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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
54/85

052 閃光少女

ベンチから。

櫛引千春視点です。

 試合開始直後から、英修が仕掛けてきた。

 前線に2人、その後ろ、ハーフライン手前に2人が並び、リスタートに備える。

 2-2-1 オールコートゾーンプレスの陣形。


 全員が自陣に引いて守る通常のディフェンスとは異なり、オールコートのゾーンプレスはその名の通り、コートをフルに使い、ボールを持つ選手に前からプレッシャーを掛けてくる。


 動画で観た試合でも採用していたので、英修が得意とするシステムなんだと思う。

 私達との試合でも使ってくることは、想定されていた事だ。

 問題は、それにウチのチームが対応出来るか。


 エンドラインで審判からボールを受け取った楓が、ボールを受けにきたお姉ちゃんへとパスを出す。

 お姉ちゃんはボールを受けて前を向き、ドリブルでボールを運ぶ。

 前線のディフェンスは、中への進路とパスコースを塞ぐ。

 ドリブルするお姉ちゃんを、右サイドへ誘う形だ。


「千秋!」


 お姉ちゃんが、呼ばれて後方の楓にパス。

 エンドラインからコートの中へと入った楓がボールを受ける。

 相手のディフェンスは再び陣形を元に戻している。

 今度は楓を左サイドへと導こうとする動き。


 そんな相手の狙いなどお構いなしに、楓がドリブルを開始。

 一気にトップスピードにギアチェンジした楓が、左サイドを上がっていく。


 その後を追うように、相手選手が1人、そのまま楓に付いていく。

 さらに楓の前方から、2列目に構えていた別の選手が距離を詰めてくる。


「詩織さん!」


 詩織さんが、ボールを受けに中央にポジションを移す。

 相手に囲まれる前に、楓がパスを出した。


 ボールを受けようとする詩織さんの背後から、距離を詰める相手選手がまた一人。

 あわやカットされるというギリギリのタイミングだったが、詩織さんがなんとかボールをキープした。

 楓とお姉ちゃんが、再びボールを受けに動きなおす。


 詩織さんはお姉ちゃんにパス。


 それを見て、英修は連動したプレスを解除。

 自陣へと引いていく。


 お姉ちゃんは相手のディフェンスを1人連れながら、ボールをフロントコートへと運びきった。

 自陣へ戻った英修の選手達は、既にハーフコートのゾーンディフェンスに切り替えている。


 英修が見せた2-2-1のオールコートディフェンスは、相手のオフェンス時間を奪う事を目的にしたディフェンス。

 バスケには、「8秒ルール」という制約がある。

 ボールを持つ攻撃のチームは、相手のコートまで、8秒以内にボールを運ばないとダメ、というルールだ。


 相手が8秒以内にボールを運べなければ大成功。

 相手が焦ってミスをして、ボールを奪えれば最高。

 どちらでなくとも、相手の攻める時間が少なくなればOK。


 事実、私達のチームが相手コートにボールを運び攻撃の態勢を整えている間に、ショットクロックは14秒を切っていた。

 バスケにはまた、24秒ルールというものがある。

 簡単に言えば、24秒以内に攻撃をしなければいけないというルールだ。


 8秒ルールとの戦いから、今度は24秒ルールとの戦いへ。


 相手の時間を奪うという事は、考える時間を奪う、という事でもある。

 無条件に減っていくショットクロックが、決断を迫り、選択肢を奪っていく。


 ボールを持つお姉ちゃんには、今もタイトなマークが付く。

 そのプレッシャーから逃れるように、パスを出す。


 ボールは再び、楓の元へ。

 その元には、また別の選手がプレッシャーを掛けに行く。

 楓は特に焦る様子も見せず、上体を捻りボールを相手の手が届かない位置へ逃がす。


 ショットクロックが残り10秒を切る。


 整然と組織された英修のゾーンディフェンス。

