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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
48/85

046 地区大会⑧

櫛引千春視点です。

 

 国府台昴高 対 塩浜高の試合は、最後の第4Qに入っていた。


 スコアは67-38。

 すばる高が大きくリードしている。


 特に第3Qは、茅森楓の独壇場だった。

 ファウルトラブルから一時的に折原奈々子を下げた塩浜高。

 そんな向こうのベンチの動きに対し、すばる高は満を持して楓を元のポジションへ戻す。


 折原のマークやダブルチームでのディフェンスを相手にしても、得点を重ねていた楓だったが、その折原のマークが無くなり、一層際立つ事となる。

 楓に完膚なきまでに負けたようにみえる折原だったけど、実際は楓の攻撃力をある程度抑えられていた、という事だ。

 彼女無しに楓を止めるのは不可能と判断した塩浜高は、再び折原をコートに戻す。

 しかし、一度勢いづいた楓を止める力は、もはや無かった。


 シュートチャンスのほとんどを沈めた楓は、第3Qだけで22得点を挙げる。

 この3Qまで、合計43点を稼いだ天才少女は、お役御免とばかりにベンチに退いている。

 対する折原は、第3Q終盤に5つ目のファウルを犯し退場。

 こちらは悔しさを隠すことなく表情に出し、ベンチで涙を流していた。


 邦枝中のチームメイト同士である二人のマッチアップは、楓の圧勝。

 試合の趨勢は、この時点で決まったと言っていい。


 そのプレーで衆目を集めた主演女優と、それに立ち向かった勇敢な挑戦者。

 二人のストーリーを知らないハズの観客達は、主役が去ったコートに残る、その余韻を追う。


 楓が途中で退いた試合は、いつもこんな感じだ。

 楓のプレーは、コートにその名残をとどめる。


 コート上に残される選手、楓と交代で入ってくる選手にはたまったものじゃない。

 そんな中でも、試合は続く。


 塩浜の攻撃。

 ボールを持つのは#12 間宮ゆきえが、ドリブルでボールを運ぶ。

 折原と同じく、私達とは中学時代のチームメイト。

 この試合を通じ、彼女のマークは私の役割だった。


 間宮は手離れ良く、他の選手へパスを配給して動く。

 そして再びパスを受けると、味方のスクリーンを生かしてドライブ。

「スイッチ!」

 インサイドへの侵入を許し、スクリーナーのマーカーである那須飛鳥さんに、間宮のマークを託す。

 間宮はそこでドリブルと止めてボールを両手に持った。

 そのままジャンプシュート。


 ――ザシュッ。

 乾いた音が響き、ネットを揺らす。


 ――上手くなっている。

 楓が折原に対個人で圧倒したのに比べ、私個人としては、攻守において完全に間宮に押されていた。

 彼女自身の成長は勿論だけど、大きな要因はそこじゃない。


 上手くなっていない。

 多分、私がまったく成長していないのだ。

 中学時代、同等のプレーヤーだと思っていた間宮が相手であることが、改めてその事実を浮き彫りにする。


 明青学院の司令塔、二宮二葉とでは比べられなかった。

 チームメイトであるお姉ちゃんとの練習では比較できなかった。

 この地区大会でここまでに対戦した相手では分からなかった。

 だけど本当は気付いていて、気付かないフリをしていた事実。


 ゴールラインから、すばる高ボールでリスタート。

 ゴールを決めた間宮は自陣に戻らず、塩浜はそのままオールコートでプレスを掛けてくる。

 その間宮のプレスをなんとかかいくぐり、どうにか前へとボールを繋ぐ。


「……変わってないのねぇ。 楓も……、千春も」

「……っ」

 ボールの行方を一瞥した後、間宮が私に話しかけてきた。

 まるで心を読まれたかのような衝撃が心を揺らす。


 間宮はそのまま私のマークに付く。

 間宮を引き連れながらフロントコートへと歩を進める中、間宮が続けた。


「……まぁ、いいわ。 今日のところは素直に負けてあげる。 この試合をここからひっくり返すのは難しいし、ここで負けてもまだもう一試合あるしね」

「……負け惜しみのつもり? ユッキー」

 彼女を懐かしいあだ名で呼ぶ。


「ふふ。 先輩達には悪いけど、今のチームじゃどうやっても勝てなそうだしね。 ウチは元々強豪ってワケでもないけどぉ。 まぁ、あたし達はまだ一年だし、焦らず頑張るわぁ。 来年は邦枝の後輩も何人かウチを受験するって言ってるし?」

