041 地区大会③
新徳学園に勝ち、無事、地区予選1回戦を突破した私達だが、勝利の余韻に浸る暇はない。
午後にはすぐに2回戦を控えている。
今は選手の待機場所となっている一角に集まり、ミーティング中だ。
「……まぁ、1回戦はまずまずだったんじゃないかしら?」
顧問の麻木先生が、初戦を総括する。
初戦の新徳学園は、序盤から私達にゲームのイニシアチブを握られ、結局最後までペースを掴めず敗れていった。
試合後、涙と共にコートを去った新徳学園の選手たちの姿が、私の脳裏に焼き付いている。
勝利の立役者は、間違いなく2年の安藤環さんだろう。
環さんの個人スタッツは39得点、13リバウンド。
試合を通してインサイドを支配し続けたと言っていい。
高さと強さを兼ね備える、国府台昴高の大黒柱と呼ぶに相応しい活躍だった。
「試合を経験した事ない子たちも出せたし。 予定通りねっ」
麻木先生は、そう言って小さな胸を張る。
いいえ、先生。
私と千春が出ておりませんのよ……。
結局、私と千春に出場の機会は訪れなかった。
私の視線に気づいた先生が、苦笑いを浮かべる。
「楓……そんな顔しなくても、ちゃんと分かってるわよ」
グッと親指を立ててウインクする先生。
……胡散臭い。
そんな先生に代わり、詩織さんが話をする。
「2回戦の相手は市川女子だね。 先月の関東大会で負けた相手だし、みんな覚えているよね?」
部員達が一様に頷く。
私が入部する前、4月に行われた関東大会予選にて、国府台昴は市川女子と敗者復活戦の2回戦で顔を合わせていた。
その時の結果は42-70。
チームの大黒柱である環さんを体調不良で欠くすばる高が、大差で敗れている。
1回戦の試合内容からも明らかだけど、このチームは環さんが不在になると途端にチーム力が下がる。
それだけ、攻守に渡る環さんへの貢献度が高いという事だ。
次の対戦相手である市川女子も、1回戦は見ていたハズだ。
当然、環さんは最も警戒すべき選手としてインプットされただろう。
「市川女子は県大会の常連。 前回の対戦経験から言えば、飛び抜けたエースは居ないけど、どの選手も走力が高くて、トランジションの速いチーム」
トランジションとは、攻守の切り替えの事を意味する。
ゲーム展開の激しいバスケットにおいて、攻守の切り替えをいかに早く出来るかは、重要な要素。
国際大会で高さに劣る日本人が、突き詰める分野でもある。
いわゆる「堅守速攻」ってやつ。
「私達と違って、相手は今日1試合だけだし、立ち上がりからエンジン全開で来ると思う。 相手のペースに飲まれないように、落ち着いてゲームを進めよう」
詩織さんの話に同意するように、麻木先生が頷く。
詩織さんが話を先に進める。
「2回戦はメンバーを変更するね。 まず、ポイントガードに千春、シューティングガードに千秋……」
千春と千秋。
櫛引シスターズの名が続けて呼ばれる。
二人が公式戦で一緒にプレーするのを見るのは、千秋が中学三年の時以来じゃないかと思う。
実に三年ぶりという事になる。
「スモールフォワードが楓、パワーフォワードが私、センターに環。 この5人でいきます。 千春と楓、二人とも2回戦はスタートから行くからね」
グッと拳を握りしめる。
……いよいよだ。
ようやく、試合に出れる!
