036 ミスリード
「「はぁ……」」
ため息が重なる。
私と、私の隣にいるチカさんのものだ。
イト君さんチームとサイゾーさんチームの対戦で、周りを無視して散々マッチプレーを繰り返した私たちは、審判をやっていたエイジさんからこっぴどく叱られ、罰として強制退場&出場禁止を言い渡されてしまった。
今はイト君さんチームとエイジさんチームが、サイゾーさんチームからメンバーを借りて対戦中。
ハブかれた私たちは、得点板係と時計係をしながら揃って反省タイム中。
先ほどから、ため息と沈黙が交互に繰り返されていた。
「……ごめんね……楓ちゃん……」
沈黙とため息のループを先に破ったのはチカさん。
「いえ……、私も調子に乗っちゃって……」
「スイッチが入ると、抑えが利かなくなっちゃうんだよね……」
「私もです……頭に血が昇ると周りが見えなくて……」
交互に反省の弁を述べる私たち。 それにしても……。
何故、チカさんは急に私を挑発しだしたのか? 何時、私がチカさんの機嫌を損ねたのか。
「あの……私、何かチカさんの気分を害することしちゃいました?」
「……」
聞いてみるが、チカさんは俯き答えない。
……ズバリと行くか。
「も、もしかしてチカさんって……エイジさんの事好きなんですか?」
「/////」
ズバリ核心に踏み込んでみると、予想通りの反応でチカさんが頬を赤く染める。
それから一呼吸置いて、無言でコクリと頷いた。
何と分かりやすい……。
「ご、ごめんなさいっ! 別に変な気持ちでエイジさんに近づいたんじゃないんですっ! ただ単純に上手い人だからお手合わせ願いたくて!」
「か、楓ちゃんっ! 声が大きいって……」
「あ、ごめんなさい……」
私の必死の弁解を、さらに顔を真っ赤にさせて阻止する。
その姿に、初対面で感じた大人な雰囲気は皆無。 表情は幼く、まるで思春期の少女のよう。
「私って、エージ君の事になると、すぐ周りが見えなくなっちゃって……楓ちゃんがそんなつもりじゃないのは頭では分かってたんだけど……あぁっ! こんなんじゃエージ君にウザい女だと思われちゃうっ……」
恥ずかしいのか、後悔しているのかよく分からない感じで、チカさんが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「い、いや……よく分かります……その気持ち」
ホントは全然分かってないけど。
とりあえず言葉だけ寄り添っとく。
ひとしきり頭を抱え込んだ後、チカさんは立ち上った。
「カッコ良いよね……エージ君」
チカさんがぼそりと呟く。
同意すべきか迷ったが、同意したらしたでまた変なスイッチが入りそうな気がしたので黙ってる事にした。
チカさんの視線はコートの中に居る、ただ一人を追っている。
まぁ、確かにカッコ良いとは思う。
目鼻立ちは陰影が強くはっきりとしていて、やや日本人離れした顔立ち。
赤味の強い長髪を後ろで束ねた髪型もエイジさんだとオシャレに感じる。
あの髪型は人を選ぶと思う。
似合わない人がやったら落ち武者みたいになりそう……。
背はそれほど高くはないけど、身体は引き締まっているし、スタイルが良い。
モデルとか芸能人とか言われても納得するわ。
「エージ君は、私の王子様なの」
「お、王子様?」
何か急に変な事言い出した!?
「小さい頃からの憧れで、優しくて、何でも出来て、私が辛い時に手を差し伸べてくれる、王子様」
ウットリとした表情で、エイジさんを見ながら語る。
完全に恋する乙女の顔だ。
「バスケを始めたのも、エージ君に少しでも近づきたかったから。 だから、エージ君と楽しそうに対戦する楓ちゃん見て、ついヤキモチ焼いちゃった……」
「そ、そうだったんですか……ごめんなさい……空気読めなくて……」
ホントそれな、と自戒する。
「さ、あんま落ち込んでるとエージ君に重い女だと勘違いされちゃう! ね、楓ちゃん! さっきの事はお互い水に流そ? 雰囲気悪いままだとこの後ずっとゲーム出して貰えないかもだし」
「そ、そうですね! じゃあ、お互い無かった事で」
「うんっ!」
パッと笑顔を見せるチカさん。
めちゃめちゃ一方的ですけどね……うーん、まぁいいか。
**********
その後も和気あいあいとした雰囲気でゲームが続き、時刻は九時。
あっという間にコートの使用時間が終わった。
「あー疲れたぁ! 帰んべ帰んべwwww」
「帰り飲み行く?」
「モチ。 あぁ~早くビール飲みてぇ!」
体育館から出た男性陣が、早速この後飲みに行く相談をしていた。
むしろそっちの方がメインだったり。
大人は良いね……。
「え? 何々~? どっか行くの~? 私も行きたーい!」
そんな男性陣の会話に、チカさんが割って入る。
「はぁ? ダメダメ! お前は帰れ。 こっから先はオレ達の時間だ」
そんなチカさんをサイゾーさんが一蹴。
「なんでよー! お兄ちゃん達ばっかズルい!」
へ?お兄ちゃん?
