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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
60/85

058 殴り合い

筆が進まないっ……!

 英修のファウルによって得たフリースロー。


 審判からボールを受けた私は、呼吸を整えながらダンッ、ダンッ、と二度、ボールをフロアに弾ませる。

 ふぅっ、と短く息を吐きだし、構える。

 そして、リング目がけてシュートを放つ。


 ボールは心地よい音を響かせ、ネットを通った。

 一本目を成功させ、すばる高の得点に1点が加えられる。


「ナイッシュー!」

「もう一本!」


 味方からの掛け声。


 続けて二本目。

 審判に呼び込まれ、環さんと飛鳥さんがフリースローレーンに配される。

 それから再び、審判からボールを受けた。

 一本目の時と同じ動作を繰り返し、そしてシュート。

 でも――。


「リバウンドッ!」


 ボールを手放した瞬間、シュートがズレてしまった事を自覚する。

 その通り、ボールはリング手前に当たり、跳ね返った。


 構えていた選手たちが、ボールの落下地点を追う。

 リバウンドを回収したのはディフェンス側、英修の#34だった。


「リター!」


 3ポイントラインの外で待機していた英修の#13 斎川(チカ)が、ボールを確保したのを見て寄る。

 彼女がボールを受けたの見て、英修の選手が一気に攻め上がりだした。

 すばる高の選手も自陣へと戻る。


 ボールを持ったチカちゃんはすぐに前を向き、ドリブルでボールを運ぶ。

 フリースローを失敗した事に尾を引きつつ、その彼女を牽制しながら私も自陣へと下がる。


 センターライン手前で、チカちゃんが急激に進路を左から右へと変えた。

 その進路を阻もうと、彼女の前に体を入れるが――。


 ボールは既に彼女の手を離れている。

 ドリブルの勢いそのままに、下手投げで放るように前に出されたパスは、右サイド、3ポイントラインの外で構えていた#1 初瀬(めぐる)の元へ。

 一見アバウトに出されたように思えたそのパスは、初瀬が構えた両手に狂いなく届けられた。


 ボールを受けた初瀬は、スムーズな動作でシュート体勢に移行し、すぐにシュートを放つ。

 綺麗な放物線を描いたボールが、鮮やかにゴールネットを揺らした。


 42-49。

 英修が3ポイントシュートを決め、ウチとの点差を広げる。


「めぐりんナイス! リタもナイスキープね!」


 チカちゃんはプレーに関わった味方を労いながら、すぐに私に対するマークへと意識を移す。


 ――イメージが違う。


 初めて彼女のプレーを見た時、一緒にプレーした時、チカちゃんのプレーは、得点を取る事に特化した、どちらかと言うと私に近い、典型的なスコアラータイプのプレーヤーだった。


 今の彼女はどうか?

 周りに気を配り、パスを配し、ゲームをコントロールしようとするそのスタイルは、クラシカルなプレーメーカーそのものだ。


 思えば、彼女の印象はコロコロ変わってばっかりだ。


 初対面で、私に声を掛けてくれた時は、随分と大人びていて。

 エイジさんに突っかかる私に嫉妬したり、頬を染めて想いを語る姿は純粋な乙女のようで。

 悪戯を仕掛けて、無邪気に笑うその顔は子供のようで……。

 

「楓! ボサっとすんな!」


 そんな事を考えていると、ベンチから叱責が届く。

 千春の声だろう。


 意識をゲームへと戻す。

 気付けば、ボールは葵によって既にフロントコートまで運ばれていた。


 葵が自身を起点として、慎重にパスを回す。

 すばる高の選手は、先ほどと同じく全員がアウトサイドにポジションを取っていた。


 動き出し、そのパス回しに加わる。

 遅れ気味にチカちゃんが私の後を追う。


 ボールを受け、環さんへとパス。

 一旦ボールを預け、中へとカットイン。

 ゴールに背を向ける形で、環さんから来たリターンパスを受けた。

 その背後にチカちゃんが立つ。


 右足を軸にしてピボットを踏むと、チカちゃんがそれに反応して重心を移す。

 その逆を付くように、強引にバックターンを繰り出した。

 チカちゃんの脇から潜り込む。


 一度ドリブルを挟み、ステップに移行。そのままシュート体勢へ。


「!?」


 ボールを手放した瞬間、私のシュートは、寄せてきた#34が目一杯伸ばした手にブロックされる。

 完璧なタイミングで、予期していたかのように。


 弾かれたボールが、サイドラインを割った。


「ナイス! リタ!」

「イエッ!」


 チカちゃんと#34が、バチンと両手を重ね合わせる。

 会心のブロックに、英修ベンチが一際盛り上がる。


 どうして……!?

