怯えてるもん」
「だから見ちゃダメだって!」
呪われるからっ!
「何て言ってるんだろー? えーと、こ……ろ……す……?」
「由利さんも止めて! 口元の動きで何言ってるか読まないで!」
そうこうしてる間に第2Qが終了。
ハーフタイムに入ると、両チームの選手は一旦控室へと戻る。
「あ、叩かれた」
……にも関わらず、一向にベンチから立ち上がろうとしないチカちゃんの頭を初瀬巡が叩く。 スコーン! といい音がしてそうだ。
続けてリタ・イドバーエヨバがチカちゃんの前に立つと、ひょいとチカちゃんを右肩に担ぎ歩き出す。 凄いパワー……。
そんな扱い受けながらも、相変わらずチカちゃんはこちらを睨み何かを呟く。 呪詛かよ。
あれが女の情念なのか……恐ロシア。
そんな事を考えていると、後ろの席からクソデカなため息が。
「……ごめんね、ウチのバカな妹が……」
振り返ると、チカちゃんの実兄であるサイゾーさんがこめかみを抑えながら俯いている。
「いえ……こちらこそ何かすみません……」
とりあえず謝っておく。
いや、私には一つも悪いトコないんだけどさ。
「しかしまぁ、改めて見るとやっぱ西君が作ったチームって感じだな、幕英は」
「分かるwww、普段どんな指導してるのかまで目に浮かびますわwwww」
悩ましげに俯くサイゾーさんの横で、エイジさんとイト君さんが会話を始める。
イト君はともかく……我関せずといった感じで、チカちゃんまったく気にも留めてないエイジさん。
すごいな……どんな神経してんだこの人。 チカちゃんが可哀そうに思えてきた。
「西君って……英修のコーチの人の事ですかぁ?」
そう口に出したのは千秋。
相変わらず媚び媚びな声である。 こいつもすげぇぜ。
そんな千秋の質問に反応したサイゾーさんが、重たげに顔を上げる。
「そう、西先輩は僕らと同じ高校の出身でね」
「昔からやたら細かい人だったよなぁwww」
「エイジとは毎度毎度意見が食い違ってたよね」
「神経質でうっせーんだよなぁ、あの人。 頭固いし」
後ろの三人が懐かしそうに語る。
その話を聞いて私は幕張英修のベンチでずっと難しそうな顔して試合を観ていたメガネを掛けた男性の姿を思い浮かべる。 確かに神経質そうだ。
「そんなエイジの感想は? 幕英の」
「んあ? あぁ……いいんじゃない? 実際短期間で結果出すなら、背高い奴連れてきてディフェンス叩き込むのが一番手っ取り早いだろ。 ただまぁ……現状のチカには絶望的に合ってないチームになっちゃったな」
そう言ってエイジさんは持っていたペットボトルの蓋を開けて口を付けた。
「ってか出番あんのかな?wwww チカちゃんwwww」
「どうだろうな……」
「展開云々の前に、ベンチであんな態度じゃあ使えないだろう……」
「「「はぁ……」」」
三人の溜め息が重なる。
チカちゃんの事を思っているからこそ、という感じだ。
結局この試合、チカちゃんの出番は訪れず。
結果は幕張英修がペースを譲らずに逃げ切り勝ち。
勝った英修は、午後からの決勝リーグでAブロックの勝者と対戦する。
明青学院 対 幕張英修。
私が観たかった対戦カードが実現する。




