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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
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030 茅森楓の日常③

 

 インターハイ。


 正式名称は全国高等学校総合体育大会。

 毎年八月に開催される、高校スポーツのアイコン的なイベント。


 高校バスケ界では、秋の国体、冬のウインターカップと併せて三冠とも称され、多くの高校が、この夏のビッグタイトルを最大の目標に据えて日々努力の汗を流す。


 ゴールデンウィーク明けて間もない梅雨時の五月に、夏の話なんて気が早いなんて思うかもしれないけど。

 今月末にはもう、このインターハイの地区予選が始まるのだ。


 去年創部したばかりのすばる高女子バスケ部が、初めて迎えるインターハイ。


 全国屈指の激戦区、千葉県からの出場枠は二枠。

 地区予選、それに続く県大会を勝ち抜いた二チームだけが、夏の全国大会への切符を掴む。

 まして千葉には、全国に名を轟かせる名門中の名門、明青学院がいる。

 明青は近年、このインターハイの県大会で負けた事が無い。

 つまり、実質的には一チームの枠を争っているようなものだ。


 そして、ほとんどのチームは夏を迎える前に散っていく。


 学生の本分はあくまで勉学。

 受験を控える三年生の多くは、この大会が最後の大会となる。

 負けたら即引退。


 三年生の千秋や由利さんにとっては、このインターハイが最初で最後となる。


 そんな二人の為にも、一試合でも多く勝つんだ!

 ……なんて、ウチの部が燃えるハズもなく。


 我がすばる高女子バスケ部では、相も変わらずゆるい雰囲気の練習が続く。

 練習メニューも変わり映えのないものばかり。


 ぶっちゃけちょっと飽きてきた。

 ……あの明青との練習試合で生まれた熱を持て余しています、茅森楓です。



 昼休み。


 同じクラスの千春と咲希ちゃんと一緒に食堂へ向かう。


 私の今日のメニューはきつねうどん(中)、280円也。

 ホントは(大)にしたかったけど、今日は部活ないしね……。


 お盆を持って、空いてる席に三人で座る。


 いただきます。

 と心で唱え、早速うどんをちゅるちゅると啜り始める。


「楓ちゃん達、今日から部活休みなんでしょ?」


 そう尋ねるのは、友達の咲希ちゃん。

 今日も素敵です。

 私と同じきつねうどんを食べているのに、どうしてこうも違うのか……。


「うん、今日は休みだけど……どした?」


 そんな咲希ちゃんの問いに、千春が答える。


 来週から中間考査が始まる。

 その為、多くの部活が今日からテスト休みなのだ。


 勿論、完全に部活禁止というワケでは無い。

 中には、試験日前日まで練習のある部活もある。

 まぁ、ウチの部がやるワケないけど。



「来週からテストでしょ? だから、放課後一緒に勉強とかどうかなって」

 そう言って、上目使いでこちらの様子を伺う咲希ちゃん。

 くっ!くぁ、可愛い……。


「あー良いね! じゃあ帰りファミレスでも寄ってく?」

 同意した千春が、私の顔を見る。

 どーせアンタ、一人じゃやらないだろ?と付け加えた。


 仰る通りです。でも……。


「あー……、ゴメン。 今日はちょっと予定があって」

「そう……」


 断りの弁を口にした私に、咲希ちゃんが目を伏せて残念そうに呟く。


「んな事言って、家でだらだらすんじゃないの?」


 違うわ!


