070 雨
雨。
教室の窓を静かに濡らす雨。
空にはねずみ色の分厚い雲。
昨日から続く雨は今日も止む事無く、ダラダラと降り続けている。
ネットニュースでは、関東圏も梅雨入りなんて書いてあった。
前を向けば、そんな天気など知った事かと、教壇に立つ数学担当の篠原先生がつらつらと黒板によく分からない数式を並べる。
右を向けば、クラスメイトAはカリカリとシャープペンをノートに走らせ、クラスメイトBはうつらうつらと前後に船を漕ぐ。
クラスメイトCは左耳に付けた無線イヤホンを机に肘を付くフリで巧妙に隠しながら音楽を聴いているし、多分それはダンスミュージックだ。 何で分かるかって言うと髪型がテクノっぽいし、さっきから視線が宙を舞っているから。 その視線の先にはもうあいつにしか見えないミラーボールがあるとしか思えない。 さっさとバレてイヤホン没収されろ。
そんなクラスメイトCから視線を外し、自分が座っている席の足元に目を移せば、すぐ後ろの席に座っているであろう幼馴染Aが、足首から包帯ぐるぐる巻き状態の右足を投げ出しているのが目に入る。
そんな月曜日の一限目の風景。
変わり映えしないようで、きっと何かが変わっている日常。
そんなどうでも良い事を意識的に考えていたのに、気を抜くとすぐこの間の試合の事が頭に浮かんでくる。
77-92。
高校総体女子バスケ千葉県大会二回戦、国府台昴と幕張英修の試合、その最終スコアだ。
幕張英修は優勝候補にも挙げられるチームで、これまでの相手とはレベルのチーム。
結果だけみれば順当な結果かもしれない。
序盤からずっと、英修を追いかける展開だった。
第3Q終了時には24点差を付けられた。
それでも最終第4Q、脅威の追い上げで一時は6点差まで詰め寄った。
だけど追い上げもそこまで。
試合終盤、私がぶっ倒れたところで、試合の趨勢は確定した。
……しかも、倒れ方も最悪で。
チームメイトに気付かず衝突して転倒したばかりか、あろう事かその選手の胸ぐらを掴み、暴言まで浴びせて……そこで倒れるという。
倒れたと言っても、意識が切れたのは多分一瞬の事で、そのあとはずっと朦朧とした感じだった。
実際はそれよりもっと前から、現実感が無かったのだ。
目に映る世界はほとんど白黒写真みたいにモノクロで、本来聞こえるハズの音は消えた状態。
だけど身体の感覚は鋭く、手のひらで感じるバスケットボールの感触はやけに鮮明で。
どんなプレーも思い通りできてしまうような不思議な昂揚感というか、無敵感があって。
冷静になって考えると異常だ。
そんな状態がどれくらい続いていたのか、その後もずっとその状態が続いたらどうなっていたのかと考えると、背筋が凍る。
倒れる間際、私が暴言を吐いてしまったのは、同じチームの二年生、竹谷夏希さんだった。
私は試合中、夏希さんが交代でコートに入ってきた事すら気付いていなかったのだ。
事の成り行きをベンチから観ていた幼馴染Aに、後で聞いたところによれば、その後はまぁヒドかったそうで。
ギャラリーは何が起きたのかとザワついた状態だし、私は倒れて運ばれてくし、残された夏希さんは気が動転した状態でバスケどころじゃないし。
そんな異様な空気の中でも、幕張英修は1番を付ける初瀬巡がすぐに周囲のメンバーを集め、動揺が広がるのを抑えていたそうな。
後は結果の通り。
英修がきっちりと点差を広げて勝ち切った。
結局、夏希さんは葵と交代。
ベンチに戻ってからも、試合が終わった後も、ひたすら泣いていたそうだ。
あぁ……。
自分のやらかしを思い出すと、あまりの馬鹿さに頭を抱えてうずくまりたくなる。
あぁー……。
「茅森っ! 何をさっきからくねくねしとるんだ! ちゃんと聞いとんのかっ!」
「はいっ! すいませんっ!」
と思っていたら篠原先生に注意される。
どうも挙動不審な動きをしていたらしい。
クスクスとまばらな笑い声が聞こえる。
恥ずかしい……。
ちらりと横目でクラスの様子を伺うと、遠くの席に座る友達の峰藤咲希ちゃんと目が合う。
目が合ったと思った瞬間、目を逸らされた。
うぅ……もしかして嫌われてしまったのだろうか。
いつもなら明るく「おはようっ! 楓ちゃんっ!」って挨拶してくれる咲希ちゃんが、今朝は何だかよそよそしく、「お、おはよう……」って感じだったし。
咲希ちゃんは先日の試合も応援に来てくれていて、私のやらかし場面もばっちり目撃されている。
いくら優しい咲希ちゃんでも、流石にドン引きしただろう。
ヤベー奴だと思われて、距離を置かれても仕方がない。
もうすぐ呼び名も楓ちゃんから茅森さんに降格かなぁ……。
……はぁ。
小さくため息を吐き、再び窓の外に目をやる。
雨。
教室の窓を濡らす雨は、まだまだ止みそうにない。




