054 模索
ベンチから。
櫛引千春視点です。
「遅いよぉ!」
ベンチへと戻ってきた楓が、レイラちゃんこと、顧問の麻木先生に向かって開口一番、声を張り上げた。
「わ、悪かったわね。 そんな怒んないで頂戴よ……」
レイラちゃんが謝りながら、楓をなだめる。
スポーツタオルを手に取り、乱暴に汗を拭う楓。
顔を紅潮させ、かなりイライラしているのが分かる。
現在のスコアは10-16。
序盤こそリードを奪った私達すばる高だったが、対戦相手の幕張英修高が請求したタイムアウト後から流れが一変。
積極的なオールコートプレスから一気に14点を奪われ逆転。
その間、すばる高の得点は楓が強引なドリブルでプレスを突破して奪った2点のみ。
相手のオールコートプレスを攻略できず、ボール運びすらままならない状況。
そんな展開に、たまらずタイムアウトを取ったレイラちゃんなんだけど……。
「とにかく、焦っちゃダメ。 慌てちゃダメ。 パニックになったらダメ。 落ち着いて、でも早くパスを回して打開よっ。 それから環、中央でポストに入って。 34番はともかく、他の子が相手なら高さで勝る環なら、無理せずパスを捌けるハズよっ。 ……それから、ええとっ……」
レイラちゃんが攻略の手立てを説明していく。
タイムアウトの時間は長くない。
説明にもたついている内に、あっという間にその時間は終わりを告げる。
「ああっもうっ! とにかく、皆頑張って動いて、周りを良く見て、冷静にパス繋いで打開しなさいっ! はい、いってらっしゃい!」
再開を告げるブザーに急かされるように、レイラちゃんが選手達を送り出した。
「……参ったわね」
ドカリとベンチに座り、ため息を漏らすレイラちゃん。
「大丈夫かなぁ……皆さん……」
「……(ふるふるッ)」
一年生のベンチメンバーであるブンちゃんと静香も、コートに出た選手たちを不安そうに見つめる。
ここで流れを変えられずにリードを広げられてしまうと、勝負が決まってしまう。
すばる高にとっては踏ん張りどころだ。
審判が、エンドラインの外へ出たお姉ちゃんへとボールを渡す。
レイラちゃんの指示通り、センターの安藤環さんがバックコート中央へと動く。
そこへパスが入り、試合再開。
レイラちゃんの言う通り、環さんが背の高さを生かしてボールを受けたが、環さんからパスを受けた詩織さんの所で詰まり、ボールをロスト。
「ああっ! もうっ……!」
レイラちゃんが、頭を抱える。
奪った相手選手がそのまま持ち込み、レイアップで加点。
状況は変わらない。
すばる高サイドでのリスタート。
ボールは再び環さんの元へ。
「こっちっ!」
ボールを要求すると同時に、楓が動く。
そこへボールが入る。
淡々とした様子で、英修の選手がプレスの矛先を変える。
「!? 飛鳥さんナイスっ!」
そんな楓へのプレスを遮ったのは飛鳥さんだった。
楓の進路を確保するように、自陣でスクリーンを掛け、相手のプレスを乱す。
その隙を付き、楓がドリブルで突破。
速攻のチャンス。
プレスの最前線を突破した楓へ、後方で待機していた相手選手がカバーに入る。
激しく身体を寄せに来たディフェンスに対し、楓はボールを持ち替えて躱そうとするが……。
ピィッ!
鋭い笛の音が響く。
審判が、楓に対する相手選手のファウルを宣告。
ファウルを取られたにも関わらず、その選手を労う様に明るく声を掛けあう英修の選手達。
対照的に、ファウルを貰った楓は、悔しげに唇を噛む。
前線に人数を掛ける英修のオールコートプレスは、突破を許すと、失点のリスクが一気に上がる。
そのプレスのファーストラインをようやく突破した楓にしてみれば、得点チャンスをファウルで上手く潰された形だ。
それでも、すばる高はボールを失ったわけではない。
すばる高ボールのスローインで試合が再開される。
楓がボールを入れ、お姉ちゃんがそれを受けた。
英修の選手達は、既に全員が自陣に引いていた。
#1が楓にマークに付き、他の4人はペイントエリア付近でゾーンに構えている。
ボールを持つお姉ちゃんが迷う。
楓がピタリとマークされていて、パスが出せない。
ボールを求めて楓が動いても、#1は離れず付いていく。
結局お姉ちゃんは、右のアウトサイドに出た詩織さんへパス。
詩織さんがボールを持つと、ギャラリーから歓声が上がる。
英修は陣形を乱さない。
どうぞ撃ってくださいと言わんばかりに、詩織さんにボールを持たせて中を固める。
「詩織! 撃て!」
環さんの声が飛ぶ。
その声に反応し、詩織さんがシュートを放つが……。
ガンッ!