「当たり前だろ。 ガキは帰って寝ろ」
「そうやって私ばっか子供扱いしてっ!」
チカさんがサイゾーさんに食って掛かる。
え?
あの二人兄妹なん?
「こっから先は男達の時間なんだよ」
「んな事言って、エリナさん居るじゃん!」
「エリナは良いんだよ、エリナは」
遅れて出てきたエリナさんを、チカさんが指差して抗議。
エリナさんが、サイゾーさんとチカさんの脇を通る。
「今日はパス。 明日も仕事だから」
何の話をしてるのか瞬時に察したエリナさんが、塩対応で即拒否。
そのままスタスタと更衣室へ向かっていった。
「何騒いでんだよ?」
私が頭にハテナマークを浮かべていると、受付でコートの使用料を支払っていた(私はご厚意で無料でした)エージさんが二人の元に合流する。
「エージ君! お兄ちゃんが意地悪するの……私だけ除け者にして! ねぇ、この後私も付いてっていいでしょ?」
エイジさんが近づくと、チカさんの態度が一変。
甘えるような声でエイジさんの腕に抱きつく。
「まぁ、今日はもう遅いしな……そもそもチカは未成年だし、今日は大人しく帰りな」
困ったような顔をしながら、エージさんがチカさんを諭す。
え?チカさん、未成年なの?
確かにあの一団の中ではちょっと若そうに見えるけど。
私の頭にさらにハテナマークが増える。
チカさんって歳いくつなん?
「酷い! エージ君まで! ふんっもう良いですよーだ! 行こっ! 楓ちゃん」
「へ? あ、はい」
エイジさんにまで断られたチカさんは、憤慨した表情でエイジさんの腕から離れると、
私の腕を強引に掴み、更衣室へと足を向ける。
そのまま二人で女子更衣室へ。
「あーもう本当ムカつく!」
更衣室に入るや否や、文句を垂れ流しながらすぐさま上着を脱ぎ始めるチカさん。
健康的な肌色の背中が露わになる。
そのまま自分の荷物を入れたロッカーの前に立つとバンッ!と乱暴に開けた。
「あのバカ兄! 絶対どっかで復讐してやる!」
除け者にされた怒りが収まらないのか、ぶつぶつと言いながらロッカーを漁る。
その後ろでは、先に更衣室に入ったエリナさんが淡々と着替え始めていた。
私も自分のロッカーを開けて、着替えを取り出す。
汗を吸ったTシャツを脱ぐ。
「チカさんとサイゾーさんって、兄妹だったんですね……。 全然気付かなかったです」
「あれ? 言ってなかった? 残念ながらあんなのが兄なんだよねー、ホント最悪!」
上半身の汗を拭いながら、チカさんと会話を続ける。
「でも、言われてみれば目の雰囲気とかちょっと似てますね」
「やめてよー! あんなのと一緒なんて嫌」
チカさんが大げさに嫌がる。
本人はそう言っているが、サイゾーさんもチカさんも整った顔立ちの美男美女だ。
背も高いしスタイルも良い。
私がサイゾーさんの妹なら、自慢しまくるけどね。
「あーぁ、エージ君がお兄ちゃんだったら良かったのに! あ、でもそしたらエージ君と付き合えなくなっちゃう! うーん……」
止まる事なく喋り続けるチカさん。
口は動かしながらも、絶えず布が擦れる音は聞こえてくる。
てか、エリナさんが居るのに、エイジさんの事が好きな話はOKなんですかね?
……カミングアウト済って事なのかな?
そんなチカさんの愚痴を耳で聞きながら、持ってきた替えのTシャツに両腕を通す。
そのままTシャツを頭に被る。
「でも羨ましいですよ、お兄ちゃんが居て! 私ん家、弟が居るんですけど……」
ニョキッと亀みたいに頭を出しながら、チカさんの方を向いた。
「ええええええええええええええええええええええ!!?」
その瞬間、私の口から飛び出たのは絶叫。
「えっ!? 何!? どしたの!?」
私の突然の絶叫に、チカさんが肩をビクつかせる。
え?え?え?え?
