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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 1
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005 茅森楓の放課後

戻りまして、茅森楓視点です。

「イエーイ!!」


 高校から最寄りの駅前にあるカラオケボックスで。


「この後ヒマなら遊びに行かない?」

 放課後、クラスメイトの女の子に誘われ、その子の友達という女の子二人と、友達の女の子が連れてきた男子四人を加えた計八人でカラオケに来ている。

 女子四人に対して男子四人。

 それって合コンじゃん!?

 と、テンション爆上げだった一時間前の私を説教したい。

 調子に乗るな!そういうのはもっと対人スキルを上げてからにしろ!


 いざ、カラオケに来てみれば、この場のノリにまったく付いていけず、腋の下は洪水状態だ。


 誰かが曲を入れる度に、

「この曲大好きー!」とか、

「ドラマ良かったよねー!」とか、

「ミスド最高!」

「ガッキーかわいい!」というような感じで、話題をころころ変えながら盛り上がる面々。


 そんな雰囲気を壊さぬよう、

「コノキョクイイネー」とか、

「ドラマミタカッタナー」とか、

「アマーイ!」とか、

「ガッキー&%$#!」というような感じで、顔色をころころ変えながら盛り下がっているのが私。

 ちなみに嘘は言っていない。


 冒頭の「イエーイ!!」も私である。マジ帰りたい。


 私はファッションや音楽、芸能ネタ全般の話題に疎い。

 一般に流行っている曲とか問われてもさっぱり。

 Mystic dollsというバンドの略称を「ミスド」と言われてもピンとこない。ドーナツでしょ、それ。

 そもそも、中学時代は部活が生活の中心で、友達と遊びに行くというイベント自体ほとんど経験がない。

 休みといえば、隣の櫛引家に遊びに行くぐらいなもんで、こういうノリは初めての経験なのだ。


 あぁ……当日急に誘われたら舞い上がって首を縦に振っちゃうじゃん……。クラスメイトに当日遊びに誘われるなんて経験、こっちは無いんだよ……。

 せめて前日までに教えてくれれば、行くかどうか迷う気持ちを持てたハズなのに。

 結果として行くことになっても、多少は予習するなり対策が取れたハズなのに……。


「楓ちゃん、楽しんでる?」


 隣から急に声を掛けられ、電撃でも受けたようにビクつく私の体。

 カクカクと不自然な動きで首だけ横に向けると、ほのかに甘く華やかな香りを感じた。


 声を掛けてきたのは、私を誘ったクラスメイトの峰藤 咲希(みねふじ さき)だ。

「タ、タノシンデルヨー」

 無理やり口角を上げて笑顔を作ってみせる。

 そんな私の顔を見て、咲希ちゃんはむぅっと眉間に皺をよせると、お尻を引き摺るようにすいっと身を寄せてきた。そして私の瞳をじっと覗き込むようにその整った顔を近づける。


 ち、近いって!


 大きめな灰色のカーディガンを羽織り、ネクタイの結びはゆるく、靴下をわざと下げてくしゅっとさせた着こなしに、ふわりとウェーブのかかった髪。そんな彼女の髪が揺れると、フリージアのような甘い香りが鼻腔一面に拡がり、鼓動が一際高鳴る。

 ……いかん、なんか新しい境地に踏み入りそうです。


「なーんか退屈そう」

「そ、そんな事ないよ。 うん、タノシイ」

「ホントかなぁ? ……もしかしてこういうのキライだった?」

 疑いの目で私の目を覗く咲希ちゃんに、顔を横にブンブン振って否定する。


 入学以来、咲希ちゃんは何故かやたらと私を気にかけてくれる。

 席が近いわけでも無いのに休み時間になると話しかけにきてくれたり、一緒に帰ろうと誘ってくれるのだ。

 千春が部活に入り、ぼっちになりかけていた私には単純にありがたい。


「コウジが悪いんだよー! さっきから楓ちゃん口説こうと必死すぎ!」

「オレかよ!? いやいや、こんな可愛い子いたら頑張るっしょ普通!」


 私たちのやりとりを聞いていたのか、咲希ちゃんの友人であるアミちゃんが、私の隣に座っていたコウジ君と呼ばれる男子を糾弾する。

 突然の流れ弾を受けたコウジ君は、立ち上がってオーバーなリアクションを取りつつ、最後はキラリと白い歯を見せ、私へ向けてサムアップ。

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 コウジ君てばイケメンだけど、ぶっちゃけ絡みづらいよ……。


「楓ちゃん背高くてスタイル良いし、モテるっしょ?」

「い、いや……ただデカいだけだし……」

 どもりながら、とりあえず謙遜しとく。


「顔ちっちゃいし、肌もホントキレイだよね」

 そう言って手の甲で私の顔を優しく撫でてくる咲希ちゃん。そんな可愛い顔で頬を撫でるのは勘弁してくださぁい!

