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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
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032 新たな出会い

 

「楓、ちょっと良い?」


 5限目の日本史の授業終わり、教壇に立つ先生が私を手招きして呼ぶ。

 綺麗なハニーブロンドの髪を両サイドで束ねた、小柄な女性。


 女子バスケ部の顧問でもある麻木レイラ先生だ。


「なんですか?」

 呼び出しに応じて前へ進み出ると、くいっと人差し指で廊下を指す先生。

 廊下で話そうって意味か。


 麻木先生の後を追い、廊下に出る。

 ……何の用事だろう?


「あんた、今日ヒマでしょ?」


 開口一番、そう私に尋ねる先生。


「いや、中間テスト前なんでヒマではないですけど……?」

「でも、勉強しないでしょ?」


 それは先生が生徒に言っちゃいけないやつですよ!


「まぁ、多分……」


 認めるんかい! と、自分で自分にツッコミを入れる私。


 来週から始まる中間考査に備え、バスケ部は昨日から活動休止中だ。

 そうは言ってもなかなか勉強は捗らない。

 あと二日ある……まだ一日……睡眠時間を削れば……!

 と、つい先延ばしにしてしまう。

 私は根っからの『一夜漬け派』である。


 そんなわけで、多分今日も勉強しない。


「それは良かった。 ちょっとアンタに頼み事があるのよ!」


 いや……良くないし。



 **********


 時刻は夜、一八時半を過ぎた頃。



「今日さぁ、友達とやってるバスケチームの集まりがあるんだけど、仕事で行けそうもないのよね……。 という事で、どーせ勉強しないクセにバスケ出来なくてヒマだなぁ……とか考えているバスケ大好き茅森選手、君を私の代役に任命します!」


 嬉しいでしょ? ムフフン!……と、何故か恩着せがましく威張るダメ顧問の命を受け入れた私は、一度自宅に戻って色々と準備した後、指定された場所に向かう。


 大型の施設や倉庫が並ぶ都内臨海の一角にある施設。


 どうやら幼稚園が併設されているらしい。

 施設の中に入るとフットサルコートが二面あり、小さな子供たちが元気にボールを追いかけまわしていた。


 その奥にある建物に向かい、入り口から中の様子を覗く。


 受付カウンターには誰もいない。

 その奥に、体育館のようなコートが見えた。


 中に設けられたベンチには、カジュアルなスポーツウェアに身を包んだ若い男女が数人固まって談笑している。

 うーん、入りづらい……。


 肩から下げたスポーツバックをお腹で抱きかかえながら、入り口前でまごまごしていると、談笑していた若者達の一団から一人、女の人が輪を外れ、私のいる入口へと近づいてくる。

 すらりとした、細身の女性だ。


「こんばんは、どーしたの?」

 入口のドアを開け、にこりと私に話しかけてくる。


「あ、え、えっと……、一九時からここのコートを予約しているエイジさんって方を訪ねてきたんですけど……」

 どぎまぎしながらも何とか要件を伝えると、お姉さんはクスっと優しく笑みを浮かべて、一団の方を見た。


「エージ君、可愛いお客さんだよー」

 呼ばれて、一団が一斉に私の方を見る。


「どーぞ。 あ、靴は此方で室内用に履き替えてね」


 そう案内され、慌ててカバンからバッシュを取り出し、外靴から履き替えて中に入る。


 そのまま一団の中へ。視線が私に集まる。


「あ、あの……、麻木先生の代わりに来ました……茅森って言います……え、エイジさんは……?」

 大分キョドりながら、面々に目を配る。

 すると、私に注がれていた一団の視線が、一人の男性へと移っていった。


「あぁ、オレがエイジです」


 エイジと名乗った男性が、私に応じる。


 歳は二十代前半というところだろうか?

 目鼻立ちのはっきりとした整ったイケメンだ。

 やや赤味がかった髪は長く、後頭部でラフに纏められている。


「アイツから聞いてるよ。 悪いな、突然」

「あ、いえ……大丈夫です」

 初対面の人とのやりとりだと、緊張してつい『あ』と挟んでしまう。

 自分のコミュニケーション能力の低さが憎い。


「アイツんトコの部員なんだって?」

「あ、はい……」


『アイツ』とは、麻木先生の事だと思うが、二人はどんな関係なんだろう……?