着替え終わったチカさんの格好を見て、私の頭は完全にパニック状態になった。
意識的に瞬きを繰り返してから、改めてじっと見直す。
一目でソレと分かるV字型に開いた特徴的な襟のデザインのトップス。
黒を基調としたその服に、襟をくぐらせて前で結ばれた白いスカーフタイが映える。
短く上げられた黒のプリーツスカートから伸びる長い足は、膝上まであるニーハイソックスが覆う。
セーラー服だ……。
「チ、チカさん……が、学生さん……なんです……か……?」
途切れ途切れに声を絞り出し、本人に確認する。
「へ? そーだけど? え、何で?」
きょとん、とした顔で私を見るチカさん。
「い、いや……てっきりエイジさんと同じくらいの年齢の人だと思ってたから……」
時が止まる。
「ぶはっ」
堪え切れず、という風にエリナさんが噴き出す。
「ひ、ひ、ひどーい! 私まだ十五歳なんだけど!」
「えええ! 私とタメなの!?」
「その反応もひどいんだけど!」
衝撃の事実。
しかも同学年なの!?
「あはは、でもチカは制服着てないと大人っぽいから分かんないかもな」
エリナさんが笑う。
「ひどい……。めちゃめちゃ傷付いた」
「ご、ごめんなさい」
まさか自分と同い年の子が居るなんて考えもしなかった。
思い込みって凄いね……。
**********
現地で大人組と別れ、チカさんと二人、話しながら駅までの道を歩く。
「え、チカさんって千葉の高校なの?」
「さん付け禁止。 もう!タメなんだから!」
「ち、チカちゃん……?」
「よろしい」
チカさん改めチカちゃんが膨れ顔から笑顔を作る。
「そーだよー、幕張英修って知ってる?」
コクリ、と頷く。
「あそこって女バス結構強いよね?」
「そうだねぇ、去年のインターハイはベスト8だったよ」
幕張英修高校。
私が知っているのは、明青と同じく推薦の話が来ていたからだ。
ここ数年で成績をぐんぐん上げてる新興の強豪校で、海外からの留学生も積極的に受け入れている。(と、誘われた時に言ってた気がする)
まさかチカちゃんがそこの生徒だったとは。
「あれ?じゃあチカちゃんってもしかして英修の女バス部員?」
「うん」
どおりで上手いワケだ。
「今日は部活無かったの?」
「いや、あったよ。私は出てないけど」
「へ?なんで?」
「ズル休み♪私、『ハイ・ファイブ』の活動日は何かと理由付けてサボってるんだ♪」
『ハイ・ファイブ』とは、エイジさん達バスケサークルのチーム名らしい。
それにしてもズル休みとは……。
「それって……先輩とかコーチとかにバレてないの?」
「うーん……多分バレてるんじゃないかぁ? まぁ良いの。 部活なんかよりエージ君と一緒に居たいし」
頬を赤らめながらうっとりするチカちゃん。
愛とは罪なものよ……。
それに……と、チカちゃんが続ける。
「部活超つまんないだよねぇ。なーんか張り合いないし。ぶっちゃけあんまやる気ないからさぁ」
口を尖らせてそんな事を言う。
「それでもレギュラーなんでしょ? チカちゃんなら」
チカちゃんが私と同じ高校一年生だと気付かなかったのは、チカちゃんがあまりにもバスケが上手すぎた事も大きい。チカちゃんレベルの現役高校生がこんな平日に社会人の草バスケに参加してるなんて思わない。
私はチカちゃんが当たり前に英修のレギュラー選手だと思った。
が、チカちゃんがそれを否定する。
「ぜーんぜん。 私なんてベンチにも入れない『観客席組』だよ?」
「え、そうなの?」
「うん」
素直に驚く。
チカちゃんでもベンチにすら入れないなんて……英修ってそんなレベル高いのか。
「お前は練習態度を改めないと絶対試合では使わないぞってコーチがうるさいの」
……なるほど。
平気でズル休みするような子がレギュラーだと、確かに周りの選手のヒンシュクを買いかねない。
面子の問題、ってところだろうか。
「正直辞めたいんだけどさぁ、辞めようとするとキレられて辞めさせてくんないし。あぁー私も楓ちゃんみたいな高校にすれば良かったなぁ」
悪びれる様子もなく、チカちゃんが笑う。
チカちゃんの才能は買っているけど、チカちゃん自身にあまりやる気が無くて困っている……ってところか。コーチの人も大変だなぁ。
「あ、でもでも、同じ県内だし、もしかしたら大会で当たるかもだよね!? なら本気でレギュラー獲りにいこうかな♪ また楓ちゃんと戦いたいし!」
無垢な表情でそう言ってのけるチカちゃん。
本気だせばレギュラーくらい簡単に取れる、と言っているように聞こえる。
……まぁ、確かに取れるだろうなぁ。
「……そうだね、そうなったら楽しいかも」
「でしょでしょ!」
同意すると、屈託なくチカちゃんが笑った。
まぁ……問題はそこまでウチの高校が勝ち残れるかだけど。




