058 殴り合い
筆が進まないっ……!
英修のファウルによって得たフリースロー。
審判からボールを受けた私は、呼吸を整えながらダンッ、ダンッ、と二度、ボールをフロアに弾ませる。
ふぅっ、と短く息を吐きだし、構える。
そして、リング目がけてシュートを放つ。
ボールは心地よい音を響かせ、ネットを通った。
一本目を成功させ、すばる高の得点に1点が加えられる。
「ナイッシュー!」
「もう一本!」
味方からの掛け声。
続けて二本目。
審判に呼び込まれ、環さんと飛鳥さんがフリースローレーンに配される。
それから再び、審判からボールを受けた。
一本目の時と同じ動作を繰り返し、そしてシュート。
でも――。
「リバウンドッ!」
ボールを手放した瞬間、シュートがズレてしまった事を自覚する。
その通り、ボールはリング手前に当たり、跳ね返った。
構えていた選手たちが、ボールの落下地点を追う。
リバウンドを回収したのはディフェンス側、英修の#34だった。
「リター!」
3ポイントラインの外で待機していた英修の#13 斎川睦が、ボールを確保したのを見て寄る。
彼女がボールを受けたの見て、英修の選手が一気に攻め上がりだした。
すばる高の選手も自陣へと戻る。
ボールを持ったチカちゃんはすぐに前を向き、ドリブルでボールを運ぶ。
フリースローを失敗した事に尾を引きつつ、その彼女を牽制しながら私も自陣へと下がる。
センターライン手前で、チカちゃんが急激に進路を左から右へと変えた。
その進路を阻もうと、彼女の前に体を入れるが――。
ボールは既に彼女の手を離れている。
ドリブルの勢いそのままに、下手投げで放るように前に出されたパスは、右サイド、3ポイントラインの外で構えていた#1 初瀬巡の元へ。
一見アバウトに出されたように思えたそのパスは、初瀬が構えた両手に狂いなく届けられた。
ボールを受けた初瀬は、スムーズな動作でシュート体勢に移行し、すぐにシュートを放つ。
綺麗な放物線を描いたボールが、鮮やかにゴールネットを揺らした。
42-49。
英修が3ポイントシュートを決め、ウチとの点差を広げる。
「めぐりんナイス! リタもナイスキープね!」
チカちゃんはプレーに関わった味方を労いながら、すぐに私に対するマークへと意識を移す。
――イメージが違う。
初めて彼女のプレーを見た時、一緒にプレーした時、チカちゃんのプレーは、得点を取る事に特化した、どちらかと言うと私に近い、典型的なスコアラータイプのプレーヤーだった。
今の彼女はどうか?
周りに気を配り、パスを配し、ゲームをコントロールしようとするそのスタイルは、クラシカルなプレーメーカーそのものだ。
思えば、彼女の印象はコロコロ変わってばっかりだ。
初対面で、私に声を掛けてくれた時は、随分と大人びていて。
エイジさんに突っかかる私に嫉妬したり、頬を染めて想いを語る姿は純粋な乙女のようで。
悪戯を仕掛けて、無邪気に笑うその顔は子供のようで……。
「楓! ボサっとすんな!」
そんな事を考えていると、ベンチから叱責が届く。
千春の声だろう。
意識をゲームへと戻す。
気付けば、ボールは葵によって既にフロントコートまで運ばれていた。
葵が自身を起点として、慎重にパスを回す。
すばる高の選手は、先ほどと同じく全員がアウトサイドにポジションを取っていた。
動き出し、そのパス回しに加わる。
遅れ気味にチカちゃんが私の後を追う。
ボールを受け、環さんへとパス。
一旦ボールを預け、中へとカットイン。
ゴールに背を向ける形で、環さんから来たリターンパスを受けた。
その背後にチカちゃんが立つ。
右足を軸にしてピボットを踏むと、チカちゃんがそれに反応して重心を移す。
その逆を付くように、強引にバックターンを繰り出した。
チカちゃんの脇から潜り込む。
一度ドリブルを挟み、ステップに移行。そのままシュート体勢へ。
「!?」
ボールを手放した瞬間、私のシュートは、寄せてきた#34が目一杯伸ばした手にブロックされる。
完璧なタイミングで、予期していたかのように。
弾かれたボールが、サイドラインを割った。
「ナイス! リタ!」
「イエッ!」
チカちゃんと#34が、バチンと両手を重ね合わせる。
会心のブロックに、英修ベンチが一際盛り上がる。
どうして……!?
