075 明青学院 vs 流星女子
試合が始まる。
「ってか、瑠雨出てないじゃん」
「みたいだね」
千秋の言葉に短く応える。
コート上に藤代瑠雨の姿はない。
一年生とは言え、あの瑠雨ですらスタメンに入れないのが明青学院というチーム。
瑠雨を観に来た手前、残念ではあるけど……。
まずボールをキープしたのは青のユニフォーム、明青学院。
そのボールはすぐに、10番を付けたポイントガードの選手に預けられた。
今日最初の試合だからだろうか。
会場はざわざわとしていて、どこか浮ついたような空気を感じる。
この感じ、集中出来ないんだよなぁ……なんて事を思っていると。
「いっぽーん! 集中!」
そんな私に向けられたメッセージかのように、ボールを持った#10の声が届く。
声の主は明青学院のポイントガード、二宮二葉だ。
癖のある髪をてっぺんで結ったパイナップルのような髪型に、黒縁のスポーツゴーグルを装着した独特の容姿。 どこから見てもすぐ見つけられるくらいに目立つ。
そんな彼女が、ゆったりとしたフォームのドリブルでボールを相手コートまで運ぶ。
そこで足を止め、味方を呼び寄せるように短く左手でくいっとジェスチャー。
その動作に応じて寄ってきた味方へボールを預けると、やや右へと位置を変え、すぐにリターンパスを受ける。
マークする相手の選手がそれに対応するように前へ出た瞬間――。
左から鋭いドライブ。
あっさりとマークを躱し、3ポイントラインの内側へ侵入。
ボールを構え、ジャンプシュートを放った。
ボールがネットを揺らす。
明青ベンチと観客が同時に沸く。
「ナイッシュー!」
「ニコー!」
観客席から、彼女を称える声援。
「ニコ、人気あるなあ」
パチパチ……と拍手をしながら、千秋が呟く。
二宮二葉。
2年生にして名門、明青学院のポイントガードを務めるエースプレイヤー。
私と千秋にとっては、ミニバス時代のチームメイトでもある。
今も昔も、彼女の愛称は“ニコ”。
その呼び名は、試合を観に来ている観客にまで浸透している。
間違いなく、今大会ナンバーワンの人気選手だと思う。
あの見た目のインパクトも人気の理由だろうけど、それ以上にプレーに“華”がある。
「性格は最悪だけどね……」
「くくっ、楓はマジでニコが苦手なんだな」
「苦手じゃなくて、嫌なんだよ」
「ニコが聞いたら泣くぞ、それ」
そう言って千秋が笑う。
……観戦に戻ろう。
ボールを持つのは流星女子。
アウトサイドでパスを回す相手に対し、ゾーンディフェンスで守る明青は、ボールホルダーに対してプレッシャーを掛ける。
中々隙見せない明青のディフェンスに焦れたか、流星の#15がパスを受けた瞬間、単騎で中へ突っ込む。
掛かった、とばかりに明青がぐっと中を絞る。
拡げた網を絞るようにスペースを消し、インサイドで待ち構えるセンターが両手を挙げる。
ところが――。
「おぉ!?」
思わず声が漏れる。
狭いスペースの中、ディフェンスの手をするりと掻い潜り、左手一本でシュートを放つ。
無謀にも思えるプレーだったが、ボールはリングを通過。
今度は流星女子のベンチが沸く。
「すごー、あの人上手ー!」
「無茶すんなー、あの15番」
由利さんが素直に驚いてみせると、千秋がそれに続く。
得点を決めた#15は、反転してすぐに自陣へと戻っていく。
攻守が入れ替わり、明青ボールの攻撃。
リスタートのボールを受けにエンドラインへ寄ってきたニコさんが、振り返って#15の背中をチラリと見た。
そしてボールを持ち、ドリブルを開始。
「オッケー! 今のはしゃーない!」
よく通るその声で、味方へ切り替えを促すと、近くに流星の選手がいないのを確認してから、ダンダンッ、と2度、速いテンポのレッグスルーを見せる。
その瞬間、どこか浮ついていた会場の空気が変わった。