 どれどれ?と、その流れに乗じてコウジ君が私の顔に触れようとしたが、アミちゃんにネクタイを掴まれて阻止される。


「ハイハイ、コウジは私の隣に移動! 楓ちゃんの隣にはナギサ君が移動しまーす!」


 アミちゃんに引っ張られて、コウジ君が引きずられるように席を離れる。

 コウジ君が何やら喚いているが、その顔は嬉しそう。さようなら、コウジ君。

 私は心の中で彼に別れを告げた。


 入れ替わりに、ナギサ君と呼ばれていた男子が私の隣に移動してくる。


 ナギサ君はかなり長身で、肩幅も広くガチッとした体型だ。

 髪は短く整えられていて、顔立ちも爽やかでスポーツマンといった感じ。

 見た目チャラそうなコウジ君とのコントラストが凄い。


 男子二人の席交換が完了すると、アミちゃんが机に置いてあるマイクを二本掴み、片方を自分の隣に移動してきたコウジ君に渡す。


「次は私とコウジが歌いまーす!」

 マイクを使ってそう宣言すると、ほどなく曲のイントロが流れだした。一体いつの間に曲を入れていたのか……。


「……しぶりだな」

「えっ?」


 マイクを持った二人の様子を眺めていると、隣のナギサ君が話しかけてきた。

 アミちゃんの歌いだしに被って何を言ったか聞き取とれず、ナギサ君の口元に耳を寄せる。

 ところが、ナギサ君は突如身体をのけ反らせ、その長い脚が目の前のテーブルにヒット。

 ガタリと揺れたテーブルにビクつく。

 何事かとナギサ君を見ると、ソファーの背もたれにギリギリまで背中をくっつけて、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。


 えぇ……私、何かやらかしました?


 ナギサ君は胸に手を当てて大きく一呼吸入れると、今度は一音ずつはっきりと、大きな声で発音した。

「ひ・さ・し・ぶ・り・だ・な!」


 私はぽかんと口を開けたまま、ナギサ君の顔を見つめる。

 はて?……どこかでお会いしたことありましたっけ?

 頭の中の記憶を探りながら、ナギサ君の顔を見つめていると、その顔が再び赤味を帯びていく。


 数秒見つめあう形になって、互いに動かずいると、ハッと何か気付いた表情を見せたナギサ君が、私の耳元に口を寄せてきた。


「おまっ……オレの事覚えてねーのかよ!?」


 今度はハッキリと耳に届きました。

 ……ゴメンなさい。覚えてないです。


 ナギサ、ナギサ、ナギサ……。うーん?中学が一緒だったとか?

 ……私、記憶力は結構自信あるし、会ったことがあれば忘れないと思うんだけど……。

 そういえばここに来た時に自己紹介で名字を言っていたような。何だっけ?ええと……。


「……オオシマ?」


「コジマだよ!」


 どこかで聞いたことあるやりとりをしてしまった。


「ミニバスで一緒だっただろ……」

 こめかみを抑えながら、ナギサ君がうなだれる。


 声に出しながらコジマナギサという文字を変換させ、記憶に検索をかけていく。


「コジマナギサ……小島ナギサ……小島渚! ……え!渚?」


 私な大きな声でその名前を呼ぶと、ちょうどアミとコウジの二人が歌う曲が間奏にさしかかった時で、周りの注目を集めてしまった。


 小島渚なら知っている。知っているんだけど……。


「いやいやいや、小島渚って、おかっぱ頭のこんなちっちゃい可愛い奴でしたけど!?」

 と、記憶の中の小島渚の背の高さを手で指し示し、ありえないという風にブンブンと顔をふる。


「いつの話してんだよ!」

 声を荒げて渚が言う。


 小島渚は、小学生の時に入っていたミニバスチームの同級生だ。

 厳密には男子と女子は別チームなんだけど、練習は合同で行われていて、練習中によく話す相手が渚だった。


 背が小さく眉がちょうど隠れる長さでパツンと切り揃えられたおかっぱ頭。

 中性的な見た目で、初対面の大人には女の子とよく間違われていた。

 困った事があると、私の名前を呼びながら目に涙を溜めて助けを求めてくるのが可愛くて、よく一緒に居たのを覚えている。周りには私の舎弟とか言われていたけど。

 そんな渚が、目の前にいる凛々しい眉のイケメンと同一人物とはとても信じられない。


「はぁ……。 自己紹介した時にオレに気づいてると思ったのに」

 渚は、深くため息をついてそう言うと、両手で顔を覆う。

 すみません。緊張MAXでそれどころじゃなかったです。


 それにしても、だ。


「ってか、え? 何? 渚っていつからそんなオレ様的な感じになっちゃったワケ? 渚といったらいっつも泣いててチビで弱々しくて何やらせてもダメなボクっ子だったでしょーが!」

