043 地区大会⑤
戻りまして、茅森楓視点です。
「楓ちゃん! ほんっっとに凄かったよ!」
「ははは、ありがとう。 咲希ちゃん達が楽しんでくれたなら私も嬉しいよ」
「うん! もう最高!」
試合を終えて体育館を出たところで、応援に来ていた友達の峰藤咲希ちゃんが、興奮気味に私たちを出迎えてくれた。
「いや! マジすげーわっ! オレ久しぶり鳥肌立ったわ! ……ここは、祝福のハグっしょ! っておわっ!? 何すんだ!」
「楓ちゃん疲れてんだから、絡まないの……まったく」
同じく応援に来ていたコウジ君が、どさくさに紛れて私に抱き着こうとする……が、二人と同じく応援にきてくれていたアミちゃんが、鉄壁のガードでコウジ君を横から突き飛ばした。
笑顔だけど相変わらず目は笑ってないのが怖い……。
「ふふっ。 ナギサ君たち男子も勝ったし、見に来てよかったね」
そんな二人のやりとりを微笑ましく見守る咲希ちゃん、マイエンジェル。
国府台昴 対 市川女子による二回戦は、88-51ですばる高の勝利。
午前の試合で勝った男バス共々、明日行われる地区大会準決勝へと駒を進めたのだった。
試合が終わった今も、バスケットボールの感触が残る掌が熱い。
この試合のスターティングファイブに名を連ねた私は、第4Q残り7分までプレー。
前半の第2Qまでに31得点、最終的には33分のプレータイムで45得点。
後半は完全にガス欠状態で、交代させられたけど……久しぶりの公式戦でこの成績は上出来と言っていい。
「おーい! かえでー! 控え室戻るぞー!」
離れた位置から背の小さな少女、チームメイトの高木葵が私を呼んだ。
「咲希ちゃん、アミちゃん、コウジ君、ゴメン! 呼ばれたから行くねっ」
「うん! ゴメンね、引き止めちゃって。 私、明日も応援に行くね!」
そう言って両手でガッツポーズを作る咲希ちゃん。カワイイ。
「ありがと! 明日も頑張るね!」
そう言い残し、三人と別れた。
控え室となっている待機場所に戻ると、すぐにミーティングが始まる。
まずは、顧問の麻木レイラ先生が口を開いた。
「とりあえず、みんなお疲れっ」
「「お疲れ様ですっ!」」
「二試合とも、良く頑張ったわ。 おかげで明日も試合が出来るわね。 今日は家に帰ってゆっくり休んでちょーだい」
私達の活躍を労った後、部長の中村詩織さんへと話のバトンを渡した。
詩織さんが、伝達事項を話し出す。
「明日も会場は今日と同じ。 ここ、塩浜高校で行われます。 対戦相手はその塩浜に決まりました。 時間も今日と同じ、九時の第一試合からです」
明日、準決勝で当たるチームが決まる試合は、私達の試合と同時刻に行われていた。
勝ったのは塩浜高校。
すばる高は明日、その塩浜高校と県大会の切符をかけた準決勝を戦う事になる。
塩浜には、私と千春の中学時代のチームメイト、折原奈々子と間宮ゆきえがいる。
個人的には、出来れば当たりたくなかった相手だ。
「……まぁ、明日の事は明日考えましょっ。 今日はとにかくゆっくり休んで、身体と頭を回復させる事。 特に楓っ!」
「ふぁいっ!?」
「あんた、はしゃぎ過ぎよ。 後半バテバテだったじゃないのっ! もうちょっと効率良くプレー出来ないわけ? 抑えるとこは抑えないと、大事な場面でスタミナ切れとか笑えないわよっ!」
「す、すいません……」
突然の個人攻撃に、面を食らう。
周りのみんなからは生暖かい笑いがこぼれた。
先生の言う通り、スタミナに問題があることは自覚している。
バスケから離れていた約一年の間に、自分が思っている以上に持久力が落ちているようだった。
……そうは言っても、あれが私のプレースタイルだからなぁ……。
「……まぁ、それを差し引いても凄かったけどね……」
半ば呆れ顔で、麻木先生が漏らす。
一応、評価はしてくれているみたいだ。
「で、詩織。 明日はどーするの? ハナから勝ちに行くの? 出来るだけ全員使うの?」
そんな問いを詩織さんに投げる先生。
「……そう、ですね……」
振られた詩織さんが、少し困ったような表情で視線を泳がせる。
その視線はほどなくして、夏希さんへと向けられた。
「……勝ちに行けば良いっしょ? 負けたら終わりなんだし。 あたしらは別に楽しけりゃいいし」
そんな事を夏希さんが言うと、詩織さんが露骨にホッとした表情を見せた。
「……じゃあ、メンバーは明日の朝、改めて伝えます。 男バスの人が塩浜の試合の動画を撮ってくれているので……帰ったら環と二人で観て、それから考えたいです」
「ん、そう。 分かったわ。 じゃあ、メンバーは明日の朝決めましょう。 一応、考えが固まったら事前に教えてちょうだい」
「はい」
先生と詩織さんが、話をまとめる。
……相変わらず、先生は詩織さんに主導権を握らせたままでいるんだな。
