074 土曜日
「暑い……」
土曜日、時刻は朝の八時過ぎ。
まだ人の出入りもまばらな駅の出入り口付近、ロータリーのバス乗り場に据え付けられているベンチに座り、私は櫛引千秋を待っていた。
6月も半分を過ぎ、そろそろ夏の足音が聴こえてくるかな……なんて思ってたら、現在の気温はまさかの30℃越え。
天気予報に寄れば、今日は今年初めての夏日になるそう。
まだ朝なんだけど。
どうなってんの日本、どうなってんのよ世界。
というか、何でわざわざ駅で待ち合わせなのか。
隣同士に住んでるんだから、一緒に家でれば良くない?
それにしても、千春なしで千秋とどっかに出掛けるなんて、いつ以来だろう?
仲は良いし、私にとってはお姉ちゃんみたいな存在だけど、やっぱり学年が2つ違うから生活のサイクルも合わないからね。
もし千秋と同じ国府台昴高に入ってなかったら、同じバスケ部に入ってなかったらこんな風に出掛ける事も無かったかもしれない。
そう思うと、少し寂しくもある。
千秋はこの間のインターハイ予選二回戦、幕張英修戦を最後に部活を引退する事が決まっているし、これからは受験勉強で忙しくなって、春にはあっという間に卒業してしまう。
進学先によっては今住んでいるところを離れてしまうかもしれないし、今日みたいな機会はもう二度とないかもしれないな……。
そんな事を思いながら辺りをボーっと眺めていたら、見たことあるシルバーのセダンが駅のロータリーに入ってきて、私のいるベンチのすぐ脇へと停車した。
助手席のドアが開き、黒いローカットのスニーカーを履いた両足が飛び出す。
「嘘でしょ……」
降りてきた人物を見て絶句する。
「いやーゴメンゴメン。 待った?」
深緑のノースリーブに白色のロングスカート。
頭にはこれまた白いキャップを被り、羊を連想させる眠たそうな目でこちらへ歩いてくるその女は、紛れもなく待ち合わせ相手の櫛引千秋だった。
てくてくとやってきた千秋に向かって、私はその場で足踏みして抗議の意を示す。
「ちょっと! 車で来るとか! それなら一緒に家出て乗せてくれればよかったじゃん! 車で来るとか!」
あまりに信じられなかったので二回言った。
「いやー、そんなつもりじゃなかったんだけど寝坊しちゃってさ。 急遽パパに送って貰っちゃった。 ほら、私受験生だから! 昨日も遅くまで勉強してたから!」
へらへらと笑いながら、そんな言い訳をする千秋。
「信じらんない……」
「まぁまぁ、ほら行こう行こう。 急がないと遅れちゃうから」
そう言って私の手を掴み、歩き出す千秋。
駅の階段をあがり、改札へと向かう。
「てかどこ行くの? こんな朝っぱらから……」
「あれ、言わなかったっけ?」
「聞いてない」
デートとか言われて部活まで休んでしまったけど、どこに行くかは聞いてない。
千春に明青との練習試合で呼びつけられた時もそうだけど、この姉妹は全然大事な事を言わないんだよなぁ……。
「ほら、こっちこっち」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
千秋に右手を引かれたまま、空いている左手でポケットからスマホを取り出し、改札を通過する。
エスカレーターで快速ホームへ。
そのまま千葉方面の電車を待つ。
「今日は八代に行くよー」
「それって……」
私の反応を見て、千秋が口角を上げる。
「インターハイ、観に行くよ」
**********
「あー! やっときたー!」
「あれ、由利さん!?」
八代駅に着くと、デニム生地のオーバーオールを着た可愛い子が私達を出迎え。
ふたつ上の先輩で自称バスケ部の幸運のマスコット、佐々木由利さんだった。
「由利さんも呼ばれてたんですか?」
「うん! 勉強の息抜きにってね! それよりもかーちゃんの私服初めて見たー! 可愛い!」
「あ、ありがとうございます……」
私の両手を握り、子供のようにキャピキャピとはしゃぐ由利さん。
「楓は宝の持ち腐れレベルでスタイルだけは良いからねぇ。 クソダサコーデでもそれなりに見えるっていうね」
ねぇちょっと千秋?
