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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 3
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071 茅森楓の憂鬱①


「千春、お昼どーする?」


 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴りお昼休みになると、私は後ろの席に座る櫛引千春の方を向く。

 いつもなら、千春と咲希ちゃんの三人で食堂へ向かうんだけど……。


「今日は弁当持ってきてるからパス」


 そう言って、机の上にお弁当の入った袋を出す。


「あぁ、まぁそうだよね」


 千春は先日の試合中に右足を怪我している。

 幸い症状は重くないようで、ゆっくりなら歩くことも出来るみたいだが、それでも頻繁に移動するのは大変なんだろう。


「じゃあ……」


 ちらりと横を見ると、ちょうど咲希ちゃんがこちらへやってくるところだった。


「あ、咲希ちゃん。 お昼……」

「楓ちゃん、千春ちゃん、ゴメン。 今日はお昼にアミ達と約束していて……」


 申し訳なさそうな顔をしながら、咲希ちゃんが告げる。


「あぁ、そうなんだ……」

「えっと、もし良かったら楓ちゃんも……」

「ううん、ありがとう。 でも今回は遠慮しとくよ」

「そう……」


 千春の机の上のお弁当と、私の様子を見て状況を察したのか、咲希ちゃんがそう誘ってくれたのだが断った。

 私が行くと、千春が一人でご飯を食べる事になってしまう。


 私が断りを入れると、咲希ちゃんは残念なような、どこかホッとしたような、そんな複雑な表情を見せた。


「それじゃあ、私行ってくるね」

 そう言って、申し訳なさ気に咲希ちゃんは教室を出て行った。

 そんな彼女に、小さく手を振り見送る。


 んーギリギリ嫌われて……ない?


「別に一緒に行ってくりゃ良かったじゃん」

 千春が半ば呆れたような顔で私を見る。


「え、だって私が行っちゃうと千春が……」

 ボッチになっちゃうじゃん、と言おうとしたところを、千春がチチチと右人差し指を立て遮る。


「コミュ障の基準で考えられちゃ困るぜ、楓ちゃん。 ザコとは違うのだよ! ザコとは!」


 そう言った千春は何故か、お弁当を持って立ち上がる。

 そしてひょこひょこと右足を庇いながら、離れた位置で固まる三人組女子集団の方へと向かった。


「りっちゃんフクちゃん田茂(たも)さん、仲間にいーれて」

「いーよー」

「おいでおいでー」


 声を掛けられた三人組は逡巡(しゅんじゅん)する事もなく笑顔で千春を受け入れ、千春の分の椅子を空けて座る。


「ぐっ……」


 そうだった……その設定、忘れてたわ。

 この女、言葉の全く通じない外国に突然放り出しても、現地で知り合った人と肩組んで帰国してきそうな奴だった……!


「茅森さんもくるー?」

「あー気にしないで、あいつは他の友達と食べるらしいから」


 三人組のうちの一人、福田さんが私に救いの手を差し伸べてくれたと思ったら、何故か千春が秒で断る。

 何故っ……!


 そして意地の悪い笑みを浮かべ、シッシと右手で私をあしらう。


「くぅ……っ」


 何たる悪魔的所業……あいつ本当に私の心友なのか?


 私は千春に怨嗟の念を送りながら、居場所のない教室を後にしたのだった。



 **********



 教室を追い出された私は、教室のある二階から一階へと向かう。


 目的地は食堂ではなく購買だ。


 千春的には咲希ちゃん達と合流して食べて来いって事だと思うんだけど、なんとなく後から輪に加わるのが嫌だったからだ。

 別に咲希ちゃんやアミちゃんが嫌いなワケじゃないんだけど。

 咲希ちゃんはめっちゃ好きだけど!