 別に友達をそう呼んでいてもおかしくはないんだけど。


 なんとなく、友達に対するものよりも近しい空気を感じる。


 まさか彼氏とか!?


 そんな事を思っていると、

 「女子高生キタコレwwww」

 「はぁはぁ、かわいい……」

 「いいんすか! 行っちゃっていいんすか?」


 と、他の人たちが何やら鼻息荒く騒ぎ出す。

 なにやだ怖い。


「だぁぁ、うるせえ! 落ち着けお前ら」

 そんな周囲を、エイジさんがキレ気味に窘める。


「んじゃ、コート使える時間までもう少し時間あるから、着替え終わったらこの辺戻ってきて。 チカ、更衣室案内してやって」


「りょーかい!」


 チカと呼ばれた、初めに私を迎え入れた女の人が、ビシッと軍隊式の敬礼で応じる。


「茅森さん、下の名前は?」

「あ、えと、『かえで』です……」

「楓ちゃんかぁ、可愛い名前だね! では楓ちゃん、更衣室までご案内致しまーす」


 今度は執事風のポーズで私をエスコートする。


 表情豊かで、可愛い人だな。



 **********


 着替えも終わり、エージさん達がたむろしている側で大人しく待っていると、コートを使用していた小学生らしき集団がバラバラと出てきた。


「んじゃ、行きますか」

 エイジさんの声を合図に、私たちが入れ替わりでコート内へと入る。


「仕事でちょっと遅れる奴もいるから、ストレッチやって、面子が集まるまで各自個人練習な」


 今のところ人数は七人。

 エイジさん達、男性が五人。

 女性は私とチカさんの二人だけだ。



「あ、あの、皆さんはどういった繋がりなんですか?」

 ストレッチをしながら、チカさんに聞いてみる。


「私たち? なんだろ……『寄せ集め』かな? あそこに固まってるエージ君達三人が高校時代のバスケ部繋がりで、あとはそれぞれの友達だったり、その友達の友達だったり……って感じ?」


「へぇ……」


「社会人になると、身内だけでメンバー集めるのって結構大変みたいなんだよねぇ。 だからそれぞれの人脈使って人を集める感じ? それでも集まる時は二十人くらい集まるんだよ? 今日は残念ながら少ないけど……」


 言われてみると、そういうもんなのかと納得出来る。


「じゃあチカさんも、あの三人の方々の内の一人の友達、って感じですか?」

「私? 私はねぇ……ふふふ、恥ずかしいから秘密っ」


 唇に人差し指を充てて、くすりと笑うチカさん。

 うぐっ!

