002 この学校に女子バスケ部は無いハズじゃ……
次の日。
体育館では私たち新入生の歓迎会が開かれていた。一年生は勿論、二、三年生の上級生も全員参加。
ステージに向かって縦にきちんと配された席が設けられていた入学式とは異なり、館を横に使って中央に設けたスペースを挟むように、新入生と在校生が向かい合うように着座している。
並びも最低限という感じで、クラス毎に固まってはいるが雑然としている。
生徒主導のイベントらしい、砕けた雰囲気の会だ。
生徒会長からの挨拶、吹奏楽部によるマーチングバンド(とても良かった!)と続き、現在は部活動紹介の最中である。
「次は、女子バスケットボール部です」
司会進行の生徒に促され、バスケットボールのユニフォームを着た女生徒二人が、中央に設けられたスペースへ進出する。
「はぁ……。 ホントありえないし……」
と、私はわざと隣に聞こえるように溜息をついた。
昨日の車中での一件以来、私の心はめちゃくちゃだ。
結論から言うと、この高校に女子バスケットボール部はあった。
私にとって、目を背けたくなる事実を証明するかのように、かの部の代表らしき人物が、新入生の方を向くように設置されたマイクの前に立った。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。 女子バスケットボール部です」
部活名を名乗った女生徒が、ハキハキと透き通るような声で部の説明を始める。
上はバスケ部のユニフォームだけど、下は制服のスカートのまま。なのに着こなしが妙にファッショナブルで、モデルみたいだ。
「私たち、女子バスケットボール部は今、三年生二名、二年生五名の七名で活動しています。 えーっと、実は去年出来たばかりで部員が少ないですが、興味のある方は是非見学にいらしてください! あ、初心者の方も大歓迎です!」
そういって大きく頭を下げる女生徒。
その横で、ニコニコと笑顔で新入生の顔を見渡す女生徒がもう一人。
そのもう一人の方がこちらに気づき、目を一回り大きく見開いてこちらに手を振る。どこかで見たような、眠たそうなトロンとした目つき。 これまたどこかで見たような、小さいが綺麗に筋の通った鼻。 それにぷっくり肉厚な唇。
どこをどう見ても、見慣れた顔だ。私の隣にいる女子が、応じるように手を振る。
これまた飽きるほど見た顔だ。二人は良く似た顔をしている。
「おい、あの手を振ってる能天気な女は何だ」
私は、意識的に抑揚を殺し低くした声で、ステージにいる女子と同じ特徴をもつ隣の人物、櫛引千春を睨んだ。
「やだなぁ、知ってるでしょう? ウチのお姉ちゃん」
千春は姉のいるステージを指差し、何を今更といわんばかりに私の顔を見た。
「ええ、良く知ってますとも! てか昨日会ったわ。 あんたの家で見たわ! リビングのソファーで口開けて寝てたわ!」
強い口調でまくしたてるが、その声は周りの拍手の音に紛れてしまう。
「エヘヘ。 カバみたいで可愛いよね。 ウチのお姉ちゃんの寝顔」
ほんのりと赤く染まった両頬を手で隠す千春。ダメだこの妹。目が腐ってる。
女子バスケ部の挨拶が終わり、挨拶をしていた女生徒が凛と背筋を伸ばして戻っていく。
美醜に疎い私だけれど、見惚れるほどに綺麗だ。
170cm以上はあるだろうその身長と、スラリと伸びた長い手足。髪を後頭部で丁寧にまとめたお団子ヘアは、質素なスタイル故に、その整った顔立ちをより映えさせていた。まさに容姿端麗とも言うべき姿に、周囲の新入生たちの視線も熱い。特に男子。目がヤバい。新たな信仰の誕生を目にした気分だ。
その後ろを猫背の女子が続く。どう見てもタレントのマネージャーだ。
特に発言の機会があるわけでもなく、奴はこの部活紹介に必要だったのだろうか?