ボールはリングに弾かれる。
そのリバウンド争いを制したのは英修。
#34が環さんを抑え、ボールを確保した。
リバウンドからの速攻を英修が決め、10-20。
点差が二桁に広がる。
すばる高の攻撃の中心は、誰が見ても楓だ。
実際、ここまでのすばる高の得点は全てが楓によるもの。
エース選手を封じようという守り方は、これまでの対戦相手も当然取ってきた手法でもある。
楓が抑えられた時に、すばる高が頼りにしてきたのはセンターの環さんだ。
でもそんな環さんも、ここまでは相手の留学生センターを相手に、まったく良いところがない。
そして英修は再びオールコートプレスの構えをみせる。
パターン化された英修のディフェンスに、すばる高は簡単にボールを失い、失点を重ねていく。
私が出れていれば……。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
ボールを運ぶのは本来、ポイントガードの仕事だ。
お姉ちゃんを責める気持ちは無いけど、私ならもっと上手くやれるという思いはある。
チームの苦境に、楓が苦しんでいる時に、力になる事が出来ない自分が情けない。
自然と、両手の拳に力が籠る。
英修がさらに得点を重ね、10-22。
点差が広がっていく。
その直後、レイラちゃんがベンチに座るメンバーの方に顔を向けた。
「葵!」
「へ? あたしかー?」
呼ばれたのは、一際小柄な少女。
一年生の高木葵だ。
レイラちゃんは立ち上がり、葵を近くに呼び寄せた。
近くへと寄る葵に対して口を開く。
「詩織と交代でいくわよっ! 準備して」
葵に対し、交代の意志を告げる。
「おー、マジかぁ……」
手早く上着を脱ぎ、ユニフォーム姿になる葵。
そんな葵の肩に、レイラちゃんがガシっと腕を絡める。
背の小さな二人。
メンバー中で唯一、レイラちゃんが肩を並べられる相手が葵だ。
「葵の仕事は一つ。 とにかく無事にボールを運んで」
「う、うす。 大丈夫かなぁ……」
不安を口にしながらも、葵の表情は変わらない。
「葵の一番良いところを出してきなさい。 大丈夫! 葵なら出来るっ!」
「ちゅ、抽象的だなぁ……」
レイラちゃんの言葉に、葵は苦笑いを見せた。
「私には分かるわっ! 大丈夫! あんたのボールハンドリングとすばしっこさがあれば、相手も簡単にはボールを奪えないわ。 いつも通り、落ち着いてチームを助けて頂戴。 ……チビッ子魂、見せてきなさいっ!」
「お、おー!」
無理矢理と言うか、葵が控えめに拳を突き出し、気勢をあげる。
その後、オフィシャルの元へ交代を申告しに行った。
葵の起用は良いかもしれない。
むしろ現状の打てる手としては、それしか無い。
レイラちゃんの言うとおり、葵はボールハンドリングのスキルが高い。
身長は低いが、それを生かした重心の低いドリブルは小回りが利き、ディフェンスとしては奪いにくいはずだ。
スピードもあり、ボールの運び役としては適任だと思う。
「葵!」
「頑張ってですぅ!」
「(ふんっふんっ!」
その名を呼びエールを送ると、呼応するようにブンちゃんと静香もエールを送る。
「おー!」
葵は笑いながら、ドンと胸を叩いて見せる。
葵の最大の武器は、この明るさだ。
きっと流れを変えてくれる。
ゲームが途切れ、交代のタイミングを得る。
その直後、ブザーが鳴った。
「んじゃ、行ってくるぜー!」
こちらを振り向き、笑顔を見せる葵。
詩織さんに替わり、葵が交代でコートへと足を踏み入れた。
交代の描写を修正しました。