 可愛いな、この人。



 ストレッチを終えた人から、ボールを持って、練習を始める。


 ボールは持込みらしく、3つしかない。


 その1つをチカさんが手にする。

 ドリブルしながら私と距離を取ると、おもむろにパスを出してきた。


 ボールを受け取ると、ズシリとした重みを手のひらが捉える。


 ボールのサイズは7号で、一般に男子選手が使用するサイズだ。


 高校女子が使う公式球は6号でこれよりもワンサイズ小さいので、普段練習で触っているボールと比べると重く感じるし、事実として重い。

 その重さを確かめるように、ゆっくりとチカさんへパスを返す。


 それから数回パス交換をして、今度はランニングパスからシュート。

 チカさんが綺麗なフォームのレイアップを決める。

 その身のこなしを見るだけで、チカさんがバスケ経験者、それも相当上手い部類だという事が分かる。


 チカさんだけじゃない。

 他の男の人たちのボール扱いやステップを見ても、洗練されている。


 要は全員上手いって事。

 ゆるい雰囲気なので疑ってたが、全員ガチのバスケ選手なんだなぁと思い直す。

 むしろこんなメンバーの中で、ウチの麻木先生が居るって事の方が不思議だ。

 そういえば麻木先生がバスケしてるところって見たことない。

 実は上手いのかもしれないな。


 チカさんとボールをシェアしながら練習している内に、コートには一人、また一人とメンバーが増えていく。

 遅れて到着した人たちも、それぞれボールのあるグループに加わっていく。


 私とチカさんのところにも、エリナさんという女の人が加わった。

 黒髪のショートカットで、背筋がピンと伸びた『仕事のデキる女』っぽい印象。

 女の人は私含め三人だけらしい。



「よーし、集合!」


 人が増えてコートが賑やかになったところで、エイジさんから号令がかかった。

 バラバラと練習していたメンバー達が、言われるまでもなく、エイジさんを起点に輪になって並ぶ。


「いち、に、さん、し……」

 そうして集まった面々を指差ししながら、エイジさんが順に人数を数える。


「14人か。 一人足りんけど、3チームでやりますか」

 そう言うと、先ほどから一緒に居る仲良さげな二人を呼び、三人でジャンケンをはじめる。


 そして勝った人が、残ったメンバーから一人を指名する。

 どうやら勝った人から好きなメンバーを選べるらしい。


 これ、私が最後まで残るパターンだ。

 上手い人から順に指名されていくので、戦力は良い具合に分散しそうだけど、この手法だと残った人が悲しい思いをするんだよなぁ……。

 私とか素性の知れない野良の女子高生だし、コミュ障チックで明らかに地雷っぽいし。


 とか考えていたら、何と三番目に指名された。


 指名してくれたのは、恰幅の良い男の人だった。

 背もデカいが、立派に育ったお腹が凄い。

 このワガママな体型で、まともに動けるんだろうか……膝とか痛めてそう。


 指名されたので、遠慮がちにその人の近くへ移動する。


「ど、ども……」

「ウッス! よろしくwwww」


 ……うわぁあ、語尾に見えない草が生えてるような気がする。


 指名されて嬉しかったけど、一瞬で萎えた。


 気色悪いおっさんに指名されたキャバ嬢は、こんな気分なんだろうか、とか考える。

 いや、あの人達はガチプロだからむしろ毟り取ったろうとか考えるのかも。って何の話だ。


 そんな馬鹿な事を考えてる間にチーム分けは完了。

 チカさんはエイジさんのチームに、エリナさんは四人しかいないチームに振り分けられたようだ。


 私のチームは五人編成。


「あ、はじめまして……茅森楓です……」

 初めて参加するのは私だけなので、一応自己紹介しとく。


「楓ちゃん! よろしく! オレは糸井、『イト君』て呼んでwwww いやぁ、女子高生と同じチームでバスケ出来るとかご褒美だわwwww」


 チームのリーダーたる『イト君』さんが話す。

 クセが強いよこの人!

 苦手だわ……。


 他のメンバーについても簡単に名前だけ。

『タカ』さん、『ヤス』さん、『山田』さん。

 山田さんだけ何故か苗字呼びだった。


 イト君さんには失礼だが、他の三人はまともな社会人って感じ。

 歳はみんな二十代前半から後半、ってところだろうか。


 とりあえず、アクの強さと体のデカさではイト君さんがずば抜けている。


「時間も勿体ないし、早速やるか。 最初はオレとイト君のチームで、サイゾーんトコが抜け番な。 時計と得点と審判頼むわ」

「オーケー、時間は?」

「7分で」

「了解」


 サイゾーと呼ばれた、これまた背の高い人が、エイジさんとやりとりしながらボールを持ってコートに出てくる。どうやら審判をやってくれるみたいだ。

 うん、あの人はマトモそう。


「お手柔らかにねぇ、楓ちゃん!」

 対戦チームにいるチカさんが、グッと拳を私に突きだす。


「あ、よろしくです……」


 私も拳を出し、コツンとぶつける。

 そうして、急きょ参加することになったバスケサークルのゲームが始まる。


 私は想像もしていなかった。


 この時の出会いが、私やすばる高バスケ部の運命を大きく変える事を。




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