「か、関係ねーだろ昔の話は!」


「関係ある! いつからそんな男前な口聞くようになっちまんだよぉ! 知らないイケメンがいると思ってビビッちゃったじゃん! 昔のかわいい渚はどこに行っちゃったんだよぉ……!」

「か、かわっ……? い、意味わかんねぇ、そんなん勝手なお前のイメージだろ!」


 お前!

 お前って言いましたよあの渚が!


「そうそう! 渚は昔すげーチビで泣き虫だったんだぜー!」


 そんなやりとりをしていたら、歌うのを完全に放棄したコウジ君がマイクを使って私たちの会話に割り込んできた。

 ちらりとアミちゃんの方を見ると、ニコニコしながら私たちのやりとりを見ていた。目はまっったく笑ってないけど。何やだ怖い。


「中学入ってから急に背がデカくなってさぁ。 女にモテだしたら急に態度もデカくなったんだよな?」

「なっ!? ちちちっちっげーし! 変な事言うんじゃねえ!」


 ニヤニヤしながら暴露するコウジ君と、必死に否定する渚。

 私は思わず心の中で舌打ちし、心の中で罵倒する。


「色気付きやがって!」

「だから! 違うって!」

 あれ?声に出てた?


「あーやだやだ怖い怖い。 そうやって可愛い女の子達を食い物にしてきたんですよね?」

 自分の体を両手で抱き、おー怖い怖いと呟きながら渚を煽る。微妙にプルプル震えてる渚が面白い。


 同意を求めて隣の咲希ちゃんに目線を移すと、咲希ちゃんはクスッと笑う。

「楓ちゃん、楽しそうだね」

 その笑顔と言葉に。私は今更ながら、自分が無意識に笑っていた事に気づくのだった。



**********


 カラオケボックスを出ると、外はすっかり暗くなっていた。


 ワリカンで支払いを済ませてから、店舗の前で皆とL@INEを交換する。

 今日のところはこれで解散。またね、と手を振りあって電車組の人達とお別れ。

 私はバスでの帰宅。

 咲希ちゃん、渚も一緒だ。


 バス乗り場に向かうと、タイミングよくバスが到着。乗り込み、3人並んで最後方の座席に腰掛けた。


 序盤はどうなる事かと思ったけど、終わってみれば楽しかったなぁ。

 特に渚という遠慮せずに責められるイジり相手が居たのがデカいね。

 イジられるよりもイジりたい。そんな理由で今も執拗に渚イジりに精を出す。


「でもまさかここで渚に再会するなんてね。 しかも、渚は私が同じ高校だって知ってたんでしょ? コウジ君が教えてくれたけど、今日だって私が来るって聞いてから参加したらしいじゃん?」

「んなっ、ち、ちげーって! 今日はたまたま部活が休みだったから……そ、その……たまには、遊ぶのもいいかなって……だから……あの……そういう事だ!」

「ふーん、そうなんだ?」

 ニヤニヤしながら渚を見ると、顔を真っ赤にしている。

 ア、アンタなんか関係ないんだから!勘違いしないでよねっ!フンっ!とか言いそう。

 お主、ツンデレさんですね!