チカちゃんの逆を付いたハズなのに。
完全に振り切ったハズなのに。
釣られた……?? まさか、私が……?
「気を抜くなっ! このまま守りきるぞっ!」
「はいっ!
「ハイッ!」
浮ついたように見える二人の気を締めるように#8が声を出すと、二人が呼応する。
もっとも、私を見据えるチカちゃんの目に、油断は感じられない。
好戦的な笑みを見せ、むしろ私を挑発しているように思える。
かぁっっ!!
顔が、頭が、瞬時に沸騰したように熱くなる。
「ボール!!」
サイドラインでボールを持つ千秋に要求。
近寄りボールを受けると、すぐにターン。
阻むようにハンズアップし、身体を寄せるチカちゃんを無視するように、強引に3ポイントシュートを打つ。
チカちゃんの手を超え、ボールがゴールへと向かう。
「リバンッ!」
振り返ったチカちゃんが、ゴール下に入る味方に声を掛けるが――。
ザシュッ
ボールはリングを捉え、ネットを擦る濁った音が響く。
続けて、どよめきと歓声が入り混じった音が耳に届いた。
「えええっ!? ズルぅぅっ!?」
チカちゃんが心底驚いたように声を上げた。
これで45-49。
やられた分は絶対に取り返す。
「ディフェンス! 止めましょう!」
自然と声が出る。
自陣へ戻ると、すぐに英修の選手達が攻めあがってくる。
ボールを持つチカちゃんが、ゆっくりとボールを運ぶ。
コート内に、ピリッとした空気が流れ出す。
後半に入ってから、英修のオフェンスには今までにない雰囲気がある。
チカちゃんを除く四人から感じる緊張感。
その源泉は、明らかにボールを持つチカちゃんだ。
味方ですら何をするか分からない。
彼女からのメッセージを逃さないように、全員が彼女の一挙手一投足に神経を集中している。
そんな感じに思える。
そのチカちゃんが、センターラインを超えこちらのコートへと入ってくる。
そして、すぐにパスを出す。
そのパスを合図に、英修の選手達が一斉に動き出した。
左ウイングの位置でパスを受けた#7は、ドリブルで中央トップの位置へと出る。
入れ替わるようにチカちゃんは左ウイング、さらに左コーナーまでぐるりと回る。
ボールは#7から、ハイポストに入った#34を経由し、再びチカちゃんへ。
すぐに彼女との距離を詰める。
プレッシャーを掛ける私に対して、ドリブルを始めたチカちゃんは、半身になってボールと私との間に自身の身体を挟む。
ールを背にした状態で、じり、じりと私を押し込むように中へと入ってくる。 そして――。
くるりと旋回し、右から私を抜きにかかる。
その進路を塞ごうと、彼女の進行方向へ身体を寄せた瞬間、
一転してドリブルを止め、チカちゃんがシュート体勢に移る。
その視線は斜め上、ゴールを見据えていた。
「打たすかっ!」
ブロックの手を伸ばす。
ところが――。
ゴール方向に向けて上げられるはずだった彼女の手は角度を変え、フロアに向かってボールを手放していた。
慌てて上げた手を降ろすが間に合わない。
ボールは私の脇を抜け、ダンッ!と跳ねる音がする。
そのボールに反応した選手が走り込み、ボールを受ける。7番の選手だった。
すばる高の選手がそれを見送る。誰もが反応出来ずにいた。
タイミングよく受けた#7がそのままレイアップシュートを決めた。
「ナイスッ!」
ゴールを見届けたチカちゃんが親指を立て祝福すると、#7が同じく親指を立て返す。
45-51。
英修が2点を追加。
攻守が替わってすばる高の攻撃。
ボールホルダーの葵がフロントコートへとボールを運ぶ。
環さんがスクリーンを掛け、葵が仕掛けた。
ドライブで#1のマークを外すと、反転して前を向いた環さんにパス。
パスを受けた環さんが、ペイントエリア手前でシュート。 これが決まり47-51。
ぐっと環さんが拳を握る。
ウチだって負けていない。
後半に入っても環さんのプレーは落ちていないし、葵はキレキレだ。
再び英修ボールの攻撃。
ボールを持つチカちゃんから、ハイポストにパスが入る。
