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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
67/85

065 タレント

 

 試合は英修ボールのスローインから再開される。


 私の犯したファウルによって、チームは大事な攻撃機会を失ってしまった。


 言い訳の余地もないミス。

 完全に相手に読まれていた。


 スローワーが、サイドラインからパスを入れる。


 マークする私を背にして、その相手、#13、斎川(チカ)がそのボールを受けた。


 反転すると、切れ味鋭くドライブを仕掛けてくる。

 その進路を遮る様に身体を寄せるが――。


 チカちゃんは迷わずボールを持ち、シュート体勢へ。

 これまでの彼女にしては、強引なプレーだった。


 ブロックの手を伸ばす。


 そんな私を嘲笑うかのように、ボールは彼女の手から離れた。


 シュートではなくパス。

 ボールが脇をすり抜けていく。


 そのパスを、ペイントエリアへカットインしてきた選手が受け、そのままシュート体勢へ。

 ボールは確実にリングを捉える。


 66-81。

 連続得点で、英修に点差を戻された。


 リングを通過したボールを拾った飛鳥さんが、すぐにボールを入れる。


 パスを受けた私が急ぐように前を向きドリブルを始めると、チカちゃんが前方から間合いを詰めにくる。


 さっきのミスが頭を過ぎる。

 ここでボールを奪われるのだけは、絶対に避けないといけない。


 彼女を引き連れながら、慎重にボールを運ぶ。

 センターラインを超えたところで、フォローにきた千秋へと一旦ボールを預けた。


 パスを受けた千秋にも、英修の選手がピタリとマークに付く。


 苛烈なプレスを受け、今にも手詰まりそうだ。


もっかい(もう一回)!」


 千秋に向かって駆け出し、ほとんど手渡しに近い状態でボールを受け取ると、その千秋を壁役にして、ドライブを仕掛ける。


 そんな一連の動きに対しても、千秋の背後から飛び出してきたチカちゃんが、きっちり私の進路を塞ぐ。


 足を止め、左から右にボールを持ち替え揺さぶると、彼女は重心を後ろにしてどしりと構えた。


 その僅かな隙を突くようにシュート体勢に移るが、待ってましたと言わんばかりに、チカちゃんはブロックの手を高く伸ばした。


 その手から逃れるように、後方へ体を傾けて飛ぶ。

 シュートを打った瞬間――。


「リバウンドッ!」


 打った瞬間、入らないと感じる。


 額から滲みだした汗が一滴となり、着地の衝撃で飛び散った。


 ゴール下に両チームの選手が入り乱れ、ポジションを主張し合う。

 私の予想通り、ボールはリングに当たり山なりに跳ねた。


 ボールが跳ねた先にいるのは英修の選手と詩織さん。

 好ポジションを取っていたのは英修の選手の方だった。


 同じタイミングでジャンプ。

 両者の手がボールに向かって伸ばされる。


 そのリバウンドを制し、落ちてくるボールを掴んだのはーー詩織さんだ。


 その細くしなやかな腕を目一杯に伸ばし、相手の後ろから掠め取るようにボールを奪うと、そのままボールを掴んだ両手を天に上げ着地。


 高さを保ったままボールを持つ手が揺れる。

 その詩織さんの視界の外から、ボールを奪おうと#32がその長い手を伸ばしてきていた。


「っ――!」

 詩織さんへ声を掛けようと口を開きかけた時。


 詩織さんは、落ち着いた様子で丁寧にボールを持つ手を降ろすと、ダンッと一度ボールを突いた。

 そのまま距離を取るようにステップ。

 ゴールから一歩離れルックアップ。


「打てっ!」


 (たまき)さんが声を張り上げる。


 詩織さんはゴールに対して横向きの体勢のままボールを左手に持った。

 そのまま弧を描くように片手でボールを高く持ちあげる。


 詩織さん得意のフックシュート。

 そのフォームはとても綺麗で、そして美しかった。


 左手の指先からボールが放たれる。




 コート上の誰も触れることが出来ない、不可侵の一撃。

 ボールが静かにゴールネットを揺らす。


 ―――!!