 インサイドでは両チームの選手がポジションを争っているが、パスの出しどころがあるようには思えない。

 試合を見ている人からすれば、すばる高のオフェンスは完全に手詰まりの状態に見えるだろう。

 無理矢理出したパスがカットされるか、通っても中でボールを受けた選手が潰されるか。

 あとは……強引に打ったシュートが外れるか。


 そうして、あっけなくボールを失う未来を、誰もが想像する。

 実力で大きく劣る格下のチームが、強豪チームに負けてしまう典型的な攻撃シーン。


 楓がすっとボールをおろし、ドリブルを始める。

 左に小さくフェイントを入れてから、右へ。

 マークするディフェンスは、遅れず楓に付いていく。

 少し進んだところ、3ポイントラインの手前でドリブルを止めた。

 身体を少し逸らし、淀みない動作でシュート体勢に移る。


 シュートを察知した相手の選手が、ブロックの手を伸ばす。

 特にマークが外れたようには見えない。

 相手の選手もそうは思っていないだろう。


 分かってないなぁ。

 茅森楓という選手を知らない守り方だ。


 楓の左手から放たれたボールが、ゴールへ向かって綺麗な弧を描く。

 やがて、ザシュッという濁った音を上げ、ボールがゴールネットを揺らした。


 わっ、という歓声と、おぉ、というどよめきが同時に館内に響く。


「ナイッシュー! 楓!」

 ベンチから、楓に声を掛ける。


 当の本人は涼しい顔しているけど、調子の良さを窺わせる。


 英修ボールの攻撃。

 1番を付けた選手、初瀬巡がドリブルでボールをフロントコートへ運ぶ。

 自陣で待ち受けるすばる高のディフェンス。

 彼女のマークを担うお姉ちゃんが、身体を寄せると、#1はアウトサイドに開いた味方にパスを出し、動き直す。

 リターンパスを受けると、中央へボールを送る。

 ハイポストの位置に走り込んだ34番、リタ・イドバーエヨバがパスを受けた。


 その背後には、安藤環さんが付く。

 両チームのセンター同士の戦い。


 #34が背中で環さんに圧力をかける。

 そしてターン。振り向きざまにボールを持ち替え、シュートを狙う。

 環さんが手を伸ばし、それを阻止しようとするが……。

 環さんのブロックの手が、相手の手首を叩く形で接触。


 審判の笛が鳴る。

 シュートはリングを捉えることなく外れたが、審判は環さんのファウルを宣告。

 シュートモーション中にディフェンスがファウルを犯した場合、オフェンス側にフリースローが与えられる。

 審判が、ジェスチャーで2本のフリースローを示した。


 フリースローを得た#34を、英修の選手が労う。

 逆に、与えた側となった環さんには、詩織さんが近づき一声掛ける。

 ファウルを取られた直後、少し驚いたように目を見開いて自分の右手を見た環さんだったが、今はいつもの冷静な表情に戻っている。


 #34がフリースローラインの前に立ち、審判からボールを受ける。

 英修の2ショット、その一本目。

 ちょっとぎこちなさを感じるフォームでシュートを打つ。

 ボールはリングの手前に当たり、大きく弾かれた。


「オーケー! 一本集中!」

 味方が声をかける。

 その大しなやかな肢体をのけ反らせ、#34が深く呼吸をする。

 緊張しているのか? あんまフリースローは得意じゃなさそうだ。

 2本目も外しそうだ。


 その2本目。

 私の予想通り、シュートは右に逸れてリングから零れ落ちる。

 そのリバウンドボールを、環さんが掴んだ。


 英修の選手たちは速やかに自陣へ引く。

 ここではオールコートプレスは仕掛けてこないようだ。


 ボールは環さんからポイントガードを務めるお姉ちゃんへ。

 味方の上がりを待ちながら、ボールを相手陣へと持ち運ぶ。


 攻撃の形が整ったところで、お姉ちゃんがパス。

 トップの位置へと出てきた環さんがそれを受ける。


 環さんはボールを受けたところへ、楓が近寄る。

 手渡しに近い形で、ボールが楓に預けた。


