045 地区大会⑦
タイムアウト明け。
詩織さんと飛鳥さんの二人をベンチに下げ、千秋と葵を投入。
詩織さんがベンチに退いたのを見て、ギャラリーの一角からブーイングが飛ぶ。
詩織さん目当ての観客達からだ。
彼らには、それ以外に観るべき興味が無い、という事。
元々バスケに関心があるワケでもなく、きっと退屈な試合なんだろう。
詩織さんと飛鳥さんが同時に抜けた事で、インサイドでプレー出来る選手がいなくなり、私がそのポジションに入る事になった。
昔から背の高かった私は、ミニバス時代や中学時代にこのポジションを経験している。
学年が上がる度にセンターからフォワード、ガードと、ポジションも上がっていった感じだ。
顧問の麻木先生からは、「オフェンス時は中に張り付かなくても良い」と言われている。
オフェンス時は自由にやっていい。 そう勝手に解釈。
コートから、2階のギャラリーを見渡す。
詩織さん目当ての観客、他校の生徒、誰かの家族と思しき大人たち、友達の咲希ちゃんやチカちゃん、コージ君も昨日に続いて応援に来てくれていた。
小さな大会だけど、本当に多くの人たちが観に来てくれている。
鼓動が高鳴る。
自然と手に力が入り、気が付けば強く拳を握っていた。
すばるボールで試合が再開。
自陣から、葵がボールを運ぶ。
すばる高のメンバーチェンジと、ポジション変更を見て、相手の塩浜も守備陣形を変更。
インサイドのポジションに付いた私には、変わらず折原が付く。
マークする折原にとっては、ここが本職のポジションと言える。
「上手くいかないから、ポジション変更かよ?」
私の背後にピタリと付く折原が話しかけてくる。
「よーく、分かったろ? 私たちのありがたさが」
「……何が?」
「あんたが中学時代、自由気ままにプレー出来てたのは、あたしたちのお蔭だって言ってんだよ」
まくし立てるように、折原は話し続ける。
「私もユッキーも千春だって、あんたの為にスクリーンかけて、ポストに入って、スペース空けて……、体張ってたんだ。 あんたがバカみたいに点を取れてたのは、あたしたちのお蔭なんだよ。 実際どうさ? すばる高みたいなしょぼいチームじゃ、実力の半分も出せてないじゃん」
嘲笑を含んだような声。
私が実力を出せてない?
点を取れるのは周りのお蔭だった?
馬鹿にするな。
私が点を取れてきたのは、私自身が頑張ってきたからだ。
練習して、走って、どうすれば点を取れるか考えて、研究して。
あんたたちに頼った覚えなんて、1つもない。
ショットクロックが残り10秒を切ったところで、大きく動く。
インサイド、ペイントエリア付近のポジションから外のスペースへとダッシュ。
「葵!」
左トップの位置、3ポイントラインの外に出たところで、葵からパスが来る。
ゴールを背にして、ボールを受けた。
背後からは、わずかに遅れて折原が付いてきている。
ボールさえ受けられれば――。
ボールをフロアにつき、迷わずターン。
左からドライブを仕掛ける。
「舐めんな!」
折原が叫び、進路を塞ぐ。
左から右へボールを持ち替え、方向転換。
「左! 抑えて!」
折原の声が掛かるよりも早く、ディフェンスがもう一人寄ってくる。
ダブルチームで私のプレースペースを奪いに来る。
ドリブルを止め、バックステップしながら、シュート体勢に移行。
「打たすかぁ!」
折原が右手を高く伸ばす。
私の手から放たれたシュートは、目一杯伸ばした折原の指先をわずかに避け、リングに向かって放物線を描く。
「リバンッ!」
後方を振り返り、折原が声を出す。
ゴール下に陣取った選手たちがボールを目で追い、リバウンドに備えた。
――が。
ボールはリングに吸い込まれ、心地良い音を響かせる。
「ちっ」
折原が私に聞こえるほど露骨に舌を鳴らした。
「楓ちゃん、ナイッシュー!」
ギャラリーからは祝福の声が聞こえる。
そうだ。
どんなに厳しくマークが付こうが、ディフェンスが二人来ようが、点を取る自信が私にはある。
冷静に、自分のプレーをすればいいんだ。
普通にプレーすれば、折原なんて手こずる相手じゃない。
悠々と自陣へ戻り、攻め上がってくる塩浜の選手達を迎える。
私は折原のマークに付く。
「……相変わらずだよ、あんたは」
私が近づくや、再び話しかけてくる折原。
「全然変わってない。 中学ん時とまったく変わってない。 全然成長してないじゃん……、本当ムカつくよ。 目ぇ見ればすぐ分かる。 今も自分一人で何でも出来ると思ってるんだろ?」
折原がハイポストへ動き、ボールを受けた。
折原は、マークする私を背中で押さえつける。
折原は口を休める事無く、私に言葉を投げかけてくる。
トラッシュトークのつもり?