 しかし、改めて見るとデカくなったなぁ……。

 言われれば顔立ちに面影はあるけど。

 男子、三日会わざればなんとか……ってやつですかね。

 私がじろじろと渚の顔を眺め続けていると、耐えかねたように、渚が目を逸らす。 ふふっ、愛いやつめ。


「あれ? そいえば渚、部活やってんの?」

 会話の中で出てきたワードに今更ながら気づく。

 そんな私の問いに答えたのは、渚ではなく咲希ちゃんだった。


「渚君はバスケ部なんだよね」

「あ、そう。 続けてたのね……」

 元々ミニバスで一緒だったわけだし、そうじゃないかとは思ってたけどね。


 私が黙り込むと、急に空気が重くなる。


 一呼吸置いて、渚が私を見る。

 シャープな顎をぐっと胸元にひいた。


「……お前、何でバスケ部入ってねーんだ? 」

 ぐっと熱のこもったような目を私に向けてくる渚。


「え? ……そりゃあ、まぁ……バスケ辞めたから?」

 渚の視線から目を逸らし、行き場を失った目線をバス車内の天井に移す。


「っ……」

 わずかに喉を詰まらせたような音がして、再び渚に目を向ける。

 次の言葉を待っていると、渚が躊躇いがちに口を開いた。


 ところが、渚が声を出すよりも先に声がしたのは、その逆側に座る咲希ちゃんからだった。


「何で辞めちゃったの? 楓ちゃん、バスケ凄い上手かったのに」


 その言葉に驚き、今度は咲希ちゃんの方に体を向ける。


「咲希ちゃん、わたしがバスケやってたの知ってたんだ……」


 うん、と咲希ちゃんがふわりとした笑顔を作って頷く。

 そして、別に隠してたわけじゃないんだよ? と前置きしてから話を続ける。


「私も中学の時バスケ部だったんだ。 楓ちゃん、有名だったし。 試合も何度か観たことあって。 直接対戦した事はないんだけど……」

 自身の頭を撫でながら、咲希ちゃんが続ける。


「楓ちゃん、ホント凄くて。 どうすごいかって言われると説明に困るんだけど……。 目が離せないというか……ええと……カッコ良かったの。 だから、同じクラスに楓ちゃんがいるって知った時、本当ビックリしちゃった!」

 そう言って、おおげさに目を丸くした咲希ちゃんは、また柔らかな表情に戻して話しだす。


「どんな人なんだろう? 友達になれたらいいなぁって。 話してみたら、楓ちゃん、すごく面白いし、仲良くなれてホント嬉しいんだけど。 でも、やっぱり気になってたんだ……。 バスケ、辞めちゃったのかなぁって」

 そう言って、今度は少し不安げな顔を見せる。

 ころころと表情を変える咲希ちゃん。


「咲希ちゃん、初めて会った時から思ってたけど……、結構グイグイくるよね」

「あ、ゴ、ゴメンね。 嫌だったら教えてくれなくてもいいの」

 私の突っ込みにあわあわと手を振る咲希ちゃん。

 そう言いながら、上目遣いで私を見つめてくる。

 その様子を見て、私は大きくため息をつく。

 すると、彼女の瞳の輪郭がゆらりと揺れる。

 ……ホント可愛いなぁこの子。


 バスが停留所に止まり、乗っていた客が一人、二人と降りていく。


 私は咲希ちゃんから目を離して、座席の背もたれに深くもたれかかり、少し大げさに息を吐いた。


「なんか、怖くなっちゃってさ」

「怖く?」


 咲希ちゃんの返しに小さく頷くと、膝の上で意味もなく両手の指を絡ませる。


「私の中学ってさ、もともとそんな強いチームってわけでもなかったんだけど……。 私が入部してから、結構勝てるようになって。 最後はキャプテンも任されて……。 でも高い目標に向かって頑張る……みたいな? そういうの結構好きだし、自分でいうのも何だけどプレーには自信があったから」


 当時の事を頭の中で巡りながら、ぽつぽつと話を続ける。


「でもキャプテンって言っても、チームをどうやってまとめたら良いか分かんないからさ。 そういうのは千春の方が得意で……あ、同じクラスに櫛引千春っているじゃん? あいつもチームメイトだったんだけど」


 そう補足して咲希ちゃんに目をやると、咲希ちゃんはクスっと笑って、知ってるよと言った。

 それを聞いて、私はまとまりのない話に戻っていく。


「そういうまとめ役みたいなのは苦手だったから、みんなの事は千春に任せてさ。 私に出来るのは、自分が試合で活躍する事。 チームが勝てば周りの皆も喜んでくれるって思って」

 言葉にするだけで恥ずかしくなる。それは紛れもなく(おご)りだった。


「でも、そんな事はなかったんだよね。 チームが私中心になればなるほど、チームの雰囲気は悪くなっていって。 私も後に引けなくなって益々自己中なプレーばっかになった。 そんな自分が周りからあんま良く思われてないっていうのは、気付いてたんだけど。 『勝てば文句ないだろ?』って感じで」