「それじゃ、帰りの支度しましょ。 忘れ物しないように気を付けなさい」
そう先生が締める。
こうして、高校総体千葉県予選、第10地区大会の初日が終わった。
**********
次の日。
地区大会二日目、最終日。
早朝から、試合会場となる塩浜高校へと集まった私達すばる高女子バスケ部一行。
今日の結果で、高校総体の県大会へ駒を進める代表チームが決まる。
勝ち残った4チームの内、県大会への出場枠を得る事が出来るのは3チーム。
準決勝に勝てば県大会出場が決定。
勝てばもう一方のトーナメントを勝ち上がってきたチームと、第一代表を決める決勝戦。
負けた場合は、第三代表決定戦に回る事となる。
県大会の出場には、あと一勝が必要という事だ。
「……じゃあ詩織、まずはメンバー発表といこうかしら?」
待機場所となる控え室で、麻木先生が話を切り出した。
「はい」
返事をした詩織さんが、続けて話す。
「相手の塩浜は、170台の選手が二人います。 ……二回戦の市川女子以上に、インサイドの争いは激しくなると思います」
そう前置き、詩織さんの口からスターティングファイブが伝えられる。
PG #11 櫛引 千春(1年) 161cm
SG #15 茅森 楓 (1年) 172cm
SF # 4 中村 詩織(2年) 175cm
PF # 9 那須 飛鳥(2年) 171cm
C # 5 安藤 環 (2年) 180cm
二回戦からのメンバー変更は、千秋と飛鳥さんの入れ替えのみ。
飛鳥さんがインサイドのPFに入り、詩織さんがSFに回る。
千秋が抜けたSGには私が入るという編成。
スタメンの平均身長が171cmを超える。
これは県内でも相当高い部類に入るハズだ。
少なくとも、この地区大会では、高さがすばる高最大の武器になっている。
先発の五人を発表した後、詩織さんがタブレットを持ち出し、動画を再生する。
画面には相手の塩浜高の二回戦が映し出されていた。
「……昨日の試合、特に目についたのは、Cを務める相手の4番と……PFの13番。 さっきいった通り、二人とも身長が高くて、インサイドは強力です」
詩織さんが、相手をそう評した。
「あー、13番の方は一年生ですね。 ……っていうか、私と楓の元チームメイトです」
千春が口を挟む。
「確かに! 見たことあるなー! あと、12番の子も!」
高木葵が頷く。 葵は中学時代、私と千春のいた邦枝中との対戦経験がある。
「13番は折原奈々子。 邦枝ではレギュラーのCでした。 12番の方は間宮ゆきえ。 ポジションはガード。 彼女も同じ邦枝中出身です」
二人について、私が補足する。
「そりゃ上手いハズだなー!」
葵がそう言って笑う。
「邦枝って強かったのか? ってまぁ……、お前が居たチームなら強いに決まってるか……」
二年の那須飛鳥さんが私に質問してきたと思いきや、一人で納得する。
飛鳥さんは何気に優しいのでスキ。
「まぁ~楓は別格として、千春と楓の世代は上手い子多かったよなぁ。 特に折原は、楓がいなけりゃ一年の時からエースだったと思うわ」
爪をやすりで研ぎながら、三年生の櫛引千秋が言った。
千秋も私と同じ邦枝中のOB。
卒業後も何度か試合を観に来ていたし、中学一年時の奈々子やゆきえについても知っている。
どうでもいいけど、爪の手入れは家でやってこい。
奈々子はゴールに近い位置を主戦場にする生粋のインサイドプレイヤー。
得点力もあるが、ポストプレーに長けていて、周りを生かすのも上手い。
奈々子には県内のバスケ強豪校から誘いがあったと聞いている。 最終的には進学校である公立の塩浜に行ったみたいだけど。
「12番の子はどうなの?」
麻木先生が、私に訊ねる。
「……間宮は、技術的には千春と遜色ないと思います」
というか、千春と間宮はプレースタイルも良く似ている。
にも関わらず、千春はレギュラーガードで、間宮は千春の控え、もしくはセカンドガードの立場だった。
「ま、あたしはアンタの金魚のフンだからね……」
冗談ぽくも自嘲気味に、そんな言葉を口にした千春。
私はその言葉を否定できない。
邦枝というチームで、間宮ではなく千春が起用されてきた背景には、私との相性が考慮されていた面がある。
実際、千春がいなければ、私と他のチームメイトだけで上手くチームが回っていたかは怪しい。
それくらい、私はチーム内で孤立していた。
「まぁ、勝ち上がれば相手が強くなっていくのは道理だよ。 私達は私達のバスケをすれば良い」
それまで黙っていた安藤環さんが、冷静な口調でそう言った。
「環の言う通りよっ。 そもそも、弄するような策もないしねっ!」
先生の悲しい一言。
……そんな事言うならちゃんと指導してくれても良いんですよ?
