077 勝者と敗者、そして次の試合へ
戻りまして、茅森楓視点。
試合の序盤、リードを奪ったのは流星女子の方だった。
流星女子は、15番の個人技からゴールを重ねる。
アウトサイドからのシュートも良く当たっていた。
連続のスリーポイントシュート成功で点差を8点に広げ、流れを完全に掴んだように見えた。
そして今。
流星女子の選手が一対一を仕掛けた。
序盤の流星女子を牽引した、15番だ。
フェイントを1つ入れ、対面のマーカーを一気に抜こうとする。
でも……。
「危なっ!」
咄嗟にそう口にした直後、15番と正対していた明青のマーカーが15番に押されるように後方へ倒れれ込んだ。
審判の笛を吹き、テーブルオフィシャルに向けてジェスチャーで伝達する。
指で握った拳で手のひらを叩く動作は、オフェンス・チャージングを示していた。
ファウルを取られた15番がガリガリと自分の頭を掻きむしり、天を仰ぐ。
上手くいかない事に対する苛立ち。
15番のフラストレーションが観ているこちらにも伝わってくる。
一方、倒された明青の選手は味方の手を借りて静かに立ち上がった。
その様子を見て、思わず安堵のため息が漏れる。
どうやら怪我はないみたいだ。
「流石に強引すぎるよ……」
「だいぶイライラしてるねー! 15番の子」
私の言葉に、一緒に試合を観戦する櫛引千秋が反応する。
流星女子の15番の仕掛けを封じた、明青学院の30番。
藤代瑠雨が交代で入って、ゲームの流れは完全に明青学院に傾いた。
攻撃の中心である15番は瑠雨によって抑え込まれ、流星女子の攻撃は完全な機能不全に陥っている。
元々、地力に勝る明青学院だ。
相手のエースさえ封じた後は、いとも簡単に試合をひっくり返してしまった。
「瑠雨が一対一に強いのって、絶対楓のせいだよな」
「……そう? あんくらいなら止められるでしょ」
私がそう言うと、負けず嫌いだなぁ、と千秋が笑う。
……確かに瑠雨とは、ミニバス時代から数えきれないほど一対一をやってきたけど。
「成長してんだな、瑠雨も」
そう言って瑠雨に視線を送る千秋の横顔は、何故か嬉しそうだった。
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「はぁーっ……なんかすっごい疲れたぁ――」
ぐでり……と表情を溶かした由利さんが、ズルリと椅子から滑り落ちるように姿勢を崩しながらそんな感想を漏らす。
「疲れたって……ただ観てただけじゃん」
そんな由利さんを見て、千秋が言葉を返す。
「だって、なんか辛くてさぁ……」
「まぁ……分かっちゃいたけど、あそこまで大差だとなぁ……」
「うん……」
そんなやりとりをしながら、二人は試合が終わったばかりのコートへと目を向ける。
同じように、私もコートへ視線を向けた。
試合が終わったばかりにも関わらず、慌ただしく次の試合の準備が進められていく。
きびきびと、統制のとれた動きで、ベンチを後にするのは勝った明青学院。
誰一人として振り返る事なく会場を後にする。
その視線は、既に次の試合へと向いているのかもしれない。
一方で、負けた流星女子の足取りは重い。
頭からタオルを被り、しきりに目元を拭う子、そんなチームメイトを慰めるようにそっと肩を抱き寄り添う子。
そんな一団の中、私の視線は、ある一人に固定される。
伏せた顔を両手で覆う彼女は今にも倒れてしまいそうで、両肩をチームメイトに支えられながらも何とか出口へと足を進めていく。
それは流星女子の中で、目を見張るプレーを見せていた15番の選手だった。
「あの15番……よっぽど悔しいんだろうな……」
「うん……」
「なんかあいつ、楓っぽいからさぁ……つい重ねちゃうわ……」
「あー分かるっ! 私も同じこと思ったぁ……」
そう言って、二人は同時にため息を付く。
「……その反応、何故かちょっと嫌なんだけど……」
確かに流星の15番は、プレースタイルが私に似てる感じはする。
……私の方が上手いけどね。
何年生だろう?