「呼ばれなかった人も、展開によってメンバー替えていくから、準備は怠らないようにしなさいっ!」
最後に先生がそう締めて、ミーティングを終えた。
**********
ミーティングを終えた私達は、午前中最後の試合に登場する男子バスケ部の応援へ。
もう一度、体育館へと戻る。
「楓ちゃん、千春ちゃん! 1回戦突破おめでとう!」
体育館の2階にあたるギャラリースペースに足を運ぶと、そこで私達の応援にきていた咲希ちゃん達に会った。
「二人とも出番なかったね……。 次の試合は出れるのかな?」
「うん。 さっきミーティングがあって、次はスタメンで出れる事になったよ」
「そうなんだ。 ふふっ、 頑張ってね!」
優しげな笑みを浮かべそう声を掛けてくれる咲希ちゃん。
めっちゃやる気出てきた。
気持ちは言葉にすべき。
咲希ちゃんにありがとうと伝える。
「楽しみだなぁ……、びっくりするだろうなぁ」
咲希ちゃんはそう言って、潤んだ瞳を輝かせる。
「びっくり?」
「うん。 だって、ここにいる人達は楓ちゃんがどんな選手か知らない人の方が多いでしょ? 地区大会でいきなり楓ちゃん見たいな凄い選手が現れたら、みんなびっくりすると思うな」
そう言って、再び私に向けて笑顔を見せる。
「そ、そうかなぁ?」
「うん! 絶対そうだよ!」
微塵も嘘を感じない、真っすぐな視線。
そこまで期待されると、逆に緊張してくるかも……。
中学時代はそこそこ名が通っていたとはいえ、実際のところ、私の存在に気付いている人はほとんど居ないだろう。
まじまじとメンバー表を見れば、見たことある名前ぐらいには思うかもしれないけど。
そもそも国府台昴高は無名のチームだし。
仮に私を知っているとすれば同学年の人か、もしくは練習試合の明青学院みたいに、中学時代の私と戦った事がある人。熱烈な茅森楓マニア、ストーカーという線もある。いやマジで。
そんな事を思いながら、咲希ちゃんと談笑していた時だった。
「あれ、千春じゃん」
不意に、私の傍にいる櫛引千春の名が呼ばれる。
「……おおー、デコとユッキー。 久しぶり~、卒業式以来だ」
話しかけられた千春が親し気な反応を見せる。
三人組の女子が千春の横で立ち止まる。
「……っ!」
その姿を見て、思わず口から促音が漏れる。
「千春ってすばる高だっけ? なんだかんだバスケ続けてんじゃん」
「まぁ、色々あってね」
千春と話すのは、スポーツ用のカチューシャで前髪を留め、形の良い額を見せる背の高い女。
「知り合い?」
「邦枝中の時の同級生なんだ~」
赤のジャージを着た小柄な女の子の問いに、同じ色のジャージを肩から羽織る、艶めかしい目元をしたセミロングの女が答える。耳にいつまでも残るような、特徴的な甘い声だ。
二人は間もなくして、私の存在に気付く。
「……そういえばあんたもすばる高だったね」
背の高い方が、私を見る。
「へぇ~。 バスケ辞めたと思ってたけど~、続けてたんだねぇ~。 かえで」
吐き気を催すような嫌な声が、私を呼ぶ。
「まぁ、色々あってね」
デコとユッキー。
折原奈々子と間宮ゆきえ。
彼女達は、私と千春と同じ邦枝中出身の同級生。
つまり、中学時代のバスケ部のチームメイトだ。
私の答えに、さも興味無さそうに頷くと、二人はまた千春との会話に戻っていく。
「すばる高、1回戦勝ってんじゃん。 おめでとう」
「サンキュー、まぁあたしら出てないけどね」
「え~、二人が出れないって~、すばる高ってそんな強いチームだったっけ~?」
親し気に笑いあう三人。
千春が話題に応じる。
「まぁーあたしはともかく、楓は秘密兵器だから温存かなぁ?」
「ふーん、そりゃ怖いね」
あくまで興味なさげに、デコが反応する。
「二人は塩浜だっけ?」
「そうそう。 ……つーか、順調にいけば準決勝で当たるじゃん」
「え~、どうしよう~、県大会かかった大事な試合なのに~」
「まぁ、お互い頑張ろーぜ」
「そだね」
「んじゃあ、またね~」
三人は会話を切り上げ、デコたちは私達の元を去っていく。
「……知り合い……だよね?」
私の微妙な空気を察したのか、咲希ちゃんが遠慮気味に訊ねる。
「……うん、中学時代のチームメイト」
私の返答を聞くと、咲希ちゃんが唇をきつく結び、言葉を呑んだ。
咲希ちゃんには私が中学の時、バスケ部のチームメイトとどんな関係だったのかを話した事がある。
だからだろう。
不安そうな瞳で、私を見つめる咲希ちゃん。
「……大丈夫だよ、咲希ちゃん」
私はそう言って、咲希ちゃんに向けて笑顔を作る。
「絶対、負けないから」