それはさておき。
櫛引千秋。
櫛引家の長女にして、千春の二つ上の姉。
妹の千春同様に、私とは幼い頃からの付き合いで、千秋は姉のような存在だ。
その千秋がその部員である事を知った昨日の私は、女バスの存在を明かされた事に続き、再び発狂することとなった。
何よりも腹立たしいのは、その事実がありながら、千春も千秋もその事をわざと私に隠していたという事。そしてそれにまったく気づかなかった間抜けな自分。
その事を2人に問うと、声を揃えて「「だって別に聞かれなかったし」」である。ひどい。別に隠していたつもりはない、という言い分である。
「大体、千秋が何でバスケやってんのよ……。 中学で引退したはずじゃん」
千秋は私の通っていた中学のバスケ部の先輩だったが、高校進学を機に引退した……というのが私の知るストーリーだ。
そんな千秋がまたバスケをやっている事など想像もしなかった。最近の千秋といえば、大抵リビングのソファーで寝ているか、夜遅く塾帰りの姿を見かけるか。もっとも、去年の夏以降は私も受験勉強で余裕が無く、千秋とゆっくりと話す機会もなかったけど。
気づかない私もアレだが、そんな素振りは一切無かったように思う。
「そうなんだけど、去年の夏からまた始めたんだよ。 女子バスケ部のメンバー募集に乗っかって」
妹である千春が代わりに答える。
「何でまた……。 しかも高二からって」
そんな私の疑問に対しても、妹の千春が答える。
「えーと……、本人曰く、心揺さぶられる出来事があったとかなんとか」
天井を見上げて小考した千春は、私に向き直ってブレザーの左胸についた校章を右手で鷲掴みにする。
バスケに未練があった?そうは見えなかったけど……。
いくら新設の部とはいえ、一年の途中からならまだしも、二年の夏から再びバスケを始めた千秋。高校生活も三分の一を過ぎた状況で、進学を考えているなら尚更勉強の妨げになるような事をするような人物とは思えなかった。
「心、揺さぶられるねぇ……」
私の千秋像には無いコメント。千秋は基本ドライで合理主義的な思考の持ち主だ。サッカーのワールドカップで日本代表が点を取ろうが、話題のアニメが衝撃の結末を迎えようが、感動したそぶりを見せることがないし、多分本当に全然感動していない。この辺がドライ要素。妹の千春と違って、周りの空気に流される事を良しともない。
絶対的な自分の価値観に基づいて行動していて、その価値観の大部分を効率が占める。中学でバスケを辞めた時も、これ以上私がバスケ続けても将来何の役にも立たないから と、思春期の情熱を欠片も感じないコメントを残し、ユニフォームを脱いでいた。
「おりゃー!」
バシッ!!
壇上では、女子バスケ部の後にステージへ登壇した柔道部が、思春期の情熱を表現するかのように、気合の入った様子で乱取りを実演中。演技めいた掛け声と、小気味の良い受け身の音が交互に反響する。
「で? ホントのところ、何で黙ってたの?」
女バスの事、千秋の事。なんで教えてくれなかったのか。
「もう怒ってない?」
と、覗き込むように千春が私の顔を見る。いつも通り、羊のように眠たそうな目が、まっすぐ私の目線にかかる。
黙っていたことを怒られるんじゃないかと不安がっている、という感じではなく、どんな反応が返ってくるか楽しみにしてるようだ。
「怒ってるよ」
「ひえぇ!」
「そういうのいいから。 マジでありえない友達として信じられないぶん殴ってやりたい」
千春からは目を逸らし、矢継ぎ早に非難の言葉を並べたてる。
「いやー、昨日はマジで殺されるかと思ったわー。 楓、修羅の国から来たみたいな顔してたし」
千春がけらけらと笑う。その顔には反省や後悔といった類の色は見られない。単純に私の反応を思い出して笑っているようだ。ってか何だよ修羅の国って。
この学校に女子バスケ部があるという事実。それを知った昨日の帰りの車中で、私は狼煙もあげずに激しく怒りを噴火させた。瞬間湯沸かし器と表現される人の頭の中はこんな感じなのかもしれない。頭の中が沸騰するとはまさにあの感覚か。
助手席の背後から、千春の肩を掴んで激しく揺らし、ピーピーと鳴るヤカンのように喚き散らした。そして母から「やかましい!」と無駄に頭を叩かれた。解せぬ。
当然の話だけど、私が見た国府台昴高のパンフレットは去年のものだ。
高校の学校案内であるそのパンフが、いつ印刷されたものかは知らないが、少なくともそれが刷られた時期に存在しない部活は記述されない。
去年の今頃、確かに女子バスケ部はこの学校に存在しなかったのである。
