059 計算高いシンデレラ
ベンチから、櫛引千春視点です。
飛鳥さんがバスケットカウントを貰った瞬間、ベンチが歓喜に揺れる。
これで49-53。
後半が始まってからも英修に離されることなく、ウチが2ゴール差で追いすがる
無名チームが見せる粘りに、ギャラリーから向けられる声援も、心なしかすばる高に寄ったものが多くなった気がする。
判官贔屓ってやつだろうか。
その快進撃の中心にいるのは楓だけど、それを支える原動力になっているのは間違いなく飛鳥さんだ。
オフェンスでは楓の為に根気強くスクリーンを掛け続け、ディフェンスでは相手のエースである#34を相手に身体を張る。
リバウンドやルーズボールは毎回諦めずに行くし、とにかく必死にプレーしてくれているのが伝わる。
そんな彼女がこの試合初めて点を決めて、盛り上がらないワケがない。
勿論、飛鳥さんだけじゃない。
楓は言うまでもなく、葵はボールを運ぶ役割を確実にこなしているし、お姉ちゃんはこれでもかってくらい攻守に走り回っていた。
序盤は相手に抑えられていた環さんも、得点源として機能し始めている。
一人一人が自分の出来るプレーを最大限発揮しているからこそ、あの幕張英修を相手に互角の戦いが出来ている。
だけど――。
そのどれかが欠けた瞬間、一気に崩れてしまいそうな、そんな危うさもある。
今のウチは、ギリギリ踏みとどまっている状態だ。
対する英修は、さすがに強豪校というか、まだまだ余力を感じる。
特にオフェンスは前半よりも良くなっているように思えた。
その要因は、間違いなく後半から入ってきた13番の選手だ。
斎川 睦、だったか。
英修のメンバー表では一年生とある。
どうやらレイラちゃんと楓の知り合いっぽいけど……。
英修のメンバーは、言うまでもなく全員レベルが高い。
1番だって、7番の選手だって、8番だって、私達に比べれば遥かに上手いし、格上だと思う。
でも、そんな英修の選手が霞んで見える程、13番は異彩を放っていた。
彩り。
あの子が入っただけで、幕張英修というチームの“色”が、前半とはガラリと変わったように見える。
飛鳥さんがフリースローラインに立つ。
ワンスロー。
飛鳥さんがシュートを放つが、ボールはリングに当たって逸れた。
そのリバウンドボールを英修の#34が確保、すぐに寄ってきた#13へと渡す。
ボールを持つ#13が、ドリブルを開始。
すっと背筋を伸ばし、周囲を見渡しながらも、ボールを扱う動作に乱れはない。
そして、そのままボールを前に運んでいく。
フロントコートへと入ると、楓が彼女のマークに付く。
普通は同じポジションを務める葵がマークする相手だけど、レイラちゃんは楓にその役目を任せた。
単に身長のミスマッチを考えての事かと思ったが、そうじゃないという事はプレーを見ればすぐに理解出来る。
ボールを挟み、その二人が対峙する。
#13が仕掛けた。
左からの鋭いドライブで、楓を躱しにかかる。
楓は、ペイントエリアの中へと入れさせないよう、進路を塞ぐが――。
#13は背後へとボールを”投げた“。
ノールックパス。
サイドから中へと走り込んで#7が難なくボールを受ける。
さらにそのまま逆サイドへパス。
ボールは外へ開いた#1へ。
人とボールが目まぐるしく動く。
ボールを受けた#1がくいっとシュートするようなモーションを入れるが、これはフェイクだ。
その動きに、マークをしていた葵が釣られた。
すかさず、#1がドリブルで抜きにかかる。
遅れて反応した葵がその後を追うが、その小さな体は、まるで置き石のように配された#34の大きな体に阻まれた。
#34のスクリーンを生かし、完全にフリーとなった#1がシュートを打つ。
これが決まり、49-55。
英修が点を取り返す。