 ゴールが決まると、今日一番の歓声がギャラリーからあがる。

 そんな喧騒の中、詩織さんは胸元で、噛み締めるようにギュッと両手を握った。



 68-81。

 詩織さんの2点で点を返す。


 攻守が代わり、英修の#13、斎川睦がボールを運ぶ。


 すぐにディフェンスに切り替え、彼女のマークにつく。


 澱みのない手つきでボールを扱いながらも、周囲を伺う目は忙しなく動き続けている。


 そんな彼女と一定の距離を取りながら、その様子を見ていた。


 盛り上がったままのギャラリー。

 その一角から届く野太い声がやけに耳障りで、私の思考を邪魔する。


 確かに、チカちゃんは上手い。

 それでも決して一対一(1 on 1)で負ける気はしなかった。

 虚勢でも慢心でもなく、一対一(1 on 1)なら私の方が上。


 なのに、肩すかしを食らったかのように手応えが無い。

 まるで、プレーを誘導されているような、そんな気さえしてしまう。


 そんな事を考えながら彼女の動きに注意を払う。

 息が詰まり、すぅっと息を吸った瞬間――。

 シューズを鳴らし、チカちゃんが踏み込んできた。


 反応が遅れる。


 それでもなんとか必死にその動きに食らいつくと、チカちゃんはキュッとブレーキ音を響かせ、肩幅に開いた両足の間でボールを行来させる。

 そして、私の手前で無防備にボールを(さら)した。


 目の前に差し出されたボール(獲物)に、身体が勝手に反応する。


 罠だ!と、頭がその動きにストップを掛ける。

 動きかけた身体が、相反する命令に戸惑う様に、ピクリと中途半端な動きで止まる。


「っ!」


 そんな私を見透かしたように、チカちゃんはドライブを仕掛けた。


 私の左脇をすり抜け、スリーポイントラインの内へと侵入していく。


 ヘルプに来た環さんを前に、レイアップのように下からボールをすくい上げると、そのブロックの手を避けるようにボールを放した――、が。


「あっ!」


 チカちゃんが何故か驚いた声を漏らす。

 環さんの横から伸びていたキレイな手が、そのシュートを阻んだのだ。


 チカちゃんのシュートをブロックしたのは、詩織さんだった。


 予想外のブロックだったのか、チカちゃんの横顔には驚きが見える。


 詩織さんの手に当たったボールは、バウンドしてサイドラインへと逸れていく。


 私もボールの方へ動き出すが、どうしたって間に合わない。

 ボールが出てしまえば、再び英修ボールになってしまう。


「出すかぁぁっ!」


 そのボール目掛け、ダイブしたのは千秋だ。


 身体を目一杯伸ばし、サイドラインすれすれで宙に浮くボールに手を掛ける。


 強引に体を捻り、そのボールをコートの中へと戻した。


「ぐっ」


 コートの外に投げ出された千秋の身体が、フロアに叩き付けれられる。


 千秋が必死に繋いだボールは、私の元へと届く。


「楓っ!」


 声に導かれるように前を向く


 ブロックしたばかりの詩織さんが、誰よりも速く駆け出していた。


 ――届けっ!


 渾身の力を肩に込めて、詩織さん目掛け投げる。


 強い軌道で風を切るボール。

 バシッと濁った音を響かせ、詩織さんがそのボールを力強く手にした。


 誰も居ないフロントコート。

 一人旅となった詩織さんがドリブルでゴールに向かう。


 歓声が、包むように一人に注がれる。

 タ、タンとリズムよく跳ね、レイアップシュート。


 優しくバックボードを捉えたボールが、静かにリングを通った。


 70-81。

 ギャラリーとベンチから、歓喜の声が渦のように重なる。


 だけど、コート上の五人に喜びに浸る暇はない。


「ディフェンスッ!」

「前から行けッ!」


 第4Qも中盤。

 もう1点も与えられない。


 前線からディフェンスを仕掛ける。


 ボールを受けたチカちゃんに、私が激しくプレッシャーを掛けた。


 後ろでは他の4人が、それぞれのマーカーを見ているハズ。


 そんな私のディフェンスに対し、チカちゃんは上手くボールを逃がしながらキープ。


 そしてパスを出し、動き直す。


 必死にその動きを追い、食らいつく。


 目まぐるしくポジションを移し、確実にパスを回す英修。

 少しでも隙を作ればやられてしまう。


 崩せない。

 崩れてくれない。

 それでもショットクロックは確実に進む。


「あと5秒だぞっ!」


 誰かの声が聴こえたところで、英修が仕掛けた。


 ミドルポストへ山なりの高いパス。

 英修のセンター、#34がそのボールを受ける。


「挟めっ! 打たすなっ!」


 ボールを受けた#34が、強引に左からターン。

 長い手を生かし、ボールを高く保ったままゴールを狙う。


 その後ろで両手を上げ、飛鳥さんが守る。

 横からは自身のマークを捨て、環さんも加勢した。


「ファウル気を付けてっ!」

「ちっ!」


 安易に出かけた手を、飛鳥さんが留める。

 既に4ファウルの飛鳥さんは、ファウルを犯すと退場となってしまう。


 #34がシュートが打つ。


 山なりの、お世辞にもキレイといえないシュートだ。


「リバンッ!」


 シュートがリングに当たる。


 ゴール下では飛鳥さんと環さん、シュートを打った#34。


「うるぁぁぁあ!」


 飛鳥さんが吠えるようにボールへ手を伸ばし――先に触れる。


 取りきれないと判断したのか、サイドへ弾くようにボールを押し出した。


 ボールが零れる。


 ルーズボールに、両チームの選手が群がる。

 抱え込むようにボールを確保したのは千秋だ。

 そんな千秋からボールを奪おうと英修の選手が手を伸ばす。


「千秋ぃっー!」


 その名を呼び、千秋の元へと駆け寄ると、千秋は私にすがる様な手つきでボールを手放した。


 そのボールをすくい上げるように受け取る。


「きてるぞっ!」

「っ!」


 横から英修の選手が突っ込んでくる。

 チカちゃんだった。


「楓ちゃんっ!」

「かわせっ!」

「止めろっ!」


 上から、横から、誰が誰に発した言葉かなんてもう分からない。


 そんな声が、音が、何だかとても煩わしく思えてくる。


 うるさいなぁ――、黙って見てろよ。


 スッと全身から、汗が引いていくのを感じる。


 不思議な感覚を思い出す。


 いつの間にか、煩わしく感じていた声も、音も、聞こえなくなっていた。


 頭の中で、何かがぐにゃりと形を変える――。


 そして私の目に映る世界から……色が消えた。


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