 何か今日の咲希ちゃんは、私に対して微妙な空気を発しているというか……いや咲希ちゃんの周りの空気そのものは甘くて最高なんだけど。


 なんてバカな事を考えながら、購買のある場所へと到着。


「うわぁ……」


 購買の前は既に生徒の群れ。

 どこの高校もそうだと思うけど、学校の購買は利用者が多い。

 お目当てのパンやお弁当を手にしようとする男子生徒がチャイムと同時にスタートダッシュを掛けるのだ。

 この分じゃ人気のあるやつは売り切れだろうなぁ……。


 そんな購買前のカオスな状況を後ろから眺めていると、パンを手にしたギャルっぽい見た目の女子二人組が群れから離れた。


「あっ」


 その二人を見て、思わず声が漏れる。

 向こうも私を認識したのか、ビクッとして立ち止まった。


 二人は同じバスケ部の二年生、竹谷夏希さんと加藤理香さんだ。


 夏希さんがすぐに私から目を逸らす一方で、理香さんはキツイ目つきでこちらを睨む。


 ――謝らなきゃ。


「あ、あの……」


 声を掛けたはいいが、次の言葉が出てこない。

 そんな私に対し、理香さんはイラつきを隠さない。


「……何?」


 痺れを切らしたように理香さんが言う。

 心底不快そうな声音だった。

 しかし……。


「いいよ理香、早く行こ?」

「でもさぁ……」

「いいから……」


 夏希さんは理香さんを制すと、私には目もくれず再び歩き出した。

 理香さんが慌てて後を追う。

 一度だけこちらを振り返り、責めるような目線を私に向ける。

 そうして二人は去って行った。


「……何だよ」


 スカートの裾をぐっと掴み、俯く。


 目の奥が急激に熱くなる。


 込み上げてくる訳の分からない感情。

 それが溢れ出さないように、必死に眉間に力を入れる。

 周りの喧騒が耳鳴りのように不快で。

 耳を塞いで、うずくまってしまいたかった。


「おい」


 そんな時だった。


 正面から女の人の声。

 同時に、何か柔らかいものでアタマを叩かれる。


 何事かと目線を上にあげると、目の前には焼きそばパンと、それを持つ女子生徒。


「飛鳥さん……」


 私の目の前に居たのは、これまた同じバスケ部の二年、那須飛鳥さんだった。


「何してんだ、こんなところに突っ立って」

 手にしたパンで、ポンポンと肩を叩く飛鳥さん。


 包装の中のパンがふにゃふにゃと滑稽に跳ね踊る。


 薄く短い眉の下に、目尻が細く切れ込んだ目。

 一見キツそうな印象を受けるのに、どこか優し気に映る。

 そんな飛鳥さんの瞳が、鋭く私の顔を覗き込んでくる。


 何故だろう。

 そんな飛鳥さんの目を見た瞬間、全身に入っていた力が抜けていく。


「っ……! お前……泣いてんのか?」

「えっ?」


 飛鳥さんがその整った顔に驚きを表わす。

 気が付くと、私の目から熱を帯びた水滴が流れて頬を伝っていた。


「いやっ、これは、ちがっ……」

 慌てて否定しながら、ごしごしと手のひらで拭う。


 どうしよう、やばい、変な奴だと思われる……。


「……ちょっと待ってろ」


 そんな私の様子を見た飛鳥さんはごそごそとスカートのポケットから何かを取り出すと、荒っぽく私にそれを押し付ける。


 受け取ったそれは、可愛いクローバー柄のハンカチだった。

 飛鳥さん……ハンカチとか持ってたんだ……。


「ヤンキーなのに……」

 クスっと笑みを漏らし、無意識に呟く。

 そんな自分の声に気づき、慌てて飛鳥さんを見る。


 だけど飛鳥さんの意識は私に向いていなかった。

 ポケットに手を突っ込みながら、きょろきょろと購買の前の人だかりに目を向けている。


 やがて何かを見つけたように、つかつかと歩き出した。

 一直線に向かった先、飛鳥さんはポケットから右手を出すと、一人の男子生徒の肩を掴んだ。


「おい」

「へ?」


 不意に後ろから肩を掴まれた男子生徒が、気の抜けた返事をする。

 その腕の中には、購買で買ったばかりであろうパンが何個か抱えられていた。


 突然話しかけられた男子生徒は、飛鳥さんを見て一瞬ギョッと目を見開く。

 というかその男子生徒は、私のクラスの篠塚君だった。


 篠塚君は私の席の近くに座る男子で、食欲旺盛なのかいつも二限終わりには持ってきている弁当を机に広げている。

 美味しそうな匂いをばら撒くので、飯テロだとクラスの女子の不興を買っていたんだけど……そりゃあんな時間にご飯食べて持つわけないよね。

 なるほど……お昼はお昼でパンを追加していたのか。


 クラスメイトの新たな一面を知って妙に感心してしまったが、それどころじゃない。


「あ、あの……飛鳥さん?」


 まったく理解不能な行動をとる飛鳥さんに、恐る恐る後ろから声を掛けたが、そんな私を無視して飛鳥さんは篠塚君に話し出す。


「お前……いっぱいパン持ってんじゃねえか。 ひとつ寄越せ、金はやるから」

「え……な、なんで……」

「あぁ?」

「ひっ……!」


 余りにも唐突な上級生らしき女子の言動に、不満を表わそうとした篠塚君の表情が、飛鳥さんを見て突然怯えたような顔に。

 後ろにいる私からは飛鳥さんの顔が見えないんだけど、多分凄い怖ぇ顔してんだろうな……。


「これ貰うぞ」


 飛鳥さんはそう言って、篠塚君の腕の中からひょいと包みを摘まむ。

「あっ、それは楽しみにしてたメロンパ……」


 両手の塞がった状態の篠塚君は無抵抗のまま持ち上げられて包みを見送る。


「ほら、金だ」

「あひっっ!」


 飛鳥さんはポケットから小銭入れらしきものを出すと、そこからお金を取り、無理やり篠塚君の手に握らせる。

 突然がっつり手を握られた篠塚君が、裏返った声を出す。


「んじゃな」


 そんな篠塚君には目もくれず、飛鳥さんは踵を返してこちらへと戻ってくる。

 我に返った篠塚君がゆっくりと手に掴まされたお金を確認し、そして私達の方を見た。


「あ、あの……百円しか……」


「おい、行くぞ」


 そんな篠塚君の声が聞こえなかったのか、はたまた無視したのか、飛鳥さんは私の肩を掴んでその場を離れようとする。


「それ百五〇円……」


 そんな篠塚君の悲し気な声を背中で聞きながら、私と飛鳥さんは購買を後にした。




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