 そう言って、不敵に笑う間宮。

 汗に濡れ、艶を増す黒髪が、彼女の頬に張り付く。


「千春!」

 不意に名を呼ばれ、慌てて視線を移すと、姉の千秋からのパスが来る。

 パスを迎えるように動き、ボールを受けた。


 私の正面に、間宮が体を寄せる。

 首筋に彼女の息が触れる。


「楽しみにしてて? 私もデコも、きっと今よりずっと上手くなってると思うわぁ。 ちっとも成長してないあなた達と、どれだけ差を縮められるかしら?」

 彼女が囁く。


 見透かされている。

 馬鹿にされている。


 悔しさと恥ずかしさと不安がないまぜになって、体の中の血が熱くなるのを感じる。


 ドリブルを開始。

 間宮のマークを剥がそうと足掻く。


 強引に間宮から距離を取り、シュート体勢へ。

 間宮は距離を少し詰めただけで、シュートブロックにはこなかった。


 ――私だって!

 ボールからリングへと視線を移すその刹那、間宮の顔が見える。


 笑っていた。

 口角を歪め、獲物が躍るのを楽しむように。


 指先を伝い、ボールをリングへと放つ。


 ――ガガンッ。

 バックボードにあたったボールが、リングで跳ね、不細工なリズムを刻んだ。



 **********


 塩浜高との試合は78-61ですばる高が勝利。

 県大会への出場を決めた。

 この後は男子の部の準決勝、女子の部の第三代表決定戦を挟み、第一代表を賭けた決勝戦を控える。


 現在、体育館では男子の準決勝の最中。

 私達女子チーム一同は、同じく県大会への出場を賭けた試合に挑んでいる男子チームの応援中。

 その最中、私は応援の一団から離れ、一人お手洗いへと向かう。


 女子トイレへと足を踏み入れると、洗面台に見知った女子の姿。

 先ほど対戦した塩浜高の選手、中学時代のチームメイトである折原奈々子だった。

 顔を伏せ、蛇口から勢いよく飛び出る水を両手ですくい、何度も顔に掛けている。


 ファウルアウトとなりベンチに退いた彼女は、試合中にも関わらず、人目を憚らずに泣きじゃくっていた。

 涙で腫れた目を冷やしているのかもしれない。


 ……流石の私も少し気まずい。

 折原に声をかけず、そのまま静かに個室へと入る。


 用を足していると、キュッキュッキュ、と、蛇口を締める音。

 勢いよくシンクを叩く水の音が止み、シンと静寂が訪れる。


 ――出てったかな?

 そう判断し、個室から出るが……。

 洗面台には先ほどと変わらず、顔を伏せた状態で立っていた。


 先ほどから一貫して折原は面を上げていないので、その表情は窺えない。

 ……もしかしたら私に気づいてないのかも。


 そう判断した私は、彼女と蛇口一個分の距離が空いた位置に静かに移る。

 静かに蛇口を捻り、出てきた水で手を洗うと、また静かに蛇口を締めた。


 ポケットからハンカチを取り出し、女子トイレと出ようとしたところで。


「なぁ」

 と、折原が声を出す。


 気付いてた!?