しかし実際はその後、女子バスケ部は新設の部として立ち上げられ、千春はそれを知っていた。実の姉である千秋がそのバスケ部に所属しているのだから当然だ。
知っていて、千春も千秋も黙っていたのである。
お姉ちゃんがバスケ部だから、というネタバレを聞き、憤慨した私は、収まらぬ怒りの矛先を千秋にも向けようと櫛引家に乗り込んだ。
入学式に伴い、部活が休みだったらしい千秋は、自宅リビングのソファーで、無駄に大きく育った双胸を無防備に晒し、口を大きく開けて爆睡中だった。
その姿を見て更にイラッした私は、スパンッと履いていたスリッパで、この姉の胸部に付いた脂肪の塊をしばき、ギャーギャーとひとしきり喚き続けたのだけど。
「で? 何で黙ってたわけ? 入学すれば絶対バレるってのに」
歓迎会の方では柔道部の紹介が終わり、拍手の音が響いている。
「まぁ、黙ってたのは事実だけど、私としては途中でバレても別に良かったんだよねぇ」
私に向けていた顔を上げ、姿勢を真っ直ぐに変えた千春が答える。
「それに、余計な事教えて楓が受験失敗したら、あたしのせいになるし」
あんた結構ギリギリだったでしょ?と、受験の事を言われて言葉に詰まる。確かに……。
「以上で、当校の部活動紹介を終わります。 明日からの二週間は体験入部期間となりますので、興味のある部活に是非足を運んでください」
生徒会長のアナウンスが部活動紹介の終了を告げると、
「はいはいはい、この話はオシマイ!」
そう言って、千春は投げやりな拍手で話を終わらせようとする。
「ちょっとー!」
追求しようとする私の声は、全校生徒の拍手の音にかき消されてしまった。
勿論私だって、今更その事について追及してもどうしようもないのは分かっている。既に入学しちゃってるワケだし。女バスがあるからって転校出来るわけでもない。ただ、やはり隠されていた事実はすっきりしないもんだ。
……まぁ、理由は薄々気づいているけど。
たぶん、私にまたバスケをやらせたいんだ。
**********
「千春~、楓~!」
歓迎会が終わり、退場の流れに乗って体育館から出ようとすると、バスケ部のユニフォームを着た千秋に呼び止められた。後ろから追ってきたようだ。
「お姉ちゃん、お疲れ~」
そんな実の姉に、千春が労いの言葉を掛ける。
「へへへ、どう? お姉ちゃんのユニフォーム姿ぁ。 可愛いでしょ」
千秋が腰に手を当て、エッヘンと胸を張る。
「ちょー可愛い! さすがあたしのお姉ちゃん」
「ハイハイ、カワイイカワイイ」
この姉妹のこういうノリは、食傷気味だ。
「アンタぁ、まだ不貞腐れてんのぉ? 昨日謝ったじゃんかぁ」
私の反応が気に入らなかったのか、千秋が頬をぷくっと膨らませる。
アレで謝ったとかふざけんな。そのおっぱい揉みしだくぞこんにゃろう。
千秋は頬に溜めた息をぷぅっと下品に吐きだすと、妹の千春を見てニヤリと笑う。
「今日は部活やるからさぁ。 あんたたちも暇なら見学しにきなよぉ? じゃあね~☆」
目元で横ピースサインを決めた千秋は、それだけ告げると、自分の学年の群に戻っていった。
「だってさ。 楓も……」
「私は行かないからね」
姉の後ろ姿を見送りながら何かを言いかけた千春の言葉を遮る。
「ちょ、こっちが喋りきってから断れっての」
千春は頬をぷくっと膨らませ不満を表明する。その仕草も表情も先ほどの姉にそっくりだ。
そんな千春を置いて、私が先に歩きだすと、待ってよー、と言いながら千春が追いかけてくる。
「別にそんなに頑なになんなくてもいいじゃん」
「そういうわけじゃないし」
「もしかしてまだあの試合の事気にしてんの? 何度も言ってんじゃん、別に楓のせいじゃないって」
違う。あの試合は関係ないよ。
「大体私たちがあそこまで勝ち進めたのだって楓がいたからであってさ。 だから別に……」
「うるさい!」
私は再び千春の言葉を遮る。今度は強く。その声が思っていたより大きかったのか、周囲の生徒から一斉に視線を向けられてしまった。
しまったと、思わず目を伏せてしまう。
教室へ向かっていた足取りは、いつのまにか止まっていた。
「……千春にはわかんないよ」
私がそう呟くと、千春は大きくため息をつく。
「……教えてくれないんだから、分かるわけないじゃん」
それだけ言うと、バチンッと、私の背中を手のひらで叩く。
立ち止まったままの私を置いて、千春は廊下をすたすたと先を歩きはじめた。
分かるわけない……か。
その言葉は、私の胸の奥を痛いほどに叩く。
乱暴で、不意に、強く。
千春に叩かれた背中が、ひりひりと痛んだ。