 楓は止まることなくドリブルを開始。

 環さんをそのままスクリーンに利用して、右からドライブを仕掛けた。


 ゾーンで守る英修のディフェンスが、中を締める。

 トップスピードのまま、突っ込む楓。

 ボールを持ち、ステップを踏む。

 中でハンズアップして待ち受けていた、ディフェンスの一人が、ゴールへの道筋を阻もうとする。

 楓はその手前で、ひょいっとボールを高く放り投げた。


 これも楓のプレーを知らない人が見れば、適当なシュートに見えるだろう。

 楓のプレーを知る人だけが、そのボールの行く末を確信する。


 ディフェンスの手を超えたボールが、柔らかなネットに包まれ落ちる。


 5-2。

 楓の連続ポイントですばる高が3点のリードを奪う。


 楓を見る英修の選手達の目が変わった。

 一回戦の私達の試合は彼女達も観たハズ。

 楓のプレーもチェック済だろうし、上手い選手だという認識は持っていたハズ。


 でも、あの試合の楓はほとんど流してプレーしてたようなものだ。

 本気の楓はあんなんじゃない。


 おまけに、それが調度良い試運転になってて、今の楓は初っ端からエンジン全開。


 彼女たちは今、自分たちが持つ認識のズレを感じているハズだ。

 私達みたいな無名のチームに、こんな選手が居るのかと。


 身体が熱くなる。

 やっぱ楓は、強い相手と対峙している時が一番輝く。

 そんな楓を、また近くで見ていられる。


 再び英修の攻撃。

 楓という矛で、無理やりこじ開けるようなすばる高のオフェンスとは対照的に、英修は丁寧に攻撃を組み立てる。


 パスを回し、人が動き、私達の隙を狙う。

 テンポ良く繋がれていくパス。

 そのパスにわずかな乱れが起きた。


 そのミスを、楓は見逃さない。

 目の前でボールを受けた相手の#7から、楓がボールをスティール。


 そのままドリブルで無人の相手コートへと入っていく。


「リタ!」


 楓を追い、自陣コートへと戻る英修の選手達。

 その中で、ひと際大きな影が楓の後を追う。


 パス回しの流れの中で、スクリーン役として楓の傍にいた#34が、一番に楓の背中を追いかけていた。


 ――速い!

 あっという間に加速し、その大きなストライドで楓に追いつかんとする。


 相手陣の3ポイントラインを超えたところで、楓がちらりと後方を確認する。

 その眼前に、リタが既に迫っている。


 ゴールを目前にして、楓がドリブルを解除。

 ボールを持ち替え、ステップを踏む。


「サセナイヨッ!」


 後方から来たリタが、叫びながら手を伸ばす。

 楓がレイアップシュートの体制に入る。

 左手でボールをすくい上げるように持つ。

 2ステップ目で踏み切り、ジャンプ。


「!?」


 楓の手から、ボールが放たれない。

 何かを待つように、後方を気にした。


 あいつ、わざとファウル貰う気だ……!


「アァァ!」


 そんな楓を押すように、後方からきたリタがぶつかった。

 その衝撃を背中で受け流すように、楓が身体を捻る。


 そして、ここでようやく楓の手からボールが放たれる。


「ぷぎゃっ」


 身体を180度回転させ、エンドラインの外へ、楓が転がる。

 くるりと後転してから、不格好な尻餅をついた。


 同時に審判の笛の音。


 ボールは力なくバックボードを叩き、リングの中へと吸い込まれていた。


 審判がジェスチャーで示す。

 バスケットカウント、ワンスロー。


「うっし」


 楓がドヤ顔で小さくガッツポーズを作る。


 7-2。

 さらにファウルを受けてフリースロー1本をGET。


 ここでブザーが鳴る。


 英修のタイムアウト。

 紛れもなく、楓が取らせたタイムアウトだ。


 優勝候補にも上げられる幕張英修高。

 そんな強豪を相手にして。


 天才少女の一撃が、脇腹を確実に抉った瞬間だった。



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