周りのチームメイトの彼女の扱い見るに最上級生ではなさそうだけど。
名前が分かんないからかもしれないけど、初めて観る選手なんだよなぁ。
県内出身の同級生であれだけ出来る選手なら、大体記憶に残ってるもんだけど……思い当たる選手がいない。
いや、私の方が――
「あー! かーちゃん、私の方が上手いけどね、とか思ってそう」
「……」
「はいでたー、すーぐマウント取る奴!」
そう言って私を茶化しながら、二人が笑う。
……否定はしない。
そんなやりとりをしていると……。
「おおwww そこにいるのは楓ちゃんではないですかwwww」
どこかで聞いたことのある声。
呼ばれて声のする方へ顔を向けると……。
「よう。 久しぶり……てほどではないか」
「あ、ど、どうもです……」
私は軽く会釈しながら、声をかけてきた目の前の凸凹な男性三人組に目線を配る。
こちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべる恰幅の良い人がイト君さん、赤味がかった長髪をくしゃくしゃと右手で掻き、辺りを見回しているのがエイジさん、長身痩躯でメガネを掛けている人がサイゾーさん。
最近、麻木先生の繋がりで知り合ったバスケサークル、『ハイ・ファイブ』のお三方だ。
「今日も現役女子高生とのエンカウントに成功wwww 誠にアザァアアッス!wwww」
「おい馬鹿この野郎っ! 恥ずかしいからマジでやめろっ!」
そんな事を恥ずかしげもなく口にするイト君さんの肩を掴み、エイジさんが本気で諫める。
私からもお願いします、マジでやめろ。
そんな二人を横目に、柔和な笑みを浮かべるサイゾーさんが、優しい口調で話しかけてきた。
「お疲れさま。 今日は観戦?」
「ええ、まぁ……そんなとこでってぇ痛たたたたっ!?」
それに答える途中、横からいきなり耳たぶをぐいっと引っ張られた。
「何だよっ! 痛いよっ!」
引っ張られた耳を抑えながら抗議の意を示すと、やけに真剣な顔した千秋が、私の耳元に口元を近づける。
「ちょっとちょっと! 誰っ? このイケメンなおにーさん達は!?」
そう言ってチラチラと、サイゾーさんとエイジさんの二人を交互に見る。
とりあえず、千秋の言う「イケメンなおにーさん達」の中にイト君さんが入っていない事だけは分かった。
「えーと……話すと長くなるんだけど……」
どこから説明したものかと、言葉を探しながら話しだすと、サイゾーさんがニコリと笑ってこちらを見る。
「はじめまして、君は……楓ちゃんのチームメイトだよね。 確か、6番を付けていた。 こないだの試合、すごく良かったよ」
「えぇ~!! 私の事、分かるんですか!? すごぉっ、あのっ、ワタシ櫛引千秋って言いマス! 嬉しいですっ!」
明らかに千秋の声のトーンがあがる。
そんな声出せるんか……知らんかった。
「ちょうど良かった、上の席って空いてるかな?」
「全然空いてマス! どうぞどうぞ!」
そう言って、三人を上の席へと促す千秋。
三人が席に腰を降ろすと、その中の一人、エイジさんが私に話しかけてきた。
「惜しかったな、こないだの試合」
「あ、いえ……、不甲斐ない最後をお見せしちゃって」
「まぁ、最後は残念だったけどな。 観てる方としてはいい試合だったと思うぜ」
「はは……ありがとうございす。 でもやっぱり相手の方が上でしたし、勝つのは難しかったと思います」
エイジさんの言葉に、そう返す。
今のすばる高じゃあ、悔しいけど幕張英修には勝てない。
例え100回やっても勝てる相手じゃなかっただろう。
なんか試合の事を思い出したらテンション下がってきた……。
自然と視線が下に落ちる。
すると突然。
「悪い。 負けた試合の事なんか思い出したくないよな」
「!?」
そう言って、エイジさんが上からポンポンッと、私の頭を軽く手で撫でた。
いきなりの出来事にビクッと身体が反応。
ぐるんと後ろを振り向く。
「あ、スマン。 つい……」
私が振り返ると、エイジさんが慌てて手を引っ込める。
「い、いえ……ちょっとビックリしちゃっただけで……」
あ、なんか頬が熱い。
静まれー! 静まれー!
「でたwwwエイジのクソウザイケメンムーブ! 爆発しろぉ!wwww」
「あれあれー? 楓ちゃん、顔が赤いよ?」
そんな私達の様子を、イト君さんと由利さんが茶化す。
「や、やめてくださいよ! 由利さんもイト君さんも! そんなんじゃないですから!」
両手をブンブン振って、否定する。
いや、何を否定してるんだ私は?
その時だった。
ブルッ
背中から首筋に掛けて、凍るような悪寒が走る。
まるで誰かから殺意を向けられているような……。
エイジさんの方を振り向いていた私は、恐る恐る身体の向きを戻し、正面を見る。
「っ!?」
コート上では、次の試合を控える両チームの選手が既に出てきていて、アップを行っている。
その中でじぃっと一人……立ち尽くし、観客席にいる私達の方を見上げる女の子が……。
まさか……。
女の子の口が、繰り返し何かを呟くように動いている。
その視線と呟きは、明らかに私に向けられていた。
コ…スコ…スコ…スコ…スコ…スコ…スコ…ス
あの……口の動きが明らかに穏やかでない言葉を発してるように見えるんですが……。
それは次の試合に登場する、幕張英修の選手。
斎川睦、チカちゃんが、私に向けて呪詛を吐いていた。
ちょっと最近内容が雑いので修正するかもです……(気力が有れば)