 チカちゃんの逆を付いたハズなのに。

 完全に振り切ったハズなのに。


 釣られた……?? まさか、私が……?


「気を抜くなっ! このまま守りきるぞっ!」

「はいっ!

「ハイッ!」


 浮ついたように見える二人の気を締めるように#8が声を出すと、二人が呼応する。

 もっとも、私を見据えるチカちゃんの目に、油断は感じられない。

 好戦的な笑みを見せ、むしろ私を挑発しているように思える。


 かぁっっ!!

 顔が、頭が、瞬時に沸騰したように熱くなる。


「ボール!!」


 サイドラインでボールを持つ千秋に要求。

 近寄りボールを受けると、すぐにターン。


 阻むようにハンズアップし、身体を寄せるチカちゃんを無視するように、強引に3ポイントシュートを打つ。

 チカちゃんの手を超え、ボールがゴールへと向かう。


「リバンッ!」


 振り返ったチカちゃんが、ゴール下に入る味方に声を掛けるが――。


 ザシュッ


 ボールはリングを捉え、ネットを擦る濁った音が響く。

 続けて、どよめきと歓声が入り混じった音が耳に届いた。


「えええっ!? ズルぅぅっ!?」


 チカちゃんが心底驚いたように声を上げた。


 これで45-49。

 やられた分は絶対に取り返す。


「ディフェンス! 止めましょう!」

 自然と声が出る。


 自陣へ戻ると、すぐに英修の選手達が攻めあがってくる。

 ボールを持つチカちゃんが、ゆっくりとボールを運ぶ。


 コート内に、ピリッとした空気が流れ出す。

 後半に入ってから、英修のオフェンスには今までにない雰囲気がある。

 チカちゃんを除く四人から感じる緊張感。

 その源泉は、明らかにボールを持つチカちゃんだ。


 味方ですら何をするか分からない。

 彼女からのメッセージを逃さないように、全員が彼女の一挙手一投足に神経を集中している。

 そんな感じに思える。


 そのチカちゃんが、センターラインを超えこちらのコートへと入ってくる。

 そして、すぐにパスを出す。


 そのパスを合図に、英修の選手達が一斉に動き出した。

 左ウイングの位置でパスを受けた#7は、ドリブルで中央トップの位置へと出る。

 入れ替わるようにチカちゃんは左ウイング、さらに左コーナーまでぐるりと回る。


 ボールは#7から、ハイポストに入った#34を経由し、再びチカちゃんへ。

 すぐに彼女との距離を詰める。


 プレッシャーを掛ける私に対して、ドリブルを始めたチカちゃんは、半身になってボールと私との間に自身の身体を挟む。

 ールを背にした状態で、じり、じりと私を押し込むように中へと入ってくる。 そして――。


 くるりと旋回し、右から私を抜きにかかる。

 その進路を塞ごうと、彼女の進行方向へ身体を寄せた瞬間、


 一転してドリブルを止め、チカちゃんがシュート体勢に移る。

 その視線は斜め上、ゴールを見据えていた。


「打たすかっ!」


 ブロックの手を伸ばす。

 ところが――。


 ゴール方向に向けて上げられるはずだった彼女の手は角度を変え、フロアに向かってボールを手放していた。

 慌てて上げた手を降ろすが間に合わない。

 ボールは私の脇を抜け、ダンッ!と跳ねる音がする。


 そのボールに反応した選手が走り込み、ボールを受ける。7番の選手だった。

 すばる高の選手がそれを見送る。誰もが反応出来ずにいた。

 タイミングよく受けた#7がそのままレイアップシュートを決めた。


「ナイスッ!」


 ゴールを見届けたチカちゃんが親指を立て祝福すると、#7が同じく親指を立て返す。


 45-51。

 英修が2点を追加。


 攻守が替わってすばる高(ウチ)の攻撃。

 ボールホルダーの葵がフロントコートへとボールを運ぶ。


 環さんがスクリーンを掛け、葵が仕掛けた。

 ドライブで#1のマークを外すと、反転して前を向いた環さんにパス。

 パスを受けた環さんが、ペイントエリア手前でシュート。 これが決まり47-51。


 ぐっと環さんが拳を握る。

 ウチだって負けていない。

 後半に入っても環さんのプレーは落ちていないし、葵はキレキレだ。


 再び英修ボールの攻撃。

 ボールを持つチカちゃんから、ハイポストにパスが入る。

 そのパスを受けたのは#34。