そのパスを受けたのは#34。
前半から何度も見せていた英修得意の攻撃パターン。
これには飛鳥さんと、遅れてヘルプに入る環さんの二人が対応する。
しかし、ボールを受けた#34は受けたボールをすぐにリターン。
チカちゃんが再びボールを受けると――。
左にフェイクを入れてから、右にパス。
#1がボールを受け、さらに右へパス。
カッティングから逆サイドへ流れた#7が右コーナーでボールを受ける。
「勝負っ!」
チカちゃんが叫ぶ。
その声に呼応し、#7が間髪入れずに仕掛ける。
対面するマーカーの千秋をドライブで躱し、中へと切り込んできた。
「ヘルプっ!」
咄嗟に飛鳥さんが出るが、#7が上手く身体を入れてレイアップシュート。
これが決まり、47-53。
「っ……、くそっ!」
「ドンマイ、切り替えっ! 取り返すよっ!」
悔し気に言葉を漏らす千秋を促す。
これまで攻撃面ではほとんど目立たなかった#7が、伸び伸びとプレーし出している。
流石に英修のレギュラー選手、一対一のスキルは高い。
地力で劣る千秋を完全に翻弄し始めている。
激しい点の取り合い。
ここは我慢比べだ。
取られたら、とにかく取り返すしかない。
そのすばる高のオフェンス。
左ウイングの位置で、私にボールが入る。
左コーナーに千秋が張り、残りの三人が右アウトサイドで固まる。
私の得意な形、一対一の状況が作られる。
対するはチカちゃんだ。
「……楓ちゃん、いつでもどーぞ」
どこかで聞いたような言葉。
だけど、その顔は今まで見たことない表情だった。
右手を前に出し、私と腕一本分の間合い取りながら、じりじりと足を拡げ、静かに腰を低く落としていく。
――静寂。
まるでコートに、私とチカちゃんの二人だけが取り残されたようだ。
左手でドリブルを開始。
半歩、右足を突き出すと同時に、ボールを右手にスイッチ。
対峙するチカちゃんの前に、ボールを晒す。
構えるチカちゃんの足にぐっと力が入り、重心が後ろに下がったのが分かる。
その瞬間、一気にギアチェンジ。
再びボールを左手に戻し、左からドライブ。
「その動きは見たことあるよっ!」
「……っっ!」
遅れず私の進路を塞ぐチカちゃんのディフェンスに、小さく息が漏れる。
止まっちゃいけない!
動きを止めず、今度はくるりとターン。
右手にボールを持ち替え――。
キュッ!
さらに左手へ。
急激な重心移動に、足首が軋むのを感じる。
「くっ!」
視線が、チカちゃんの苦し気な表情を捉える。
行ける!
半歩、彼女の前に出て確信し、左手でボールを持ち上げボールを放つ。
しかし――。
ガンッ!
私のシュートは、リングに跳ね返り宙を舞う。
「「リバンッ!」」
声が重なる。
「うるぁぁっ!」
落下するボールに飛び込み、リバウンドを制したのは飛鳥さんだった。
「飛鳥! 打てっ!」
千秋が叫ぶより先に、ボールを掴んだ飛鳥さんが再び飛ぶ。
ゴール下からのシュート。
英修の#8がブロックの手を伸ばすが、それを上手く回避し、ガコンッ! と音を立てバックボードを叩いたボールがネットに収まる。
直後にピィッ!と笛が鳴る。
きゃぁぁっ!
と、すばる高のベンチから甲高い歓声が上がる。
英修ディフェンスのファウル。
バスケットカウント、ワンスローだ。
「しゃあっ!!」
飛鳥さんが右手を大きく振り、感情を爆発させた。
「ナイスです! 飛鳥さん!」
「良く決めたっ!」
殊勲のゴールを決めた飛鳥さんに近寄り、千秋と共にもみくちゃにする。
49-53。
すばる高が追いすがる。
「練習の成果っ……、出ましたねっ!」
「……おぉっ!」
バン、と飛鳥さんとハイタッチ。
両チームが点を取り合う激しいゲーム。
負けていない。
チカちゃんが出ても、流れは渡さない。
チカちゃんに視線を送る。
もしかしたら、無意識の内に笑っていたかもしれない。
そんな私の視線に気づいたチカちゃんは、ニッと、不敵な笑みを返してきた。