そんな挑発に私が揺さぶられると思っているのか?
「どーせ今も、周りなんてこれっぽちも信用してないんだろ? 私はそういうあんたが……」
折原がボールを持ち替えた。
「気に入らないんだよっ!!」
右から強引なターン。
ゴール方向を向き、突っ込む。
ファウルに気を付けながら、彼女の動きについていく。
ステップを踏み、シュート体勢へ。
ボールが手から放たれる、その瞬間を狙い――。
「っ!?」
シュートをブロック。
サイドに弾いたボールを、葵が拾う。
「速攻!」
それを見て、駆け出す。
「こっち!」
手を挙げてパスを要求。
出足良くボールを持ち出した葵から、ボールを受け取った。
すぐにドリブルを開始、加速する。
背後からは折原が私を追ってくるが、その距離は縮まらない。
目の前にはディフェンスが二人。
私から少し離れた距離には、千秋も攻め上がっている。
「15だ! そいつは絶対にパスはしない!」
後ろから折原が、私の眼前の味方に指示を飛ばす。
千秋を無視し、二人が私へと注意を向けた。
その内の一人、間宮ゆきえが私との距離を詰める。
彼女を右から半身かわすと、直ぐにその後方からもう1人のディフェンスがヘルプに入る。
ディフェンス2人を左手でガードしながら、右手にボールを持ちあげた。
そのまま片手でシュート。
ボールはバックボードを経由して、勢いよくリングを通過する。
11-13。
連続得点を決め、あっという間に1ゴール差に詰め寄った。
ここでブザー。
今度は、相手の塩浜高がタイムアウトを取ったみたいだ。
駆け足で、ベンチへと引き揚げる。
「ホント……ムカつくんだよ……」
すれ違いざまに、折原のそんな呟きが聞こえた。
**********
第1Qが終了。
スコアは17-17。
立ち上がりからリードを許す展開となった第1Qだったけど、終盤に同点に追いつく。
メンバーチェンジとポジション変更はひとまず、成功したと言える。
第2Q開始まで、2分間のインターバルに入る。
「大丈夫? 楓」
ベンチに引き上げると、麻木先生が私に聞いてきた。
「? 何がですか?」
「向こうの13番よ。 随分あんたに絡んでたみたいだけど」
「あー……」
麻木先生が私を見つめる。
一応、心配してくれてるのか。
「大丈夫ですよ。 まぁちょっとウザいけど、別にキレるような事言われてるワケじゃないので」
「そう? ならいいけど。 冷静に、熱くならないようにしなさい」
「はい、ありがとうございます」
そう返すと先生は頷き、他のメンバーへと声を掛けだした。
詩織さんは具合が悪そうに座ったまま。
そんな状況もあってか、普段はあまり積極的に指示を出さない先生が、今日は中心となって指示を出している。
……ポンコツ顧問だと思ってたけど、妙な安心感があるなぁ。
……普段からこうしてくれればいいのに。
「……さっ! 第2Qもこの調子で行きなさいっ! オフェンスは楓に任せとけば何とかなるわっ!」
……やっぱポンコツかも。
そんな先生とのやりとりに癒された後、ベンチのメンバーに送り出され、第2Qも同じメンバーがコートに立つ。
その第2Q、すばる高は私を中心に順調に得点を重ね、早々にリードを奪う。
一方、相手の塩浜は間宮と#4の選手を中心に得点を返してくるが、点差は徐々に広がっていった。
第2Qも終盤。
ミドルレンジからジャンプシュートを放つ私に折原の手が引っ掛かる。
シュートは外れるが、審判の笛が鳴る。
「っ! ……くそっ!」。
折原のファウル。
私に2本のフリースローが与えられる。
折原のファウルはこれで3つ目。
第2Qに入り、折原のファウルが重なっていた。
それでも、私を止められなくなっている。
ブザーが鳴る。
サイドラインでは、塩浜の選手が待機していた。
折原に交代が告げられる。
折原が無念そうに唇を噛み、ベンチへと退いていく。
第2Q終盤での交代。
バスケでは、パーソナル・ファウルが5回に達すると退場処分となり、その試合に出場する事が出来なくなる。
3ファウルの折原がこれ以上ファウルを重ねると、勝負どころで彼女を欠く事になる。
4ファウルになってしまうと、退場にリーチが掛かり、今以上に激しいディフェンスは難しくなる。
そのリスクを承知で起用し続ける選択も真っ当だと思うが、向こうのコーチとしては、勝利の可能性を最大限考慮した上での判断なのだろう。
少なくとも、まだ第2Qの段階で折原を欠くわけにはいかない。
でも、これで勝負は決まったなと、私は思う。
折原より、私の動きに対応出来る選手が相手チームにいるように思えない。
「……つまんないの」
ぼそり。
私は無意識に、そんな言葉を呟いていた。