「えーと……お疲れ、デコ」

 呼びかけに答える。

 デコは、折原の中学時代のあだ名だ。


 彼女がゆっくりと顔を上げる。

 その名前の由来となった、形のいい額に水滴が滴る。


「今いい? ちょっと話したいんだけど」

 鏡越しに私を真っ直ぐ見つめる折原。

 その視線に射抜かれ、私はゆっくりと首を縦に動かした。


 体育館を出て、先を歩く折原の後を少し遅れて付いていく。

 会場となっている塩浜高は彼女が通う高校。

 その本校舎の正面玄関へと続く階段に到着したところで、折原がその階段に腰掛けた。


「ま、座んなよ」

 折原に勧められ、その隣へと腰掛けた。


「デコ、背伸びたね。 バスケも……凄い上手くなったよ」

「良く言うわ。 あんだけ楓に良いようにやられてんの見といて」

 折原はそう言うがが、私の言葉は本心だ。

 折原も間宮も、中学時代よりずっと成長していた。

 身体も、技術も。


「ま、でも……」

 折原が言葉を続ける。


「そう見えたってんなら、あんたが成長してないって事だかんね」

 静かに、どこか悲しげに、そう口にする折原。

 それは、試合中に間宮に言われた事でもあった。


「……楓はやっぱすげぇわ。 今の私じゃ全然歯が立たなかったよ。 でも……」

 やはり悲しげに、折原が言う。


「全然成長してなかった。 あいつは中学ん時と何も変わってない。 プレーも、考え方も。 ……千春なんだろ? あいつにまたバスケをやらせたの」

 折原が私を見据えて問う。

 その問いに対し、肯定の言葉を返す。


「まぁ、結果的には。 ……私が何かしなくても、どっちみち楓はまたバスケやってたとも思うけどね」

 それもまた事実。 ただ私は、私の望む形で、そのキッカケを作った。 

 今、楓がプレーしているのは、楓の傍でプレーしていたいという、私の願いが反映された形でもある。


「だとしても、さ。 ……千春はひどい女だわ。 友達のクセに……」

「……どういう意味?」

 折原に問う。

 その物言いに、自然と眉間に力が入る。


「ホントは分かってんじゃん? 楓が……、あいつにバスケを続けさせるなら、すばる高みたいなチームでは絶対にやらせるべきじゃなかった。 もっと強豪の、それこそ明青みたいなチームでやらせるべきだった。 

「そんなの……、仕方ないでしょ。 実際楓が入学したのはすばる高なんだし」

「すばる高じゃダメなんだよ。 あいつにバスケやらすなら、高校の部活じゃなくて、クラブチームとか他にも選択肢はあったはずじゃん。 ……すばる高じゃダメなんだよ」

 はっきりと、そう断言する折原。


「何それ。 環境が人を育てるみたな話? デコもらしくない事言うんだね」

 皮肉を含めて返す。

 折原の主張に、知らないウチに苛立ってしまっている自分がいる。


「それもある。 でも私が言いたいのはそうじゃない。 あいつは、楓のプレーは、毒なんだよ。 すばる高みたいなチームじゃ、その毒に耐えられない」


 そこまで言って、折原は一呼吸置く。

 それからぼそりと呟いた。


「これじゃあ、中学の時と一緒だ」


 その言葉に、私は黙り込んだ。

 中学時代の事が頭に浮かんでは、次ごうとする言葉をかき消す。


 遠く体育館の方から、歓声が響いた。


「……戻るわ。 今やってる試合が終わったら出番だし。……悪かったね、くだらない話で呼び止めて」


 そう言って、折原が立ち上がる。


「言いたい事は言ったから。 まぁ良く考えたら、楓がどうなろうが知ったこっちゃないけどね」


 あいつ、嫌いだし。

 と、付け加えて折原が笑う。


「じゃ。 今度ヒマが出来たら遊びに行こ? それから……また試合で当たるの楽しみにしてるわ」


 そう言って、折原は体育館の方へと歩き出した。


 一人その場に取り残され、膝を抱え、顔をその隙間に埋める。


「……分かってるし。……そんなの」


 誰にも聞こえないその呟きが、私の中で響いた。




地区大会編終了。

決勝はカットです……。

思ったより長くなってしまいました。

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