 文句言えるもんなら言ってみろよ。

 チームが勝つためにという私の思いは、いつの日かただのエゴにすり替わっていた。


「中学最後の試合でさ」

 ぎゅっと、スカートを握りしめる。


「勝つか負けるかの大事な場面で、私はいつもみたいに味方からパスを受けたんだよね。 そしたら急に、モノクロ映像みたいに色が無くなったの」


 今でも夢に見るほど、脳裏に焼き付いて離れない映像。


「一番大事なところで、私は頭が真っ白になったの。 何が起きたのか自分でも分からなくて、多分、パニックになったんだと思う。 気が付いたらボールを奪われて、相手に点を取られて、それで試合は負けて終わり」


 悔しかった。あれだけ偉そうにして、最後の最後に結果を出せなかったことが。


「試合終わった直後にさ、私に声をかけるチームメイトは誰も居なかったんだ。 あ、誰もこないな。 って気付いたら、急に前に聞いちゃった私の悪口が頭に浮かんできて。 『偉そうな事言って結果は微妙』とか、『口だけで勝負弱い』とか、『楓がチームにいると、面白くない』とか」


 彼女たちの声が頭の中で鮮明に再生される。

 フラッシュバックというやつだろうか。その声を思い出すだけで、どうしようもなく気持ちが落ちていく。


「うちのチームってメンバー編成も戦術も私中心だったし、皆我慢してたんだよね、きっと。 プレー時間は限られるし、練習はどんどんキツくなるし。 皆多分、バスケに勝つことなんか求めてなくて、ただ楽しくやりたかったんだと思う」

 今となってはそう思う、という話だ。

 当時の私はそんな事、微塵も考えていなかった。


「そんな事も気付かないなんて、私バカだなぁって。 そしたらなんか怖くなってきたんだよ。 あぁっ、なんかうまく言えないんだけど……私のせいで、みんなの大切な時間奪ってたんじゃないかって。 そんな事を色々考えてるうちにだんだんバスケやる気無くなっちゃって……ハハ」


 しんとした車内に、次の停留所を告げるアナウンスが響く。私が降りる停留所だ。


「ま、そんなワケで高校生になったら別の事したいなぁってね」

 そう言いながら、目の前の降車ボタンを押し、咲希ちゃんに視線を移……えぇ?


「なななな、なんで咲希ちゃんが泣いてるの!?」


 咲希ちゃんが泣いていた。


 ぽろぽろと珠のような涙を、その大きな涙袋からこぼす。

 落ちた涙が彼女のスカートを濡らして、まだらなシミを作っていた。

 慌ててポケットからハンカチを出そうとしたが、それを制した咲希ちゃんが、自分のポケットからハンカチを出して、涙を染み込ませるように眼下に添えた。


「だって……楓ちゃん何も悪くないじゃん! それなのに……」

 そういって、真っ直ぐに私の目を見つめてくる。


「ご、ごめん。 変な話しちゃって。 ははは……」

 そう言いながら、こめかみに力を入れて緩みそうな涙腺を絞める。うっかりもらい泣きしそうになった。


「咲希ちゃん……ありがとう」

 それだけ言うと、車内はまた静かになる。


 ほどなくして、アナウンスが次の停留所への到着を告げる。


「じゃ、じゃあ、私ココだから!」

 バスが完全に停止してから、私は席を立つ。


「今日は色々ありがとね」

 そう言って、咲希ちゃんの肩に軽く触れた。


「……渚も、ありがと」

 渚は窓際に頬杖つきながら、一瞬だけこちらに目線を向けると、おぉ。と小さな声で返事した。


「じゃあ、また明日」

「……うん。 また明日ね、楓ちゃん」



 バスを降りて、自分の座っていた後部座席に目を向けると、咲希ちゃんが手を振っていた。

 バスが発車していなくなるまで、私も二人に向けて手を振った。


「良い子だなぁ、咲希ちゃん。 渚も、黙って聞いててくれたし」


 自分にしか聞こえないくらいの声で呟きながら、家路をたどりはじめる。


 足取りがいつもより、ちょっとだけ軽いように思えた。

 自分の為に、誰かが泣いてくれる。

 そんな事が予想外に嬉しい。


 不意に、プリーツスカートのポケットに入れたスマートフォンが震える。


 ポケットからスマホを取り出すと、ホーム画面に短文のメッセージが表示されている。

 千春からだ。


 

 おつ。

 今週の土曜日ヒマだよね?

 学校の第二体育館集合ね♪

 ちなみに拒否すると大変な事になるからな |д゜)


 

 ……はぁ?


 私は頭の上にはてなマークを浮かべながら、そのメッセージを声に出して読んだ。



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