凄い……。
思わず感心してしまう。
楓に対して仕掛けた鋭いドライブ、相手の虚を突くパス。
英修のオフェンスが、彼女を起点にスムーズに展開されていく。
前半はパターン化された、悪く言えば面白みのない単調な印象だった英修のオフェンスが、今は多彩なアイディアに溢れている。
斎川 睦のプレーには華があり、彼女が指揮するオフェンスには彩りがかかる。
ふと、誰かに似ているなと思った。
彼女のようなプレースタイルを、どこかで見たような気がする。
パッと頭に浮かんだのは明青学院のポイントガード、二宮二葉だった。
全体を瞬時に把握する広い視野で、相手の意表を突くパスを好み、人を食ったようなゲームメイクで相手を翻弄するところは、ニコさんを想像させる。
私がそんな事を考えている間も試合は進む。
すばる高はポイントガードを務める葵がボールを運ぶ。
葵が入ってから、英修はオールコートプレスを仕掛けてこなくなった。
きっちり自陣に戻って守るハーフコートディフェンスに切り替えている。
そのディフェンスも、後半からはゾーンからマンツーマンに変化。
この辺りの引き出しの多さはさすが強豪校だ。
楓のマークも、ピッタリと張り付いてきた#1から、#13に代わっている。
ただ、その#13のディフェンスに関しては、正直#1の方が厳しかった気がする。
ボールの位置無視でフェイスガード気味に付いていた#1に比べれば、#13のディフェンスはよりオーソドックスなマークの仕方だ。
その証拠に、前半に比べて楓がボールに触れる機会は増えている。
その楓にボールが入った。
ボールを持ったらまず自分で勝負、それこそ楓が楓である由縁だ。
間髪入れずに楓が仕掛ける。
クロスオーバーから右に持ち出した楓が、身体を潜り込ませるように相手の脇から侵入。
ゴールへの道筋を遮断するように#13が両手を上げて妨害する。
そのブロックの手から逃れるように、楓はボールを持つ右手と相手との間に、自分の身体を入れた。
身幅の分だけ、相手との距離が生まれる。
そのまま片手でボールをすくう様に持ちあげ、リングに向かって放つ。
しかし――。
ボールはリングを逸れ、楓の居る方とは逆に落ちる。
「チャンス!」
ボールに触れるより先に、#13が前方へ声を飛ばす。
その声を追う様に、英修の選手たちが競う様に駆け出した。
落ちてきたボールを難なく回収した#13は、前方を走る味方目掛けて、目一杯にボールを送り出す。
その長い距離を、真っ直ぐで速いチェストパスが走る。
正確なパスが、前を走る#7へと届けられた。
イチ早く自陣に戻った葵が下がりながら対応するが、#7は迷いなく一対一を仕掛ける。
葵を躱し、レイアップシュートを決めた。
49-57。
後半に入って初めての連続ポイントを英修が奪う。
「くそっ……!」
楓がガクリと両膝に手を当て、苦しそうに下を向く。
「楓! 切り替えてっ!」
無意識にそう声を掛けると、その声が届いたのか楓が上体を起こした。
後半に入って、楓のシュート成功率が下がっている。
確かに、あいつのシュートは難しい状況のものが多い。
それでも、楓はそのタフショットを何度となく沈めてきた。
それが、後半に入って決まらなくなっている。
すばる高の攻撃。
ドリブルをする葵が、センターラインを越えてフロントコートに入る。
すばる高は、ボールを持つ葵を含め五人全員が3ポイントラインより外にポジションを取る。
インサイドのスペースを空け、スクリーンとカットインを使って攻めようという作戦だが、ウチの場合、本筋は楓と環さん二人の1on1の能力を活かしたいという意図がある。
最終的には二人のどちらかで勝負するワケで、その意図がバレてしまえば、相手にとって対応はそんなに難しくない。