それにしても、私達のバスケか。
曖昧な言葉だ。
私達のバスケって一体何だろうか……。
**********
試合時間が迫る。
私達は、会場となる体育館へと移動。
館内に入り、驚く。
「……なんか、観客めちゃめちゃ多くない?」
二階のギャラリーが人で埋め尽くされている。
え、後攻の地区大会ってこんな観客来るもんなん?
普通は各チームのOBとか、家族とか友達が応援に来るくらいなんだけど……。
気のせいか男の比率が多いような。
そんな見慣れない男集団が、館内に入った私達を見て突然沸く。
「シオリンだ!」
「シオリンが来たぞ!」
「本当だ! 本当にシオリンだ!」
彼らは私達、いや、詩織さんを指差し、歓声を上げた。
詩織さんが、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「あー! もしかしてコレのせいかー?」
何か思い当たるフシがあったのか、私の隣を歩く葵がゴソゴソとポケットから何やら取り出す。
取り出したのはスマートフォン。
「何? なんか心当たりあるの?」
「いや、ツイポスでさぁ、昨日の試合中の詩織さんの写真あげてるやつがいてさー。 ……もしかしてこれのせいかな?」
そう言ってスマホを操作すると、私に見せてくれる。
ツイポスとは、140文字以内のメッセージなどを投稿できる短文投稿SNSだ。
その画面を見ると確かに、上から撮ったような、昨日の詩織さんらしき写真が表示されている。
写真の上にはこんなコメントが書かれていた。
【消えた人気子役、シオリンこと綾瀬しおりタン、順調に美女に成長wwww】
「……綾瀬しおりって……誰?」
「え!? 知らないのかー!?」
私の問いに、葵が大げさなリアクションで驚く。
「……え、もしかして詩織さんって有名なの?」
苗字違うけど。
「綾瀬しおりって言ったらめちゃめちゃ有名な子役だぞー? 楓、知らないのか?」
「知らない……」
テレビあんま見ないし。
「『キミセカ』とか『てっぱん』とか出てたのに!?」
「……知らない」
なにそれ? 映画? ドラマ?
「……二人とも、あんまりその話は……。 その、昔の事だから」
私達の会話が聞こえていたのか、詩織さんがやんわりと私たちの会話を制した。
口調は静かだが、表情は一気に冴えないものへと変わっていく。
なんだろ……あんまり触れられたくない話なのかな?
……詩織さんって有名な人なのか……全然知らんかった。
言われてみれば納得だけど。
浮世離れしたレベルの美人だもんなぁ。
そりゃ目を引きますわ。
それにしても……。
ここは次の対戦相手である塩浜高校の体育館だ。
ギャラリーにはその制服をきた生徒たちも多い。
一方で騒いでいた男集団みたいな、あまりバスケ会場で観ないような人たちの姿も多い。
その全員が、詩織さん目当てだとしたら、凄い数だ。
……ちょっと、やりずらいかも。
そんな異様な雰囲気の中。
国府台昴高校 対 塩浜高校による、地区大会準決勝。
県大会の切符をかけた試合が始まろうとしていた。




