069 プロローグ
お待たせ(してるかどうか分かりませんが……)三章開始です。
更新ペースが遅く申し訳ないですが、楽しんで貰えると嬉しいです。
「若葉、本当によく考えたのか? オレにはとてもそうは思えないぞ」
――傷付く。
「どうしてそこで黙るんだ。 お前はいつもそうだ。 思ってることがあるならハッキリ言いなさい。 黙ってちゃ分からないだろうが」
そう言ってパパは、苛立たし気に右手の人差し指をカタカタとテーブルを叩く。
「ボクは……」
「まずそのボクというのを止めないか! 真面目な話をしている時に……バカにしてるのか!」
ダンッと、拳を強くテーブルに叩きつける。
何か言わなきゃ。
そう思うほど、喉の渇きを強く意識する。
目の前にはお茶の入った愛用のマグカップ。
今すぐにでも手を伸ばしたいのに、それが出来ない。
さっきからずっと指先が震えてしまっているから。
この震えまで悟られてしまったら、ボクはきっと泣いてしまう。
「あのな……若葉。 パパは若葉のことを思って言っているんだぞ? 大体、自分で行きたいって言ったんだろ?」
「そうよ……、ワカちゃんが行きたいっていったんでしょ? それを今になって変えるだなんて……」
はぁ、とママが大きくため息を付く。
「どうして姉妹でこうも違うのかしら……。 お姉ちゃんは……」
それを聞いた瞬間、ぐっと目の奥に熱いものがせり上がってくる。
――あぁ、傷付く。
その無神経に発せられる言葉の一つ一つが、ボクの体中にトゲのように刺さっている事を、この人たちは微塵も感じていない。
明るく社交的で、出来の良い姉と、無愛想で神経質で、何をやらせても中途半端な妹。
いつだってこの人たちは、無自覚にボクと姉を比較する。
うんざりだ。
「ねぇ、お姉ちゃんからも言ってあげてよ……」
ママは私の隣に座る姉に言葉を求める。
「んー? そうだねぇ……」
それまで頬杖をついて話を聞いていた姉が、ゆっくりと身体を起こし、居住まいを正す。
「確かに若葉は、いつもやることが急だからねぇ……心配するパパとママの気持ちも分かるけど……若葉も若葉なりに悩んだ上で、こうやって勇気出して言ったんだと思うよ? そこは尊重してあげようよ」
どの口が言うのか。
大して興味なんてない癖に。
そういうところが大嫌いだ。
「それは私達だって分かってるわよ……だけど、唐突なんですもの」
「若葉はお前とは違うんだ。 オレにはとてもじゃないが深く考えたようには思えないな」
そう言って、二人はボクを断ずる。
姉は苦笑いを浮かべながら続ける。
「そんなことないよなぁ? 若葉だって、色々考えてるって」
同意を求めるように、私に目を向ける姉。
目を見られるのが嫌で、反射的に目を伏せる。
「部活だってそうじゃないか。 自分でお姉ちゃんと同じバスケをしたいって言いだしたのに、何の相談もなく勝手に辞めて。 それで今度は別の学校行ってやるって? バスケがしたいならどうして辞めたんだ。 今のまま続ければ良かったじゃないか。 そんな事で進路を変えるのか? また嫌な事があったら逃げるんじゃないのか? 若葉、後で後悔するのは自分なんだぞ?」
ぐっと拳に力が入る。
言い返したい。 けど、殴り掛かりたい気持ちを抑えるので精いっぱいだった。
「んー、平行線だねぇ。 今日のところはこの辺にしとこうよ。 パパもママもいきなり言われて戸惑ってるみたいだし、私も急な話でビックリしたし。 若葉も、少し時間を置いたらまた違う考えが出てくるかもしれないしさ。 別に焦って結論だす必要もないでしょ?」
掛けていた眼鏡を外し、ポケットから取り出した布でレンズを拭きながら。
大事な話なんだし、ね? と同意を求めてくる。
そして、俯く私の顔を覗き込んできた。
――っ!
息が止まりそうだった。
怒り。
焼き付くように強く、凶暴な瞳。
どうしてそんな目を、妹に向けられるのか。
「……そうだな。 若葉」
パパがボクの名前を呼ぶ。
そのお陰でボクは、その視線から解放された。
「パパもママも、別に端から否定したいワケじゃないんだ。 若葉の事を思っているからこそ、心配なんだ。 急がないから、もう少し色々考えてみなさい」
「……はい」
そう返事をするのが精いっぱいだった。
**********
自室に戻ると、ベットにうつ伏せに倒れこみ、すぐに枕に顔を深く沈める。
「うぅっ、っうぅ――」
肩が震える。
目の奥が熱い。
――悔しい。
あんな風に目を向けられるだけで、何も言えなくなってしまう自分が。
――悲しい。
誰もボクの心に寄り添ってくれない、そう感じてしまう事が。
――妬ましい。
不公平だ。どうして神様はボクとあの人で同じモノを好きにさせるのか。
どうして才能だけは同じにしてくれないのか。
――嫌いだ。
そんな自分が嫌いだ。
コンコン
ドアをノックする音。
「おーい、起きてんだろー? 若葉、無視は良くないぞー無視は」
ドアの向こうから届く声が暗い部屋の中に響く。
コンコン、ガチャガチャ
もう一度ノックが繰り返された後、無遠慮にドアノブを回す音。
ドアには鍵を掛けている。
ドアは開かない。
返事もしていない。
なのに、ドアの向こうの人物が去った様子は無かった。
「お前さぁ、何なの? もうちょっと上手く出来ないワケ? こっちは試合の後で疲れてるってのに、間に入らされて迷惑なんスけどー?」
笑いを含んだ声で、一方的な言葉が届く。
ボクは答えない。
唇がわなわなと震えて止まらない。
「昨日見に行ったんだって? 楓の試合。 何を考えたか知らねーけど、流石に思いつきがヒドすぎて庇ってらんないんだけどー?」
無遠慮に吐きかけられる言葉。
その言葉を聞いていたくなくて、ボクは両耳を手で塞ぐ。
「お前がどこ行こうが何しようが知ったこっちゃないけどさぁ、あたしの邪魔だけはすんなよなぁ?」
ガンッ、とドアを蹴るような音と、遅れて隣の部屋のドアを乱暴に開閉する音のあと。
嵐が去ったように、部屋の中に静寂が戻った。
ベットの脇に置いた眼鏡を掛け、柔らかな布団を頭から被る。
それから、震える手で掴んだスマホのホーム画面を開いた。
フォトアプリを起動すると、撮影したリストが表示される。
その一番下、昨日撮ったばかりの動画を開いた。
雑音のような歓声と、甲高いバッシュの音が入り混じるその動画は、小刻みに上下左右に揺れ、お世辞にも上手く撮れているとは言えない。
だけど――、その音が、映像が、昨日の感動を鮮明に思い出させてくれる。
動画の最後に、ボクの英雄が叫ぶ。
邪魔をするな――。
その言葉が、何度もボクの心をノックする。




