065 タレント
試合は英修ボールのスローインから再開される。
私の犯したファウルによって、チームは大事な攻撃機会を失ってしまった。
言い訳の余地もないミス。
完全に相手に読まれていた。
スローワーが、サイドラインからパスを入れる。
マークする私を背にして、その相手、#13、斎川睦がそのボールを受けた。
反転すると、切れ味鋭くドライブを仕掛けてくる。
その進路を遮る様に身体を寄せるが――。
チカちゃんは迷わずボールを持ち、シュート体勢へ。
これまでの彼女にしては、強引なプレーだった。
ブロックの手を伸ばす。
そんな私を嘲笑うかのように、ボールは彼女の手から離れた。
シュートではなくパス。
ボールが脇をすり抜けていく。
そのパスを、ペイントエリアへカットインしてきた選手が受け、そのままシュート体勢へ。
ボールは確実にリングを捉える。
66-81。
連続得点で、英修に点差を戻された。
リングを通過したボールを拾った飛鳥さんが、すぐにボールを入れる。
パスを受けた私が急ぐように前を向きドリブルを始めると、チカちゃんが前方から間合いを詰めにくる。
さっきのミスが頭を過ぎる。
ここでボールを奪われるのだけは、絶対に避けないといけない。
彼女を引き連れながら、慎重にボールを運ぶ。
センターラインを超えたところで、フォローにきた千秋へと一旦ボールを預けた。
パスを受けた千秋にも、英修の選手がピタリとマークに付く。
苛烈なプレスを受け、今にも手詰まりそうだ。
「もっかい!」
千秋に向かって駆け出し、ほとんど手渡しに近い状態でボールを受け取ると、その千秋を壁役にして、ドライブを仕掛ける。
そんな一連の動きに対しても、千秋の背後から飛び出してきたチカちゃんが、きっちり私の進路を塞ぐ。
足を止め、左から右にボールを持ち替え揺さぶると、彼女は重心を後ろにしてどしりと構えた。
その僅かな隙を突くようにシュート体勢に移るが、待ってましたと言わんばかりに、チカちゃんはブロックの手を高く伸ばした。
その手から逃れるように、後方へ体を傾けて飛ぶ。
シュートを打った瞬間――。
「リバウンドッ!」
打った瞬間、入らないと感じる。
額から滲みだした汗が一滴となり、着地の衝撃で飛び散った。
ゴール下に両チームの選手が入り乱れ、ポジションを主張し合う。
私の予想通り、ボールはリングに当たり山なりに跳ねた。
ボールが跳ねた先にいるのは英修の選手と詩織さん。
好ポジションを取っていたのは英修の選手の方だった。
同じタイミングでジャンプ。
両者の手がボールに向かって伸ばされる。
そのリバウンドを制し、落ちてくるボールを掴んだのはーー詩織さんだ。
その細くしなやかな腕を目一杯に伸ばし、相手の後ろから掠め取るようにボールを奪うと、そのままボールを掴んだ両手を天に上げ着地。
高さを保ったままボールを持つ手が揺れる。
その詩織さんの視界の外から、ボールを奪おうと#32がその長い手を伸ばしてきていた。
「っ――!」
詩織さんへ声を掛けようと口を開きかけた時。
詩織さんは、落ち着いた様子で丁寧にボールを持つ手を降ろすと、ダンッと一度ボールを突いた。
そのまま距離を取るようにステップ。
ゴールから一歩離れルックアップ。
「打てっ!」
環さんが声を張り上げる。
詩織さんはゴールに対して横向きの体勢のままボールを左手に持った。
そのまま弧を描くように片手でボールを高く持ちあげる。
詩織さん得意のフックシュート。
そのフォームはとても綺麗で、そして美しかった。
左手の指先からボールが放たれる。
コート上の誰も触れることが出来ない、不可侵の一撃。
ボールが静かにゴールネットを揺らす。
―――!!
