046 地区大会⑧
櫛引千春視点です。
国府台昴高 対 塩浜高の試合は、最後の第4Qに入っていた。
スコアは67-38。
すばる高が大きくリードしている。
特に第3Qは、茅森楓の独壇場だった。
ファウルトラブルから一時的に折原奈々子を下げた塩浜高。
そんな向こうのベンチの動きに対し、すばる高は満を持して楓を元のポジションへ戻す。
折原のマークやダブルチームでのディフェンスを相手にしても、得点を重ねていた楓だったが、その折原のマークが無くなり、一層際立つ事となる。
楓に完膚なきまでに負けたようにみえる折原だったけど、実際は楓の攻撃力をある程度抑えられていた、という事だ。
彼女無しに楓を止めるのは不可能と判断した塩浜高は、再び折原をコートに戻す。
しかし、一度勢いづいた楓を止める力は、もはや無かった。
シュートチャンスのほとんどを沈めた楓は、第3Qだけで22得点を挙げる。
この3Qまで、合計43点を稼いだ天才少女は、お役御免とばかりにベンチに退いている。
対する折原は、第3Q終盤に5つ目のファウルを犯し退場。
こちらは悔しさを隠すことなく表情に出し、ベンチで涙を流していた。
邦枝中のチームメイト同士である二人のマッチアップは、楓の圧勝。
試合の趨勢は、この時点で決まったと言っていい。
そのプレーで衆目を集めた主演女優と、それに立ち向かった勇敢な挑戦者。
二人のストーリーを知らないハズの観客達は、主役が去ったコートに残る、その余韻を追う。
楓が途中で退いた試合は、いつもこんな感じだ。
楓のプレーは、コートにその名残をとどめる。
コート上に残される選手、楓と交代で入ってくる選手にはたまったものじゃない。
そんな中でも、試合は続く。
塩浜の攻撃。
ボールを持つのは#12 間宮ゆきえが、ドリブルでボールを運ぶ。
折原と同じく、私達とは中学時代のチームメイト。
この試合を通じ、彼女のマークは私の役割だった。
間宮は手離れ良く、他の選手へパスを配給して動く。
そして再びパスを受けると、味方のスクリーンを生かしてドライブ。
「スイッチ!」
インサイドへの侵入を許し、スクリーナーのマーカーである那須飛鳥さんに、間宮のマークを託す。
間宮はそこでドリブルと止めてボールを両手に持った。
そのままジャンプシュート。
――ザシュッ。
乾いた音が響き、ネットを揺らす。
――上手くなっている。
楓が折原に対個人で圧倒したのに比べ、私個人としては、攻守において完全に間宮に押されていた。
彼女自身の成長は勿論だけど、大きな要因はそこじゃない。
上手くなっていない。
多分、私がまったく成長していないのだ。
中学時代、同等のプレーヤーだと思っていた間宮が相手であることが、改めてその事実を浮き彫りにする。
明青学院の司令塔、二宮二葉とでは比べられなかった。
チームメイトであるお姉ちゃんとの練習では比較できなかった。
この地区大会でここまでに対戦した相手では分からなかった。
だけど本当は気付いていて、気付かないフリをしていた事実。
ゴールラインから、すばる高ボールでリスタート。
ゴールを決めた間宮は自陣に戻らず、塩浜はそのままオールコートでプレスを掛けてくる。
その間宮のプレスをなんとかかいくぐり、どうにか前へとボールを繋ぐ。
「……変わってないのねぇ。 楓も……、千春も」
「……っ」
ボールの行方を一瞥した後、間宮が私に話しかけてきた。
まるで心を読まれたかのような衝撃が心を揺らす。
間宮はそのまま私のマークに付く。
間宮を引き連れながらフロントコートへと歩を進める中、間宮が続けた。
「……まぁ、いいわ。 今日のところは素直に負けてあげる。 この試合をここからひっくり返すのは難しいし、ここで負けてもまだもう一試合あるしね」
「……負け惜しみのつもり? ユッキー」
彼女を懐かしいあだ名で呼ぶ。
「ふふ。 先輩達には悪いけど、今のチームじゃどうやっても勝てなそうだしね。 ウチは元々強豪ってワケでもないけどぉ。 まぁ、あたし達はまだ一年だし、焦らず頑張るわぁ。 来年は邦枝の後輩も何人かウチを受験するって言ってるし?」
そう言って、不敵に笑う間宮。
汗に濡れ、艶を増す黒髪が、彼女の頬に張り付く。
「千春!」
不意に名を呼ばれ、慌てて視線を移すと、姉の千秋からのパスが来る。
パスを迎えるように動き、ボールを受けた。
私の正面に、間宮が体を寄せる。
首筋に彼女の息が触れる。
「楽しみにしてて? 私もデコも、きっと今よりずっと上手くなってると思うわぁ。 ちっとも成長してないあなた達と、どれだけ差を縮められるかしら?」
彼女が囁く。
見透かされている。
馬鹿にされている。
悔しさと恥ずかしさと不安がないまぜになって、体の中の血が熱くなるのを感じる。
ドリブルを開始。
間宮のマークを剥がそうと足掻く。
強引に間宮から距離を取り、シュート体勢へ。
間宮は距離を少し詰めただけで、シュートブロックにはこなかった。
――私だって!
