051 試合開始
「西きゅぅーん! 今日はよろしくにぇ~!」
耳を疑うほどの猫なで声。
試合前。
オフィシャルズテーブルの前で、挨拶を交わす男女が二人。
一人は金髪の幼女……もとい、ウチのバスケ部の顧問である麻木レイラ先生。
もう一方はメガネをかけた長身の若い男性。
多分、次の試合の相手である幕張英修高のコーチだ。
「ウチのチームがぁ~西君のチームと当たるなんてぇ~、思わなかったよぉ~! ……お手柔らかにお願いね?」
どこから出してるんですかその声……。
ウチで飼っている猫のカリーですら、そんな声出さないぞ。
「ははは……、失礼のないよう、全力で行かせていただきますよ……」
若干声を引きつらせながら答える向こうのコーチが、右手を差しだす。
「むぅぅ、西君のいじわるぅ~!」
対するウチの顧問は、精一杯のぶりっ子ぶりで答えながらその右手を掴んだ。
挨拶を終え、こちらのベンチへと帰ってくる麻木先生。
「……チッ。 色仕掛けは失敗だわ」
舌打ちして、大股を広げながらベンチにどかりと座る先生。
色仕掛けだったのか……あれ。
麻木先生の場合、本気でやってそうだから困る。
それにしても、やりとりの感じ向こうのコーチとも知り合いっぽいし、麻木先生って意外とバスケ界隈の人脈が広いよなぁ。
明青の女性コーチとも知り合いっぽかったし。
そんなウチの顧問はさておき。
二回戦の相手である幕張英修高は、今大会のシード校。
ウチとの試合が今大会の初戦となる。
その英修ベンチ前では、先生と話していた若いコーチを囲むように、白いユニフォーム姿の選手達が立つ。
彼女達がスターティングメンバーかな。
そのスタメン勢の脇から、ちらりとチカちゃんの顔が覗く。
私の視線に気付き、チカちゃんが手を振ってきた。
その表情は明るい。
こちらからも控えめに手を振っておく。
それを見て、チカちゃんがにこりと笑う。
「楓、英修に知り合いでもいんの?」
そんな私の様子を不思議に思ったか、隣に座る千春が話しかけてくる。
そういえば、千春には紹介してなかったな。
「あー、こないだちょっと知り合った友達がいてさ」
「ふーん。 あんたに他校の友達ねぇ……」
それだけ言うと、千春は興味を失ったように英修ベンチから視線を戻す。
それから一呼吸置いて、再び言葉を発する。
「勝てると思う?」
シンプルな問いだった。
「うーん、どうだろ? まったくチャンスが無いとは思わないけど」
千春の問いに、そう答える。
「楓にしちゃ随分控えめじゃない?」
「さすがに今までの相手とは明らかにレベルが違うからね……昨日観たでしょ? 試合の動画」
「まぁね」
試合の動画とは、動画サイトにアップされている英修の試合を録った動画だ。
英修に限らず、県上位チームの試合はネットにアップされていることも多い。
チームのOBか、はたまた熱心なバスケファンか、多くは観客席から映されたもので、TV中継みたいに観易くはないけれど、プレイを確認するには充分な映像だ。
英修については、順調に行けば二回戦で当たる事もあって、昨日千春の家で千秋を含めた三人でチェックしていた。
私達が観た試合は、直近の新人戦の準決勝。
麻木先生がミーティングで言っていた、明青学院との試合だ。
スコアは74-69。
明青が5点差で英修を下している。
試合の印象で言えば、明青の辛勝。
県内には敵なしといわれる明青学院を、英修が追い詰めた試合だった。
英修の中で際立っていたのは、背番号34番の選手。例の留学生プレーヤーだ。
187センチともいわれる長身に加え、抜群のフィジカル。
ゴール下は完全に彼女の独壇場だった。
明青の方にも180センチ台のセンターが一人いたけど、終始圧倒していたように見える。
それから、ポイントガードを務めていた背番号1番の選手も印象的だった。
確か、名前は初瀬巡だったか。