クソダサは傷付くよ?
ちなみに私の今日のファッションは無地の白Tシャツに黒ジーンズ、白のローカットスニーカーという何の主張もない格好だけどクソダサは言い過ぎでしょ! ……言い過ぎだよね?
確かに二人と比べるとアレなのは認めるけどさ。
まぁオシャレの話は置いておいて。
私達三人が向かうのは八代総合体育館。
先週国府台昴高が敗退したばかりのインターハイの県予選、その予選を勝ち上がったチームによる試合があるのだ。
男女ともに、各ブロックのトーナメントを勝ち上がったベスト8によるブロック決勝が四試合、さらにそこを勝った4チームによる総当たりの決勝リーグが二試合行われる。
ここまでは各会場に分かれて試合が行われていたが、今日から全チームがこの八代総合体育館に集結し、全国大会への切符を争う。
その中には勿論……。
「やっぱ楓的には見とかなきゃでしょ、ライバル瑠雨の試合は」
「ライバルって……」
瑠雨こと藤代瑠雨は、ミニバス時代のチームメイトであり、中学時代散々公式戦で戦った天敵であり、確かに千秋の言う通り私がライバル視していた選手だ。
「今はそんな風に思えないし……。 チームのレベルが違いすぎでしょ……」
「まぁ向こうはゴリッゴリの大本命だしねぇ」
瑠雨のいる明青学院は、女子バスケ界では名の知れた超名門高だ。
全国大会出場は当たり前の状態だし、全国見渡しても彼女たちを倒せるチームはそう多くないと思う。
県内では敵なしのスーパーチーム、それが明青学院。
今回の大会も当然のようにベスト8まで勝ち上がってきている。
「このまま順当に勝ち上がりながら、決勝リーグで幕張英修と当たるからね」
大会の組み合わせでも見ているのか、千秋がスマホを操作しながら言う。
あと歩きスマホは良くないぞ。
先週土曜日、私達が2回戦で対戦して負けた幕張英修高は、次の日に行われた三回戦、四回戦も順当に勝ったようで、その事はチカちゃんからのメッセージで知っていた。
まぁ負けたのが悔しすぎて既読スルーしたけど。
千秋の言う通り、英修が明青と当たる可能性は高い。
「だから今日観に来たって事?」
「そゆこと。 気になってただろ? 楓も」
「まぁ……」
瑠雨のいる明青とチカちゃんのいる英修の一戦だ、気にならないといえば嘘になる。
「楽しみだねー! あ、会場見えたよっ」
私達の一歩前を歩く由利さんが指先で示す。
八代総合体育館が見えてきた。
**********
「うわぁー、凄い人がいっぱいだねー!」
会場に着き、そのままギャラリーへと上がると、人の多さに由利さんが驚いたように手を広げる。
各高校の体育館でやっていたここまでの予選と違って、フルコート二面のアリーナがある会場は広い。
ギャラリーには立派な席もあり、観客も多い。
「とりあえず座ろっか」
女子の試合が観れる場所で席を見つけ、三人並んで座る。
コートに目を向ければ、既に両チームの選手がセンターラインを挟んで対峙していた。
「あっ、ちょうど試合始まるところだね!」
ピィッ、と審判の吹く笛の音を合図に両チームの選手が礼をする。
青色のユニフォームが明青学院高校、白色のユニフォームが対戦相手の流星大付属女子高校。
流星女子も去年ベスト8の強豪チームだ。
パチパチという拍手の音、メガホンをリズムよく叩く両チームの応援団、甲高い歓声が反響する。
この環境でプレーするのは、選手にとって最高だろうなぁ。
両チームのジャンパーが、センターサークルの中で対峙する。
「始まるな」
千秋が呟く声。
ティップオフ。
審判がボールを高く投げ上げた。