「今日は人と会う約束してんだよ……」

「は? 誰と?」

「父親」


 あぁ、と言って納得する千春。

 咲希ちゃんは、私と千春の顔を交互に見る。


「じゃ、しょーがないね。 咲希ちゃん、また今度にしよっか」

「あ、うん……そうだね」

 咲希ちゃんが一瞬、何か聞きたそうな顔をしたが、ぐっと堪えるようにして笑う。


 いや、別に隠してるワケじゃないんだけどね。


「咲希ちゃん、ウチ実は親同士が離婚しててさ。 父親も忙しくて、私も部活やってるから、今日みたいに都合が合う日も中々無くて……ゴメンね、せっかく誘ってくれたのに!」

 パン、と両手を合わせて謝る。


「ううん、そんな気にしないで! こっちこそゴメンね、気を遣わせちゃって」

 でも……と言って、咲希ちゃんが続ける。


「楓ちゃんのパパって、凄い興味あるかも。 どんな人なの?」

 そんな質問が来る。


 変な父親です、と反射的に言いそうになった。

 あぶないあぶない。

 んー……何て言えばよいやら。


「ええと……ウチの父親はね……」




 **********



 学校を出て、電車に揺られる事30分。


 向かう先は東京都内。

 東京に来るのは久しぶりだ。


 駅からさらに歩く事10分。とあるマンションに到着。

 父親の住むマンションだ。


 カバンからカードキーを取り出す。

 私と弟の颯太に与えられた合鍵だ。


 マンション構内に入り、エレベータに乗り込む。

 そのまま七階へ。


 エレベーターを降りると、701号室のドアを開ける。


 薄暗い玄関口に立つと、廊下の先にある部屋から光が漏れている。

 その部屋からは、パチン、パチンという音が聞こえる。

 靴を脱ぎ家の中へ。

 光の漏れるリビングのドアを開けると、部屋の隅で背中を丸めた家主の姿を見つける。


「おーい、きたよー」


 ……反応が無い。


 代わりに、パチン、という音が返事する。


 そっと後ろに立つ。

 短く整えられた後頭部、随分と白髪が目立つようになった。


 家主の手元には、縦横に罫線の入った木盤、盤の上には漢字の書かれた五角形の木形。

 将棋の盤と駒だ。

 さらに、正面に置かれたパソコンには、手元の盤面と同じような場面が映し出されている。


「はぁ……」


 集中しているようで、私の来訪に気が付かない。

 今日行くって言ったのに……。


 父の背後から離れた私は、ソファーに腰かけ、カバンから教科書とノート、筆記用具を取り出す。


 邪魔するのも何だし、テスト勉強でもしとくか……。

 そのまま教科書を眺める。



 静かな室内に、駒音が高く響く。

 その音を聞きながら、しばし勉強していると、「うーん」という声が聞こえる。


 目を向けると、一息付いたのか、ぐっと体を伸ばしている。

 そしてそのまま立ち上がり、こちらを振り返る。


「っつおわっ!??」


 私の姿を見て、ビックリする父。


「なんだ楓……、居たのか……」

 はぁ、とため息を付く父。


「いや、三十分も前から居たっつーの……」

「声かければいいじゃないか」


 掛けたっつーの。


「まぁ良い。 コーヒー飲むか?」

「うん。 お願い」


 そうしてキッチンでコーヒーを淹れた父が、カップを二つ持って私の横に座る。


「ほら」

「ありがとう」


 差し出されたカップを受け取り、口を付ける。

 湯気が鼻腔をくすぐり、香ばしい臭いがした。


「勉強してたの?」

 私の事ではない。父に向けた問いだ。


「あぁ。 来月からまた防衛戦が始まるからな……」


 天野 匠 将聖。

 将聖とは、八つある将棋のタイトルの一つ。

 もう言うまでもないが、私の父はプロの将棋棋士だ。


「楓も勉強してたのか?」

「うん、もうすぐ中間テスト」


 私の答えに静かに頷く父。

 そして、じっと私の姿を見る。


「楓も高校生になったんだなぁ」

「エヘヘ、どう? 制服。 カワイイでしょ」


 ソファーから立ち上がり、その場でくるりと回って見せる。

 どーよ?

 娘の制服姿は。


「あぁ……疲れが取れるようだ……」

「何それ……キモい……」


 そんなやりとりをしながら、この日は父と娘の他愛もないやりとりが続く。



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