ゴールが決まると、今日一番の歓声がギャラリーからあがる。
そんな喧騒の中、詩織さんは胸元で、噛み締めるようにギュッと両手を握った。
68-81。
詩織さんの2点で点を返す。
攻守が代わり、英修の#13、斎川睦がボールを運ぶ。
すぐにディフェンスに切り替え、彼女のマークにつく。
澱みのない手つきでボールを扱いながらも、周囲を伺う目は忙しなく動き続けている。
そんな彼女と一定の距離を取りながら、その様子を見ていた。
盛り上がったままのギャラリー。
その一角から届く野太い声がやけに耳障りで、私の思考を邪魔する。
確かに、チカちゃんは上手い。
それでも決して一対一で負ける気はしなかった。
虚勢でも慢心でもなく、一対一なら私の方が上。
なのに、肩すかしを食らったかのように手応えが無い。
まるで、プレーを誘導されているような、そんな気さえしてしまう。
そんな事を考えながら彼女の動きに注意を払う。
息が詰まり、すぅっと息を吸った瞬間――。
シューズを鳴らし、チカちゃんが踏み込んできた。
反応が遅れる。
それでもなんとか必死にその動きに食らいつくと、チカちゃんはキュッとブレーキ音を響かせ、肩幅に開いた両足の間でボールを行来させる。
そして、私の手前で無防備にボールを晒した。
目の前に差し出されたボールに、身体が勝手に反応する。
罠だ!と、頭がその動きにストップを掛ける。
動きかけた身体が、相反する命令に戸惑う様に、ピクリと中途半端な動きで止まる。
「っ!」
そんな私を見透かしたように、チカちゃんはドライブを仕掛けた。
私の左脇をすり抜け、スリーポイントラインの内へと侵入していく。
ヘルプに来た環さんを前に、レイアップのように下からボールをすくい上げると、そのブロックの手を避けるようにボールを放した――、が。
「あっ!」
チカちゃんが何故か驚いた声を漏らす。
環さんの横から伸びていたキレイな手が、そのシュートを阻んだのだ。
チカちゃんのシュートをブロックしたのは、詩織さんだった。
予想外のブロックだったのか、チカちゃんの横顔には驚きが見える。
詩織さんの手に当たったボールは、バウンドしてサイドラインへと逸れていく。
私もボールの方へ動き出すが、どうしたって間に合わない。
ボールが出てしまえば、再び英修ボールになってしまう。
「出すかぁぁっ!」
そのボール目掛け、ダイブしたのは千秋だ。
身体を目一杯伸ばし、サイドラインすれすれで宙に浮くボールに手を掛ける。
強引に体を捻り、そのボールをコートの中へと戻した。
「ぐっ」
コートの外に投げ出された千秋の身体が、フロアに叩き付けれられる。
千秋が必死に繋いだボールは、私の元へと届く。
「楓っ!」
声に導かれるように前を向く
ブロックしたばかりの詩織さんが、誰よりも速く駆け出していた。
――届けっ!
渾身の力を肩に込めて、詩織さん目掛け投げる。
強い軌道で風を切るボール。
バシッと濁った音を響かせ、詩織さんがそのボールを力強く手にした。
誰も居ないフロントコート。
一人旅となった詩織さんがドリブルでゴールに向かう。
歓声が、包むように一人に注がれる。
タ、タンとリズムよく跳ね、レイアップシュート。
優しくバックボードを捉えたボールが、静かにリングを通った。
70-81。
ギャラリーとベンチから、歓喜の声が渦のように重なる。
だけど、コート上の五人に喜びに浸る暇はない。
「ディフェンスッ!」
「前から行けッ!」
第4Qも中盤。
もう1点も与えられない。
前線からディフェンスを仕掛ける。
ボールを受けたチカちゃんに、私が激しくプレッシャーを掛けた。
後ろでは他の4人が、それぞれのマーカーを見ているハズ。
そんな私のディフェンスに対し、チカちゃんは上手くボールを逃がしながらキープ。
そしてパスを出し、動き直す。
必死にその動きを追い、食らいつく。
目まぐるしくポジションを移し、確実にパスを回す英修。
少しでも隙を作ればやられてしまう。
崩せない。
崩れてくれない。
それでもショットクロックは確実に進む。
「あと5秒だぞっ!」
誰かの声が聴こえたところで、英修が仕掛けた。
ミドルポストへ山なりの高いパス。
英修のセンター、#34がそのボールを受ける。
「挟めっ! 打たすなっ!」
ボールを受けた#34が、強引に左からターン。
長い手を生かし、ボールを高く保ったままゴールを狙う。
その後ろで両手を上げ、飛鳥さんが守る。
横からは自身のマークを捨て、環さんも加勢した。
「ファウル気を付けてっ!」
「ちっ!」
安易に出かけた手を、飛鳥さんが留める。
既に4ファウルの飛鳥さんは、ファウルを犯すと退場となってしまう。
#34がシュートが打つ。
山なりの、お世辞にもキレイといえないシュートだ。
「リバンッ!」
シュートがリングに当たる。
ゴール下では飛鳥さんと環さん、シュートを打った#34。
「うるぁぁぁあ!」
飛鳥さんが吠えるようにボールへ手を伸ばし――先に触れる。
取りきれないと判断したのか、サイドへ弾くようにボールを押し出した。
ボールが零れる。
ルーズボールに、両チームの選手が群がる。
抱え込むようにボールを確保したのは千秋だ。
そんな千秋からボールを奪おうと英修の選手が手を伸ばす。
「千秋ぃっー!」
その名を呼び、千秋の元へと駆け寄ると、千秋は私にすがる様な手つきでボールを手放した。
そのボールをすくい上げるように受け取る。
「きてるぞっ!」
「っ!」
横から英修の選手が突っ込んでくる。
チカちゃんだった。
「楓ちゃんっ!」
「かわせっ!」
「止めろっ!」
上から、横から、誰が誰に発した言葉かなんてもう分からない。
そんな声が、音が、何だかとても煩わしく思えてくる。
うるさいなぁ――、黙って見てろよ。
スッと全身から、汗が引いていくのを感じる。
不思議な感覚を思い出す。
いつの間にか、煩わしく感じていた声も、音も、聞こえなくなっていた。
頭の中で、何かがぐにゃりと形を変える――。
そして私の目に映る世界から……色が消えた。