現に英修のディフェンスは、ウチの攻撃パターンに慣れてきている。
すばる高選手のアクションに対し、英修が声を出し合いながら全体のポジションを細かく修正していく。
やがてボールは、楓の元へと届けられた。
さっきと同じシチュエーション。
それはすばる側が作ったというより、英修側が用意した展開のように見えた。
楓に対峙する#13が、両手を広げてじりじりと腰を落とす。
かすかに上下に動く唇。
「さぁ、おいでよ」
そんな声が聞こえた気がした。
左、右、左、右……交互にボールを持ち替え、一定のリズムで楓がドリブルを始める。
フロアの上を弾むボールの音、規則的なその音の間隔が徐々に短くなっていく。
じり、じり、と前進する楓に、同距離を保ちながら後退する#13。
楓の左足が3ポイントラインにかかった時だった。
ダンッ、と一際大きな音がコートに鳴り響き、楓は踏み込んだ。
楓の仕掛けに対し、ぐっ、と後ろに重心を向けて#13が反応する。
左から抜きにかかる楓。その進路を阻む#13。
その胸元に楓の右肩が触れた瞬間―――。
胸元に引き込むように楓がボールを寄せ、やや窮屈そうな姿勢から、シュートモーションに入った。
そのまま後方へ仰け反るように、ジャンプしながらシュートを放つ。
何度も繰り返し見てきた、楓の得意パターン。
動作は完璧に思えた。
でも――。
楓のシュートはやや短く、ボールはリング手前に当たる。
リバウンドを、英修の#8が回収。
すぐに#13に預ける。
そのパスを楓が狙っていた。
猛然と飛び込むように、楓が左手を伸ばす。
しかし、その手はわずかに届かない。
楓よりも先に、#13は右手でボールに触れる。
楓と体を入れ替えるようにターン。
彼女の持つボールが鮮やかに線を引く。
#13は前を向くと、そのままドリブルを始めた。
スティールに失敗し勢い余った楓は、前のめりにバランスを崩して両手をフロアにつく。
逆襲に出る英修と、慌てて戻るすばる高。
#13がボールをフロントコートへと運ぶ。
楓を除くすばる高の四人に対して、ボールを持つ#13を含めた五人が攻め入る形。
四対五、数的不利の状況。
#13は、ドリブルしたまま中央に進路を取る。
トップに位置する葵が、ボールホルダーとの距離を詰めるべき足を踏み出す。
#13はスピードを落とし、首をわずかに左右に振る。
味方の位置を確認するような、何気ない動作だった。
その動作を捉えたすばる高の四人の動きが、一瞬フリーズしたように固まった。
その瞬間――。
ぐっと姿勢を沈ませた#13が加速する。
そのまま真ん中をブチ破ってペイントエリアへ侵入。
ボールを持ち、ステップを踏む#13が、勢いそのままにレイアップシュートのモーションに入る。
それを阻止しようと、遅れてヘルプに入った飛鳥さんが、必死に右手を伸ばした。
「駄目っ!!」
叫ぶ声。
不意に飛んできた声の先に、とっさに視線を移す。
声の主は、#13を追って戻ってきた楓だった。
私の目が楓の姿を捉えた瞬間。
わっ!というギャラリーからの短い歓声と、きゃあぁぁっという耳を劈く高い声がコートに鳴り響く。
そして同時に笛の音。
視線を戻すと、エンドラインの外に投げ出されたような体勢で座り込む#13と、ガクリと俯きながら、力なく右手を上げる飛鳥さんの姿があった。
その#13を労うように、英修メンバーが近寄っていく。
味方の手を取り、#13が立ち上がった。
その顔は自信に満ち溢れていて、笑顔は誰よりも輝いて見えた。
あぁ、、思い出した。
どこかで彼女を見たような、その感覚の正体。
彼女は私だ。
夢の中で見た、頭の中で何度も妄想した、理想のプレーをする私。
現実の私が決して成る事の出来ない、架空の自分。
斎川 睦は、私の理想を体現するプレーヤーだ。