 前半から何度も見せていた英修得意の攻撃パターン。


 これには飛鳥さんと、遅れてヘルプに入る環さんの二人が対応する。

 しかし、ボールを受けた#34は受けたボールをすぐにリターン。

 チカちゃんが再びボールを受けると――。


 左にフェイクを入れてから、右にパス。

 #1がボールを受け、さらに右へパス。

 カッティングから逆サイドへ流れた#7が右コーナーでボールを受ける。


「勝負っ!」

 チカちゃんが叫ぶ。


 その声に呼応し、#7が間髪入れずに仕掛ける。

 対面するマーカーの千秋をドライブで躱し、中へと切り込んできた。


「ヘルプっ!」


 咄嗟に飛鳥さんが出るが、#7が上手く身体を入れてレイアップシュート。

 これが決まり、47-53。


「っ……、くそっ!」

「ドンマイ、切り替えっ! 取り返すよっ!」


 悔し気に言葉を漏らす千秋を促す。


 これまで攻撃面ではほとんど目立たなかった#7が、伸び伸びとプレーし出している。

 流石に英修のレギュラー選手、一対一(1 on 1)のスキルは高い。

 地力で劣る千秋を完全に翻弄し始めている。



 激しい点の取り合い。

 ここは我慢比べだ。

 取られたら、とにかく取り返すしかない。


 そのすばる高のオフェンス。

 左ウイングの位置で、私にボールが入る。


 左コーナーに千秋が張り、残りの三人が右アウトサイドで固まる。

 私の得意な形、一対一の状況が作られる。

 対するはチカちゃんだ。


「……楓ちゃん、いつでもどーぞ」

 どこかで聞いたような言葉。

 だけど、その顔は今まで見たことない表情だった。

 右手を前に出し、私と腕一本分の間合い取りながら、じりじりと足を拡げ、静かに腰を低く落としていく。


 ――静寂。

 まるでコートに、私とチカちゃんの二人だけが取り残されたようだ。


 左手でドリブルを開始。

 半歩、右足を突き出すと同時に、ボールを右手にスイッチ。


 対峙するチカちゃんの前に、ボールを晒す。

 構えるチカちゃんの足にぐっと力が入り、重心が後ろに下がったのが分かる。

 その瞬間、一気にギアチェンジ。

 再びボールを左手に戻し、左からドライブ。


「その動きは見たことあるよっ!」

「……っっ!」

 遅れず私の進路を塞ぐチカちゃんのディフェンスに、小さく息が漏れる。


 止まっちゃいけない!

 動きを止めず、今度はくるりとターン。

 右手にボールを持ち替え――。


 キュッ!

 さらに左手へ。 


 急激な重心移動に、足首が軋むのを感じる。


「くっ!」 

 視線が、チカちゃんの苦し気な表情を捉える。


 行ける!

 半歩、彼女の前に出て確信し、左手でボールを持ち上げボールを放つ。


 しかし――。


 ガンッ!

 私のシュートは、リングに跳ね返り宙を舞う。


「「リバンッ!」」 

 声が重なる。


「うるぁぁっ!」

 落下するボールに飛び込み、リバウンドを制したのは飛鳥さんだった。


「飛鳥! 打てっ!」

 千秋が叫ぶより先に、ボールを掴んだ飛鳥さんが再び飛ぶ。

 ゴール下からのシュート。

 英修の#8がブロックの手を伸ばすが、それを上手く回避し、ガコンッ! と音を立てバックボードを叩いたボールがネットに収まる。

 直後にピィッ!と笛が鳴る。


 きゃぁぁっ!


 と、すばる高のベンチから甲高い歓声が上がる。

 英修ディフェンスのファウル。

 バスケットカウント、ワンスローだ。


「しゃあっ!!」


 飛鳥さんが右手を大きく振り、感情を爆発させた。


「ナイスです! 飛鳥さん!」

「良く決めたっ!」


 殊勲のゴールを決めた飛鳥さんに近寄り、千秋と共にもみくちゃにする。 

 49-53。

 すばる高が追いすがる。


「練習の成果っ……、出ましたねっ!」

「……おぉっ!」


 バン、と飛鳥さんとハイタッチ。


 両チームが点を取り合う激しいゲーム。

 負けていない。

 チカちゃんが出ても、流れは渡さない。


 チカちゃんに視線を送る。

 もしかしたら、無意識の内に笑っていたかもしれない。


 そんな私の視線に気づいたチカちゃんは、ニッと、不敵な笑みを返してきた。




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