ボールからリングへと視線を移すその刹那、間宮の顔が見える。
笑っていた。
口角を歪め、獲物が躍るのを楽しむように。
指先を伝い、ボールをリングへと放つ。
――ガガンッ。
バックボードにあたったボールが、リングで跳ね、不細工なリズムを刻んだ。
**********
塩浜高との試合は78-61ですばる高が勝利。
県大会への出場を決めた。
この後は男子の部の準決勝、女子の部の第三代表決定戦を挟み、第一代表を賭けた決勝戦を控える。
現在、体育館では男子の準決勝の最中。
私達女子チーム一同は、同じく県大会への出場を賭けた試合に挑んでいる男子チームの応援中。
その最中、私は応援の一団から離れ、一人お手洗いへと向かう。
女子トイレへと足を踏み入れると、洗面台に見知った女子の姿。
先ほど対戦した塩浜高の選手、中学時代のチームメイトである折原奈々子だった。
顔を伏せ、蛇口から勢いよく飛び出る水を両手ですくい、何度も顔に掛けている。
ファウルアウトとなりベンチに退いた彼女は、試合中にも関わらず、人目を憚らずに泣きじゃくっていた。
涙で腫れた目を冷やしているのかもしれない。
……流石の私も少し気まずい。
折原に声をかけず、そのまま静かに個室へと入る。
用を足していると、キュッキュッキュ、と、蛇口を締める音。
勢いよくシンクを叩く水の音が止み、シンと静寂が訪れる。
――出てったかな?
そう判断し、個室から出るが……。
洗面台には先ほどと変わらず、顔を伏せた状態で立っていた。
先ほどから一貫して折原は面を上げていないので、その表情は窺えない。
……もしかしたら私に気づいてないのかも。
そう判断した私は、彼女と蛇口一個分の距離が空いた位置に静かに移る。
静かに蛇口を捻り、出てきた水で手を洗うと、また静かに蛇口を締めた。
ポケットからハンカチを取り出し、女子トイレと出ようとしたところで。
「なぁ」
と、折原が声を出す。
気付いてた!?
「えーと……お疲れ、デコ」
呼びかけに答える。
デコは、折原の中学時代のあだ名だ。
彼女がゆっくりと顔を上げる。
その名前の由来となった、形のいい額に水滴が滴る。
「今いい? ちょっと話したいんだけど」
鏡越しに私を真っ直ぐ見つめる折原。
その視線に射抜かれ、私はゆっくりと首を縦に動かした。
体育館を出て、先を歩く折原の後を少し遅れて付いていく。
会場となっている塩浜高は彼女が通う高校。
その本校舎の正面玄関へと続く階段に到着したところで、折原がその階段に腰掛けた。
「ま、座んなよ」
折原に勧められ、その隣へと腰掛けた。
「デコ、背伸びたね。 バスケも……凄い上手くなったよ」
「良く言うわ。 あんだけ楓に良いようにやられてんの見といて」
折原はそう言うがが、私の言葉は本心だ。
折原も間宮も、中学時代よりずっと成長していた。
身体も、技術も。
「ま、でも……」
折原が言葉を続ける。
「そう見えたってんなら、あんたが成長してないって事だかんね」
静かに、どこか悲しげに、そう口にする折原。
それは、試合中に間宮に言われた事でもあった。
「……楓はやっぱすげぇわ。 今の私じゃ全然歯が立たなかったよ。 でも……」
やはり悲しげに、折原が言う。
「全然成長してなかった。 あいつは中学ん時と何も変わってない。 プレーも、考え方も。 ……千春なんだろ? あいつにまたバスケをやらせたの」
折原が私を見据えて問う。
その問いに対し、肯定の言葉を返す。
「まぁ、結果的には。 ……私が何かしなくても、どっちみち楓はまたバスケやってたとも思うけどね」
それもまた事実。 ただ私は、私の望む形で、そのキッカケを作った。
今、楓がプレーしているのは、楓の傍でプレーしていたいという、私の願いが反映された形でもある。
「だとしても、さ。 ……千春はひどい女だわ。 友達のクセに……」
「……どういう意味?」
折原に問う。
その物言いに、自然と眉間に力が入る。
「ホントは分かってんじゃん? 楓が……、あいつにバスケを続けさせるなら、すばる高みたいなチームでは絶対にやらせるべきじゃなかった。 もっと強豪の、それこそ明青みたいなチームでやらせるべきだった。
「そんなの……、仕方ないでしょ。 実際楓が入学したのはすばる高なんだし」
「すばる高じゃダメなんだよ。 あいつにバスケやらすなら、高校の部活じゃなくて、クラブチームとか他にも選択肢はあったはずじゃん。 ……すばる高じゃダメなんだよ」
はっきりと、そう断言する折原。
「何それ。 環境が人を育てるみたな話? デコもらしくない事言うんだね」
皮肉を含めて返す。
折原の主張に、知らないウチに苛立ってしまっている自分がいる。
「それもある。 でも私が言いたいのはそうじゃない。 あいつは、楓のプレーは、毒なんだよ。 すばる高みたいなチームじゃ、その毒に耐えられない」
そこまで言って、折原は一呼吸置く。
それからぼそりと呟いた。
「これじゃあ、中学の時と一緒だ」
その言葉に、私は黙り込んだ。
中学時代の事が頭に浮かんでは、次ごうとする言葉をかき消す。
遠く体育館の方から、歓声が響いた。
「……戻るわ。 今やってる試合が終わったら出番だし。……悪かったね、くだらない話で呼び止めて」
そう言って、折原が立ち上がる。
「言いたい事は言ったから。 まぁ良く考えたら、楓がどうなろうが知ったこっちゃないけどね」
あいつ、嫌いだし。
と、付け加えて折原が笑う。
「じゃ。 今度ヒマが出来たら遊びに行こ? それから……また試合で当たるの楽しみにしてるわ」
そう言って、折原は体育館の方へと歩き出した。
一人その場に取り残され、膝を抱え、顔をその隙間に埋める。
「……分かってるし。……そんなの」
誰にも聞こえないその呟きが、私の中で響いた。
地区大会編終了。
決勝はカットです……。
思ったより長くなってしまいました。