**********
第1Q、立ち上がりから4分が経過したところ。
試合は予想外の展開になる。
「また15番! きた!」
明青の選手が放ったシュートが外れ、流星ボールになると、いの一番に前へ走る選手にパスが渡る。
ボールを受けたのは#15。
速い。
後手を踏んだ明青のマークを置き去りにして、そのままレイアップシュートを決める。
――――。
ここでタイムアウトを告げるブザー音。
8-12。
リードしているのは流星女子、最初のタイムアウトを取ったのは明青学院だった。
「……流星、強くね?」
「……だね」
「……15番、凄くね?」
「…………まぁ……なかなかやるんじゃない?」
「謎の上から目線! 素直に認めりゃ良くね」
「ぐぬぅ……」
千秋の言う通り。
ここまでは#15の活躍が目立つ。
流星女子自体、流石はベスト8まで残るチームというか、普通に強い。
特に攻撃面では、#15が突出したプレーぶりを見せていた。
ゾーンで守る明青のギャップを上手く利用して、15番が仕留める。
明青があの15番に手を焼いているのは、誰の目にも明らかだった。
「守り方、変えるのかなー?」
「だろうね。 流石に一人にやられ過ぎ」
由利さんの問いに、千秋が答える。
15番への対応をどうするか。 序盤に問題を突きつけられているのは明青の方だ。
タイムアウトの時間が終わり、両チームの選手が再びコートへと戻ってくる。
明青ボールで試合再開。
明青の攻撃。
アウトサイドでのパス回しから、中へカットインした明青の#5へニコさんから高めのパスが通る。
上背のある5番がこれをしっかりと両手に収め、そのままシュート。
きっちり決めて10-12。
明青が差を縮める。
攻守が変わって流星女子。
注目は明青のディフェンス。
「15番だけマンマークっぽい?」
「多分」
ゾーンで守る明青の中、#9の選手だけがボールを目で追うこともなくピタリと流星女子の#15に張り付く。
相手のエースに対して、明青が出した処方箋。
それでも#15は止まらない。
味方のスクリーンを生かし、3ポイントラインの外でパスを受けると、ブロックの手も意に返さずそのままシュート。
ゴール下でリバウンドに備える選手の間に落ちてきたのは、リングを通過したボールだった。
10-15。
流星の勢い、#15の勢いが止まらない。
「お」
何かに気付いた千秋が、短く声を漏らす。
「出るんじゃない?」
言われて明青ベンチの方を見ると、コーチの指示を受け立ち上がる一人の選手。
そのユニフォームから露出した両肩が見える。
何度も見る姿だけど、こうやって観客席から姿を見るのは久しぶりな気がする。
彼女から視線を外し、ボールの行方を追う。
明青が小気味良いパス回しで、相手のディフェンスを乱しにかかる。
ふと、左サイドでフリーの選手が生まれ、そこへ右サイドでボールを持つ選手から山なりのパス。
「あっ」
声を漏らした瞬間、そのボールに流星の#15が食らいつく。
ターンオーバー、攻守が入れ替わる。
ボールを奪った#15がドリブルで一気にボールを運ぶと、雪崩れ込むように流星の選手達が相手陣内へ走りこむ。
「マーク! 外すなっ!」
ニコさんから激が飛ぶ。
それをあざ笑うように、#15は追ってくるディフェンスをいなすと、左サイド最深部へ走りこんだフリーの味方へ速いパスを通す。
ボールを受けた選手が、ゆっくりとフォームを作りシュート。
審判が三つ指を立てて示す。
心地よい音を立て、ボールがネットを揺らす。
流星が連続で3ポイントシュートを沈めた。
オフィシャルがジェスチャーを審判に送り、審判がそれを受け入れる。
コートから9番が出ると、サイドライン脇で待ち構えていた30番が勢いよくコートの中へと入っていた。
10-18。
流星女子が点差を広げた所で、藤代瑠雨の出番が来た。




