024 ラストプレー
櫛引千春視点
「……すげぇ……」
私の近くにいた二年の那須飛鳥さんが、そう呟く声が聞こえた。
それは誰かに向けて発した言葉じゃないだろう。
もしかしたら、呟いた本人も気付いていないかもしれない。
でも、ここにいる全員の感想を代弁した呟きに思える。
そのプレーに、声を失う人。
無邪気にはしゃぎ、歓声を上げる人。
ただ俯き、唇を噛む人。
反応は様々だ。
反応は違っても、そこにいる人全てが同じ思いを共有し、魅了されていた。
観客なんて居ない、ただの練習試合。
主役の少女は、上半身こそユニフォーム姿だが、下は制服のスカートのまま。
お世辞にも褒められた姿じゃないその恰好すら、彼女の為に用意された舞台衣装のように映る。
たった一人の少女がボールを持つと、世界が変わる。
彼女のプレーが世界を変える。
ぞわりと、鳥肌が立つ。
これだから、彼女の傍にいる事をやめられない。
「ディフェンス! 集中!」
声を張り上げる。
スコアは33-30。
ついに私たちが3点のリードを得た。
明星がボールを運び、自陣コートへと攻めあがってくる。
その顔には焦りが見て取れた。
殊勲のゴールを決めた少女が、ふらふらと遅れて戻ってくる。
限界なんだろう。
立っているのもやっと、という様に見えた。
しかし、相手はそんな彼女を待っていてはくれない。
ハーフコートで対峙する。
四人対五人。
一時的に数的不利の状況。
ここを守り切れば、時間は残りわずか。
ボールをキープして終わりだ。
勝ちたい。
心の底からそう思う。
勝ち切ることで、楓の姿に報いたい。
「マーク! 自由にやらすな!」
その思いは、多分コート上の先輩たちも同じハズだ。
大きな声が飛び交う。
私はボールを持つ明青の選手、二宮二葉に付く。
「やってくれるぜ、まったく」
そんな事を言う彼女。
反応せず、一際厳しくプレッシャーをかけていく。
「……舐めんなよ!」
抜きにくる。
当然追うが、その進路を明青のスクリーンに阻まれる。
ニコさんが単独で中に侵入。
中村さんがヘルプに入る。
それを見て、ターン。
右サイドへパス。
その先に、藤代瑠雨がフリーで待ち構えていた。
「あぁぁぁぁあ!」
戻ってきた楓が、襲い掛かるように瑠雨に迫る。
ボールを受けた瑠雨が、冷静にそれを躱し、シュート体勢に入る。
「まだまだぁぁっ!」
一度躱された楓が、尚も瑠雨に迫る。
執念ともいえる反応で、ブロックの手を伸ばす。
「ッ……!」
身体を仰け反らせるように、苦しい体勢で瑠雨がブロックを躱す。
そしてそのまま、シュートを打った。
「外れろ!」
楓が叫ぶ。
「入れ!」
瑠雨が叫ぶ。
頼りなく弧を描くボール。
「「リバウンド!」」
誰かの声が重なる。
全員がボールの行方を追っていた。
スパッ!
私たちにとっては無常な、切れ味の良い音がコートに響く。
33-33。
藤代瑠雨の3ポイントシュートがここで決まる。
「プレ――――――ス!!」
二宮二葉が叫ぶ。
ボールをコートに入れてリスタートした瞬間、ボールホルダーの中村詩織さんへ二人がかりの強烈なディフェンス。
前から猛然とプレッシャーをかけてくる。
「くっ……!」
詩織さんの苦しそうな表情が映る。
「詩織!」
詩織さんがパス。
ボールを呼びこんだのは、スローワーだった安藤環さん。
ボールが渡った瞬間、すぐさま環さんへとディフェンスの標的が移る。
「……ちっ!」
安藤さんが、ボールを頭上に持ち上げながらパスの出しどころを探す。
そして、私と目が合った。
ダメです!
そう声に出そうとしたが口に出せず、咄嗟に手で×を作ろうとする。
だが、遅かった。
ボールが私目掛けて飛んでくる。
それを待っていたかのように、私の目の前で二宮二葉がボールをカットした。
逆転される。
そう覚悟した瞬間。
「んあぁ!?」
ボールを奪ったハズの二宮二葉から、気の抜けたような声が漏れる。
プレッシャーに耐えかね、パスを出した環さん。
そのパスを読み、ボールをカットした二宮二葉。
まるで奪われる事を読んでいたかのように、待ち構えていた楓がボールを奪い返していた。
一転して攻守が切り替わり、楓が勢いよくドリブルをはじめる。
その背中を追う。
しかし。
「あぁっ!」
ハーフコートを超えたところで、楓が躓く。
楓の手から零れたボールが前方へと転がった。
そのボールを追いかけ、手にする。
「行けぇ! 千春!」
後ろから声が聞こえた。
ドリブルで前へと進む。
ゴール前にはディフェンスが一人だけ。
そのディフェンスが、私との距離を詰めてくる。
ラストプレー。
私はドリブルを止め、シュート体勢に入る。
そして、ディフェンスに距離を詰め切られる前に、シュート。
両手から放たれたボールが、私の思いを乗せ、高く弧を描く。
――お願い、入って。
ただ、祈るような気持ちでその軌道を追った。