何せ彼女が相手していたのは明青のエース、二宮二葉だ。
U-16日本代表。
世代ナンバーワンのポイントガード。
そんな肩書きを持つ二宮二葉を相手に、堂々と渡り合っていた事実が彼女の実力を証明している。
身長は高く無いが、ディフェンスは粘り強くてしつこい。
彼女を中心とした英修のディフェンスは良く組織されていた。
麻木先生も言っていたが、シュート力もある。
明青戦では3ポイントを3本決めているし、隙があれば自信を持って打ってくるだろう。
個人で目立っていたのはその二人だ。
逆に言えば、他にそこまで目を引くプレーヤーはいない。
「まぁ……、1番と34番をきっちり抑えて、ウチが調子良ければ、勝負にはなるんじゃないかな」
「……それ、めちゃめちゃ無茶言ってない?」
千春からのツッコミ。
まぁ、自分でも何言ってんだと思ったけど。
「あーあ、出たかったなぁ」
千春が、右足を揺らす。
午前の試合で痛めた足だ。
怪我の状態から、千春はこの試合の欠場が決まっている。
「ま、この試合は大人しく休んどいて、勝つように祈っときなって」
「祈る? 応援するじゃなくて?」
「私は祈りを力に変えるタイプの女だから」
「ぶはっ。 プレッシャーの間違いじゃなくて?」
千春が吹き出し笑う。
一回戦直後はかなり落ち込んだ様子だったので、心配してたけど、だいぶ持ち直したっぽいな。
「頼んだよ、楓」
「……おう、任せとけ」
どちらからともなく、コツンと、お互いの拳を重ねる。
エールは受け取った。
千春の分も、私が頑張らないと。
**********
両チームの選手がコートに整列する。
私の目の前に並ぶのは、白のユニフォームを着る幕張英修の選手達。
予想通りのメンバー。恐らく、このチームのレギュラーだろう。
互いに礼を終えると、センターサークルに両チームのジャンパーが歩み出る。
すばる高は環さん。
対する英修は34番の留学生選手。
改めて見てもデカい。
一際目立つ容貌の彼女が、その長い手足を折って構える。
ティップオフ。
両者の間で、審判がボールを高く放った。
同時に、両選手が高く手を伸ばしてジャンプ。
環さんの伸ばした右手を、34番の長い手が軽々と超える。
先にボールをタップ。
はじき出されたボールを、英修の選手が確保。
時計が動き出し、国府台昴高対幕張英修高の試合が始まった。
英修のポイントガード、#1の初瀬巡が、ドリブルしながらゆっくりとボールを運ぶ。
対するすばる高のディフェンスはマンツーマンでスタート。
その#1には、千秋がマークにつく。
#34には環さんが、#8の選手には飛鳥さん、#22の選手には詩織さんと、それぞれマークに付く。
私は#7の選手のマークに付いた。
英修の選手が動く。
3ポイントラインの外、アウトサイドでパスを回しながら、味方に指示を出していた#1が、ボールを受けた瞬間、ドライブを仕掛けた。
それを追おうとした千秋の進路には、それを妨げるように英修の選手がポジションを取っている。
ドリブルをしている選手をフリーにする為の、スクリーンプレイだ。
スクリーンを利用した#1が、千秋のマークを剥がしてフリーになる。
迷わずシュートを打つ。
両手から放たれたボールがリングへと向かう。
綺麗なスピンのかかったボールがリングを通り、ネットを揺らす。
0-2、英修が幸先よく先制。
落ちたボールを飛鳥さんが拾い、私へと手渡す。
ボールを受けた私が、ゴールラインの外に出る。
スローインで再開しようとした、その時。
ボールを受けようと寄る千秋にプレッシャーをかけるように二人。
その後方、ハーフラインの手前でさらに二人。
こちらのコートに四人。
ゴールを決めたにも関わらず、英修の選手たちは自陣に引き返さず、そのままこちらのコートへと残った。
……やっぱり来たか。
2-2-1オールコートプレス。
英修が得意とする形で、私達を待ち受けていた。




